第16話 魔動の力が満ちる時
「ねぇ、ショウマ!起きなさいよ!!起きてってば!!」
シアニーは切羽詰まった表情でショウマを揺り起そうとする。
彼は意識を失い、ぐったりとしている。シートに頭を打ち付けて切ってしまったのか額からは血が流れ落ちてきている。
ショウマが怪我を負い、意識を失ってしまったのは、彼女のせいだった。
衝撃が来る直前にショウマに抱き寄せられるように庇われたからである。おかげでシアニーは多少あちこちをぶつけたが、大した怪我はしなかった。
「ああ、もう!このこの!動きなさいよ!!」
シアニーはショウマを起こすのを諦め、操縦席にあるレバーを掴むと魔動力と共に自身の意思を送り続ける。
ブゥンという音と共に前面に外の情景が映り、薄暗かった操縦席内を照らし出す。
しかしただそれだけで、シアニーの意思に呼応して動き出してはくれない。
「なんで動かないのよ!!」
普通の魔動機兵ならば誰が乗っても、魔動力に意思を伝えるだけで動き出す。
しかし今、彼女が乗っている機体は普通の魔動機兵では無い。そもそも魔動機兵ですら無いのだ。
だから手を添えて念じるだけでは、決してこの白銀の機体が動く事は無い。
そんな事を知るはずもないシアニーの視線の先には、まるで獲物を追い詰めたかのように、闇色の獣のような姿の魔動機兵が悠然と近付いてくる。
「ああ、もう!ショウマ、お願いだから起きてよ!!」
自分ではこの状況を打開出来ないと分かり、再びショウマを起こそうとする。
頭部を強打していたら揺するという行為自体、危険な事なのだが、このままでは2人とも命の危険があるので、それを気にしている余裕など彼女にはない。
「…いや……来ないで……来ないでよぉぉ!!」
必死に叫ぶがそんなものが通じるはずも無く、闇色の魔動機兵――サルシェイドは後数歩の所まで彼女とショウマの乗るシルブレイドまで迫っていた。
* * * * * * * * * *
時は10分程遡る。
沈みゆく夕日が湖面に反射する湖畔で、シルブレイドは更なる異形へと変化したサルシェイドと対峙していた。
漏れ聞こえる「許さんユルサンゆるさん……」というザンスの怨詛のような呟きから、既に彼が正気の沙汰ではないという事は伺える。
邪法の影響で発狂する者がいたという話があったが、恐らくは死んでも悪夢を見せようとする悪夢獣の禍々しさに当てられた結果がこれなのだろう。
さすがにこのまま放って逃げる訳にもいかない。
逃げ切れるかどうかというのもあるが、それ以前にこの状態で放置しておいたら、悪夢獣を野放しにしているのと同じ事になる。
ヤーミー家の別荘に居る使用人やショウマがさくっと倒した護衛の魔動機兵に乗っていた操縦者はもちろん、来る前に立ち寄った近隣の村にも被害が出てしまうだろう。
それを防ぐために騎士を目指したのに、ここで逃げてしまっては3年前と同じだ。
もうあんな苦しみは味わいたくなかった。
「シア。せめてお前だけでも逃げ……」
「逃げないわよ!!」
ショウマが全てを言い終える前にシアニーが力強く返事を返す。
「見ているだけで怖いし吐気がする程気持ち悪いけど…あれが……紛い物かもしれないけど、あれが悪夢獣なんでしょ?放置してたら危険なものだってのは一目で分かる。だったら騎士を目指す者として逃げるなんて出来ないわよ!!」
それは全く持ってシアニーらしかった。
1度会った事のあるショウマでさえ身体が震えそうなのに、この少女は毅然と恐怖に立ち向かっている。
そんな彼女を前に弱気な態度など見せられる訳が無い。
「あれをぶっ倒し、ザンス先生を救って、鍵を手に入れる!目的が1つ増えたけどやる事は同じだ!行くぞ、シア!!」
「ええ。思いっきりやっちゃいなさい!!」
士気を高揚させ、シルブレイドが突撃を開始する。
サルシェイドの大振りな腕の一撃を掻い潜り、左の肩口を斬り上げる。
闇がコーティングして再生したとはいえ、先程まで千切れ掛かっていた部分だ。他の部分よりは脆い可能性があった。
だが、やはり剣は闇の障壁によって弾き返されてしまう。
『まだまだぁ!!!』
シルブレイドは斬撃を繰り返す。
突き。薙ぎ。斬り上げ。斬り下ろし。袈裟。逆袈裟。
様々な方向、様々な方法で攻撃を繰り出す。
そしてこの僅かな時間で、ショウマは闇の障壁について1つの結論を出す。
「なんとなく分かってきたぞ」
