第94話 不穏
シンロード魔動学園図書室。
王都にある王立書蔵館に比べれば、蔵書量は少ないが、機兵騎士と魔動技師にとって必要と思われる書籍を数多く所蔵している数少ない施設だ。
その奥にある、厳重に管理され、学園長の許可を得ないと立ち入る事の出来ない部屋。
ここには魔動王国時代の書物や異世界人が持ち込んだものと思われる書籍類が保管されている。
その中にアーシェライトは居た。
ソディアスが集めた、様々な文字と暗号で書かれた、手紙や命令書のようなものを解読する為だ。
「……エイミー…エミア…エミリア…イリア………筆跡が似ているので、恐らくは同一人物……エイミアという名前が多く出てますし、多分、この人が………それにこの名前、どこかで…………」
「よう、休みだってのに精が出るな」
「はわっ!」
いきなり声を掛けられて、アーシェライトは驚きのあまり、座っていた椅子から転げ落ちる。
「おいおい、大丈夫か?」
「は、は、はい。その…大丈夫です」
差し出された手を掴み、起き上がる。
「驚かせて悪かったな。一応、ノックして声も掛けたんだが……」
「すすすすみません、ショウマさん。集中していて気が付きませんでした」
掴んでいたショウマの手を慌てて離し、居住まいを正す。
失恋したとはいえ、長い間、憧れを抱き、想い続けてきた相手だ。
すっぱりとその気持ちを切り捨てられた訳ではない。
意識しないようにすると余計に意識してしまう。
「あああの…ショウマさんこそどうしてここに?」
確か今夜はシアニーの家に招かれていたはずだ。
こんな所にいる筈がなかった。
「ああ、ちょっと剣聖の爺さんに用があったんだけど……」
「ソディアス様なら有益な情報が入ったという事で今朝方、東へ向かいました。確かサイヴァラスに行くと言っていましたから、戻られるのは早くても年明けになると思います」
「そうか。すぐに相談したかったんだけどしょうがない。なら、とりあえず先にシェラに話しておこう」
ショウマの真剣な表情とその内容から、深刻な事態であると判断し、浮ついていた気持ちを引き締める。
「悪夢獣や邪法を生み出していた元凶が分かったぞ」
「……エイミアという名の人物ですね」
「そこまで調べが付いていたのか?」
「いくつかの書状の署名にその名が記されていました。別の名前も多かったですが、筆跡からエイミアという文字が一番書き慣れているように感じましたので、もしかしたらと思ったんですが」
「大当たりだ。彼女のフルネームはエイミア=ミレイユ=ラ=フォーガン。フォーガン王国唯一の女王だった人物だ」
「え?でも彼女はもう何百年も前の人物……もうこの世には……」
それが普通の人間の反応だ。
だからショウマは先程の事をありのままに伝えた。
「…時の棺による不老不死。僕と同じように異世界化の転生者。3つ目の世界の存在。ルシフィロード……。そしてこの世界の消滅………」
アーシェライトは頭をフル回転させて状況を整理していく。
「ショウマさん。この事を他に知っている人は?」
「その場にシアも一緒に居た。今は学園長に報告に行って貰ってる。数日中には国王陛下の耳にも入るだろう」
「そうですか……そうなると……時間的に……でも……」
独りブツブツと何かを考え始める。
「何か問題でもあるのか、シェラ?」
「あ、いえ。何故1ヶ月の猶予を与えたのかが少し気になって。これまでずっと監視していたのなら、ショウマさんの答えが変わらない事は分かっている筈です。それにルシフィロードという史上最強の魔動機兵を手に入れて、時の棺からも脱したという事は、ショウマさんの協力さえ得られれば、すぐにでも異世界への扉を開く事が出来る準備が整っているという事になります」
確かにショウマを無理矢理連れていく事も出来た筈だ。
シアニーを人質に取り、強制的に従わせる事も出来ただろう。
