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異世界の機兵騎士  作者: 龍神雷
序章 異世界の地に
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第2話 記憶喪失

「う…う~ん……」


 チュンチュンという雀の鳴き声をBGMに少年はまどろみから覚醒していく。


「いててて…え~っと僕は一体……」


 寝相が悪くて寝ている間にどこかにぶつけてしまったのか、頭が痛い。頭を押さえながら少年はベットから上半身を起こす。

 靄が掛かったような頭で少年は周囲に視線を送る。

 涼しげな空色をした壁と天井。部屋の中には簡素な木造りの机と椅子があり、その隣には小さな本棚が並んでいる。


「え~っと、ここは……」


 見覚えが無い部屋だった。

 未だはっきりしない意識のまま少年はベットから降りる。床は何かの毛皮で作られた絨毯が敷かれてあり、その感触が裸足に心地良い。

 一体、ここが何処なのか。

 それを確かめる為に、少年はこの部屋の窓以外では唯一の出入口である扉をおもむろに開ける。

 だが扉を開けた先はやはり見知らぬ場所だった。そしてそこには見知らぬ2人の男女が居た。

 男の方は歳は40歳くらい。服の上からでも分かるくらいに筋肉質であり、顎の下にだけ髭を生やした厳つい顔で少年の姿を見つめている。

 もう1人の女の方は少年と同じくらいの幼さの残る年齢であり、茶色の髪を首の後ろの方で1つに纏めた三つ編みのお下げ髪。クセ毛なのか頭の上の方がピンと跳ねているのが、愛嬌を醸し出している。

 2人とも動物の皮を接いだような簡素な服に身を包んでいるが、みすぼらしいという感じではなかった。


「おう、目が覚めたようだな」

「もう起きて大丈夫なの!痛い所とか無い?苦しい所とか無い?お腹すいて無い?」


 男が少年に気付き、声を掛けると、女の方が心配そうな顔を近付けながら矢継ぎ早に捲し立てる。


「え、あっ…そ…その……」

「おいおい、お前が焦ってどうすんだって。ほら、そいつも唖然としてるじゃねぇか」


 男の言葉通り、少年は今現在何が起きているのか理解出来ずにいた。ただ分かる事は1つ。心配そうに覗きこんでくる少女の顔があまりにも近過ぎて、頬が朱に染まっているということだけ。


「おっと、すまんな。俺はギニアス。こっちは娘のカテリエーナだ」


 ギニアスと名乗った男が口角を吊り上げる。本人は笑っているつもりなのだろうが、厳つい顔のせいで悪巧みを企んでいるようにしか見えず、少年は思わず1歩後ろに退く。


「そんなに恐がらなくても大丈夫だよ。こんな顔だけど本当は優しい娘には激甘な父親だから。あ、私の事はカティーって呼んでね」


 カテリエーナことカティーが笑みを浮かべて父親のフォローをする。

 背後で「こんな顔は余計だ!」とギニアスが喚いているが、カティーの方は既に気にも掛けていない。

 その父娘の遣り取りと、少女の無邪気で屈託の無い笑顔に釣られて、不安と戸惑いで強張っていた少年の顔にもようやく笑顔が浮かぶ。


「えっと…僕は…………」


 少年は自身の名前を伝えようと口に出そうとした瞬間、言葉を失う。


「ん?どうかしたの??」


 言葉を噤んでしまった少年に対し、カティーは首を傾げてその顔を覗き見る。


「僕は…僕の名前は……」


 少年は愕然とする。先程まで自分の現状を把握する事で頭が一杯であった為、今の今まで気が付かなかったが、少年の頭に自身の名が浮かんでこなかったのだ。

 なんとか思い出そうと試みた瞬間、こめかみのあたりに痛みが走り、直後、1つの言葉が脳裏に浮かび上がって来る。


「ショウマ……多分、それが僕の名前です……」


 痛みが走るこめかみを押さえつつ、少年――ショウマは答える。


「え?自分の名前なのに多分ってどういう事??」

「ああ。こりゃ、頭でも打って記憶が飛んだんだな」


 カティーの疑問に答えたのはギニアスだった。


「まぁ、名前をすぐ思い出せたみてぇだし、一時的なもんだろう。すぐに全部思い出すさ」


 ギニアスは些細な事だと大笑いするが、当のショウマ本人としては、不安が頭を過ぎる。


 自分が何者であるか分からない。ましてやショウマという名前さえ自分の名なのか分からないのだ。その上、目の前に居る2人も知り合いですらない。

不安にならない方がおかしいだろう。

 だが今の状況を鑑みるに、目の前の2人が自分を助けて看病してくれたという事は分かる。

 ギニアスも怖そうな顔はしているが、友好的だ。

 もし目が覚めた時に居たのが彼だけだったとしたら、取って食われるか人買いに売られると勘違いしたかもしれないが、カティーがいたおかげでその線は薄そうだというのは直感的に分かった。

