のこさずたべよう
ぼくの家は養豚場をしています。お父さんもお母さんも、朝から晩までくたくたになるまで豚たちの世話をします。
飼育している豚たちの中で、ぼくのお気に入りはぴぐーです。ぴぐーはぼくを見つけると、必ず「ぴぐー」と鳴いて寄ってきます。本当は名前をつけてはいけないのですが、いつからかそう呼ぶようになっていました。
ぼくは豚たちの面倒を見るのが好きでした。えさやりも水の交換も、朝どんなに早く起きなきゃいけないことも、くたびれきって倒れてしまうことも、一度も苦痛に感じたことはありません。ぴぐーののんきな鳴き声を聞くだけで、つらいことも悲しいことも吹き飛びました。
でもある日、とうとうぴぐーにもアルファベットの混ざった七けたの番号がつけられました。引きずられて行くピグーの声は、いつもののんきなものとは全然ちがっていました。
お父さんは言いました。
「豚たちは、みんなの栄養になって、いっしょに生き続けるんだよ」
お母さんがうなずきました。ぼくも、五つになる妹も、涙をこらえてうなずきました。
ぴぐーはぼくが熱心に世話をしていたおかげで、ほかの豚より色つやもよく、おいしそうに見えたそうです。そんな理由で早く殺されてしまうなら、ぼくは何もしなければ良かったと思いました。
そのうえピグーをもらっていったのは丘の上の大きなおやしきに住むぼくの友達でした。
裏口にいた召使いさんに、ぴぐーは丸焼きにされて食べられるんだよと教わりました。ぼくはせめてぴぐーの最期を見届けようと、食堂のカーテンにかくれさせてもらいました。日がしずむと晩さんが始まりました。楽しそうな家族の会話がぼくには遠い世界の物語のようでした。
友達のお母さんは、ほっそりときれいな腕をしていました。土でよごしたことなんて一度もなさそうです。
お父さんのほうも、ぶよぶよと太っていました。ぼくはなんだかいやな気分でした。
食事が終わるまでどのくらい待ったでしょう。三十分かもしれないし一時間かもしれません。けれどぼくにとって、そんなことはどうだっていいことでした。
ぼくは一度もぴぐーから目をそらしませんでした。
友達や、そのお父さんやお母さんは、一度だってぴぐーに目をやりませんでした。
お皿はたくさんありました。テーブルにはすきまなんてないくらいでした。そうして晩さんは終わったのです。
ところでぼくは、去年の誕生日、お父さんから豚の血抜き用に長いナイフをもらっていました。実際に使ったことはありませんが、ぼくは冒険するときや勇気の必要なとき、いつでもそれを隠し持っていました。
家の中が真っ暗になって、だれも起きている気配がなくなると、ぼくはカーテンの裏からそっと出て行きました。
友達はびっくりしすぎて悲鳴を上げるのも忘れてしまったみたいでした。ぱくぱく開いた口が「なんで」と聞いたみたいだったので、ぼくは友達に答えました。
「食べ物をのこしたからに決まってるだろ」
ぼくは胃袋に向かって腕をふりおろしました。
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あれから何十年経ったでしょう。当時は幼かったこともあり、私の処分は比較的軽いものでした。今はあの頃と名前を変えて、日本のある地方に住んでいます。
かくれんぼも空とぼけるのも年々得意になっていきます。服に血をつけないように殺す方法も知っています。
私は食べ残しが嫌いです。命を粗末にする人間を憎悪します。もしもそんな人を見かけたら、たとえ子供だって容赦しないでしょう。
だから、小学生の皆さん、給食は残さず食べてくださいね。
私からのお願いです。
(第37回『食育作文コンクール』応募作品)