第1話 少年と少女
冬の残り香と春の息吹が入り混じった季節である3月。
その少年は小学生最後の春休みを謳歌していた。
彼が通う事になる中学校は有名な私立大学の付属中学校という事で受験が存在した。しかし今はそれも無事に合格通知が届き、小学校の卒業式も先日終わった。この春休みは小学卒業と中学入学の間の期間という事もあって、宿題も出されていない。
となれば受験の為にこれまで勉強詰めだった、未だ遊び盛りの少年がやる事はただ1つ。
今、少年は駅前にある6階全てがアミューズメント施設になっているビルの中にいた。
このビルの8割以上は“ブラストウォー”と呼ばれる世界的にも人気のある体感バーチャルアクションゲームで占められていた。
1階こそクレーンゲームや格闘ゲームのアーケード筐体などが申し訳程度に置かれ、フードコートも併設されているが、2階より上は全てブラストウォー用の大型筐体が設置されているのだ。
ブラストウォーは体感型筐体である為、筐体自体が大型であり、設置スペースの関係で同時に出来る人数に限りはあるが、それでもこの建物だけでも50人近くが同時にゲームを行う事が可能となっている。
近隣の街に行けば、規模の大小はあれど似たようなアミューズメント施設は数多く存在する。
それ程、このブラストウォーは人気があるゲームだという事だった。
ブラストウォーは一言で言えば、ロボット同士で戦う対戦アクションゲームだ。
このゲームが爆発的に人気となったのは外見や内部機構を自分の思い通りに作成出来るという売りもあったが、最大の理由は現実世界に存在するあるものと提携し、その製作者と共同開発したからだ。
そのあるものとは世界でも有数のロボット工学者である少年の両親が造り出したヘビーギアと呼ばれる人型重機である。
ヘビーギアは少年が生まれる少し前に彼の両親によって生み出され、今では世界の多くの場所で使われている。
といっても人型重機という名称で括られている事からも分かる通り、今の所は重機の延長でしかない。
二足歩行でもバランスを失う事が無いという利点により、山の斜面や悪路、地震災害や土砂災害などの被災地といったこれまでの重機ではすぐに立ち入る事が困難な場所での作業を行う事が出来る。
しかしその動きは緩慢でアニメなどに良くあるような戦争の道具に出来る程のものでは無い。
関節可動部が多い為、防弾性や火力なら戦車の方が遥かに上だし、機動力ならヘリや戦闘機の方が遥かに上である。
だから重機の延長という位置付けにされているのだ。
話は少し逸れたが、ブラストウォーの体感型筐体内にある操縦席はこのヘビーギアの操縦席を元に造られている。
その操縦感覚は現実のヘビーギアの操縦感覚とほぼ同じに造られている。いや、実際にはブラストウォーはゲームである為、操縦は大分簡略化されているし、実物の10倍以上は機敏に動く。
そしてある時、ネット上でゲーム内で蓄積された動作プログラムが現実のヘビーギアにフィードバックされ、いずれは現実でもゲームと同等程度の動きまで出来るようになるだろうという噂が広がった。
つまりゲームをすればする程、現実のヘビーギアは進化を続け、操縦に慣れれば慣れる程、ヘビーギアの操縦技術も身に付くという噂だ。
人型ロボットというものは遥か昔、テレビ画面が白黒だった頃からアニメ等で絶大な人気を誇るジャンルである。
例え信憑性が薄くともそんな噂が出れば、幼少期に人型ロボットに憧れていた者ならば、飛び付かない者はいない。
実際に、ここ数年の新型ヘビーギアは動きがスムーズになってきている事も、その噂に拍車をかけていた。
こうした理由でブラストウォーは絶大な人気を誇る事となる。
そしてこの少年もその噂を信じる1人だった。いや信じている訳では無く、その噂が事実だという事を知っているのだ。
両親が開発に携わっている事もあり、何かの拍子にポロっと口を滑らした瞬間を少年は聞き逃さなかった。
だから彼の場合はロボット乗りに憧れるというよりも、ヘビーギアを生み出した両親に憧れ、その手伝いをしたいという想いの方が強い。
特別、頭脳明晰という訳でも無いので両親と同じようなロボット工学者になる事は難しそうだが、両親が開発したヘビーギアのテストパイロットくらいにはなれるだろうし、それまでの間にブラストウォーを遊ぶ事で間接的にでも手伝えないかと思ったのが、このゲームをやり始めた切欠であった。
ちなみに両親も今では観念したのか、時々、新型のヘビーギアの動作プログラムを持って来ては、少年に稼働テストを頼んでいたりした。
とまぁ、切欠は大層だが、少年は今では純粋にブラストウォーの魅力に取り憑かれ、この辺りでも名の知れたプレイヤーとなっていた。
少年は数ヶ月ぶりに操縦席へと乗り込む。
「へへへっ、やっぱりこの操縦席に座ると気が引き締まるな~」
久しぶりとなる操縦席のシートの感触は、心を躍らせると同時に心を落ち着かせる。
「さてと…ストーリーモードで昨日、父さんから送られて来たばかりの新型でも試そうかな」
ブラストウォーは対人戦がメインのゲームだ。1対1の対戦はもちろん、多人数で同時に戦うバトルロイヤルもある。だが、必ずしも丁度良いタイミングで対戦相手が見つかるとは限らない。なのでストーリーモードと言われる1人用のモードも存在する。
ストーリーモードは相手がコンピューターである為、熟練者には行動パターンが読めて物足りない難易度だが、操作感覚を思い出して若干のブランクを埋めるには丁度良いし、新しく組み上げた機体を試すにも丁度良い。もし不具合があっても自分の都合でゲームを終了させる事が出来るのだから。
「そんじゃ、行きますか!」
少年が仮想空間の戦場に飛び出そうとした刹那、前面のモニターから白と金が混じったような光が溢れ、少年の目を覆っていく。そのあまりの眩しさに目を瞑った直後、下から突き上げる様な衝撃を受け、少年の意識は一瞬で暗転していった。
* * * * * * * * * *
「お父さん!こっち、こっちよ!!」
「分かったからそう急かすな」
茶色いお下げ髪の少女が軽やかに岩の間をピョンピョンと飛んでいく後ろから、人の何倍もの大きさの鉄製の腕と足を持った機械仕掛けの巨人が追いかける。
巨人の胴にあたる部分は半透明な長方形の箱状になっており、その上部からは筋肉質で大柄な顎髭を生やした男の上半身が見える。
「しっかし本当にそんなんがあんのか?」
「何よ!愛する娘が嘘を吐いてるって言いたいの!?」
「いやいや、そういう訳じゃねぇんだが、あそこはもう何年も昔に掘り尽くしちまった鉱脈だからなぁ」
今、2人が向かっている場所はグレイブケイブと呼ばれるかつて希少な鉱物が多く採掘されていた渓谷だった。だが今では全てを掘り尽くされて、その名の通り、墓石のように岩が積み重なっているだけの枯れた谷となっていた。
「ほら、あそこ!」
谷底まで降りた所で、少女が指差した先を見る。確かにそこには銀色に光る岩とは異なる輝きと質感を持つものがあるのが見て取れる。
「なんだありゃ?鉱脈には見えねぇが……っと、うおっ!!」
男が自身の顎鬚を擦りながら近付こうとした刹那、大地が大きく揺れる。
「地震かっ!!」
「きゃぁっ!!」
突然の地震により脆くなっていた岩盤が崩れ、男は慌ててその巨大な腕で自身の頭上を守りつつ、娘である少女の下へと向かわせる。
「おい!大丈夫かっ!!」
岩盤崩落によって舞い上がった砂塵が視界を遮る。
「ケホッケホッ。わ、私は大丈夫だよ」
未だ姿は見えないが、返って来た言葉にほっと胸を撫で下ろし、砂煙が収まるのを待つ。
「な、こ、これは……魔動機兵…なの?」
砂煙が晴れて最初に目に飛び込んできたものを見て、少女は驚愕に目を見開く。
今の地震による崩落で姿を現したのだろう。
目の前には岩の間から突き出した白銀色に輝く巨人の上胸と頭部があった。先程、見えていた銀色はこの巨人の一部だったのだ。
魔動機兵。
それは今から600年近くも前に、今では既に滅びて跡地しか残っていない魔動王国と呼ばれていた国で作られた、人が誰しも持つ力――魔動力を源とした便利な道具である魔動具の1種。
約8mはあろうかという機械仕掛けの巨大な鎧。
それが今、目の前にある魔動機兵と呼ばれるものであった。
「おいおいおい、こいつはとんだ掘り出しもんだなぁ」
少女の後ろまでやってきた父親が興味深そうな目で白銀の魔動機兵を観察する。
オリジナルと呼べるものは600年前に魔動王国で造られたものだけで、時々古い地層から発掘されるのだ。
今から70年ほど前に製造方法が再現され、今では世界各地で様々な魔動具や魔動機兵は造り出されているが、その殆どはオリジナルの性能に劣る。彼が今乗っている巨大な手足が付いただけの乗り物も魔動機兵を真似て造り出されたものに過ぎず、出力をはじめとした全性能はオリジナルの100分の1にも満たない。
「何百年も前のものなのにここまで原型を留めてるって凄いよね」
谷間に差し込む陽光で光り輝く錆び1つ無い白銀に少女は目が離せない。
「少し壊れてる所があるけれど、劣化もしてないし錆びも浮いてない。すっごくキレイ……」
少女はうっとりと見蕩れ続ける。
そんな状態だから少女は気付かない。
白銀の魔動機兵は頭部の飾り角や肩など、所々崩落した岩によって潰されていたりする。
その程度で破損するような外装が600年間も劣化も酸化もせずに原型を留めておけるだろうか。仮にそういう金属があったとしても、岩の重量で潰されるような強度で数百年も形状を維持したままでいられるだろうか。
少女の父親はそこで気付く。
「ちょっと待て。これは違うぞ!掘り出しもんなんかじゃねぇ!多分、こいつは崖崩れに巻き込まれて生き埋めになってたんだ!!」
ついさっきも起こった通り、ここ最近、頻繁に地震が起きている。
恐らくこの魔動機兵もこの渓谷を通っている途中で地震が起き、崖の崩落に巻き込まれてしまったのだろう。
そう考えれば、枯れ果てて既に何も無いはずの場所に魔動機兵が埋まっていた理由も、銀色の外装が劣化も酸化もしていない理由も納得がいくものへと変化する。
「えっ!?そ、それじゃあ、もしかしてまだ中に人が!?」
父親の言葉で少女の方も事態の深刻さを理解し、その瞳に不安の色が浮かび上がる。
「ああ、可能性は高い。これから岩を退かすからお前は少し下がってろ!!」
父親は1つ大きく息を吐いた後、白銀の魔動機兵へと近付く。
彼の乗る魔動機兵と違い、頭部のある魔動機兵は操縦席が密閉型となっている。開放型操縦席と違って操縦者の安全性は高くなってはいるが、その代わりに操縦席への搭乗口が背部か胸部にしか無い為、今のように岩などで搭乗口が塞がれてしまうと脱出が困難になってしまう。
生き埋めになったのが昨日今日なら、操縦者がまだ生存している可能性は高い。だがもし食事も水も尽きて3日以上経過していたならば、その生存確率は絶望的なものになるだろう。
「見たところ胸の方には搭乗ハッチらしきものは無ぇみたいだな。となるとやっぱ背中か……」
ちょっとした拍子で再び崩落する可能性がある為、男は慎重かつ手早く、白銀の魔動機兵の背中の岩塊を取り除いていく。
少女は邪魔にならないよう少し離れた場所から心配そうに父親の作業を見つめる。
二次災害が起きないように、そして生き埋めになっているであろう操縦者の安否を祈りながら。
「よっし、こいつを持ちあげれば……」
子供1人くらいの岩塊を抱えるように持ち上げると、遂に搭乗口までの道が拓ける。少々歪んだハッチを無理矢理こじ開けた後、魔動機兵を降りて搭乗口の中に顔を突っ込む。
「酷い状態になってなきゃいいがな……」
男は白色の魔動力の輝きを放つ“ライト”と呼ばれる魔動具で奥を照らしながら恐る恐る顔を進ませる。
どうやら歪んでいたのは搭乗口付近だけで、操縦席そのものは無事なようだ。これならば最悪、押し潰された悲惨な状態を見ずに済む。
更に奥を覗いた所で彼は思わぬ人物を見つける。
「こ、子供?!」
ライトの灯りに照らし出された操縦席に腰を沈めていた人物は、彼の娘と同年代くらいの少年だった。
意識は失っているようだが、見た限りでは怪我らしい怪我はしていないように見える。
「ふぅ、見つけちまったもんはしょうがねぇよなぁ」
男は深く溜息を吐いた後、少年を操縦席から引き摺り出す。
「お父さん!中の人は!!」
「大丈夫だ!意識は失っているようだが、呼吸もしているし怪我らしい怪我もしてない。とりあえず家に連れて帰るぞ!!」
男に担ぎ上げられた少年。
その少年の髪は陽光を照り返し、黒く輝いていたのであった。
あらすじの方でも書いてある通り『異世界の機兵技師』の続編となります。
タイトルも“技師”が“騎士”に変わっただけ、読み方だけで言えば濁点が取れただけという安直さ。
機兵技師では毎週更新でなんとか続けてきましたが、実生活の事情により、機兵騎士の更新ペースは隔週くらいになると思います。
というわけで改めてお付き合い頂ければ幸いです。