2話
「「えっ!!??」」
ありのまま今起こった事を話そう。
ベンチに腰掛けまったりハロルドとテキトーな会話をしていると、目下の悩みの種であった右隣の席の雪女が俺達の目の前を通りかかった。
そして、ぶっ倒れた。
いきなりの状況に驚きの声が漏れてしまった。ハロルドと声がハモってしまった気持ち悪さは計り知れないものがあるが今はそれどころではない。流石にクラスメイトが目の前でぶっ倒れたのを横目にまったり会話を続けられる程俺達は落ちぶれてはいない。
「ハロルドは先生を呼んできてくれ!!」
とりあえず最低限のモラルを総動員してハロルドに指示を出した。俺の声と同時にハロルドは校舎の方に駆け抜けて行った。俺は雪女の介抱だ。
「おい、大丈夫か??」
うつ伏せで倒れている雪女の着物の帯を掴んでゆっくり転がし仰向けにした。
雪女は荒々しい息と共に大粒の汗をかいていた。
「ハァハァ…あ……あ………い……ハァハァ」
何を言っているのかはサッパリ解らないがおそらく相当ピンチなんだろう。
目の前で手を振ってみたが反応はなかった。多分意識が朦朧としているというやつなんだろう。
他に異常がないか素人なりに一応目視で確認してみたが荒い息と発汗以外に異常は見当たらなかった。
とりあえず熱があるか確認する為におデコくらいなら触ってもセクハラ扱いされないだろうと思いゆっくりと雪女の額に触れてみた。
手のひらが凍ったorz
緊急事態だから仕方ないが…やっぱりオトギと関わると碌な事にならないと改めて実感した。
しかし触れられないとなると俺に出来る事はもう何もない。せめて先生が来るまで元気付けてあげよう。
「頑張れ〜、もうすぐ先生が来るからな〜。病は気からって言うだろ〜。気を確かに〜」
雪女の耳元で元気に叫んであげた。
「ハァハァ…あ……い!!あ……あつ…い…ハァハァ…ハァハァ」
余計息が荒くなったorz
まぁそのお陰で…かどうかは解らないが原因は解った。どうやら雪女は熱いらしい。熱でもあるんだろう。そういや教室でもずっとハァハァ言ってたもんね。
「ハァ…ハァ…あつ…いんっ!!ハァ…ハァ…ハァハァ…あ……つい…よ……んっ!!」
こんな状況なのに不覚にも雪女の声がエロいと思ってしまった。すぐに自己嫌悪する羽目になった。罪滅ぼしにせめて涼しくなるように扇いであげよう。
着ていた制服のブレザーを脱ぎ団扇の代わりとばかりに雪女に向けてバサバサと風を送るように扇いであげた。
雪女の着物の裾が捲り上がりパンツが露出してしまったorz
直ぐに雪女の露出部分にブレザーを被せ、俺は更なる自己嫌悪モードに突入した。もう何もしない事が雪女の為になるだろう。
そう思いしばらくボケっと空を見つめていると、ハロルドが保健の馬場園先生(下半身が馬)に乗って戻ってきた。
馬場園先生はその場で軽い診察をした後、雪女を乗せて校舎の中に消えて行った。
俺のブレザーと共に…
☆☆☆
俺の体感温度を下げる雪女が居ない午後の授業は快適に過ごせるはずだった。
手のひらさえ凍っていなければorz
さすがに手のひらが凍っているというのは大問題だった。
なにしろシャーペンすら持てなかったのだから…
授業を諦めて放課後まで必死に摩擦熱で溶かそうとゴシゴシしてみたが溶ける気配はない。
唯一の救いは何故か余り冷たくなかった事だけだ。
「仕方ない…保健室に行くか…」
ハロルドと二言三言言葉を交わし別れを告げた後、俺は保健室に向かった。
☆☆☆
保健室の扉が開かない。
鍵が閉まっているのかと思い一応誰かが居ないか窓から中をコッソリ覗いてみると
「どゆこと…」
保健室の中が白銀世界になっていた。
