第14話 囚われの姫君と救出?に来た騎士
シンロードより北西に位置するクリフレイ湖。
かつて数代前の“弓聖”クリフレイが悪夢獣を倒す際に大量の弓矢を降り注いだ為に地形が変化し、そこに地下水や雨が溜まって大きな湖となったのがこの湖である。
その畔にある比較的大きな屋敷の一室にシアニーは監禁されていた。
この世界で最も軟らかく軽い、しかし魔動力を通すと最も硬く重くなる鉱石であるアダマス鋼で作られた手枷足枷を取り付けられた状態で。
中央噴水公園で黒服の男に声を掛けられた所までははっきりと覚えているが、次に目を覚ました時はこの状態だった。
いくら帯剣してなかったからと言っても騎士として訓練をし、学園でも指折りの実力者であるシアニーに体術で勝るものはそれ程多くない。にも関わらず現在の状況になっているという事は恐らく薬か何かで眠らされてしまったと考えるのが妥当だろう。
「ちょっとあんた!私を誘拐してどうしようってのよ!!」
そして今、シアニーの目の前には自分を誘拐した元凶が立っている。重い枷のせいで手は出せないので、怒りはそいつに向かって怒鳴ってぶつける以外に無い。
「ふぅ、全く。王家の端くれという事だからもう少し品があると思ったが、王族のくせに騎士を目指しているだけあって粗野で粗暴で……これではそこらのゴロツキとなんら変わらんな」
彼女の怒声を軽く受け流し、誘拐犯は額に指をあて、やれやれといった風に首を振る。
誘拐犯の声は男のものだったが、口元以外を完全に覆う仮面のせいでその顔を見る事は出来ない。しかしその仕草、その言動がいちいち癪に障り、シアニーは怒りで顔を真っ赤に染める。
「そんなこと誘拐犯なんかに言われたくないわよ!!私だってちょっとは改めようと……ってそんな事はどうでもいいのよ!!目的は何よ!身代金?それとも王家に恨みでもあるの!?」
「ふん。私も王国と事を構えようとは思ってはいないさ。獲物を釣る餌であるお前がたまたま、端くれとはいえ王家の人間だったというだけだ。それにお前のような小娘に王国と交渉出来るような価値などあるはずも無かろう!」
確かに誘拐犯の言う通りだった。
彼女の兄ならばもう少しは有効かもしれないが、シアニーは王位継承権を持っているとはいえ、下から数えた方が早い為、仮に彼女が死のうとも王位継承争いにはほとんど影響しない。身代金を要求した所でそれを掻き集めるのは彼女の両親であり、国がその為に動く事はありえない。
フォーガンという王族の名を持ってはいるが、実質は中流から上流の貴族と殆ど同じなのだ。
「だったら何が目的なのよ!さっき私の事を獲物を釣る餌とか言ってたけど、それと何か関係あるの!?」
「まぁ、そうだな。奴がここに来るまでまだ暫くの猶予はあるか。まぁ、自分が攫われた理由くらいは教えてやるとしようか。私が恨んでいるのはショウマ=トゥルーリだ」
「え?」
全く予想しなかった答えに正直、シアニーは目を丸くする。
「奴を誘い出す為に、恋人であるお前を攫ったのだ。くっくっくっ、愛する者を奪われ、今頃は慌てふためいて急いでこちらに向かっているのではないか?」
「こここここ恋人?!ああああああ愛するももも者って!!わわわわ私達は別に…そそそそんな関係じゃ……」
先程までとは違う意味で顔を真っ赤にしたシアニーが首をブンブンと振って否定する。
しかし誘拐犯はその様子を愉快そうに見つめ、口の端を歪めて笑みを浮かべる。
「くっくっくっ、その反応だけで十分だ。ああ、そうだ、奴の目の前でお前を嬲って犯してやるのも面白いかもな。奴がどれ程絶望してくれるか楽しみだ。くっくっくっ」
誘拐犯の言葉に赤かったシアニーの顔が一気に青くなる。
枷を嵌められた今の彼女には抗う術は無い。もし今この男に襲われれば為す術は無いだろう。
誘拐犯の男を警戒しつつ、シアニーは壁際まで後退る。しかし男は何かを想像しているかのように口元を歪ませているだけで、彼女を一瞥さえしない。
仮面に隠れて表情は伺えないが、差し迫った危機では無さそうだ。しかし、ショウマがここに到着したら、その時はどうなるかは分からない。