一番最初。落下速度を加えて最上段から振り下ろした一撃は大きく体勢を崩す程に弾き返された。
次に渾身の力で振り下ろした斬撃は大きく弾かれるが態勢は崩さなかった。
突きを繰り出した時は小さく弾かれただけで、相手を寄せ付けないように牽制の意味で下がりながら斬り払った力の篭っていない一撃に至っては、弾かれる事さえ無かった。
「こっちの攻撃の強さと接触面に比例して弾く力が強くなるのか」
倒そうと威力を増せば増す程、障壁は強く反発し、かといって弱い力では障壁に弾かれる事は無いが鎧甲は貫けない。
「って、それって打つ手無しじゃない!」
「いや、そうでもない。この機体なら……いや、師匠の武器なら!」
詳しい説明をしてる暇は無いと言わんばかりにショウマは、再びサルシェイドに斬り掛る。ただし今回は鋸刃の方を相手に向けてだ。
闇の障壁に阻まれる直前、剣速を落としてただ触れさせるだけ。接地面の少ないギザギザの刃と攻撃とさえ言えない強さの一撃は、ショウマの予想通り、障壁の影響を受ける事は無かった。
当然、こんなものでダメージを与えられるはずが無い。
しかしここからがブレイドソーの真骨頂。
シルブレイドが手首を捻ると柄が半分から外れる。
半分に分かたれた柄同士は、魔動機兵にとって人の筋肉と同じ役割をこなす魔動筋と呼ばれる伸縮する金属糸の束で繋がっていた。
そして柄頭の方を一気に引っ張ると魔動筋と繋がり連結していた鋸刃が勢い良く動き出す。それはショウマの世界にある電動鋸に似ていた。
本来であれば魔動力で鋸刃を高速で動かすのだが、魔動力の無いショウマでも使えるよう、無理矢理引っ張って動かす事が出来るように改良してあったのだ。
甲高い金属が擦れる音が響き、ついに刃はサルシェイドの鎧甲を削り斬る事に成功する。だが半分程まで切断した所で刃は動きを止めてしまう。
もう一度引き絞ろうとするが、横から剛腕が襲い掛かる。
避けきれないと判断したショウマは剣の腹を盾のように構えてその拳を防ぐ。
「うぐぅっ」
「きゃぁっ」
直撃こそ免れたが、その膂力に剣がミシミシと軋み、直後、浮遊感を感じたと思った時には、激しく背後にあった湖へと吹き飛ばされる。
水がクッションになってくれたおかげで衝撃は凄まじかったが、機体へのダメージはそれ程ではない。軋みを上げていたブレイドソーも折れる事は無かった。
「あのデカくて長い腕は伊達じゃねぇって事か。まともに食らったらヤバそうだな」
アダマスコーティングされたブレイドソーでさえ折られそうだったのに、アダマス鋼製の鎧甲を纏っていないシルブレイドがあれをまともに受ければ、軽く粉砕されてしまうだろう。
だが成果はあった。
サルシェイドにダメージを与える事が出来るのは分かった。スピードはこちらが上回っているので、向こうの攻撃にさえ注意すればいずれ倒す事が出来るだろう。
後の問題はエネルギーの残量だけ。
長期戦になればなるほど不利になっていく。
普通の魔動機兵だったならこんな事に頭を悩ませる事は無いのだが、こればかりは仕方が無い。
ショウマはちらりとエネルギー残量を示すゲージに視線を向けてから、再びサルシェイドへと向けてシルブレイドを駆けさせる。
最初の狙いは左肩。
闇によって修復されたとはいえその肩と胴を繋ぐ大本は未だに千切れ掛けたままだ。障壁が通じないならば断ち切れるはずだった。
案の定、苦も無く左肩の関節部は断ち切れる。
「ショウマ!いけるよ!!」
シアニーの声援を背にシルブレイドの攻勢は尚も続く。
サルシェイドの障壁も鎧甲もブレイドソーの前には無力で、一撃を放つ毎に傷が刻まれていく。
手動なせいで必ず途中で刃が止まってしまい、2度、3度と同じ部分を攻撃しなければ完全な切断にまでは至らないが、それでも何度も攻撃するうちに、とうとう右腕を肘辺りから斬り落とす事に成功した。
これでほぼ勝負は決した。後は操縦席を斬り取り、ザンスを引っ張り出せば終わり。
勝利を確信してしまった。それが油断となる。
無造作にサルシェイドの眼前に立ったシルブレイドの側面から先程切り離したはずの右拳が飛んできた。
「ショウマ!避けて!!」
先に気付いたシアニーが声を出すが、操縦するショウマは僅かに反応が遅れる。
ショウマが気付いた時には既に普通には防ぐ事も避ける事も出来ない距離にまで迫っていた。
直撃する。
そう思いシアニーは目を瞑り、衝撃に耐える為にシートにしがみつく。
