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老人と若者

作者: 夕月日暮

 それは、いつかどこかであった話。


 あるところに、小さな村があった。村人たちは時々喧嘩をしたりしながらも、平和に暮らしていた。

 村をまとめているのは村長一家だった。今の村長は何事にも公平な態度で臨んだので、村人たちの間で起きた揉め事はすぐに解決した。また、間違ったことは許さないとする姿勢でいたから、村人たちは規則正しい生活をするようになった。

「これは見事な村じゃ。そなたは本当に良い村長じゃのう」

 近くの領主も、この村に好感を抱いてくれた。

「それ、何か褒美をくれてやろう。何か望みはないかの」

 領主の言葉に、村長はこう答えた。

「恐れながら、私にそのようなものは無用でございます」

「なぜじゃ。何もいらぬと申すか」

「はい。何もいりませぬ」

 村長の頑なな態度に、領主はがっかりした。褒美を渡せば、借りを作れると思っていたからである。村長も、それを見越して断ったのだった。

 その後も何度か領主はやって来たが、結局村長は一度も褒美を受け取らなかった。

 村長のあまりの頑固さに、領主も腹を立てるようになって来た。そこで彼は、村人たちにこう言い触らした。

「あの村長は私が褒美をやろうと言うのに受け取ろうとしない。だから私は、その褒美を君たちに与えてはどうかと言った。しかし彼はそれも断ったのだ」

 これを聞いた村人たちは怒った。

「あの村長はケチだ。なんで俺たちに褒美をくれない」

「自分は金持ちだからいいんだろうが、こっちはそんなに金もないんだぞ」

 また、ある年、村長は毎年恒例の祭りを中止にしてしまった。これを楽しみにしていた村人たちは余計に怒った。一部の者たちは村長の家に乗り込んで直訴した。

「村長、なぜ祭りを中止にするんだ」

 それに村長はこう答えた。

「今年は犠牲に捧げる牛がいない」

「いるだろう、二頭も」

 その二頭は村長の牛だった。それを差し出さないのはなぜだ、と村人たちは問いかける。

「あの二頭は子牛を産ませるために残しておく。そうしなければ牛の数は減るばかり。新しいのを買う金もないのだ」

「ならば領主様から褒美として、金か牛をもらえばいいだろう」

「それは出来ん」

 村人たちは諦めて、それぞれ家に戻った。しかし村長の言い分に納得したわけではない。村長はケチだ、と囁く声が少しずつ増えていった。

 その噂は村長一家の元にも聞こえてきた。村長の娘は父に詰め寄って、こう叫んだ。

「村人たちの信用をなくしてまで、見栄を張りたいのですか」

 これに村長はこう答えた。

「見栄ではない。お前たちには分からないだろうが、これは必要なことなのだ」

「では、父さんには分かりますか。私たちが、貴方のせいでどれだけ白い目で見られているかを」

 村長の娘は、村人たちの間では贅沢な女だと噂されていた。村長の孫は、友達からも相手にされなくなっている。

 家庭の不和は徐々に深刻なものになっていった。食事の度に村長と娘は言い争い、孫は黙ってそんな二人を見続けている。

 そしてある日、とうとう村長は嫌気がさしたのか、家から出て行ってしまった。村から離れたところにある森の中に、隠居してしまったのである。


 村長がいなくなったことで村人たちは喜び合った。村長の家族も、領主までもが喜んだ。村長がいなくなったことで悲しんだ者は、一人もいなかった。

「では新しい村長を決めよう」

 村人たちは、村長の孫を新しい村長に指名した。二十歳も過ぎていたこの若者は、喜んでそれを引き受けた。

 これで嫌われ者の境遇を抜け出せる。そう思った若者ははりきっていた。

 まず、領主からの祝いを受け取った。大量のお金と、数十頭の牛や豚。それに大量の小麦が送られてきた。

 もちろん、若者はこれらをすべて村人に分け与えた。

「新しい村長は気前がいいぞ」

「ケチな前の村長とは大違いだ」

 若者の姿勢は皆から好評だった。新しい村長は、皆から歓迎される形で生まれたのである。

 それから、若者は毎年恒例の祭りを再開した。また、前の村長が決めていた規則も、次々と解いていったのである。

「これからは一日、好きなだけ飯が食える」