「それについてはいくつかの推論が立てられます。1つ目は実はまだ準備が整っていなくて、1ヶ月を要するから。ただこれはまず無いと言えます。準備が整っていないのなら、わざわざ会いには来ないでしょうし」
ショウマもそれには同意する。
「2つ目は異世界の扉を開くのには適切な時間と適切な場所でなければならないから。ですがその場合も1ヶ月も早く会いに来る理由がありません。日時がはっきり分かっているのなら、その数日前、いえ1日前でも十分でしょう。そして3つ目ですが……」
「習熟期間が必要と判断した…って所が一番の有力候補かな?」
アーシェライトが説明する前にショウマが答える。
邪法により強化されたルシフィロードがあれば、ショウマが断っても確実に連れていく事が出来ると思って、姿を見せたのだろう。
だが実際に対峙して、それが甘い考えだと確信したのでは無いだろうか。
ショウマの見立てでは、ルシフィロードを操るもう1人の異世界人の少女は戦いにおいて素人だろう。
ルシフィロードを手に入れて、間も無かったという事もあり、動きにぎこちなさがあった。
対してショウマは、シンとして悪夢と戦った経験を持ち、ショウマとして騎士になる訓練を受け、様々な強敵や悪夢獣と戦い続けてきた。
たとえ機体性能に差があっても技術の差で互角以上に戦う事が可能だ。
「そうですね。今のショウマさんとエクスブレイドと戦っても、確実にショウマさんを捕える事が出来る確率は低いと判断し、退いたと考えるのが最も考えられる理由ですね」
これはあくまでも2人の憶測に過ぎない。
だが他に理由も考え付かない。
「相手が今より強くなる事を想定するとして、こちら側はこれ以上何が出来るかですけれど……」
その問いに対する答えをショウマは1つしか思い浮かばない。
「なら、シェラに1つ造って貰いたいものがある」
そしてショウマは自分の考えをアーシェライトに聞かせた。
* * * * * * * * * *
ソディアスはシンロードの街から遥か東にあるサイヴァラス聖教国の聖都を目指していた。
魔動機兵による強行軍で早3日。
日数的にはそろそろ到着するはずなのだが、どこか違和感を感じる。
ある筈のものが無く、居る筈の人間が居ない。
「そうか!聖樹が見えんのか!それに巡礼者の姿も……」
一瞬、どこかで方向を間違えたかとも思ったが、そこまで方向音痴では無い。
周囲の風景を記憶と照らし合わせても、聖都へと続く街道である事は間違いない。
ただ聖樹の有無だけが記憶の中の風景と異なる。
いくら雪雲りな天気とはいえ、あんな大木を見逃す筈も無いし、雪で煙って見えないという事もありえない。
それに今年は聖樹に実が生った為、聖教祭が各地で執り行われている。
その総本山である聖都への道を誰1人歩いていないのはおかしい。
(一体、何が起こっとるのじゃ?)
何かが起きている事は確かだった。
だがそれがどんな事かは想像すら出来ない。
聖都に近付くにつれ、巡礼者らしき人々がようやくちらほらと見えてきたが、皆、一様に肩を落としている。
更に近付くと悲しみに暮れる者が増えてくる。
一刻も早く聖都に向かいたかったが、気になってしまった為、ソディアスは愛機から降りて、地面に蹲る男の元へ話を聞きに行く。
「一体、どうされたのだ?悪夢獣でも現れおったか?」
「せ、せい…じゅ…が……み、みつかいさまが……あぁぁぁ………」
僅かに顔を上げたと思ったのも束の間、すぐに顔は涙でぐちゃぐちゃになり、言葉は嗚咽で塗れる。
「やはり聖樹が見えない事と何か関係があるというのじゃろうか?」
ソディアスは要領を得ないまま、再び歩を進める。
そしてすぐにその事実に絶望を感じる。
先程話し掛けた男が泣き咽ぶ理由が分かった。
「なんと言う事じゃ……まさか聖都が………」
ソディアスの目の前には何も無かった。
山の山頂から中腹に掛けて、まるで切り取られたかのように何も存在しなかった。
「一体、何があったのじゃ!!」
周囲の人間を問い詰める。
