第12話 嫌味な講師
「え~、今から74年前、時の王であるフォーガン7世はこの世界で初めて元号というものを定められた。それが魔動新暦と呼ばれる今現在普通に使われている暦だ」
前髪を七三に別け、神経質そうな細い目を度の入り過ぎた眼鏡で大きくした歴史学の講師が授業を行っていた。
「さて、ここで1つの疑問が生じる。今年は魔動新暦で76年だ。だが定められたのは74年前。2年の差が生まれている訳だが~……ふむ、ではド田舎出身で最初の貴重な1ヶ月をたかが怪我如きで無駄にした歴史に無知そうなショウマ=トゥルーリにこの疑問を解消して貰おうか」
普通に名前だけを呼べばいいのに、わざわざ嫌味ったらしく田舎者やら授業開始から1ヶ月遅れた事などを強調して名指しする。
だがこれはショウマが相手の時に限った話ではない。
シアニーを名指しする時は“王族の端くれに卑しく座り、姫とか呼ばれてつけ上がっている勘違い娘”だとか“淑女とはかけ離れた残念男女”だとか、必ずと言っていい程、神経を逆撫でするような物言いをし、それは他のどんな生徒が相手でも同様。その為、この講師の評判は生徒内ではすこぶる悪い。
シアニーなんかはいつも顔を真っ赤にして怒りに震えているし、他の生徒も自分が名指しされないように顔を伏せている事が多い。
その姿を見るのが楽しいのか、授業を重ねる毎に講師の言葉による暴力はエスカレートしている。ある意味、よく毎回毎回違う言葉を思い付くものだと感心するほどである。
しかしショウマはそんな嫌味を笑顔で受け流しながら、音も無くすっと立ち上がって答える。
「はい。魔動新暦は今から76年前に起きた魔動具が爆発的な発展を遂げる切欠となった魔動革命の年に遡って制定しています。本来はその年に制定する予定でしたが、北のアルザイル旧帝国との小競り合いが続いていた為に先伸ばしにしたとされています。しかし約1年後にはその小競り合いも小康状態となった為、その翌年の王国祭でフォーガン7世が制定しました。ただ何故今まで必要としなかった元号をこの時になって制定したのかは不明です。博識であられる先生がもしその辺りの事をご存知であるのであればご教授願いたいと思います」
答え終えると立ち上がった時と同様に音も無く座る。
「う…うむ。上出来だ。か、完璧な回答で他に何も言う事は無いな」
ここまでしっかりと答えられるとは思っていなかったのだろう。驚いた表情の中に僅かに苦渋の表情を覗かせながら、講師は授業を進めようとする。
「さ、さて…何故元号を制定したかという彼の質問なんだが……」
そこで講師が固まる。
これについては時の王が明言していない為、未だ謎に包まれている。
講師の性格が素直ならそれをそのまま説明するだけで十分だっただろう。だが質問された生徒が完璧な答えを返した為に、自尊心から素直にそう答えるのは癪だった。
だから何かしら持論でも説いてやろうなどと息巻いたのだが、これまで誰もその疑問の謎を解こうとした人間はおらず、当然、この講師も謎だという事で終わらせていた為、自論など持っていない。だからすぐに良い言葉が見つからずに表情を強張らせて黙ってしまうのだった。
生徒達がざわめき始めようとした瞬間、授業の終了を伝える鐘が鳴る。
「こ、この2年の差異については前期試験で良く出る所なのでチェックしておくように。い、以上。終わりだ!」
歴史学の講師は最後にそれだけを言い残すと苛立たしげな表情で逃げるように教室から立ち去って行く。
張り詰めていた教室内の空気は講師が居なくなった途端弛緩し、どっとショウマの周りに他の生徒が集まる。
「凄ぇじゃん!」
「あいつのあんな面食らった顔、初めて見たぜ!」
「そうそう!笑いを堪えるのが大変だったぜ」
「ショウマ君って勉強も出来るなんて格好良いよね~」
歴史学の講師に対してクラスメイト達も相当な鬱憤が溜まっていたのだろう。
一矢を報いたショウマに対し、周りの生徒達はそのささやかな報復への賛辞を送る。