「疲れたら、いつでも家に帰って休んでいいんだって」

「結婚や離婚は当人たちだけで決めていいそうだ」

 こうした方針を掲げたことで、若者への支持は盤石のものになった。間もなく若者は村一番の美しい娘と結婚し、子供にも恵まれるようになった。

 祭りでは村人たちの歓声が夜通し響き渡った。村の中でため息をつく者は一人もいなくなり、皆の表情には笑顔が絶えず浮かぶようになった。


 しかし、問題がないわけでもなかった。

 領主からの命令で、村人たちは戦争に駆り出されるようになったのである。これは、前の村長のときにはないことだった。

「村長、俺は戦には行きたくない」

 そう言う村人もいたが、若者は正直に事情を説明した。

「褒美を領主様からもらったんだ。断ることは出来ないんだよ」

 村人たちはやむなく従うことになった。働き盛りの男たちは戦場に行くようになり、戻ってこない者も少なくなかった。また、戻ってきた者には別の問題が待ち構えていたのである。

「飯がない」

 男たちの留守を預かっていた女たちは、農業と子育てという二つの仕事を任されていた。しかしそれを両立させるのは大変なことである。それに、何時から何時までは働くようにと前の村長が定めた規則も、今の村長が解いてしまっていた。疲れたら家に帰る、という人がほとんどだったのである。

 これを聞いた若者はすぐに食料を配給した。しかし蓄えはすぐに尽きてしまい、村は食糧危機に陥ることになってしまった。

 また、夫婦仲が悪くなり、離婚する者たちが増えていった。

 男は女を怠け者と叱責するようになり、女は男を無責任だと非難するようになった。以前は第三者の立ち会いがなければ離婚は出来なかったのだが、これも今の村長によって規則が解かれたので、当人たちだけで出来るようになっていた。おかげで村は離婚と結婚の繰り返し。誰と誰が家族なのか分からなくなってきた。

「私の御父さんと御母さんは誰なの?」

 そんな子供たちも増えていき、村は徐々に悲惨な状態になっていった。

「これも、あの新しい村長のせいだ」

 村人たちの怒りの矛先が若者に向けられた。これを知った若者の妻は強引に離婚を成立させて、子供と一緒に出て行ってしまった。

「貴方はなんてことをしてくれたのですか」

 縁を切ることも出来ない母親は若者をひたすら非難した。

 そこで若者は、盛大な祭りを開いて皆の怒りを鎮めようとした。そのためには資金が必要だったが、それは領主から借りるつもりだった。

 ところが、領主は若者を見るなり苦い顔つきになった。

「お前の村は散々な評判だそうだな。そんな村を抱えているということで、私まで白い目で見られるようになったのだぞ」

 結局、お金を借りることは出来なかった。若者は絶望して家に戻り、いつものように母の叱責を受け続けた。


 それから程なくして、村人たちは村長宅に押し掛けた。とうとう不満が爆発したのである。

 しかし、そこで彼らが見たものは、母と共に動かぬ人となった若者の姿だった。

 夕食に毒を盛ったのか、二人はテーブルにうつ伏せになったまま亡くなっていた。

 若者の部屋から見つかった遺書には、こう書かれていた。

「私のことは、祖父のいる森の中に葬って欲しい。ここに埋められたのでは、騒々し過ぎて、安心して眠ることも出来ない」

 それを見た村人たちは、前の村長が隠居している小屋へと向かった。

 小屋に老人はいなかった。ただ、椅子に腰かけたままの骸骨があっただけである。

 椅子の近くのテーブルには、一枚の紙切れがあった。そこには、無骨な字でこう書いてあった。

「これを見た者に頼みがある。わしを、あの心ない者たちの元に戻してくれ。ここにいては、あの馬鹿者どものことが気になって、安心して眠ることも出来ない」


 その後、地図上から村の名前は消えることになった。

 老人と若者がどうなったのかは、どこにも伝わっていない。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても読みやすく、何か教訓を含んだ童話のようで、星新一の作品ような雰囲気がいいと思いました
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