途中で出会った男のように1人1人からは要領を得ない言葉ばかりだったが、それらを統合した結果、おおよその事は分かった。
「漆黒の御使いによる闇の鉄槌……それが今から2日前。聖都に不穏な動きがあるというのはこの事じゃったか」
この世界には神やその御使いなんてものは存在しない。
サイヴァラス聖教も悪夢と呼ばれる絶望から人々の心を救済する為に生まれた宗教だ。
いもしない神という偶像を生み出して、人々に希望を説いたのが始まりとされている。
だからソディアスは、その漆黒の御使いが悪夢なのではないかと考えていた。
「聖樹を消滅させるほどの力となるとそれ以外には考えられん。じゃが悪夢ならばこの周辺全てを破壊し尽くす筈じゃ。どうにも解せん。嫌な予感がするのう。全く、老体には強行軍は堪えるというのに」
ソディアスは再び来た道を戻る。
一刻も早くこの事態をアーガス国王に報告し、対策をしなければならない。
何よりショウマの元に向かわなければならない。
そんな気がしたのだった。
* * * * * * * * * *
「どういう事ですか!父上!!!」
レグラスは周囲を囲う憲兵の制止を振り切り、物凄い剣幕で2階にある商会長室へと飛び込んだ。
そこには両脇を憲兵に囲まれた父親の姿があった。
「見ての通り、この子は何も知りません。全ては私の独断です」
「父上……やはりあの噂は本当の事だったのですね……」
レグラスは観念し、全てを諦めてしまったような表情の父親を、沈痛な面持ちで眺める。
「ああ、その通り。我がクローブ商会はアレス元殿下と繋がっていた。一気に急成長し、貴族位を手にする事が出来たのも、全てはそのおかげだ」
魔動機兵産業に参入したとはいえ、クローブ商会の魔動機兵は他の製造工房のものより性能が低い。
レグラスは騎士候補生として幾度もテストをしてきたので、その辺りはよく分かっている。
そこまで実績も無いのに、2年前の闘機大会に出場出来たのも、今考えれば、アレスが裏から手を回していたと考えれば説明が付く。
「最初は武具や魔動機兵の部品などの普通の物資を卸していたんだ。大量に買い取ってくれる上客で、王族という事もあって、商会の取引の半分以上は彼とだった」
そして今から3年程前。
アレスから持ち掛けられたのは邪法の取引。
闇取引という事もあり、そこで動く金額は桁違い。
商売人として、商会長として、その魅力に抗う事は出来なかった。
それが何処で、何の為に使われるかなど考えもせずに取引を続けた。
「…その結果があのテロ事件だ……」
邪法を含む数多くの物資はアレスを通し、アルザイル残党に渡り、そして王都を恐怖と怒りと悲しみに包んだ。
間接的にではあるが、クローブ商会はテロに幇助していた事になる。
「あれ以降、私はアレス元殿下に逆らう事が出来なくなった」
テロの一助を担ったという弱みもあったが、それ以上にアレスに従っていれば、王国一、いや世界一の商人になれるという野望が現実のものになると思ったからだ。
だがその野望もアレスの失墜と共に崩れ落ちる事になった。
芋蔓式にクローブ商会とアレスの黒い繋がりが発覚し、邪法の取引が発覚し、今に至るのだった。
「レグラスよ。もう会う事も叶わぬだろうから、最後に言っておく。何事にも屈さない強い騎士となるのだぞ」
最後にそれだけを伝えると憲兵と共に部屋から出ていく。
レグラスは父親の最後の言葉を心に刻む。
(父上は僕達、家族を養って守る為に、商会を大きくし、貴族位を手に入れた)
その志は立派と言えるだろう。
だが道を違えた。
安易な道を選んでしまった為に這い上がる事の出来ない落とし穴に落ちてしまった。
今回の事でクローブ商会の名は地に墜ち、貴族位も剥脱されるだろう。
だからこそ強く思う。
(僕が正騎士となってこの汚名を雪ぎ、僕の家族を、そしてクローブの名を守る)
その想いを胸にレグラスは既に居なくなった父親に向けて、深く頭を下げた。