普段なら見なかった事にして、この怪奇現象をスルーしていただろう。
それが『虎穴に入っても死ぬだけだ』をモットーにしているノーマルの俺がこのオトギが蔓延るの魔の巣窟で生きていく術なのだから。
だが雪女に対するパンツを見てしまった罪悪感が俺の足を止めた。
100歩譲ってもこの状況に雪女が絡んでいるだろう事は間違いない。
「仕方ないよな…」
右の手のひらを治療する為だと心の中で言い訳をしてから保健室の中に入る決意を固め、左中指を親指で抑え力を込める。
そして扉に向けて親指で抑えていた中指を弾く。
「よいしょっ!!」
ゆるい掛け声と共に弾かれた中指は凍った扉に音を立ててぶつかった。
☆☆☆
小学生の頃、母親に逃げられた父は俺と妹を育てる為に一心不乱に働き続けていた。
忙しい父と会えない事は淋しかったが俺達の為に頑張ってくれている事を思えば妹と2人、肩を寄せあい我慢できた。
そんな父も月に1度だけ必ず俺と妹をラーメン屋に連れて行ってくれた。3人でラーメンを食べに行くのが唯一父と会える日だったのだ。
俺と妹はその日を何よりも楽しみにしていた。
そして待ちに待ったその日。父は俺と妹をいつものラーメン屋に連れてきてくれた。安い微妙なラーメンだが父と食べるラーメンは世界一美味しかった。
妹の笑顔もいつもより輝いていた。
しかしそんな楽しい時間は直ぐに過ぎてしまう。ラーメン屋は閉店の時間になってしまった。父はそのまま仕事に行ってしまう。
ここでお別れだ。
また来月まで辛抱しなくちゃならない。
そんな事を考えていると涙が込み上げてきた。妹は堪えきれず涙を流していた。
それを察した父が俺と妹の頭を撫でてくれた。
それだけで元気になれた。また来月まで頑張れる気がした。
「会計を済ませた後、父さんそのまま仕事に行くから…またな」という父の言葉に別れの挨拶を済ませ、俺と妹は後ろ髪を引かれる思いで先に店を出た。
店を出て、妹と2人しばらく歩いているとサイレンの音が鳴り響いてきた。場所は俺達が食べてきたラーメン屋の方だった。父に何かあったんじゃないかと心配になり妹の手を引き俺はラーメン屋までの道を必死に走った。
そこで俺と妹が見たのは手錠をかけられた父の姿だった。
意味が解らなかった。男手一つで俺と妹を育ててくれた何よりも大切な父が何故警察に連れて行かれるのか理解出来なかった。
先に行動を起こしたのは妹だった。気付いた時には父を連行していた警察の足に噛み付いていた。
それを見て俺も父の元まで走った。
だが間に入った警察に難なく取り押さえられてしまった。子供の無力さを初めて知ってしまった。
そんな俺達の姿を見て父が涙を浮かべた笑顔で語りかけてきた。
「父さんは駄目な人間だったんだ…なんの取り柄も、なんの資格も免許もない駄目な人間だったんだ。だから母さんに逃げられたんだ…だから時給が40円だったんだ…お陰でお前達を満足に育ててやる事も出来なかった…」
「そんな事ないよ!!」
「パパ行っちゃヤダー」
このままじゃ父が連れていかれると思った俺と妹は必死に叫んでいた。確かにうちは貧乏で満足な生活とは言えかった。でも父が居ればどんな事だって我慢できた。父さえ居ればそれで良かった…
「ごめんな…父親らしい事なんにもしてやれなかったな。…お前達は父さんみたいな人間にはなるなよ。何か1つだけでいい。誰にも負けない自分だけの何かを見つけて1番になりなさい」
最後に俺達の名前を小さく呟くと父は連れて行かれてしまった。
後日、親戚に父が何故警察に連れて行かれたのかを聞かされた。
罪状は食い逃げ。
時給40円でいくら働いたところで子供を2人養う事は出来なかったのだ。
