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ex-1.かたりては青く黒く

 どこからお話しすべきでしょうか──あれは三十年前、えぇ、少しばかり昔の話でございます、殿下。



 そもそもの発端は、時の国王陛下──殿下の御祖父君であらせられますな──と弟君たる公爵閣下の仲が非常に険悪であったことでしょう。

 双子のご兄弟であったためか、弟君は公爵として臣下に封じられてもなおご自分こそが王位に就くべき至高の御身であらせられると主張なさっておいでで、特にご兄弟のお父上たる先代国王陛下が崩御なさった前後の十年ほどは貴族も各陣営に付き国を割りかねない緊張と緩和とを繰り返しておりました。

 その中で、王太子殿下の婚約者であったご令嬢が暗殺されたのです。


 当時の私は十八。同じ歳の王太子殿下には寄宿学校時代から親しくさせていただいておりましたおかげで、軍役三年目の若造ながら殿下の近衛に抜擢されお側近くに仕えておりました。

 殿下はやはり同じ歳の婚約者様を深く愛しておられ、高等学園のご卒業と同時にご成婚と決まっておりました。お二人の仲睦まじさは国中のよく知るところでございましたが、私はそれを一番側で見聞きしていたと申し上げても過言ではありますまい。

 次男とはいえ侯爵家の息子、おまけに王太子殿下の覚えもめでたいとあらば婿入りの話も降るほどにございました。しかし私は、畏れ多くもこの身を『親友』とまで称してくださる殿下にそのすべてを捧げお仕えするつもりで生きてきたのです。身内同士が争う暗い時代だったからこそ、お二人の時に鬱陶しいほどに甘く固い絆が未来への希望に等しかった……


 それがすべて、あの日に壊れてしまいました。



 最愛の方を亡くされた殿下のお嘆きは深く、公爵閣下への憎しみを募らせ遂には『復讐の鬼』へと化してしまわれたのです。比喩などではなく、正に『鬼』そのものへと変じる。それがこの国の“王の血”に顕れる“力”であり“呪い”だそうにございます。

 あれほどに恐ろしく哀しいモノを、私は他に存じませぬ。怒りと悲しみに我を忘れ、異形となってまで恨みを晴らし、死んでいく。ただ、それだけ。

 秘されていたのも当然のことでしょう。この“力”は王家にとって何の利もない、むしろ致命的な弱点と言えるものでございますし、無礼を承知で申し上げるなら『化け物が王の皮を被っている』という証明なのですから。


 王太子殿下は表向き、婚約者様を庇おうとして負われた怪我が原因で身罷られたとされておりますし、公爵閣下も書類上は、これらの騒ぎから一月後に病にて薨去なされたことになっております。婚約者様暗殺及び殿下への傷害容疑は小さな男爵家の令嬢に。殿下への歪んだ思慕からの凶行として処理されました。

 彼女は元より閣下がその罪を着せるために用意なさった手駒で、計画に関わっていた証拠も多く残っておりましたので。


 真実を知る者は私の他に、当時の国王陛下と公爵閣下のご嫡男──つまりは現公爵閣下のみ。『王家の骨肉の争い』などというものは外聞も悪うございますし対立構図をいつまでも引きずる訳にもまいりませんから、無闇矢鱈と掘り返すことも憚られ今や『なかったこと』として扱われております。

 国史の授業でもほとんど扱われていないでしょう。先人に学ぶ材料とするにはまだ傷が新しすぎる。おそらくもう二十年もすれば、後継争いという過ちを繰り返さぬよう歴史の一事象として研究されるのではないでしょうか。


 されどそうなったとしても、王太子殿下がどのような最期を迎えられたのかは決して明かされないでしょう。私の脳裏には今もありありと思い出されますのに……

 殿下は完全に自我を失われる間際、私に「後を頼む」と仰せになりました。黄泉までお供することも覚悟しておりました私は最期のお言葉に従い、当時八つの弟王子を命ある限りお守りするとお約束したのです。

 その弟王子が、国王陛下であらせられます。



 王太子となられました殿下には、兄王子の轍を踏まぬよう、親交も深めようがない他国の姫君との完全な政略婚が用意されました。勿論これは国内の安定を図る意味もございました。

 王太子殿下は、ある日突然兄君から託された重責にも怯むことなく研鑽を積まれ立派にご成長なさいました。そのお姿を間近に拝見し『お守りすべき弟王子』から『命を懸けてお仕えすべき主』へと認識を改め、私は殿下への忠誠を一層のものといたしました。

 そうして十二年が経ち、国も落ち着きを取り戻し王太子ご夫妻には待望の御子──殿下、貴方様がご誕生あそばされたのです。

 我が娘マリアネラが生まれますのは更に二年十ヶ月後ですが、これもまた妙な因果でございます。


 三十を前にした頃から、周囲は私に結婚を煩く言うようになっておりました。と申しますのも、侯爵家の後継ぎたる私の兄夫婦が子に恵まれていなかったのです。されど今更、十六七の令嬢の胎を借りて生まれた子は兄夫婦の養子に、というのも躊躇われあれこれと理由を付けて断っていたのですが……

