第18話 罪と罰
サルシェイドが消滅した直後、この地方の衛兵が姿を現し、ザンスを始めとして護衛やら使用人やらの関係者を捕えていった。
捕えられた時には恐怖に怯えていたらしいので、ザンスが邪法に手を出していた事を知っていたものは多くは無いのだろう。当のザンス本人も悪夢獣の闇に心を囚われてしまっている為、どこまで邪法について情報を引き出せるかは不明である。
ザンス達が連れて行かれる際に使用人の1人から渡された鍵のおかげでシアニーの枷は外され自由となったが、流石に殴り掛かりには行く事は無かった。
目の前に衛兵が居るからというのもあるが、それ以前に闇に囚われたザンスの精神は既に正常さを失っており、殴り飛ばした所で痛がる事も恐怖する事も無い可能性が高い。
そんな相手に手を上げてもスッキリする事は無いし、無抵抗な相手をいたぶるのは騎士道に反するからだ。 その後、
事情説明やら事後処理やらで時間は過ぎ、シンロードの街に戻って来た頃には既に朝日が顔を覗かせていた。
「このまま授業受けるとかマジでだりぃ……」
用意してくれた魔動馬車に揺られる事、約5時間。
朝日を反射して輝きを放つシンロード魔動学園の特徴的な5つの尖塔を窓越しに眺めながら、ショウマは大きく息を吐く。
向かい側には腕を組み、静かに目を瞑るシルフィリットがおり、隣には薄汚れてくすんでしまった空色のワンピースを着た金髪の少女がショウマの肩に頭を預ける様にして眠っている。
彼自身も馬車に乗っている間に仮眠を取っていたとはいえ、流石にそう簡単に疲れは取れない。特に今回は肉体的な疲れよりも精神的な疲れの方が大きかったのもある。
だが隣にいる少女――シアニーが無事だったのだけは救いだった。
ふと視線を向けると、シアニーの幸せそうな寝顔と柔らかそうな唇が間近に見える。なまじ容姿が可愛いだけに何もしていないのに頬が赤くなり、ついつい目を背けてしまう。
気にしないように気にしないようにと頭の中で反芻するが、そういう時に限って気になって仕方が無くなるもの。
それまで気にもしていなかった左腕に感じるふくよかな感触まで気になるようになってしまった。
既に眠気も疲れも吹き飛んでしまい、心臓はシアニーに気付かれてしまうのではないかと思う程、ドキドキと脈打つ。
「ん?起きてたのかい?」
「うひゃい」
突然、声を掛けられたショウマは思わず大きな声を上げてしまい、すぐに手で自分の口を塞ぐ。
ちらりとシアニーの方に視線を向けると、僅かに身動ぎしただけで目を覚ます気配は無い。誘拐されたという精神的疲労と手足の重い枷を長時間嵌めていたせいで相当疲れているのだろう。
ただ幸いな事にその身動ぎのおかげで左腕に感じていた柔らかな感触は消え去っていたので、若干残念ではあるが、多少は落ち着く事が出来た。
「先輩、急に声を掛けないで下さいよ。シアを起こす所だったじゃないですか」
「ゴメンゴメン。目を覚ましたら君が起きてたようだったから、少し聞きたい事と1つだけ言わなきゃならない事があったのを思い出してね」
馬車は既に街の中に入り、今は先にシアニーを自宅へ送る為に貴族街へと向かっている所だ。
だが話をする時間くらいならまだ十分にある。
「それで、なんでしょうか?」
「単刀直入に聞くけど、君は異世界人で間違いないよね?」
シルフィリットのその質問は、尋ねるというよりも確認を取るという感じの口調であった。
きっとエルアあたりから聞いたのだろうと思い、ショウマは素直に首肯する。
「僕の曾祖父にあたる人も異世界人だったらしくてね。あ、救世の黄金騎士の事は知ってるよね?実は彼が僕の曾祖父なんだよ。この前髪が一房だけ黒いのもその血を受け継いでいるかららしい」
伝承にも残るような世界を救ったとされる機兵騎士。
確かにあの伝承には“漆黒の髪と瞳”や“力無き力”などショウマに通じる点が多い。“異なる国”というのも“別の世界”と捉える事が出来るし、“太古の知識”も魔動王国語の事だと捉えれば、更に共通点は増える。
アイリッシュも知り合いにそういう人間が居たという話だったし、ショウマ自身がこの世界に居る以上、救世の騎士が異世界人である可能性が高いとは思っていた。
まさかその血を継ぐ者が目の前に居るとは思いもよらなかったが。
「君が異世界から来たということは、あの魔動機兵もという事でいいんだよね?」
「あ、はい…多分。正直、自分が居たという世界の記憶が曖昧なので、断言は出来ませんが。ただ俺の知る限り、向こうの世界では魔動力は存在しませんし、シルブレイドもこの世界には無いエネルギーで動きます。シルブレイドについては師匠でさえも解明出来ない部分が多かったですので異世界製で間違いは無いと思います。けど今回、俺も初めて知りましたが、あの機体には何故か魔動機兵の動力源と同じ魔動力炉が備わっていました」
