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n-1.

 重い重い瞼を持ち上げる。相変わらずの白く歪む視界、込み上げる吐き気。

 ハンナが大騒ぎをして、日付を確かめて、またここから繰り返す。


 いったい、もう、何度目なのかしら?


 どこで終わりになっても戻ってくるのはいつも同じ日。怒りも悲しみも絶望も後悔も、ひたすらに積み重なって消えてはくれない。



 目覚めてすぐまた自分で命を絶ったこともある。特に隣国王に殺されて終わった直後は絶望が強すぎて、繰り返す気力もなく死に逃げたのだ。自分の部屋なら毒も懐剣も手の届く場所にあったから、もう二度とあんな者の手に堕ちるのはごめんだと、もうすべて終わりにしたいと、それだけを祈って。

 けれど遠退いた意識は一夜の眠りから覚めるのと同じように当然のごとく元の時点に戻っていて、意固地になって何度も死の淵へ飛び込んだ。

 何度も、何度やっても、苦痛が通り過ぎていくだけで意味はなかったけれど。



 そうして、死ぬことすら許されないのなら生きたまま世界を拒むしかないとの考えに至ったのだ。気が触れたふりをして領地の屋敷に引き籠り、世界が壊れていくのをただ見ていた。

 巫女姫は殿下と出逢い惹かれ合い、それだけでは飽き足らず殿下のご学友たちをも取り巻きとして、それはそれは楽しい学園生活を送ったのだとか。殿下が巫女姫との結婚を熱望なさっていると風の噂に聞いて、声を立てて笑ったわたくしはふりではなく本当に狂っていたのだろう。


『世界中を敵に回しても、君を愛している!』


 一番始めの終わりに、巫女姫を抱き締めて殿下は仰った。だからこの時も、殿下は躊躇わず同じ言葉を口になさったのだろう。

 嗚呼どうして、誰も殿下をお諌めしなかったの? たとえわたくしがいなくとも、国と殿下の未来を思い声を上げる者がゼロになったわけではないはずなのに。国と民を愛し名君となられるはずだった御方がどうして、そのすべてを捨ててしまわれるの?

 ぼろぼろと、国が音を立てて崩れていく。王家の下で一つに纏まっていた諸侯が、殿下の王たる資質を声高に問い戴くべき王を巡って陣営を割る。諸外国からの非難の声が更に人心を揺るがせた。隣国が公爵閣下への支持を表明すると、殿下とその支持層は内政干渉だと声を荒らげて益々対立姿勢を強めてしまった。

 その様相を端的に示すならば『内紛』と言うより他にない。


 そしてわたくしは、名も無き民に殺された。

 混乱極まる王都からの避難民に食べ物と毛布を配っていた、その時に。そんな偽善、今更だとでも言うように。

「どうして王太子様を放っておかれたのだ!? 貴女が殿下を繋ぎ止めていれば、こんなことにはならなかったのに!!」

 半年以上表舞台に出てこなかったわたくしを、役目から逃げたわたくしを、民は許しはしなかった。

「……そうね、ごめんなさい」

「お嬢様っ! あぁっ、どうして!? お気を確かに、すぐっ! すぐ、お医者様を……」

「その、者を……責めないでやって……」

 取り押さえられた痩せた男の目には、怒りや憎しみではなくどうしようもない悲しみがあった。わたくしの心にも、痛みより悲しみが降り積もる。



 辛いのも苦しいのももう嫌だと思った。だから何も見ないふりをした。その結果としてもたらされたのは、やはり身を切られるような悲しみで。

 わたくしはどうしたってわたくしとしてしか生きられない。それは三度目に殿下とあの小さな庭でお話をした時点でわかっていたはずなのに。逃げることは、許されなかったのに。

 殿下が道を誤られるのなら、命を賭してお諌め申し上げよう。それでもこの国が瓦解へ向かうのなら、わたくしも共に。選ぶべきはそういう生き方だった。

 逃げ出したわたくしに、もうそんな資格はないのかもしれない。それでも、この魂に刻まれてしまっているのだ。わたくしの幸せは、殿下のそして民の幸せなくしてあり得ない。

 忘れてしまってごめんなさい。次はもう、間違えないから。





  ◇◆◇





 それから何度繰り返しただろう。

 何度繰り返しても、殿下と巫女姫は恋をしてわたくしは邪魔をした。



「巫女姫様、これ以上殿下に近付かないでくださいませ」

「……でも好きなんだもん。私、負けませんから!」

 涙の膜を張った水色の瞳が挑むように睨んできたって、譲れない。


「殿下。差し出がましいことですが、軽挙はお慎みくださいませ」

「軽挙、か……」

 翡翠の瞳を翳らせるのは苦しいけれど、譲れない。



「貴女様は“巫女姫様”なのですよ」


──近頃マリアネラ様は、巫女姫様に嫉妬していらっしゃるのでは?──


「“王太子殿下”としてのご自分を見失っておいでですわ」


──彼女は少々、不遜ではないか?──


 何とでも言えばいい。わたくしがお二人の邪魔をするのは、もはや嫉妬からでも悲しみ故でもなく世界の均衡を保つためだ。

 だって、貴方たちの恋は世界を壊してしまうから。


 ごめんなさい。だけど譲れないの。


「王太子殿下と巫女姫様の関係を邪推するなど、不敬にも程がある! いくら婚約者とはいえ許されることではない!!」

「お二人が潔白でいらっしゃれば、罰は如何様にもお受けいたします。どうぞ、その潔白を証明してくださいませ」

 命なんて惜しくない。お二人を引き離せるのなら何だってやる。




「子息様、巫女姫様のことでご相談したいことがありますの」


──殿下の婚約者でありながら他の殿方と親しげに──


「マリアネラ、君は何を考えている?」

「殿下の御代が安らかでありますよう……それだけですわ」

 どうしたって譲れないこの想いも、真に伝わることはないでしょう。

 それでもいい。この国を護れるのなら。


「王太子様と子息様、お二人の気持ちを弄んで楽しいですか!?」

「仰ることの意味がわかりませんわ」

「マリアネラ・エヴァ・フェリシアーノ! 不貞の証拠は挙がっているんだ!」

 嗚呼、また嵌められたのか。でもそうね、貴方が噛んでいることはわかったから、次こそは。




 じわじわと、息が詰まる。ほどけたと思った場所がまた絡まって、誰が味方で誰が敵なのか、わからなくなる。

 起こることがわかっていれば対策もできるのに、わたくしが動き回るからだろうか。未来は少しずつ変わってしまって、まったく知らない展開に行き着いてしまう。

 今度こそ、次こそは。

 そう思うのに、否、そう思うからこそ、死にすら慣れてしまって簡単に諦めてしまう。わたくしには“次”があるから、弱くなっていく。義務感なのか執念なのか、もう惰性なのかもしれない。死を意識した後、目を開けるその理由すらわからない。

 殿下を、この国を、護りたい。その気持ちが消えてしまったわけではないのに、どこかで無理だと思っている。


 世界が悪い方へ転がっていく気配を感じながら、無力感に苛まれ、目覚めればまたベッドの上。


 『人を呪わば穴二つ』


 そうわたくしに言ったのは誰だったか。何度目かに出会った、放浪の占い師だったと思うけれど。

 きっと最初に彼女を『邪魔してやる』と思った時に、わたくし自身も呪いに囚われてしまったのだ。


 それでも、否だからこそ、わたくしは願わずにはいられない。

『今度こそ、お二人が恋に落ちませんように』と。もしまたそうなるのなら、『邪魔してやる』と。






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