俺と妹のせいで父は犯罪者になってしまった。
事件から数日後に釈放されたらしいが親権を放棄させられ俺と妹との面会も禁止されてしまったらしく父と会う事は出来なかった。
そんな必死に俺達を育ててくれた父の為に俺が出来る事は父の言葉を守る事…何かを見つけて1番になる事だけだと思った。
だから俺は小学校で流行っていたデコピンを極める事にした。デコピンで1番になる!!そしたら父が笑ってくれる気がしたから。
雨の日も風の日もデコピンの素振りを続けた。毎日寝ている時間以外は指を弾いていた。タコやマメができ血が流れても絶えずデコピンの素振りを続けた。
3年が経つ頃には素振りで10メートル先の空き缶を吹っ飛ばす事が出来るようになった。
さらに3年が経つ頃にはデコピンで電信柱を縦に割る事に成功した。
そして中学を卒業する時には、3年間貧乏な俺を見下し続けてきやがった教頭の家をデコピンで崩壊させる事に成功した。
ねぇ父さん…
俺はデコピンだけなら1番になれたかな…
☆☆☆
ズゴォォォォォン!!
俺のデコピンによって凍りついた扉は音を立てて木っ端微塵に砕け散った。
一気に扉の中の冷気が廊下まで漏れだし吐く息が白くなった。
「さむっ!!」
渋渋ながら破壊した扉から保健室の中に入ると雪女を運んで行った馬場園先生がガクガクと震えていた。
まぁこの尋常じゃない寒さなら仕方ないんだろうけど。
首から下凍りついてるし…
「誰??」
俺に気付いた馬場園先生が凍って動けないのか目線だけでこっちを見てきた。
「名乗る程の者でもないです…えー…確か…雪子さん??が大丈夫か見にきただけですのでお構い無く」
「構うわよっ!!死にそうなのよ!!助けてよ!!」
馬場園先生が必死に助けを求めてきた。
確かに俺がもし馬場園先生の立場なら同じ事を言っていただろう。
「いえ…自分ノーマルなもので…力になれそうにないです」
だが断った!!!!
「ちょっ!!アナタ雪子ちゃんの友達でしょ??それにこの凍りついた部屋に入って来れたって事は只のノーマルって事はないでしょ??」
勘違いも甚だしい…助かりたくて必死なのは解るけど、友達どころか俺にとって雪女は悩みの種なだけだし、俺は完全にノーマルだ。たまたまデコピンが1番の正真正銘の真人間だ。
「雪子さんの状態なんだけどね!!」
なぜか雪女が今陥っている状況を説明しだす馬場園先生…なぜ俺に話すんだ??
聞いてないのに聞いてしまった結果解った事は、雪女は身に付けていた自身の体感温度を下げる効果のある腕輪が故障してしまい暴走しているという事。
腕輪を直さない限り暴走が止まらないという事。
暴走を止めないと明日にも学校全土が凍りついてしまうという事。
「だからアナタが腕輪をどうにかして直してきてちょうだい!!」
説明を締め括ると最後の最後になんかえらい無茶振りをしてきやがった。
何が「だから」なのだろうか??これだから人外に関わると碌な事にならない…
でもまぁ学校が凍りつくのは勘弁だ。只でさえ寒い思いをしているのに、これ以上寒くなんてなったらノーマルの俺には耐えられない。高校中退は就職に不利になりそうだし、なにより妹に怒られる。
でも…パンツを見てしまった罪悪感があるとはいえ、これはさすがに厄介すぎる展開だ。
やっぱ断るべきだな。
そう判断した俺はその旨を伝える為馬場園先生の方を向いた。
「ふふふ」
何故か馬場園先生が勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。どうやら頭がおかしくなったようだ。
「見たところアンタの手…雪子ちