第13話 不穏な休日デート
「よっしゃー、終わったぁー!!」
本日最後の講義の終わりを告げる鐘が鳴り、クラスメイトの1人が大きく伸びをする。
ショウマが編入してから6日。
まだ忙しない日々が続いているが、先日の歴史学の嫌味な講師を黙らせたおかげか、クラスメイトとは大分打ち解けるようになっていた。
「ねぇ、明日はどうしようか?」
「服が欲しいから買い物に付き合ってよ!」
「おい、トゥルーリ。これからみんなで遊びに行くんだけど、一緒に来ねぇか?」
「ねぇねぇ、ショウマ君って明日の休みはどうするの?」
シンロード魔動学園では1週間に1日、完全な休息日が与えられている。
これは学園の設備の簡易点検を行う為だ。
特に闘技場や運動場では騎士だけでなく魔動機兵で実戦形式の戦闘訓練を行っている為、外壁や魔動陣などは定期的に整備しないと大事故に繋がる恐れがあるからだ。
またこの休息日は学生達の心身のリフレッシュも兼ねている。
根を詰めて勉学に励んでもどこかで一息入れないと効率が悪くなる。それを解消するためのアイリッシュの教育方針の1つだった。
ちなみに最近では商店などでもこの休息日を取り入れている所が増えており、仕事の能率も上がっているらしいし、過労で倒れる者も減ってきているという。
1週間ぶりの休日とあって生徒達も若干浮ついている。
それぞれ思い思いに今日から明日に掛けてを、どう過ごそうかと相談し合っている。
「えっと、俺は……」
「ちょっといい?」
ショウマが口を開き掛けた瞬間、背後から声が掛かる。
その不機嫌そうな声質から誰が声を掛けてきたかは見るまでも無い。
「ああ、そうだよな~。いくら学園が休日でも付き人としては姫様の側を離れられないって事だよな~、あはははは」
「そ、そうよね。フォーガンさんと一緒だと…ちょっと…あの…その……アレだしね……」
「そ、それじゃ、俺達はもう帰るから」
金髪の少女――シアニーが姿を現しただけで、ショウマの周りを囲んでいた壁は一気に崩壊する。
王家の名と、いつも不機嫌そうな表情をしているせいもあって、級友達も彼女に接する事を極力避けている。
彼女としては単に人付き合いが苦手で、数少ない友人であるショウマが他の人に囲まれているのを見ると羨ましくて、でもそれをなるべく表情に出さないように堪えているせいで不機嫌そうに見えるだけ。
「わりぃな、皆。それじゃまた来週!」
ショウマは去りゆく級友に別れの挨拶をした後、シアニーの方へと視線を向ける。
「俺に何か用があるんだろ?とりあえずいつもの場所に移動しようか」
教室にはまだクラスメイトが残っている。
彼女の性格上、知り合いの多い今この場では用件を話さないだろうというショウマの心遣いだ。小腹が空いてきたので丁度良いという打算もあったりするが。
「んで、何か用があるんだろ?いい加減、その仏頂面を止めろって」
「う、うん……」
紅茶とパンケーキを頼みながら、ショウマは話を切り出す。
こんな風に言えば、いつもなら言い返してくるはずのシアニーだが、まるで心ここに在らずといった感じで、生返事を返してくるだけ。
つい何か変な物でも食べたんじゃないかと思ってしまう程、今日のシアニーはしおらしかった。
「え~っと…そそその………」
シアニーが口を開くが、その後の言葉が続かない。
どう言おうかという事は昨日の晩から何度もシミュレーションを重ねて来ていた。だからそれと同じように言うだけでいいはず。なのだが、いざ本人を目の前にすると、組み上がっていたはずの言葉はバラバラに解け、霧散してしまう。
頭の中で改めて言葉を積み上げ始めるが、一向に纏まってはくれない。
やけに物静かになって言葉をどう切り出そうか悩むシアニーを、ショウマは紅茶を飲みながらゆっくりと待つ。
感情的になっている時はすぐにそして次々と言葉が出てくるのに、こういう時には中々言葉が口から出てきてくれない。彼女が人付き合いが苦手な原因はここにあるのかもしれない。
しかしショウマは彼女の事をよく知っている。
だから彼女が頭を整理し、その言葉を紡ぎ出す時までゆっくりと待つ。
ショウマがパンケーキを半分程食べた頃、ようやくシアニーの口から言葉が発せられる。
「ね、ねぇ。ショウマって…そそそその…あ明日の休日って、ななな何か用事とかあったりする?あ、うん。そうだよね。用があるよね。忙しいよね。色々予定が立てこんでるよね~、あはははは」
「いや暇だけど?」
「あはははっ、そっかそっか忙しいなら仕方ないよね~。うんうん、そうだよねぇ~」
「いやだから暇だって」
「あっ、そっか~。暇か~……って、え?!本当に暇なの!?」
「だから暇だって何度言えば気が済むんだよ。予定も何も無いから街でもブラブラとしようと思ってたんだ。誰かさんのおかげで1ヶ月も病院暮らしでまともに街を見て回る機会が無かったからな」
「悪かったわね!だからお詫びとして街を案内してあげようと思ってたのよ!!」
「お、そりゃ助かる。地理や店に詳しい奴が居た方が迷わなくて済むからな~」
相変わらず回りくどくて面倒臭い性格だとショウマはつくづく思う。
ただ一言「街を案内する」と言えば済む事なのだが、そこに至る為にはショウマがその意図を理解し、誘導してやらなければいけない。
「そんじゃ明日は全部任せても構わないか?」
「任せなさいよ!私は生まれも育ちもこの街だから何処でも案内してあげるわ!!」
そう意気込むシアニー。
しかし次の瞬間、ある事実に気付いて、一瞬で顔を真っ赤に染めてしまう。
(えっ?あれ?ここここれってもしかして……いいい勢いだけで誘ってみたけど、まままままさか、デデデデデデート?!そそそそそうなるのかな、2人っきりだし……って、ちょちょちょっと待て私!ほほほ本当に2人っきりで出掛けるって事!?どどどどどうしよう!!でででででも別にただ街を案内するだけだし、べべ別にショウマとはそそそそういう関係じゃない訳だし……)
父親や兄とは別の異性と2人っきりで出掛けるという初めての事態に、考えれば考える程、妄想は泥沼に嵌り、顔はどんどん赤く染まっていき、体温は上昇し、心臓は早鐘のように動悸を繰り返す。
昨晩は話の切り出し方ばかりシミュレートしていた為、OKを貰った後の事にまで考えが至っていなかったようだ。
それから後のシアニーはというと、明日何処に案内すれば良いかとかどんな格好をすれば良いかとか、明日の事ばかり考えてしまい、ショウマの顔もまともに見れず、自主鍛錬にも身が入らず、フワフワとした落ち着かない気持ちで過ごす事となるのだった。
* * * * * * * * * *
シンロードの街のほぼ中央に位置する豪奢な噴水のある公園。
ここより北側には住宅地が広がり、その奥の高台にはシンロード魔動学園が聳えている。
そしてここから南側は商業区となり、大小様々、多種多様な店が軒を連ねている。更に南下すれば港と夏には観光客で賑わう砂浜が広がっている。
そんな中央噴水公園のシンボルともいえる噴水の前には、空色のワンピースに同じ色のミュール、白いストールを肩に掛け、小さめなレースであしらわれた白い日傘でその顔を隠した、透き通る程に艶やかに光を反射した長い金色の髪の少女がいた。
通りすがる人は一様にその姿に目を奪われるが、そのすぐ後には奇異の目に変わってしまう
少女はベンチに座っているかと思えば急に立ち上がり、辺りをウロウロし始める。再びベンチに座ったかと思えばキョロキョロと辺りを見回す。時折、北側にあるシンロード魔動学園に設置されている大時計に目を向けては、ブツブツと独り言を呟いては息を吐く。
落ち着きなく待ち人が来るのを今や遅しと待っている様子がありありと見て取れるが、その行動が数分もしない内に繰り返されれば、奇異の目を向けるのも仕方が無いというものだ。
「はぁ~、やっぱりちょっと早く着き過ぎちゃったかなぁ……」
少女は再び大時計に目を向ける。
現在の時刻は朝の10時。
待ち合わせの時間は昼の12時なので、ちょっと所では無い程に早過ぎる。
今日はただ街を案内するだけのはずなのに、昨晩は着ていく服を選んだり何処で何をしようかと妄想を膨らませていたら、全然眠れずに日付が変わってしまい、朝は朝で何故か日の出と同時に目が覚めしまい、風呂にまで入って丹念に時間を掛けて慣れない化粧までして準備をしたにも関わらず、待ち合わせ場所に到着したのは今から30分程前。
「べべべ別に楽しみにしてたとかそういう訳じゃないんだからね。ただ早く目が覚めて、午前中は特別な用事も無いからなんだから……」
何故か自分で自分に独り言で言い訳をしている。
どういう理由なのかは全然分からないが自分の心が浮ついているのは自覚していた。
ウキウキとした気分に似ているが父と兄が魔動機兵を動かしているのを初めて見た時の感動や興奮とはまた違う感覚に少女は戸惑っていた。
(ああ!もう!!なんでこんなもやもやした気持ちになるんだろ……)
落ち着こうとベンチに座ると、どうしても色んな事を考えてしまう。だからそれを払拭するように立ち上がり、辺りをウロウロする。大時計を見るが、さっき見た時から5分も経っていない。そして再びベンチに座り、また考えを巡らせてしまう。
どれくらいそれを繰り返しただろうか。
ベンチに座って考え込んでいると、不意に足音が聞こえて、影が差す。
待ち人が来てくれたのかと思って、心をぱぁっと輝かせて顔を上げる。
「シアニー=アメイト=ラ=フォーガン様ですね?」
「え?あなたは?」
そこには黒いスーツに身を包んだシアニーの知らない屈強な身体つきの男が立っていた。
* * * * * * * * * *
大時計が正午を知らせる鐘を鳴り響かせる頃、ショウマは中央噴水広場にやってきた。
本来ならばもう30分は早く到着出来たはずなのだが、途中で大荷物を抱えたお婆さんの手助けをしたり、迷子の親を探したりと、テンプレ的な展開に巻き込まれて待ち合わせ時間ギリギリになってしまったのだった。
「シアの奴、ちょっとばかり遅れたからって怒ったりしないだろうなぁ」
彼女の性格上、なんとなく開口一番に「遅い!」とか「男なら女より早く待ってるのが普通!」とか言って怒りそうな気がしてならない。
しかし待ち合わせ場所に到着して周囲を見回すが、同じように待ち合わせをしていたらしいカップルや子供達に風船を配っているピンク色のウサギの着ぐるみの姿は見つける事が出来たが、それらしき人物は見当たらない。
彼女の美貌と輝く金髪は何処に居てもすぐに目が付くので見つけられないはずが無いはずなのに。
「あれ?もしかしてまだ来てないのか?」
ショウマは大きく安堵の息を吐いてから手近のベンチへと腰を下ろす。
そういえば女性は身支度に時間が掛かるという話を聞いた事がある。
シアニーがそれに該当するかは分からないが、あれでも一応は姫である。きっとそれなりに時間は必要なのだろう。
「まっ、来るまでゆっくりと遅刻に対する抗議の言葉でも考えておくかな~♪」
鼻歌交じりでそんな事を考えながら、シアニーが来るまでの時間を過ごそうとしていると、たったったっと目の前に風船を持った小さな女の子が駆け寄って来る。
「お兄ちゃん、これ」
見ず知らずの少女はいきなり手に持っていた紙らしきものをショウマに差し出す。
「ん?俺にくれるのかい?」
「うん。風船をくれたウサギさんがお兄ちゃんに渡して来てって」
そう言われて視線を上げて見回すが、先程までいたはずのウサギの着ぐるみの姿は無い。
どういう理由かは分からないが、この少女は頼まれて渡しに来ただけのようだし、差し出された紙も4つ折りになっているだけで危険そうには感じないので、ショウマは優しい笑みを浮かべてその紙を受け取る。
「ありがとうね。あ、そうだ。これは俺からのお駄賃だよ」
先程、迷子の親探しをした際に、お礼としていくつか貰った飴玉の1つを少女に渡す。すると、少女は満面の笑みを浮かながら「ありがとう」と言って、母親の元へと戻っていく。
「さてさて、一体これには何が書かれてあるのやら」
わざわざ自分を指定してきたという事は、シアニーからの伝言くらいしか思いつかない。
待ち合わせ時間前に来ていたが、何か急用が出来て、この場にずっといると思った風船配りの着ぐるみに伝言を託したという事かも知れない。
だがそうなると何故、風船配り自身が渡しに来なかったかの疑問が残る。
ショウマがここに到着してベンチに座るまでに数分の時間はあった。その間も風船配りが近くに居たのは記憶している。わざわざ見ず知らずの女の子に頼む事も無いはずだ。
そこまでしてショウマと接触するのを嫌がる理由とは何か。
可能性としては風船配りが実はクラスメイトで、近付く事でバレると思ったからというのも考えられる。
「ま、深く考えるような事じゃねぇか」
考えた所で本当の事が分かるはずも無いので、ショウマは考える事を諦めて手の中の紙を開き始める。
「って、おいおい、マジかよ、これ……何やってんだよ、あいつは……」
その紙に書かれてある内容を読み、ショウマは盛大に溜息を吐くのであった。