だが感じた衝撃は思った以上に軽かった。いやこれは拳がぶつかった衝撃などでは無く遠心力によって揺さぶられたような感覚。
目を開けると目の前を闇色の拳が通り過ぎ、それを忌々しそうに見つめるショウマの姿があった。
「くっそ……まさか最後の最後で使わされるとは…………」
普通に回避したら間に合うはずもない攻撃をショウマは右側半分だけにブーストを使用する事で急速に身体を捻って回避した。
だがその代償は大きかった。
その1発でエネルギーは一気に消費され、エネルギーゲージは完全に消えている。
操縦席内は薄暗くなり、今にも消えてしまいそう。
そんな中、正面に見えるサルシェイドの左肩と右肘から闇色の触手のようなものが伸び、切断されていた部位と繋がっているのが見えた。
「おいおい、遠隔操作出来る上に再生まですんのかよ……」
常識外れな事態に諦めたような声を出すショウマ。
ようやく見つけた希望が絶望に染まっていく。
そして真っ直ぐ正面から再び拳が飛んでくるのを最後に、外の映像はプツンと消え、操縦席内は暗闇に閉ざされる。その直後、ショウマとシアニーに激しい衝撃が襲い掛かるのであった。
* * * * * * * * * *
――誰かが助けを求めている声が聞こえる。
ふと脳裏に父親のように慕ったギニアスの顔が浮かぶ。
しかし彼は息子のように思ってくれていた自分の事を守ろうとして……殺されてしまった。
次にギニアスの娘で最愛の少女だったカティの顔が浮かぶ。
その彼女は男である自分を守り、安心させるように最後に笑顔を浮かべて……殺されてしまった。
2人はもうこの世にはいない。
悪夢獣によって殺されてしまったから。
――自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
もう記憶の中にしか存在しない2人の家族が笑顔を浮かべる。
そして優しく語り掛けてくる。
「ショウマ。男なら目の前の大切な奴の1人や2人くらい助けて見せろ!」
ギニアスは厳つい顔で豪快に笑いながら語り掛ける。
「ショウマくんはきっと救世の騎士様だよ。いつか私だけじゃなくて皆も助けられるくらいになれるよ」
カティは頬を赤く染めて、嬉しそうに笑いながら言う。
それは平和だった頃の記憶。
愛すべき家族の言葉。
――少女の怯える声が聞こえる。
2人の姿が消え、1人の少女の姿が浮かんでくる。
感情豊かに表情をコロコロと変え、騒がしくも人の為に怒れる金髪ツインテールの美少女。
過去に大切な家族を失った自分にとって、何故か素直に自分の素を見せられる今一番大切な友人。
そうだ。
もう大切な人を悪夢獣になんて奪わせない。
今度こそ目の前にいる大切な人を守る。
「シアッ!!!!」
自分の胸にしがみつく金髪の少女の温もりを感じながら、ショウマは無我夢中でフットペダルを踏み込む。
その動きでシルブレイドが僅かに動き、振り下ろされた漆黒の拳はその左肩を叩き潰す。だがもし動いていなければ操縦席ごと、ショウマとシアニーは叩き潰されていたことだろう。
ショウマは更にペダルを踏み込み、一気に離脱を図る。
「間一髪って奴か。俺はどれくらい意思を失ってた?なんで今動けてるんだ?っていうか、もしかして、シア。泣いてる?」
ショウマは様々な疑問を投げかけつつ、自身の胸に強くしがみついているシアの目から光るものが流れ落ちたのに気付く。
「ななななな泣いてなんかいないわよ!!こここここれは汗よ!!そそそそうよ!あんたの体温で暑くなったから汗が流れて来ただけよ!!っていうかいい加減離れなさいよ!!」
いつものように顔を赤くして否定するが、瞳が潤んでいるので説得力の欠片も無い。
だが、ここで口論しても話が始まらないし、時間も勿体無いので、そういう事にしておいて話を続ける。
ちなみに目の前からサルシェイドが迫っている為、彼女を下ろしてるような暇は無い。
「で、俺はどれくらい気絶してた?」
「多分、1、2分くらい。あいつが腕を完全再生させるのに結構、時間が掛かってたみたいだから」
サルシェイドの振るった拳を剣の上で滑らせて受け流しつつ、会話を続ける。
「そうか。それでなんでシルブレイドは動けてる?」
「何、変な事言ってんのよ!頭を打っておかしくなっちゃったの?!魔動機兵なんだから魔動力があれば動くに決まってるじゃない!!っていうか、私が動かそうとしても動かなかったから、壊れちゃったのかと思ったんだけど、今はちゃんと動くみたいだし…………」
シルブレイドは魔動機兵じゃないので、魔動力があろうと動く事は無いし、当然、操縦方法も全く違うので、普通の魔動機兵のように心で思っただけでは、当然、動く事は無い。
ショウマは気を失う直前に完全にエネルギーが切れて、前面モニターが途切れたのを確認している。
だが今はしっかりと外の景色を映し出し、何より、シルブレイドは普通に動けている。
エネルギーの残量を示すゲージに目を向けるが、やはりそこには1目盛りもゲージは点灯していない。エネルギーが枯渇しているのは明白だった。
だがそこで気付く。
その隣にこれまでには無かったゲージが1本点灯しているという事に。
ゲージの下には魔動王国文字で“魔動力”と書かれてあった。
「まさか、これって……」
サルシェイドの両手が挟み込むように左右から襲い掛かるのを大きく飛び上がってかわしつつ、頭をフル回転させる。
シルブレイドは魔動機兵では無いはずだった。
3年前にギニアスが動かそうとしても起動さえしなかったから、ずっとそうだと思い込んでいた。だが、あの時は起動の要であるカードキーを差していなかった。
そしてショウマの記憶の一部が戻ってからは、魔動力の無い世界で造り出された電気でしか動かない機体だとずっと思い込み、彼しか乗る事は無かった。
だから今の今まで知らなかった。気付かなかった。気付けなかった。
シルブレイドは異世界の動力源を持つ、魔動機兵だったのだ。
「シア。頼みがある」
「なな何よ。さっきみたいに逃げろとか言わないでよね!」
空中にいる為、回避が不可能なシルブレイドにサルシェイドがアッパーの要領で拳を振り上げる。
しかしその一撃はブーストを使用する事で無理矢理軌道をずらして回避する。
「そんな事はもう言わないし、今の状況で出来る訳が無いだろ。頼みたい事ってのは操縦桿…このレバーを握って欲しいって事だ」
「えぇ?なななななんで?!だだだだって、その……だから……えっと…………」
シアニーの顔はさっきからずっと火照ったように真っ赤だ。
戦いが続いているせいで、シアニーはショウマの胸にしがみついたまま。ショウマの体温と匂いを身体全体で感じ、必死の表情が常に目に入る。
真剣に戦い続けるショウマに対して不謹慎かもしれないが、胸の鼓動は抑えきれない程高鳴り、恥ずかしさやら何やらで顔だけでは無く全身が紅色に染まり、体温が上昇していく。
しかもこの状況でレバーを握るという事はショウマの手を握るという事を意味し、シアニーはまともに考える事すら出来なくなっていた。
その間にもサルシェイドの猛攻は続き、シルブレイドは防戦一方。
左腕が破壊された為、回転鋸が使用出来ず、反撃すら出来ない状況なのだ。
「ええい、時間がねぇんだよ!!」
魔動力は基本的に電気のように充填しておく事は出来ない。
“ライト”に使われている光を放つ白光石がこの世界で唯一、魔動力を長期に持続させるが、それも溜めておく訳では無く、円心状に魔動力を細く長く流動させているだけ。"ライト”に使用される魔動力消費量が少ないから、長時間利用できるだけなのだ。
かつてはこの特性を利用して魔動具を無人で動かす事も考えられたが、意思を反映する事が出来ず、ただ単純な行動を繰り返す事しか出来なかった為、開発は中止されたという。
つまりシルブレイドに注ぎ込まれた魔動力も溜まっているように見えているだけですぐに尽きてしまう。
その証拠にゲージは急速的に下がって来ている。
ショウマはもじもじとしているシアニーの手を無理矢理掴むと、操縦レバーを握らせ、その上に自分の手を乗せてシアニーの手ごと握り込む。
「ひゃっ」という驚いたような小さな悲鳴が聞こえたが無視。
エネルギーゲージを見れば、先程まで減り続けていた魔動力ゲージは一瞬で最大になっている。
「ちちちちちょちょちょっと、シシシシショウマ!?きききき急にそそそそそんな……わわわ私達は…まままままだ……そそそそそんな仲じゃ…………」
「何言ってるか分かんねぇが、ここからが本当の戦いなんだから、しっかりとしてくれよ!!」
シルブレイドはサルシェイドの攻撃を避けつつ、ブーストで一気に間合いを離す。
体勢を立て直し、サルシェイドに向けて剣を構え直す。
「さぁて、そんじゃ、そろそろこっちの反撃といきますか」
ショウマは1つ大きく息を吐いてから、不敵な笑みを浮かべた。