「いやぁ、たまたま知っていただけさ。つーか、2年の差異の詳細なんてこのテキストに書いてねぇ事聞かれて、答えられる奴は少ねぇだろ。まぁ、それで答えられない事を見越して、またネチネチと嫌味を言うのがあいつのやり方だったんだろうけどさ」
学園から配られているテキストには魔動新暦が2年遡って制定されたという事しか書かれていないし、試験でもその理由まで問われるような事は殆ど無い。それなのに何故ショウマは、その経緯を詳しく知っているのか。それは本当に偶然だった。
シンロード魔動学園に入学する以前、師匠である“造聖”トゥルーリが酒を飲むと、いつも必ず、年号が制定された年の王国祭の場で王と対面した時に騎士を目指したと自慢気に話していたから覚えていただけだったのだ。年齢的には生まれて間もない年頃のはずなので、その真偽は定かではないが。
そんな理由の為、彼自身はこんなに周囲から持て囃されてもくすぐったい気分にしかならなかった。
それにあの講師が何故あそこまで露骨に嫌味を言うのか、その意図も何となくではあるが理解していたからでもあった。
そんな事を思いながら、ショウマはクラスメイトに囲まれつつも、ちらりと教室の隅へと視線を送る。
そこには顔を真っ赤にして周囲を寄せ付けないような怒りのオーラを放つ1人の美少女――シアニーの姿があった。
今のショウマの状況とは真逆で彼女の周囲には誰も居ない。
元々彼女には友人が少ない。いや殆どいない。
話してしまえば何処にでもいる普通の女の子だと分かるのだが、王族であるという事と彼女の無駄に高いプライドが、最初の一歩を踏み出すのに高い壁となって立ちはだかる為だ。
更に今は触らぬ神に祟り無しと言わんばかりにクラスメイト達もその周囲だけを避けるようにして通っているので、彼女の周囲2m以内には誰1人として存在していない。
(全く……相変わらず分かりやすいのに不器用で面倒臭い奴だよなぁ~)
毎回の事なのでシンは心の中で大きく溜息を吐く。
今日の授業で彼女はあの嫌味講師から指されていないので、自身に対する嫌味は何も言われていない。にも関わらずあれだけ怒りを露わにしているのは、きっとあの講師のやり方が気に入らないからなのだろう。
そんな事であれ程怒れるのはその心根が優しい証拠だとは思う。
しかしこの程度であれ程感情的になっては冷静な判断が出来なくなる可能性が高い。
というか現に彼女は直情的で怒りっぽく、よく周りが見えなくなる傾向が強い。
その本性を知らない周囲からは“氷結姫”を始め“孤高のクールビューティー”などと呼ばれているが、ショウマとしては“極炎姫”とか“噴火娘”とかにでも改名した方が良いのではないかとさえ思っている程だ。
学業や剣の腕がどれ程凄かろうと所詮はまだ15歳。成人しているとはいえ精神的にはまだまだ子供なのだ。
その点、ショウマは12歳以前の記憶を殆ど忘れ、この3年間は歳の離れた大人達と修業に明け暮れる日々を送っていた。その為か、精神的には同世代に比べやや大人びていたりする。
(しょうがねぇ。後でフォローしておくか)
というかフォローしておかないと怒りの矛先が全て自分に降り掛ってしまうのだ。最悪の場合は怒りの発散の為に魔動器まで使った実戦形式の手合わせをさせられる始末。ショウマにとってはフォローしておかないと本当の意味で死活問題なのである。
そして案の定、昼休憩の時にその怒りは爆発するのだった。
「ちょっと!なんであの時あんなヘラヘラしてたのよ!!」
「あっ?皆あいつの嫌味にイラついてたんだろ?一矢報いてやったんだから感謝されても怒られる筋合いは無いぞ!」
フォローしようと思っていたのに、いきなり喧嘩腰で詰め寄られてしまい、ついついムキになって言い返してしまう。
「あれ~っ!?もしかして、皆の注目が俺に集まってるのに自分には誰1人近付こうとして来なかったから、ぼっちで寂しかったのかなぁ~?」
更についつい火に油まで注いでしまう始末。
2人が居るのは例のカフェテラス。