 兄夫婦が事故死し、侯爵家の嫡男となった私にとって結婚は最重要の義務となったのでございます。


 そこで白羽の矢を立てられたのが、もう一つの公爵家の二十歳になるご令嬢で、嫁いだ東国で夫君と死別し次いで始まった動乱を避けるべく実家に戻っていたところを我が妻にと乞うた次第にございます。

 王女殿下がそのご嫡男──妻の弟で今は宰相閣下より家督を譲られて公爵とおなりですが──に降嫁なさることも決まっておりましたので、周囲から私への嫉妬と羨望は凄まじいものでした。次男坊の近衛騎士が一転、侯爵家の嫡男になったばかりか次代の公爵閣下や国王陛下とも義理の兄弟となるのですから。

 国王陛下は、王家最大の秘密を知る私を手の内に置いておくことをお考えだったのでしょう。私と妻の結婚を大層歓迎してくださいました。おかげで不満を口に出す者は随分と減りましたが。



 やがて娘が生まれたのを見届けて父が亡くなり、私もいよいよ侯爵として忙しく働き始めたところで、今度は国王陛下が御隠れになり王太子殿下が第二十七代国王陛下として即位なされました。ご崩御に対し哀悼の意は尽きませんが、私には若き国王陛下をお支えし国を盛り立てていく覚悟と喜びがございました。

 されどそれから一年もしないうちに、陛下は病の床に臥せってしまわれたのでございます。


 熱に浮かされておいでの陛下が私を枕元に呼び「後を頼む」と仰せになりました。兄王子と同じように。


「一度ならず二度までも主君に先立たれるなど、耐えられません。お供いたします」と、私は申し上げました。すると陛下は「王命である」と、「王太子を助け侯爵としての責務を果たせ」と、私を叱咤してくださいました。

 私は義父である宰相閣下と相談し、大義名分を得るためにマリアネラを王太子殿下の婚約者として引き合わせることといたしました。殿下は覚えておいででしょうか?



 光栄なことに、殿下は生命の神秘に感動なさったのかまだ赤子同然の娘をいたくお気に召してくださいました。これでひとまずは、私と宰相閣下とが先頭に立って国を回していくことに議会も異議を唱えられまいと安心しまして、粗相がある前に娘を連れ帰ろうとしたのです。

 すると殿下が、それまでの穏やかなご気性が嘘のように激しく癇癪を起こされ決して娘を離してくださいませんで。私は一つの可能性に思い当たり、肝を冷やしました。


 もし殿下が“力”を顕現させるほど娘に執着なさったとしたなら。


 それまでの十数年、手を尽くして調べて参りましたが“力”についてわかっていることは多くありませんでした。我が国は勿論、他国の王も自らの“力”についてほとんど公表しておりません。“力”の有無、その内容は、それぞれの国にとっての切り札に等しいのですから。

 僅かばかりの情報からわかっておりますのは、すべての王族が“力”を有しているような国はもはや存在しないこと。中には正式に国王となることで初めて“力”が顕れるものや、謂わば隔世遺伝のように数代おきに顕れるものもあること。それから、無意識に行使される“力”は弱く、本人が自覚している“力”はより強大になるのだとか。

 これは私感でございますが、数奇な運命にある御方ほど“力”を持っておられるようにも思えます。それとも“力”があるからこそ、波乱に満ちた人生を歩まれるのでしょうか……


 我が国の王族の場合、かつて持っておられた“力”はまったくの別物だったそうにございます。それが何らかの理由で“呪い”へと変質した。そういう意味では『“力”は失われている』のです。ですから万が一“力”の存在を知った者が調べたところで、まずその結論に行き着くでしょう。

 真実は伏せられております。おそらくは直系男子のみの隔世遺伝で更に『心神を喪失するほどの怒りと悲しみ』が引き金になる恐ろしい“呪いの力”。それでは自覚したところで“力”が強くなるだけで制御もままなりませんので、これも秘されていた理由の一つなのでしょう。亡くなられた王太子殿下の前には第二十代国王陛下が“そう”であられたのではないかと、私は考えております。ですからまさかこんなにも早く“力”の素養を持つ方がお生まれになるとは……いや、言い訳でございますな。


 殿下は幼い頃からご聡明でいらっしゃいましたが、だからこそお父上のご病状も理解され不安になっておられるのではと、周囲は判断いたしました。私もそう思いとうございました。娘が殿下のお心をお慰めできるのなら今しばらくお側に置いていただくことも吝かではないと、王城にお預けすることといたしました。勿論、周囲からのやっかみは強くなりましたが。

 私はそれまで以上に私心を滅し王家と国家の御為に働き続けました。できることはそれしかございませんでしたので。



 幸いにして陛下がご快癒なされ、さすがに娘を王城に置かせていただく理由もなくなりましたので殿下に娘の暇乞いをいたしましたところ、それはお聞き届けくださいました。それまでにも何度かお願いした際はお許しいただけませんでしたので、やはり陛下のご病状への不安がお強くていらしたのだろうと、殿下が“力”の素養をお持ちだというのは私の杞憂であったのではと、この時は安堵いたしました。