 自分を心配し、無邪気で可愛らしい目の前の少女が嘘を言っている訳は無いだろう。

 ほんの一瞬前まで記憶が無い事に不安を感じていたにも関わらず、そんな事を考えている自分にショウマは思わず苦笑を漏らす。意外と余裕はあったようだ。

 

「なんだ?急に笑い出して……まぁ、それより記憶が戻るまでうちに居ると良いさ。ただ自分の食い扶持分くらいは働いて貰うぞ。子供でひ弱そうではあるが、こんな小さな村じゃ男手は貴重だからな」

「え、あ、はい……」


 ギニアスの勢いに押され、ショウマは何をさせられるのかも聞かずについ頷いてしまう。

 しかし記憶がなく行く当ても無い以上、その言葉に従うしかない。それにカティーの言葉を信じるならば悪いようにはならないだろう。

 こうして現状も自身の事も何も思い出せず、何も分からないまま、ショウマはギニアスの元で生活をすることとなった。




 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *




 この世界、そしてこの大陸には名前が存在しない。

 何故名前が付いていないのか。それはその必要が無いから。

 世界はこの世界しか存在せず、この世界には南西に2つの島を持つこの大陸しか存在が判明していないからだ。

 もしかしたら海の向こうに未だ見ぬ大陸があるのかもしれない。だがその冒険心に駆られて、海の果てを目指した者達は未だ戻っては来ていない。

 未だ新大陸を目指しているのか、途中で息絶えたのか、それとも新大陸を発見して向こうの大陸を冒険しているのか。

 どれが真実なのか、戻って来ない以上分からない。そして分からない以上、普通に生活を営む人々にとっては、この大陸だけが世界の全てだった。

 南東部が直角になり、西側が少しばかり長い直角三角形。そして、南西部に卵形の大きめな島が2つ。

 それがこの名の無い大陸の、名の無い世界の大まかな形であり、全て。

 そしてこの大陸は今現在、6つの地域に別れている。

 1つ目は1年の約6割が雪で覆われた大陸北側を治めるアルザイル共和国。

 元々は帝国を名乗っていた戦闘国家だったが、今から16年ほど前に国民が起こしたクーデターにより、皇帝は失脚し、今の共和制へと変わった。

 2つ目は大陸の南東に総本山を構えるサイヴァラス聖教国。

 世界各地に支部のある宗教国家で、1000年近くの歴史があるこの大陸で最も古い国である。

 3つ目は大陸中央の大部分を占める最大の領土面積を誇るフォーガン王国。

 サイヴァラス聖教国に次ぐ長い歴史を誇り、肥沃な大地のおかげでこの大陸で最も裕福な国だと言われている。

 4つ目はそのフォーガン王国の西側に位置する、ウェステン連合国家。

 中小の諸国家がアルザイルやフォーガンといった大国と渡り合う為、そしてある1つの目的の為に同盟を組んだのが、この連合国家だった。

 5つ目は大陸南西部にある2つの島国を治めるナイングランド国。

 9人の領主が治めている事から名付けられたこの国は、独自の文化を持ち、今から20年程前まで他国と一切関係を持たなかった閉鎖的な国である。

 今現在でも人の交流は制限され、未だ謎の多い国となっている。

 そして6つ目がウェステン連合国家が同盟を組む切欠となったある目的と関係してくる最後の地域である大陸最西端の一部だ。

 この地域は今現在、人が立ち入る事を許可されていない、禁忌の地となっている。

 500年以上も昔に世界で初めて魔動具を生み出して輝かしい繁栄を続けていたにも関わらず、一夜で謎の滅亡を遂げてしまった魔動王国と呼ばれる国があった場所。

 この6つの地域がこの世界の全てだった。


「さて、それじゃあ、禁忌の地を原因とした、ウェステン連合国家が纏まる切欠となった目的というのが何か分かるかな?」


 ウェステン連合国家の南西にあるフューレンの村。

 その村長の家でショウマとカティは1ヶ月に1度、行商と共に訪れる旅の学者から勉強を教わっていた。

 フューレンのある地域は辺境であり子供も少ないという事で、この周辺には学校というものが存在しない。そこでこの学者は行商と共に各地を回り、滞在中は学校に行けない子供達の為に勉強を教えて回っているのだ。


