名探偵藤崎誠の幻の解散回避作戦
事態は回避されたようですが、せっかく途中まで書いていたので投稿しちゃいます!
藤崎誠は名探偵である。
もっぱら自称ではあるが。
でも、彼の能力を認めたやり手政治家や天才科学者が一部いる。
彼に依頼すれば殺人事件、いや事件・・・
・・・今時、殺人事件を推理で解き明かす探偵などいない。
そんな彼への依頼内容と言えば、悩み事やトラブルだ。
でも彼は見事に問題の本質を推理し、原因にたどり着く。
そして対策を考え、実行する。
その鮮やかな手腕に依頼者は満足げに漏らすのだ。
「藤崎誠は名探偵だ」と。
今回は依頼内容は殺人事件?
いや、そんなはずもない。
いったいどんな依頼だろうか、お楽しみに。
「えッ?」
事務所に入って来た男を見て藤崎は驚きをこぼし、固まってしまった。
普段、動揺することのない彼だが。
「ハムッ、あッ」
と思わず叫び、慌てて「さん」を付けたした。
その男は『ハムさん』の愛称を持つ、漫才コンビの片割れだった。
藤崎が固まるのも無理はない。
藤崎が心の師匠と呼ぶ、もっと尊敬する芸人だった。
ハムさんは大阪に本社を置く大手事務所に所属し、芸歴30年を超える。
デビューから今まで人気は衰えたことがなかった。
ハムさんはニッと笑い、両手で藤崎の手を握った。
「藤崎先生、今日はよろしくお願いします」
藤崎は返事をできなかった。
憧れの人に突然出くわした動揺が続いていた。
「これは失礼」
と言い、ハムさんは帽子を取る。
藤崎はまた固まり、目を逸らした。
ズラだった?と思うと、口を固く閉じた。
誰にも言うまいと。
世間にはそんな噂もなかった。
ハムさんはニッコリを微笑んだ。
そして、頭の禿げズラを取る。
いつもテレビで見るハムさんが現れた。
フッと息を漏らすと、堪えきれずに藤崎を笑い声を上げた。
藤崎は思った。
これがハムさんの神髄だ、と。
緊張と緩和。
笑いを突き詰めるとそこに行き着くという。
実際に緊張をたたみかけられ、一気に緩和し、笑ってしまった。
小説家を夢見ている藤崎にとって、お笑いの原理を発見しているハムさんは
まさに心の師匠だった。
藤崎はようやく冷静さを取り戻し、
長身でガリガリの男がいることを認識した。
「この男は全然面白くないけど天才芸人」とハムさんが付き人の男を紹介した。
藤崎はハムさんをソファに促した。
藤崎がコーヒーを淹れ、ソファに戻ると、
付き人の男はハムさんの後ろを守るように立っていた。
「今日は太田先生のご紹介で参りました」
藤崎の元官僚の同僚、現在与党国会議員の太田だ。
「何かお困り事でもございますか」
太田の筋だと予想していた藤崎は、直ぐに本題に入った。
「解散を止めて欲しい」
ハムさんはため息交じりに漏らした。
藤崎は思考の回転を上げる。
ハムさんのコンビが解散するという噂はない。
と言うことは、今、世間を騒がしているあのグループの解散のことか。
ハムさんと私生活でも親しいメンバーがいると言う。
藤崎はさらに思考の回転を上げた。
「分かりました。
ハムさんにいろいろ動いてもらうことになりますが、よろしいでしょうか」
藤崎は自分で動いてもどうにもならないとを知っていた。
ハムさんの芸能界での力を使えばなんとかなるかもしれない。
しかし、今回の問題は芸能界の最大のタブー、
ハムさんの覚悟も確かめたかった。
「もちろんだ」
ハムさんは即答した。
藤崎は立ち上がった。
右手を胸に当て深くお辞儀をする。
「名探偵にお任せあれ」
ハムさんは、藤崎の対応の速さに目を丸くした。
「事務所を独立する方向に働きかけます。
数年前からくすぶっている問題なので、今後も引きづる可能性があります。
今回できっぱりカタをつけましょう」
ハムさんは息を飲んだ。
事務所の独立は芸能界最大のタブーだ。
ハムさんはゆっくりと、決心を固めるように頷いた。
「なるべく穏便に独立できる方法です。
そのため独立後も元の事務所に利益分配するようにします。
それは、もし強行に独立したらグループ名が使えなくってしまうからです。
穏便に独立する方法は2つあります。
一つは、発言権がない、30%程度の出資金を今の事務所に提供してもらい、
新事務所を設立するのです。
そして利益に応じて、出資者に利益を還元するのです」
ハムさんは何度も頷いた。
「もう一つの方法はグループ名を一つの商標として考えます。
元の事務所から商標を買い取るか、毎年ロイヤルティーを払います。
ちなみにアップル社のアイホンも商標使用料を払っています」
ハムさんは次の言葉を待った。
しばらく沈黙した後、
「それだけ?」
ハムさんは芸人らしく、おどけた顔をした。
その奥には不満を隠していた。
「そうです。
これは第一段階です。
これで上手く行けば万々歳です」
「上手く行かなかったら?」
ハムさんは思いっきり眉を寄せた。
「成功する確率は20%程度でしょう。
だめなら、次の段階に移ります」
「冗談じゃない。20%?