当初は恋人疑惑や許嫁疑惑が浮上したが、ショウマがそれをきっぱりと否定した事で、噂が噂を呼び、そこからぐるぐると何周も回って、どういう訳かショウマはシアニーの付き人という事になっていた。
ショウマもいい加減、それらの噂に対して対応するのも面倒になってきた頃合でもあったし、付き人ならば一緒にいたとしても変な噂にはならないだろうという事で、それに関しては敢えて肯定も否定もせずに言葉を濁している。
その為、こうして2人で一緒に居ても問題にはならなくなっていた。
今日のカフェテラスは昼にしては珍しく人が疎らで、少しくらい大きな声を出しても他の人には迷惑にはならないだろう。
シアニーの目の前には知り合いはショウマしか居ない為か、いつものように顔を紅潮させて怒り声を上げていた。
「ななななんでそういう事になるのよ!べべべ別に寂しくも無かったし悔しくも無いし羨ましくも無かったんだから!!ふん。女の子に格好良いなんて言われて、鼻の下を伸ばしてる人相手に悔しいなんて気持ちは持たないわよっ!!」
そう言って真っ赤にした顔をプイッと背ける。
相変わらず顔にはすぐに出て分かりやすいくせに、その言動は真逆。本当に面倒臭いというか天の邪鬼な性格である。
「そそそれに私が怒ってるのはそういう意味じゃないわよ!なんであいつにあんな侮辱的な事言われてショウマは平気なのよっ!!」
その一言でショウマはようやく彼女が何に対して怒っていたのか理解する。
嫌味を言われた相手が友人であるショウマだったから、これ程までに怒っていたのだ。
「ああ、なんだ。そんな事で怒ってたのか」
「そんな事じゃないわよ!この学園では皆を平等に扱うっていう教育方針があるのよ!それにショウマが怪我をしたのはそもそも私のせいだし……それなのにあいつは……」
まるで自分の事のようにショウマの為に怒ってくれる友人に感謝の念を送る。
素直に言葉にしても良いが、それを言うとまた意図しない方向へ話が向かいかねないので、その事は黙っておく。
「俺が田舎育ちなのは本当の事だし、怪我で授業に1ヶ月遅れたのも事実だしなぁ。って事で言われた事は全部事実だから、正直に嫌味に感じなかったなぁ。それに今回の質問に答えられたのも本当にたまたま知っていただけで、歴史学も得意って程じゃないから」
ショウマとしてはその事実は全て当然の事で、侮辱された訳でもプライドを傷付けられた訳でもないので、怒りを覚えるようなものではない。だから平然としていられる。
それにその裏にある意図も理解出来ているから尚更だ。
「だけど…だけど……ああっもう!!」
言われた本人は平然としているというのに、自分が言われた訳ではないシアニーの方が怒り狂っている。怒りの行き場を失ったのか地団太を踏んで地面に八つ当たりしていたりする。
「でも、まっ、ありがとうな。俺の為に怒ってくれたんだもんな」
「べべべつにそういう訳じゃ……え、あ、いや…そういう訳では…その……あるんだけど………」
シアニーはほんの少しだけ素直な自分の気持ちを吐き出し、怒りとはまた異なるもやもやした感情で顔を赤く染める。
見た目上の赤さは変わらない。
いや、今の方が顔どころか耳や首筋まで真っ赤になっているのだが、ショウマには彼女の感情の機微は伝わっていない。シアニー本人も分かっていない感情なのだから当然だ。
「でもあの講師の先生も嫌われ役を進んでやってるんだから大目に見てやれって」
「何よ!ショウマはあんな嫌味な奴の味方をするっての?!」
「はぁ~。まぁ、こんだけ怒ってるからシアは気付いて無いだろうとは思ってたが…っていうかそうすると多分、俺を含めて数人しか気付けて無いって事か……」
まるで確認するように独り言を呟くショウマに郷を煮やしたシアニーが詰め寄る。
「ちょっと!ちゃんと私の話聞いてる!気付いて無いとか気付けて無いとかってどういう意味よ!!」
放っておくとまた怒って騒ぎ出すし、いい加減煩いので、ショウマは仕方無く説明してやることにした。