「はい!それは今から70年くらい前に禁忌の地から悪夢獣が現れたからです。その脅威から国を護る為に各国は同盟を組んだんです」


 学者の問いにカティーが元気良く答える。

 その答えに学者は笑みを浮かべて頷き、隣にいるショウマは首を傾げて聞き慣れない言葉の意味を尋ねる。


「えっと…その悪夢獣って一体なんなんですか?名前からしてヤバそうなのはなんとなく理解できますが」

「あっ、そういえばショウマくんは記憶がまだ戻ってないんだったね。悪夢獣っていうのはね……」


 カティーは薄い胸を得意げに反らして解説を始める。

 悪夢獣とは禁忌の地に突如として現れた化物の事だ。

 現れ始めたばかりの頃は凶暴になった野生動物という程度であったのだが、月日が流れるうちに変容し、今ではその名の通り、悪い夢にでも出てきそうな奇怪で恐ろしい姿をしたものが多く、しかも人を遥かに凌駕する体躯と力を有した化物となっていた。

 現状、悪夢獣に対抗出来るのは、この世界に住む誰もがその身に宿している魔動力を原動力とし、様々な機能を発揮する魔動具。それを戦いに特化させ、人では抗えない存在を討つ剣であり、人々を守る為の盾であり鎧でもある機械の騎士――魔動機兵だけであり、それを操る機兵騎士だけだった。


「そうですね。ウェステン諸国はその殆どが小国で、悪夢獣から自国を守れるほどの数の魔動機兵を造り出す技術と資源、そしてそれを操る騎士が十分ではありませんでした。ですから国同士が連合を組む事で、足りない部分を補い合う事にしたんです。それが今のこの国の成り立ちという訳ですね。当初はどこが主導権を握るかとか諍いがあったようですが、隣国のフォーガン王国が介入し、更に悪夢獣という共通の脅威があった事により、ようやく1つに纏まる事が出来たんです」


 学者がカティーの説明を引き継ぎ、そう締めくくる。


「さて、そろそろお昼ですね。何か質問はありますか?もしなければ今日の授業はこれでお終いとしますけど」

「はい!先生、今日もありがとうございました」


 カティーが元気良く学者に礼を言う。

 だがその横でショウマがおずおずと手を上げる。


「あの~、1つ聞いても良いでしょうか?」

「はい、なんですか?」

「えっと、今日受けた内容とは関係が無い事なんですが、他の国には僕みたいな人っていうのは居るんでしょうか?」

「それは黒い髪と黒い瞳を持つ人という事ですか?」

「あ、はい。そ、そうです。黒い髪と黒い瞳を持ってるって珍しいって聞きましたから」


 更に言えば自分のように魔動力が無い者の事も尋ねたかったが、それをこの学者に説明するとややこしくなりそうだったので、とりあえずその事は保留にする。

 ショウマの問い掛けに学者は少しだけ複雑な表情を浮かべる。

 確かにこの世界で黒髪黒瞳は殆ど、いや全くと言っていい程、見掛けない。

 長年、様々な国を回っているこの学者でも一度も見た事は無く、ショウマの姿を見た時に驚いた程であった。

 だが、学者の知識の中には、ただ1つだけ知っているものがあった。ショウマの姿を見た時に驚いた理由にはそれも含めれていたのだ。

 それは確証も立証もされていない伝聞のみのただの言い伝えに過ぎないもの。

 知識人という身分上、あやふやで不確定な憶測でしか無いようなものを教えるべきかどうか。

 僅かに逡巡した後、学者はゆっくりと少年と少女に向けて語り始める。


「これはこの国ではあまり広まってはいないものなのですが、フォーガン王国ではそれなりに伝わっている御伽噺です。その全てが真実か虚実かは、はっきりとしていないという事を頭に置いた上で聞いて下さい」