そんな悠長なことは言ってられない」
ハムさんは役者のように怒った顔をした。
「同時に動くと、さらに事態は複雑になります。
相手が余計に態度を硬化する可能性が高まります」
「よし分かった」
ハムさんは力強く頷く。
「動いてみよう」
ハムさんは決心を固めるように言葉にした。
それから三日後、ハムさんは付き人を連れて事務所にやって来た。
「ダメだった。
事務所の幹部連中と会ったが・・・
一応話は聞いてもらったが、
円満な独立は無理そうだな」
ハムさんは肩を落として折衝の様子を話した。
「そうでしょうね。
世論、特にマスコミが彼らに冷たい。
世論が動かなきゃ、独立は無理です」
「25年・・・
デビューして25年働いて・・・
独立すると言うと、
裏切り者とか恩知らず、
クーデターとさえ言われる。
何なんだこの芸能怪ってやつは」
ハムさんは吐き捨てた。
「これはマスコミのせいですよ。
メディアとタレント、評論家とか。
あなたにも責任の一端はある」
「俺に?」
ハムさんは眉間に深いしわを作った。
「誰もグループの解散は残念だと言うだけで、
独立すること自体の議論を避けている。
テレビ局やタレントも大手芸能事務所に気を使って、
独立の賛否を誰も発言しない。
だから世論ができなし、出さない。
25年働いて独立できない世界がどこにありますか。
それとも一度入れば抜け出せないヤクザの世界と同じですか?」
ハムさんの奥歯を噛みしめる音が聞こえた。
「でも、売れるまで事務所に世話になっているだろう」
ハムさんはようやく呟いた。
「確かにそうですが、25年ですよ。
それに売れないタレントの首は切っているでしょう。
そんな都合が良いのは、芸能事務所だけです。
これは人権侵害にもあたるはずです。
A新聞なら『現在の奴隷制度』と批判しても良いはずですが」
ハムさんは遠い目をしていた。
「通常の経済活動なら、何年かの契約で契約書を交わします。
それが切れたら独立しても自由のはずです。
異常な世界です。
でも、マスコミはもっと異常だ。
何もコメントしない。してはいけないと指示がでているように。
A新聞なら『憲法違反』と言うべきです。
言論の自由はどこに行ったのでしょう」
ハムさんはようやく重い口を開いた。
「だったらどうする?
そろそろ第二段階の話をして欲しい」
藤崎は一つ大きな息を吐いた。
「すみません。少し熱くなってしまって。
私も一ファンです。
それにマスコミの対応に怒りを感じていました。
まず、世論を作ることが必要です」
「どうやって?
マスコミは使えないだろう?
ネットか?
それで世間が動かせるか?」
ハムさんは怪訝な顔をした。
「まずはネットからです。
ネットではあえて、きついレッテルを事務所に貼ります。
『奴隷制度』、『人権侵害』、『強欲主義』などです。
そうしてネットを炎上させ、世間の話題に載せます」
「それだけか?