それまでになんとか自力で脱出する方法を探すしかないとシアニーは強く決意する。
その直後、激しい音と共に屋敷全体が揺さぶられる。
「きゃぁっ!」
「な、なんだ!一体何が起きているというのだ!!」
何が起きているのか。
誘拐犯も、そしてシアニーも現状を理解出来ずにただ呆然と現状に飲まれていくだけであった。
* * * * * * * * * *
シアニーが目を覚ました時より、4時間程前。
シンロードの中央噴水公園でショウマは渡された紙に書かれた内容を見て、紙を力強く握り締める。
「……まさか……シアが………」
握り締めた拳がブルブルと震える。
その紙にはこう書かれてあった。
『お前の女は預かった。返して欲しければ、夕刻までにクリフレイ湖まで1人で来い。誰かに話した事が分かれば女の命は無いと思え』
ただの友人で恋人関係ですらないので“お前の女”という表現に違和感は覚えるが、それらしい対象となるとシアニーしか居ないので、恐らくは彼女が何者かに捕えられてしまったのだという事は、この内容から分かる。
しかしどういう理由か、彼女を使って自分まで誘い出そうとしている。
王族であるシアニーを攫うのは、まぁ、理解出来る。身代金目当てや王族への恨みというのも考えられるし、彼女の性格上から色々と誤解を生んで、不必要な恨みを買っている可能性もある。
だがショウマ自身、貴族ですら無いのでシアニー以上に人質としての価値は無い。
トゥルーリ姓を名乗っているとはいっても、師匠とはただの師弟関係なだけであって、実質は赤の他人だ。身代金など払う理由も義理も無い。というか「自分で何とかしろ」と言われるのが関の山だろう。
つまり自分が狙われる理由が無いのだ。
「けど、あいつバカか?なんであんなに強いのに簡単に誘拐なんてされるかなぁ」
思いっきり笑いたい衝動を抑えて、手が震えてしまう。
学生であるとはいえ、騎士候補生であり、更に言えばシアニーはその中でもトップクラスの実力者。そんな人間が抵抗も出来ずに攫われるなど前代未聞のお笑いネタである。
「あ、でももし正騎士クラスが相手だったなら勝てない…か?けど、そんな相手だとしたら俺が行った所でただ捕まりに行くだけだし、それに場所が場所だしなぁ……」
クリフレイ湖はシンロードとの間に高い山があり、迂回して行かなければならない。しかも普通の馬より早く疲れ知らずの魔動馬を飛ばしても5時間程も掛かる距離がある。
現在の時刻は12時を過ぎた程度。
当然、魔動力の無いショウマは魔動馬など操る事が出来ず、乗合馬車も出ていない事は無いが、途中にある町や村にも立ち寄るし、乗客の事を考えてそこまでスピードを出したりしない為、半日は掛かってしまうので、普通に考えたら刻限の夕刻までには到底間に合わない。
「とはいえ、俺を指名してる訳だし、流石に無視して助けに行かないって訳にはいかないよなぁ。となると総合的に考えて、アレを使うしかないって事か……」
師匠の元から先日こちらに届き、今はシンロード魔動学園で保管してあるものを取りに行く為、ショウマは休日にもかかわらず、学園へと向かい歩き出す。
その数時間後。
ショウマはクリフレイ湖の畔に到着していた。
誘拐犯のアジトである屋敷があり、その周囲には見張りらしき魔動機兵が2機いるのが見える。
しかし見張りの内、1機は既に足元に倒れ伏し、もう1機は屋敷の壁に上半身がめり込んでいる。
『おい、来てやったぞ!!わざわざここまで来てやったんだから、出てきてシアを解放しろ!!』
ショウマは周囲に響く程大きな声で、屋敷の中にいるであろう誘拐犯に向けて言い放つ。
「な、なんだ!一体何が起きているというのだ!!」
外の異変を察したのだろう。
仮面を被った男がシアニーを引き摺るようにしながら屋敷の中から出てくる。
『よう、シア。無事みたいだが、騎士としてこんな奴らに誘拐されるなんて恥ずかしいぞ』
「悪かったわね!というかその声はショウマなの?!」
シアニーからショウマの姿を見つける事は出来ない。だがその声を聞いただけで安心感に包まれ、そして同時に安堵する。
「ききき貴様!なぜここにいる!!そそそそれに卑怯だぞ!!そんなものに乗ってきおって!!」