 そう切り出してから、学者は楽者を思わせるような声で朗々と謳い上げた。



 ――世界に絶望の悪しき夢が蔓延する時、異なる国より、その者は現る。


 ――その者、漆黒の髪と瞳を持ち、太古の知識を有する。


 ――その者、力無き力を持ち、故に無限なる黄金を内に秘める。


 ――その者、白銀にして黄金の騎士を駆り、人々に希望を与えん。


 ――その者、絶望を消し去る救世の主となる。


 ――救世の騎士により悪しき夢が消え去った時、世界は希望溢れる黄金の輝きで包み込まれる。


 ――そして全ての絶望が希望に変わったその時、救世の騎士もまたこの地から泡と消える事だろう。



 学者が御伽噺を紡ぎ終えると、室内を静寂が支配する。

 ショウマとカティーはその内容に驚き、声を上げる事が出来ずにいた。

 どれくらい唖然としていただろうか。カティーはショウマの姿をマジマジと見ながら、独り言のようにようやく声を絞り出す。


「漆黒の髪と瞳………力無き力………白銀の騎士………」


 目の前の学者には知らせていない事も含めて、御伽噺で済ませるには目の前の少年と符号の重なる部分がいくつもあり過ぎた。


「確証はありませんが、各地にも似たような御伽噺や伝承がある事から、過去に黒い髪と黒い瞳を持つ人は世界各地に居たと考えられるでしょう。知り合いに魔動王国の事を研究している方がいますが、その人によれば、魔動王国を建国した人物も黒髪だったらしいです。そう言われてみれば確かに魔動具という高度な技術も“太古の知識”や“無限の黄金”と見て取る事も出来ますしね。ですが、これは伝承に過ぎませんから、黒髪黒瞳だからといってショウマくんがその救世の騎士であるという訳では無いと思いますけどね」


 符合する部分が沢山あって驚いてしまったのは事実だが、確かにその通りだとカティーは思う。

 どんなに贔屓目で見ても、目の前の少年が世界を救う騎士になるとは到底思えない。

 腕は細く、腕力も男女の筋力差でカティーよりは少し強いという程度。その顔は気弱そうで戦いなど知らなそうな朗らかな表情。

 記憶喪失の影響なのか元々なのか、頭の回転と物覚えは良いので、騎士というよりは学者の方が似合っているようにしか思えない。

 

「あはははっ、そうよね~。ショウマくんが救世主だなんてありえないよね~」

「むっ、なんか癪に障る言われ方だけど……まぁ、自分でもそんな柄じゃないってのは理解してるけどさぁ……」


 学者が御伽噺を謳い上げている時に、ショウマは頭に鈍い痛みを感じたのだが、それもカティーの笑い声を聞いた瞬間には消え去っていた。

 記憶が戻る切欠かもしれなかったが、ショウマはあまり気にも留めなかった。

 なぜなら、このフューレンの村でギニアスとカティーと共に過ごす平穏な日々に心が満足し、このままずっとここに居ても良いんじゃないかと思うようになっていたから。


「さて、それでは他に質問はありませんか?無いようでしたら、今日はこれでお終いです。また明日、お待ちしていますよ」

「はい、ありがとうございました」

「先生!また明日ね~!」


 仲の良い2人の遣り取りに学者は朗らかな笑顔を浮かべて、その背を見送る。


「さぁ、ショウマくん。次はお父さんの所だよ。早くお弁当を持っていかないとお腹を空かせて死んじゃうかもしれないからね」


 村長の家を出たカティーは冗談めかした事を言いながら、急かすようにショウマの手を取って駆け出す。


「わわっ、ちょ、ちょっとそんなに慌てないでよ~」


 ショウマは掴まれた柔らかな少女の手の感触にやや頬を赤らめながら、その笑顔を見つめる。

 カティーは幼い頃に母親を亡くしている。そのせいもあってか、彼女はショウマと同い年であるにも関わらず、やや大人びていて、2人の関係はまるで姉と弟を見ているようだった。


「もう!急ぐ急ぐ!!」


 眩しい程の笑顔を振りまいて、元気の良い少女は、少年の手を引きながら父親の仕事場へと向かうのだった。

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