美しい花の物語
道端に花がありました。
それは、道行く人の目をひくことのない、草木にまぎれてひっそりと咲く花でした。
ある日の朝、老女が道を歩いて来ました。よたよたと杖をついて歩いて来ると、その花の側にある木の根元に座って休み始めました。
「やれ疲れた。この調子じゃ、隣町に着くまでどれくらいかかるんだろうねぇ」
しわがれた声で呟く老女は、本当に疲れて見えました。かわいそうに思った花は老女にいいました。
『どうぞ、私の葉についた朝露をお飲みなさいな。きっと元気がでるはずです』
その声でそこに花があることに初めて気づいたのでしょう。老女はびっくりした様子でしたが、やがて花の言う通りにしました。
「あぁ、少し元気が出てきたよ。それにしても、こんなところに花があるなんてね。全然気がつなかったよ」
『そうなのです。私がどんなに頑張って花を咲かせても誰も私に目を向けてくれないのです。
私がもっと美しい花だったらよかったのに。
そうすれば、きっといろんな人から注目されて、美しいと褒めてもらえたのに。
こんな寂しい場所で独りでいることもなかったのに。』
道行く人をただ眺めながら風にゆられて過ごす日々を振り返り、花は項垂れました。そんな花に、老女はささやきました。
「私がお前の願いをかなえてやれるよ」
花が朝露を与えた老女は、魔女だったのです。
「ただし、願いを叶える対価としてさっきもらった朝露だけでは足りないね。お前の影をくれるというのなら、お前の願いをいうといい」
花は迷わず言いました。
「誰からも美しいといわれる花になりたい」
魔女は、その言葉を聞いて杖を一振りしました。
それから、その花は誰もが口をそろえて美しいと呼ぶ花になりました。
その後、魔法使いのおかげで美しくなった花を求めて多くの人がそこに訪れるようになりました。
寂しかった道には連日長い人の列ができ、静かだったその場所は人の声があふれるようになりました。
もうそこは、以前の寂しい場所ではありません。
そして何より、人々は自分を見るためにやってくるのです。
今まで誰にも注目されたことのなかった花は、とても喜びました。
たくさんの人々の目が自分を注目しています。
たくさんの人々の口が自分を賞賛しています。
もう嬉しくて嬉しくて、熱い注目と賞賛の中、舞い上がった気持ちで毎日を過ごしていました。
しかし、やがて気づきました。
人々の目は確かに自分に向けられているのに、人々の言い表す自分の姿は自分のことではないことに。花は混乱しました。
ある晩のこと…
人々は家路につき、日中とはうって変わって静まり返った闇の中、いつか会った魔女が姿を現しました。
花はさっそく不思議におもっていたことを老婆に問いました。
『誰もが口をそろえて美しいと呼ぶのに、誰もが自分の姿と違うことをいうのです。
ある人はバラにたとえ、
ある人はユリにたとえ、
そしてある人はタンポポのようだとたとえました。
けれど誰も、自分のことを言ってはくれないのです。』
「それは当たり前だよ」
魔女は言いました。
「何を美しいと思うかなんて、人それぞれ。
同じ物が万人に美しいと思われることなんて、あるはずがないよ。
お前は願ったね。
『誰からも美しいといわれる花になりたい』と。だから、私はお前から影を取り去ったのだよ」
そこで初めて花は自分の姿に気がつきました。影の無い花は実体を失い、光そのものになっていました。
「お前の願いは叶ったのだよ。嬉しいだろう?」
魔女は笑顔のまま、闇にとけるように消えていきました。
残された花は、それからも全ての人から美しい花と褒め称えられました。
美しい、きれいだ…けれど、その口から自分の名前が呼ばれることはありません。
人に囲まれ、褒められれば褒められるほど、花は寂しくて悲しくて孤独になっていきました。
それなのに、実体を失ったその花は、涙がわりに朝露の雫を落とすこともできず、ただただ光輝くばかり。
やがて、花はキラキラキラキラ、光の粒子となって飛んで流れていきました。