そんな感情的なネット民なんて無視されるぞ」
「そうですね。
次に相手の痛いところを着きます。
冷静な経済学者で」
「相手の痛いところ?経済学者?」
ハムさんは小首を傾げた。
「そうです。
もしグループが活動停止になれば、事務所に大きな損害が出ます。
普通な会社なら経営者が責任を取らなければなりせん。
喧嘩両成敗です。
そこを経済学者に批判させるのです」
ハムさんは2度頷いた。
「前大阪市長に『俺よりこっちの方が独裁だ』と言ってもらえたらいいですけど、
彼はもうタレント事務所に所属しているのでコメントできないのが残念です」
ハムさんは苦笑いを浮かべた。
「さらに政治家を動かします。
テレビ局と対立する与党を動かします。
人権侵害もそうですが、テレビという公共の電波で、
あえて議論を封鎖しているテレビ局を追及するのです。
テレビ局は免許制度なので、政治家に弱い面があります」
ハムさんは大きく頷いた。
「本当にそれだけで上手く行くのか・・・
とにかく動いてみるか」
藤崎はニッコリと笑顔で答えた。
「彼らの底力を信じましょう」
ハムさんは両手で藤崎の手を固くに握った。
その日の夜からネットで所属事務所の批判が続いた。
翌日、ネットニュースで取り上げられたが、
テレビでは取り上げられなかった。
その翌々日のことだった。
テレビ業界に衝撃が走った。
「25年も頑張ってきたんだから、彼らを自由にやらせてやって欲しい。
グループ名の使用料を事務所に払えばいい」
とハムさんはテレビの生放送で発言したのだった。
しかし、テレビ局はこれを封印した。
それもそのはずだ。
この事について誰もコメントできないからだった。
そして次の日だった。
「25年も働けば、彼らが独立したいと思うのは当然の事で、当然の権利です。
私は彼らの活躍をこれからも見ていきたい」
記者会見で最後に総理がこう付け加えた。
これを受け世論が動き出した。
批判は事務所に集まった。
そして、事務所の有名社長は記者会見を行い、
彼らの独立を応援する、と宣言した。
社長は宣言通り、事務所の出資金を30%を支払った。
しかし、退職金と言う名目で全額支払っていた。
こうして、彼らはしこりなく円満に独立することができたんだった。
その翌日、午後8時過ぎハムさんが事務所にやって来た。
相変わらずアポを入れずに。
ハムさんの頬は赤かった、
正装している様子を見てパティ―の帰りだと藤崎は推理した。
藤崎はハムさんをしっかり見つめた
ハムさんの右手に視線が行かない様に。
ハムさんはいきなり藤崎の両手を握った。
「ありがとう。
俺の依頼を果たしてくれて。
それも総理まで動かしてくれて」
藤崎は苦笑いした。
確かに国会議員の太田を動かし、総理にコメントさせた。
「本当にありがとう。
太田先生に借りを作らせてしまって」
ハムさんはまた力強く握った。
「いえいえ、大丈夫です。
今回は太田への貸しです」
「貸し?」
ハムさんは小首を傾げた。
「内閣支持率が上がったでしょう」
確かに内閣支持率は8ポイント上昇していた。
「この問題を収束できるのは総理しかいませんでしたから。
あの発言には、私も心から感謝しています」
「今回のお礼なんだけど、30万でどうだろう」
ハムさんがそういうと後ろに振り返り、付き人に合図した。
付き人はカバンを広げた。
彼の顔つきが急に変わった。
カバンの中をガサゴソし始めた。
えっ、と言う表情から、顔色が真っ青になっていた。
「何やってんだ。
忘れたのか?」
ハムさんは、しょうがないなあと言いたげなふうだった。
「しゃあないな」
ハムさんを左手を右手首に合わせた。
藤崎は固まった。
「これで勘弁して」
ハムさんは外した時計を藤崎の左手にはめた。
「俺の一番のお気に入りなんだ。
大事にしてやってな」
藤崎は左手を胸の位置まで上げた。
そしてその高級時計を見つめる。
ダイヤらしき宝石がちりばめられている。
確実に一千万は超えていた。
「じゃあ、ありがとうな」
そう言い残し、二人は事務所を出て行った。
藤崎はぼう然とし、二人が出て行ったドアに頭を深く下げ続けた。
「天才だな。
やっぱりお前は天才だ。
お前の筋書き通りだ」
ハムさんは言った。
「報酬をあの時計にする時、正装しろって言うし。
確かに普通に渡したんじゃ、あんな時計を受け取れねえよな」
ハムさんは、向かいに座る付き人とシャンパンを注がれたグラスを合わせた。
「乾杯ッ」
カチッと小さくグラスの音がした。
「かれらの事務所独立に・・・
それに俺の独立・・・
いい流れになってきた」
ハムさんはシャンパンを一口含む。
「やっぱりお前は天才だ。
でも、ネタはちっとも面白くねえけどな」
ガンバレSMAP!
応援してます。
ぷっスマが続きそうで良かった!!
でも今回も強きに弱いテレビ業界の異常さをひしひしと感じました。