「学園側としては本当はシアみたいなのが一番自分で気付いて欲しいんだろうけど、毎回毎回フォローするのも面倒だから教えてやると。あの嫌味は学園側が意図的にやらせてるんだよ」
「はぁ?!なんでそんな事を?わざとあんな嫌味を言ってるって事?」
「まぁ、あの人の場合は半分は本音だとは思うけど……」
そう前置きしてからショウマはその理由を説明する。
「確かあの人って外部講師だよな。多分、わざと選民意識が強い人を選んでるんだろう」
「選民意識っていうよりあれは人の粗を見つけて喜ぶタイプね!」
「だけど、例えそうだとしても、あそこまで露骨なのは何かおかしいと思った事……無いんだろうな、シアは……」
「なななっ!ババババカにしないでよ!!おかしいと思ったことくらい…………………な、無い……かも………………」
シアニーの言葉は尻すぼみで小さくなっていく。
毎回、面白いくらいに顔を赤くして怒っているくらいだから、そうだろうとは思っていた。
素直で純粋な為、表側しか見えていない彼女は、人の裏側というものが見て取れないのだ。
シンロード魔動学園は理事長であるアイリッシュが身分や性別などに関係無く平等に学べる場所として創設した教育機関である。
教師の人員数や魔動機兵の収容数、学園の敷地面積などの制限の為に、ある程度の能力を有しているものを選別して人数を絞る必要はあるが、基本的には身分不問を旨としている。
王侯貴族だろうと平民だろうと王国民だろうと他国民だろうと男だろうと女だろうと関係無い。学園に所属している以上、全員が一律に同じ立場にいるものだとされている。
しかしそれはシンロード魔動学園の内部のみの話。
学園外に出れば、身分の差が埋まる事は無く、言われなき迫害を受ける事さえあるだろう。
「俺達は卒業した後、何処で務める事になるかは分からない。王国騎士団かもしれないし、辺境の哨戒警備団かもしれない。もしかしたら傭兵に身をやつしたり、騎士を諦めて商人になるかもしれない。そしてどんな場所でも身分や国籍を嵩に着る人間ってのはいるし、僻みとかやっかみは付いて回る。例えばもしも俺が騎士団に入れたとしたら、絶対に田舎騎士とか罵られて、新人いびりにあうだろうな。それこそあの講師が言ったような嫌味を言われるのは日常茶飯事かもしれない。それをシアニーのように毎回毎回怒って反発してたらキリが無いだろう?だから学園にいる内にそういう耐性をつけさせようとしているんだよ」
ショウマの説明をシアニーは頭では理解する事は出来た。だが感情は納得する事が出来なかった。
「だ、だけど!!あいつのせいで泣いてる子もいるって!!」
「で、そいつはその嫌味に耐えられなくて授業を放棄したり、学園を辞めたりしたのか?」
「え?ううん、逆にいつかあいつを見返してやろうって言って勉強を頑張ってるみたい」
「だろうな。そんな事で折れるような弱い心の持ち主はこの学園にはいないはずだ。だからこそ敢えてこれをやってるんだよ」
いくら悪夢獣と対抗できる魔動機兵を操る騎士といえど、神でも超人でも無く普通の人間である。自身の命を懸けても確実に全ての人々の命を守れるとは限らない。それによって理不尽な罵倒や恨み事を言われる事もあるだろう。そしてそれに耐えなければいけない時は必ず来るだろう。
だからその場面がいつ訪れても良いように耐性を付けておく事は必要なのだ。
「と言ってもこれはあくまで俺の憶測に過ぎない。本当の所は例え理事長でも教えてくれないだろう。もし俺の憶測が事実で全員にその事を教えちまったら、これをする意味が無くなるからな」
正直に言ってショウマがこれに気付けたのも師匠のおかげだ。
騎士団でも昔は同じような事をしていたという話を聞かされていなければ、気付けなかった可能性は高い。
「まぁ、これが事実かどうかはともかくとして、訓練だと思っておけば、少しは気分は和らぐだろう?」
「うぅ~、そうかもしれなけど……でもやっぱり納得がいかないわよっ!!」
再び思い出したかのようにシアニーは激昂し、ショウマはやれやれとそれを宥めるのであった。




