生きた本
ライブラリアンは街全体が書庫と形容してもいいほどにありとあらゆる本がある。
それは一般流通しているものから焚書の対象となった禁書まで。
ここに来れば読みたい本が見るかると言われるほどだ。
もちろん、禁書などの危険なものや、希少なものがあるというのはあくまで噂だ。
おそらくライブラリアンの街の本の多さを誇大表現しているだけにすぎないだろう。
ある日。
私は寂れた教会を見つけた。
今まであんなところにあっただろうか?
いつも通る道なのに気付かないと言うことはあるのだろうか?
普通の人間ならば気味悪がるだろうが私は好奇心を抑えることが出来なかった。
扉の前に立ちノックをする。返事はない。
重い扉を開ける。ギギギと音を立てて扉が開く。
カビと埃の匂いが鼻に届く。長年人の出入りがないのだろう。
だが、そんなものよりも教会の異質さに私は驚いた。
本棚が置いてあるのだ。
ただそう言ったらなんだ別段おかしなところなどないじゃないかと思うかもしれないが違う。
書架といっても差し支えない程の量が置かれている。
もしかしたら古くなった教会を書架として利用しているのかもしれない。
神聖な場所に神聖な本を置きたいと言う考えの持ち主がそんな行動をしたのかもしれないだろうと推測してみる。
無礼を承知で中に足を踏み入れる。自己を正当化するならば鍵をかけていない所有者がいけないのだ。
本棚の間を歩いて行く。
本独特の香りが漂ってくる。
ふと、風の流れを感じた。
風が吹いてくる方向をみると何もない。
だが風を感じるのはなぜだろう。
気になった私はそちらへと歩いて行く。
壁を触っている内に隠し扉だと気付く。
隠し扉を開けると異様な熱気がこちらに流れてきた。
顔をしかめながら入るとここにも本棚が陳列されている。
それにしても暑い。湿度も高く本の保管に最適な環境とは思えない。
本の持ち主に怒りを覚え、こんな扱いなら私が持っていった方がいいのではと思ってしまう。
そんな思いで納められた本を一冊手に取ろうとする。
本に触れた瞬間、私は飛びあがった。
本は人肌のように暖かく、脈動していた。
恐ろしさと気持ち悪さ、そして好奇心がわき上がる。
もう一度本を手に取り私はじっくりと眺める。
掌で本はドクンドクンと脈動している。試しにと本を開いてみる。
書かれている内容は日記のようなものだった。
なんだ、と落胆して本を戻す。
他の本も見てみたがどれもたいして変わらなかった。
たいした本ではないと言うことで扱いが雑になった。
そのせいで本を落としてしまう。
べチャり、と生々しい音を立てる。
面倒だと思いつつも本を拾い上げる。すると手になにやらぬめりとするものがついた。
それは赤い液体だった。鉄のような香りを放つそれは。
血液だった。
本から流れ出るそれは確かに血液だ。
本がひとりでに開きだす。
何も書かれていないページが現れ、そこに字が浮かび上がる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
悲鳴を上げて私は飛び下がる。
この本は何かおかしい。
私は抜けた腰を引きずってこの部屋から逃げようとする。
だが、そこには先ほどまで居なかった神父がいた。
神父は私に近寄ってくると人の良さそうな笑みを浮かべて私を殴った。
それで私は意識を刈り取られた。
次に目を覚ました時は薄暗い場所に拘束されていた。
神父はあやしげな機械の前で何やら作業をしている。
私が眼を覚ましたことに気付いた神父は私を抱えあげてその機械の前に連れて行く。
「これは本を作る機会なんですよ。特別製でね。人間を本に出来ると言う優れモノです」
「は?」
「私は耳が聞こえないのです。だから懺悔を聞いて差し上げることが出来ない。ならばかいてもらえばいいのですがそれでは到底処理しきれない。ならばと思って作りあげた機械ですよ」
私は恐怖した。この神父は狂っていると。
必死に暴れたが神父の力は強く私は機械の中に押し込まれてしまう。
皮膚を剥がされ、爪を剥がされ、骨を砕かれた。
脳を誰かに掻き回されている感覚が私を襲った。
私という人間が生きたまま造りかえられている。
そうして私は一冊の本となった。
神父は本を読む。
「ほほう、貴方の罪は沢山ありますね。ですが許しましょう。貴方も敬遠な信徒となってこの教会で祈りを捧げてください。そうすれば主も許してくれますよ」
神父は出来たばかりの本を棚に納める。
本となっても意識は途切れず、絶望と狂気が襲ってきた。
ここはライブラリアンの街。
ありとあらゆる本が手に入る町。
その中には焚書指定された禁書や希少な本もある。
そして、生きた本もこの街には存在する。