 しかし問題はその後でございました。

 恥ずかしながら懸念が晴れたことで油断しておりまして、帰りの馬車を襲われ後手に回ってしまったのです。私も車の外に出て応戦しておりましたが、その時不思議なことが起こりました。


 暴漢の放った矢が私に迫った瞬間、すべてのもの、いえ正確には私以外すべての動きが止まり更には敵方のみがゆるゆるとその時間を逆行していったのです。馬車から娘の泣き声が微かに響く中、目の前にあった鏃が空を逆向きに進み遠ざかるその異様さは、今もよく覚えております。

 およそ三秒、戻った時間に動揺しながらも私たちは暴漢どもを退け事なきを得ました。

 何が起きたのか、何故起きたのか。それは“力”によるものでなければ説明が付きますまい。そして“力”の持ち主は、あの時止まることなく泣いていた娘以外にありえぬこともわかっておりました。


 私が助言を乞うたのは、義母である前公爵夫人でございます。義母は東国の姫君でしたから──それ故に妻は一度東国に嫁いだのです──私の知らぬこともよく存じておられました。

 東国で“力”を持つのは女性のみだそうで、王女が生まれると“力”の有無を調べるのだそうです。表向きは女児のための節句とされておりますし、調べる方法まではわかりませぬ。義母には“力”がなかったので、国外に嫁ぐことも許されたのだとか。

 そして娘が“力”を得たのは、東国が前年まで続いた動乱の結果王朝を変えたからではと思われました。義母が口を開いてくれましたのも「もはやわたくしの祖国ではないから」という理由でございます。



 その娘が、先ほど私に手紙を寄越しました。



 娘は──親の贔屓目はありましょうが、王太子妃に相応しい淑女に育ってくれたと思っております。幼い頃から無理難題を課して参りましたが、周囲の期待に精一杯応えようとしておりました。

 亡くなられた方を悪く言うつもりはございませんが、先の王太子殿下の婚約者様は貴族の娘の大部分がそうであるように、砂糖菓子のように甘く儚げで、守られ愛されることを喜びとする女性でした。勿論、普通の貴族令嬢ならばそれで良いのです。女性に求められる役割そのものが今と違っておりましたし、王太子殿下も彼女の柔らかさを愛し守り抜くことを誓っておられましたから。

 されど私は娘に、殿下と並び立つ存在になるよう申し付けました。選定時期も理由もが異例の婚約ですから、娘が将来嫉妬や羨望やそれらが高じた悪意を向けられることは想像に難くありませぬ。そして殿下が娘を傷付ける者をどう扱われるかまだ判断がつきませんでしたので、ならば如何なる誹謗中傷も寄せ付けぬほどの優秀な人材になってもらおうと思い至ったのでございます。ご成長の暁に殿下が娘に特別なお心をお持ちでなかったとしても、娘が優秀であることは王家と国家の益となりますので迷うことはございませんでした。


 ちなみに殿下は私どもへの襲撃を知られると烈火のごとくお怒りになり、その後陛下のお言葉によって落ち着きを取り戻されたと伺っております。

 その後も娘に何か被害が及びそうになる度に殿下のご様子を拝見いたしまして、私はやはり娘を殿下の“特別”にするのは危険だと判断いたしました。そして娘には決して殿下のお心を求めぬよう厳命したのでございます。私自身がそうしてきたように、臣下としての忠義を貫くことで理解者も増え結果娘の身を守ることにも繋がります故。

 何よりも、殿下と娘がかつての王太子殿下と婚約者様のような関係になってしまえば、娘に万一のことがあった時、殿下は“力”を顕現なさるだろうと私は恐れたのでございます。



「何があろうと娘を守れば良い」と仰せになりますか?……かつて私は「何があろうとお守りする」と誓っていた御方を守れませなんだ。故に“万が一”を恐れるのです。それに王とは時に愛する者をも切り捨てる覚悟をお持ちでなければなりません。

 ご成長あそばされた殿下が娘を『特別な女性』ではなく『優秀な婚約者』として扱ってくださいますことに、私がどれだけ安堵いたしましたことか……



 さて、前置きはこのくらいでよろしいでしょう。


 娘の手紙には、娘がこの五月からの一年弱をもう幾度となく繰り返していると書かれております。その上でこれから我が国に降り掛かる厄災──いえ人災について事細かく説明しておりました。“力”についても、自分でいくらか調べたようでございますな。これはどうかお許しいただきとう存じます。

 娘に“時の力”がありますことはお話しした通りにございます。さればたった一人の証言とはいえ、信じる価値は十分にある──何より娘の話ですから、信じてやるのが親というものでございましょう。陛下、殿下には、あれが王家や国家に関することで嘘偽りを申す訳がないと、誓って申し上げます。娘はそのように育ちました。

 しかし他者から見れば突拍子もない本来秘すべき話を根拠に、娘の言う危険人物を拘束することは難しいとおわかりいただけましょう。大物には見合う餌が必要です。



 そこで殿下にお願いがございます。



 ご自分か我が娘、どちらかの命を捨てていただきたい。




 たくさんのブックマーク、評価、ありがとうございます。

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