『え?ちゃんと誰にも言わずに1人で来たんだから文句を言われる筋合いは無いぞ?っていうかそっちこそ魔動機兵を2機も見張りに置いといて卑怯だと思わねぇのかよ』
ショウマはやれやれと首を振る。しかしそれを見る事が出来たのは誰もいない。
なぜなら彼は今、操縦席に座っているから。
魔動力を持たない彼でも動かす事が出来る、いやこの世界においては彼しか動かす事の出来ない前頭部から剣が飛び出したような1本角を持った全高8mの白銀の巨人。
正式名称はヘビーギア・シルブレイド。
彼と共にこの世界に飛ばされて来た、異世界の技術で作られた巨大な機械の人形。
動力が魔動力では無く、電気の力である為、さしずめ電動機兵といった所だろうか。
ショウマはこれに乗る事により、魔動馬を頼る事無くここまで辿り着いた。しかも山を迂回するのではなく、真っ直ぐに山を越えて来た為に大幅な時間短縮にもなった。悪路でも移動速度の減速幅が小さい人型だったからこそ可能な行軍と言えるだろう。
『そんで先生。大人しく謝ってシアを返すならこの一件は見なかった事にするけど、どうする?』
「ふふふふフザケルな!ききき貴様のような田舎者にこの私が頭など下げるものかっ!!」
仮面の男は怒りを露わにしてショウマに向かって怒鳴り返す。
しかし彼は気付かない。
ショウマが彼の事を何と呼んだか。
気が付いたのは隣にいたシアニーの方だった。
「ねぇ、今、なんて言ったの?先生って言ったように聞こえたんだけど?」
『おい、シア……隣にいて気付かなかったのかよ。彼の名前はザンス=イ=ヤーミー。学園で歴史学を教えてる講師の先生だよ』
「なっ!?わわわわわ私はそんな名では…なななないぞ!!」
『ここに来る前に寄った近くの村で、この屋敷がヤーミー家の別荘だっていうのは確認済みだし、いくら仮面で顔を隠しても仕草や声で丸分かりだから』
思わぬ人物が犯人と分かり、シアニーは唖然とする。
確かに言われてみれば、神経を逆撫でする嫌味な言い回しや仕草には聞き覚え、見覚えはあった。
「くっくっくっ、そうか。そこまで知られているのか……ショウマ=トゥルーリ…やはり貴様は私にとって危険な人物。だぁが!貴様は何か忘れていないか?こちらには人質が居るのだぞ!!貴様の恋人がなぁ!!それでも私に盾突こうというのかぁ?」
正体がバレたザンスは仮面を脱ぎ捨てると懐からナイフを取り出し、シアニーに向けて突き付ける。
「さぁ、魔動機兵から降りて来ぉい!早くしろぉ!!愛する者を傷付けられたいのかぁ?」
『えっと……最初に1つ言っていいかな?』
「なんだ?泣いて地面に額を押し付けて謝るならば許してやっても構わないぞぉ?!」
『あ、いや、1つ訂正したいんだけど……俺とシアは恋人でも何でもないただのクラスメイトなんで、別に彼女を助ける義理とかは無いから、人質の意味は殆ど無いぞ』
「ちょっとショウマ!囚われの姫を助けるのは騎士の務めでしょうが!!」
シアニーは顔をいつものように真っ赤にさせて、目の前にあるナイフの事など見えないかのように、普段通りにショウマの言葉に言い返す。
『お前は姫かもしれないけど騎士だろうが!!それに狙いが俺みたいだったからここまで来ただけで、お前を助ける為に来た訳じゃ無いんだからな!来たついでに助けて貰えるだけでも感謝しろっての!』
「友達なら心配くらいするもんじゃないの!!」
『お前みたいに強い奴を心配なんてするかよ!そんなに心配して欲しかったらもっと女らしく振舞ったらどうだ!!同じクラスのアディナちゃんの方がよっぽど女らしいぞ!』
「へ~、ショウマってああいう地味そうな子が好きなんだ~。だったら私なんかじゃなくて彼女に街を案内して貰ったらいいじゃない!!」
『っていうかシアのせいでまた街に出られなかったんだからな!!』
「何よ!私のせいにしないでよ!あんたが勝手にここまで来たんじゃない!!」
『わざわざここまで来た奴に向かってそういう事言うか?!』
「別に助けてくれなんて頼んだ覚えは無いわよ!!」
2人の口論は更にヒートアップしていく。既に2人にはナイフを突き付けていたザンスの事など眼中になくなっていた。