「つまりこの世界の動力炉とそちらの世界の動力炉。2つの動力炉が内蔵されていたって事だね」
「そういう事になります」
シルブレイドに動力源が2つ内蔵されている事はおろか、その内部機構の大部分においてショウマの師匠である“造聖”でさえも解析する事は不可能だった。
それも当然の話で、異世界の技術により造られているのだから、その知識すら持たないこの世界の機兵技師が手を出せる訳が無いのだ。
そしてそれは1つの絶望的な答えを示してもいた。
「あの“造聖”トゥルーリさんでも解析出来なかった異世界の機兵か……けど、そうなると修理はどうするんだい?自分で出来るのか?」
シルフィリットの何気ない問い掛け。
その答えはただ1つしか無く、希望の欠片さえ無い答えを返すしかない。
「無理です。鎧甲程度だったらまだしも、あそこまで破壊されてしまったら……いくら操縦出来るからといっても、修理できる程の知識も技術も俺にはありません。それについてはこの世界と同じですよ。魔動機兵を操縦出来るからといってその仕組みや造り方まで完全に把握しているのは師匠以外じゃ殆ど居ないでしょう」
「確かにそうだね。"騎士の中の騎士”なんて称号を持ってる僕といえども魔動機兵は造れないしね」
もし機兵騎士の全てが魔動具造りの知識を持っているなら、魔動技師はその存在意義を失ってしまう。
騎士も技師もそれら片方を極めるだけでも相当困難なのだ。
それだけに騎士と技師の両方を高いレベルで修得している“造聖”は、天賦の才を持っていたと言っても過言ではないだろう。
「なのでシルブレイドはもう…………」
魔動力の無いショウマにとってシルブレイドは、彼が動かす事の出来る唯一で絶対的な力だった。悪夢獣と戦い、倒す為に必要なものだった。
だがそれは失われてしまった。
今の今まで、なるべく考えないようにしていた。
いつかは向き合わなければいけないが、すぐには心の整理が出来ないと思っていた。
もし認めてしまったらみっともなく泣き叫ぶかもしれないと思っていた。
だが現実はその黒い瞳から一滴の涙が零れたのみだった。
それも悲しみの涙では無い。
シルブレイドを上手く使ってやれず、不様な姿を晒し、諦めるしか出来なかった自分に対する悔しさから出たものだ。
「そうか……それは残念だよ」
シルフィリットも沈痛な面持ちを浮かべる。
もしかしたら彼にも慣れ親しんだ愛機を失うという似たような経験があるのかもしれない。
「ショウマ君。愛機を失って辛いであろう君に、もう1つ酷な事を僕は言わなければならないんだ」
シルフィリットは気を取り直したように顔を上げて、ショウマを見据える。
ショウマの方も頬を流れる涙を拭う事もせず、シルフィリットに向けて視線を上げる。
「ショウマ=トゥルーリ君。君を魔動機兵の無断使用の罪で拘束させて貰う。抵抗はしない方が君と、そしてそこの彼女の身の為だよ」
先程までと全く変わらない穏やかな口調で言われた言葉にショウマは、一瞬、何を言われたのか分からず、そして内容を噛み砕いて理解して尚、意味が分からず呆然とするしかなかった。
* * * * * * * * * *
ショウマはピリピリと張り詰めた空気が蔓延する中に立っていた。
彼の周囲には取り囲むように机が並べられ、6人の人間が居る。
その内4人は見知った顔だった。
ショウマから見て一番右手には、彼を拘束したシルフィリットが座り、その隣にはアイリッシュ理事長が朗らかな表情で座っている。彼女の斜め後ろにエルアが控えているのはいつも通り。
左手を見れば、出っ張った顎から伸びる無精髭を触りながら渋い顔を浮かべるジャージ姿のクラス担任であるタンニが座っていた。
タンニの左隣と正面の人物は初めて見る顔だったが、事前に聞かされていたので、その2人が誰かは分かっていた。
スーツをびっしりと着込み、切れ長で鋭い目の白髪混じりの壮年の男は、シンロード魔動学園の教師を纏める教師頭のキヨートゥ。
そしてショウマの真正面には、30代半ば程で肩口まである薄紫色の髪とどこか女性のような繊細さを連想させる顔立ちのローブのようなゆったりとした服を着た男性がいる。
彼の名はイーグレット=フィスス。
この学園で理事長であるアイリッシュの次に高い地位と権力を持つ、シンロード魔動学園の長。それが彼の役職だった。
張り詰めた空気を破り、イーグレットが口を開く。
「それではこれより騎士候補生ショウマ=トゥルーリの査問会を開きたいと思います」
そう宣言されてもショウマとしては何故こうなったのか未だに理解出来ていなかった。
シアニーを家まで送り届け、その足で学園まで連れて来られ、剣を取り上げられてこの場に居る。シルフィリットが居る限り、例えショウマが暴れても取り押さえる事が出来るだろうという事で枷は嵌められていない。
そんな事をしても無駄だと分かっているし、昨日の疲れも残っているのでこうして大人しくこの場に居るのだが、査問会議を行われるような理由が全く分からなかった。
確かシルフィリットが拘束すると言った時に無断使用がどうのと言っていたようだったが、そもそもシルブレイドはショウマ個人が所有するものなので、無断使用には当たらないはずだ。
「どうも当の本人は、何故自分がこの場に居るのか分からない様子ですな。どなたか説明してやってくれたまえ」
「では、僭越ながらアイリッシュ様に代わりこのエルアがご説明させて頂きたいと思います」
キヨートゥのぞんざいな言葉にエルアが恭しく頭を下げてから説明を始める。
「シンロード魔動学園学則第6条第2項にこうあります。当学園に所属する騎士候補生並びに技師候補生は、特例として準騎士及び準技師として扱われるものとし、魔動機兵を扱う事を特別に許可する。そして第3項には当学園に所属する騎士候補生並びに技師候補生は当学園に帰属し、その個人が所有する魔動機兵も一時的に当学園に帰属するものとする。更に第4項では、当学園に帰属する魔動機兵は学園の許可無く学外で使用する事を禁じる。必要であれば許可を申請し、当学園が許可した場合はその限りでは無い、と。つまり以上の学則を違反した事により、ショウマ様はこの場に呼び出された次第でございます」
エルアは深々と頭を下げた後、ゆっくりとアイリッシュの背後へと戻っていく。
ショウマはそれでようやく理解した。
今回の行動は確かに完全にその学則から逸脱している。とはいえ、そんな学則があったなどショウマは知らなかった事だ。
確かに編入前に学則が纏められた本を渡されたが、結構な厚さがあったので、そんなものをちゃんと読む人間はそうそう居ないだろう。
後から聞かされた事だが、学則については予科生の際に授業内で教えるものらしい。
予科を飛び越えて本科に編入したので、学則本をちゃんと読んでいなかったショウマが知る訳が無かった。
だが知らなかったからといっても規則違反に違いは無い。
特に魔動機兵は悪夢獣と対等に戦える圧倒的な力を持ついわば兵器だ。1体で街の1つや2つくらい簡単に壊滅させるだけの力を有しているのだ。
いくら個人の所有物であろうと、そんなものを自分勝手に動かしていたら、周囲に迷惑が掛かるどころの騒ぎでは無い。
これが騎士団だったならば、死罪になっても文句を言えないレベルだろう。
とはいえ、もしこの学則を知っていたとしても、ショウマは同じ行動を取っただろう。
「だがトゥルーリは先週、学園に入ったばかりの、いわば新入生同然。この事を知らなかったとしても仕方が無いと思うんだが」
タンニがショウマを擁護する。
しかし隣に座るキヨートゥに睨まれ、すぐに黙ってしまう。
「だとしても違反は違反です。他の者にも示しがつきませんので罰則を与えるのは当然と考えます。そもそも特例で本科編入というのも私としてはまだ納得していないのです。その上に今回の事。退学処分も考慮に入れるべきだと思います」
キヨートゥが鋭い視線でショウマを睨み付ける。
その程度で怯むようなショウマではないが、彼の言葉は尤もなので反論する事は出来ない。
それにシルブレイドが破壊されてしまった以上、機兵騎士になる事も無理になってしまったので、退学処分だろうと素直に受け入れるつもりだった。
「ですがキヨートゥ先生。今回は学園の生徒が誘拐され、彼が迅速に動いたおかげでその生徒は無事に保護出来ました。情状酌量の余地はあると思います。更に今回の主犯は外部講師とはいえこの学園の教師です。確か外部講師の選定はキヨートゥ先生の管轄だと聞き及んでおりますが」
キヨートゥの言葉にシルフィリットが割り込む。
「確かにザンス先生につきましてはこちらの不手際。それに関しては謝罪しよう。だが、それとこれとは別の話!」
「いえ、そういう訳にはいきません。雇用する前にザンス先生の身辺を徹底的に洗っていれば、邪法に関する何かしらを事前に見つけ出す事が出来たかもしれません。今回は周囲を山と湖で囲まれた場所だった為、被害は殆ど出ていませんが、もし彼があの機体をこの街に運び込んでいたらどうなっていたか……」
シルフィリットの言葉にキヨートゥは、黙って唸り声を上げるしかなかった。身辺調査が甘かったのは彼自身も自覚していたからだ。
シルフィリットが更なる言葉を続けようとした時、それを制する者がいた。
「シルフィリットくん、その辺で。その件については後日、改めて話し合いをするべきだと思います。今更言った所で時間が撒き戻る訳では無いですから、今後の検討課題という事になると思いますが」
イーグレット学園長は穏やかな口調でシルフィリットを諭し、席に座らせると、真っ直ぐとショウマを見つめる。
「今は彼の処分を決める場です。さて、ショウマくん。君自身は何か言いたい事はありますか?」
「いいえ、特別何か言う事はありません。処分を重く受け入れます」
ショウマははっきりとそう答える。
言いたい事は全てタンニとシルフィリットが言ってくれたし、変な言い訳もする気は無かった。
退学だろうとなんだろうと処分は受け入れる覚悟だ。
「そうですか。理事長からは何かありますか?」
アイリッシュに意見を求めるが、彼女は首を横に振るだけで何も言わない。彼女の言葉はいくら隠居の身といえど、多大な影響を与える。もし口を開けば、それが決定事項になり得るのだ。
この場にはイーグレットに請われたから居るだけで、学園の事に関しては全て彼に一任している。
その為、ショウマの処分がどうであろうと彼女自身は一切関知しない事にしている。それだけアイリッシュはイーグレットという自分の後継者を信頼していた。
「分かりました。では彼の処分を言い渡します。この決定は覆る事も無く、また不服も受け付けない事を先に伝えておきます」
イーグレットはそう前置きし、一呼吸置いてからショウマに対して処分を言い渡した。
* * * * * * * * * *
「で、その処分の結果がこれな訳?」
廊下の壁に寄り掛かりながら、シアニーは大きく息を吐く。
彼女としては今回のショウマの処分は自分が原因である為、手伝いたいという気持ちがあるのだが、流石にショウマの居る場所に入るのは憚れるので、こうして壁越しで会話をしていた。
「俺だって驚いたよ。退学になってもおかしくない雰囲気だったからなぁ」
ショウマは廊下に居るシアニーに答えながら、手に持ったブラシに力を込める。
彼に下された処分は、本科生1年校舎の1週間のトイレ掃除。男という事で男子トイレ限定。
清掃中の看板を掲げてあるので、誰かが入って来る事は無いが、思春期の少女であるシアニーが恥ずかしくて立ち入れないのは仕方がない事である。
掃除を手伝えないまでもこうして付き合ってくれるだけ、律儀な性格と言えなくもない。
「でも良かった。退学にならなくて………ってっべべべ別にああああんたが居なくなったら寂しいとか悲しいとかじゃなくて…今回の事は私が油断してたのが原因でもあるし……そそその…そ、そうよ!もし退学になんてなったらあんたの勝ち逃げになっちゃうんだから、私があんたを追い越すまでは居て貰わないと困るのよ!!」
相変わらずの天の邪鬼な性格だが、若干本音が零れているのは顔を突き合わせていないからか。
なにはともあれ、ショウマは学園に居続ける事となった。
「それでこれからどうする気なの?」
シアニーの何気ない一言は確信を突く。
ショウマについての事情を知らない彼女としては、シルブレイドを修理するのか、新しい魔動機兵にするのかという素朴な疑問を問い掛けたに過ぎない。
だがショウマにとっては最も重要で最も考えなければいけない事。
これからどうすればいいのか、どうしたら良いのか、その答えはまだ出ていない。
3年前のあの日。
カティーとギニアス、そしてフューレンの村の皆に向けて、救世の騎士のように悪しき夢を滅ぼす存在となると決意した。
だが実際は自分の手で悪夢獣を1匹も倒していないというのが現実。
その上、シルブレイドは失われ、魔動力の無い身では他の魔動機兵に乗るという選択肢も選べない。身1つしか無い現状では悪夢獣に対抗する事はほとんど不可能となってしまった。
このまま学園で騎士を目指した所で、魔動力が無くて魔動機兵を操れない自分が機兵騎士になれる事は絶対に無いだろう。
騎士を諦めるという選択もある。
しかしこの学園に入ってシアニーやシルフィリットという強者と出会い、自分が今よりもっと強くなれる可能性も見出していた。
今より強くなりたいという気持ちはある。
だが強くなった所で、人の身だけの強さには限界がある。
魔動機兵という強大な力が無ければ、目標に近付く事さえ出来ない。
「はぁ……俺はこれからどうすればいいんだろうな……」
ショウマは一旦掃除の手を休め、窓から見える澄み切った青い空を仰ぎながら堂々巡りする考えに対し自問するのだった。
これにて第1章終わりです。
次回、幕間を1つ挟んでから第2章を開始します。