「き、貴様ら!この私を無視す……」
「うるさいっ!!」
『あんたは黙ってろ!!』
「ぐうっ………」
2人の2人の迫力に押され、ザンスは僅かに後退る。
その間にもショウマとシアニーの遣り取りはどんどん激化していく。
『だいたい、品も無く暴力的なお前が姫って事が信じられねぇぜ!!ダンスも出来ねぇんじゃねぇの?』
「うるさい!ダンスは……ちょっと苦手なだけよ!!ちゃんと習えばすぐに上手くなってやるわよ!!こっちこそ信じられないわよ!あんたみたいなデリカーの無い奴が造聖様の弟子だなんて!」
『夢見がちな少女かよ!美化し過ぎてんじゃねぇの?師匠なんて俺なんかよりずっとデリカシーねぇぞ!!』
「そういう所がデリカシーが無いって言うのよ!!」
真っ赤な顔でムキになるシアニーはその一言毎に怒りを湛えながら一歩、また一歩をショウマの乗るシルブレイドへとにじり寄っていく。
もし枷が無かったら今にも飛びかからん勢いだ。
「大体からショウマは私の事をどうぅわわわわわっ」
シアニーが更に何かを言おうとしたが、それは突然、掴まれて持ち上げられてしまった為に、驚きの声で続ける事が出来なかった。
『ってわけで、人質救出成功っと』
シアニーを掴んだのはシルブレイドから伸びた左手。
2人の口論の激しさに気圧されて、ザンスがシアニーが詰め寄って来るのを傍観してくれたおかげで隙が生まれ、こうして無事に助け出す事が出来たのだ。
ショウマは操縦席の中でほっと安堵の息を吐く。
それは作戦とは言えない分の悪い賭けとしか言いようの無いものだった。
シアニーが怒り出すような事を言えば、きっと反論してくるだろうと。そして更に煽れば、それ以外は目に入らなくなるだろうと。
人質がシアニーでは無く、他の誰かだったならこんな方法は取れなかった。
彼女の性格とナイフを突き付けられても怯える事の無い騎士の精神があったからこそ可能な方法。
更に言えば、ザンスが若干、気の弱い性格だったのも成功した要因の1つと言える。彼がもっと気が強く、2人の口論を無理矢理にでも遮るような性格だったならば、こんなに容易く事を運ぶのは無理だっただろう。
だが現実にはシアニーを助け出す事が出来た。
シルブレイドの手の中で未だに顔を真っ赤にさせて「下ろしなさい!」とか「隠れてないで顔を見せないさい!」とか怒鳴り散らして喧しいのが玉に瑕だが。
『ああ、分かった、分かった。後で謝るから少し冷静になって俺の話しを聞いてくれ』
謝ると言ったのが功を奏したのか、顔は赤いままだが騒ぐのは止めてくれた。
『シア、ここから1人で逃げる事は出来るか?』
「こんなの付けて逃げられる訳ないでしょ!逃げられるならとっくに逃げ出してるわよ!!」
シアニーの両手首と両足首にはアダマス鋼製の枷が嵌められ、それぞれを鎖が繋いでいる。重い上に動きが制限されているとなれば、1人で逃げ出すなんて不可能と言えるだろうし、取り外す為には鍵が必要となる。
『となるとやっぱりザンス先生から鍵の在り処を吐かせるしかないってことか。んじゃ、シア。狭いけど中に入ってくれ』
ショウマはそう言うとひょいっとシアニーを掴んでいたシルブレイドの腕を背中側に動かし、同時に操縦席への搭乗口を開く。するとすぐにシアニーがショウマの背後に姿を現す。
「ちょっと!もうちょっと優しく扱ってよね!!というかさっきの……」
「待て待て!文句は後で聞くし、後で謝るって言っただろ!今の最優先事項はあっちだ」
言われてシアニーも渋々と口を噤み、ショウマが見ている光景に目を向ける。
操縦席の前面と左右には外の光景が映し出されている。
その前面にはいつの間にか黒い魔動機兵の姿があった。
丸みを帯びた胴体に地面に着く程に長い両腕。脚は腕とは対照的に短い。手先足先には3本の鋭い爪が生えており、一瞬、魔動機兵というより手長猿の悪夢獣かと思ってしまう程、その姿は異様で禍々しかった。
「何よ、あれ!?なんなんのよ!!あれって本当に魔動機兵なの?」
その禍々しさにシアニーは目を見開いて、ショウマには答える事の出来ない疑問を口にするのだった。




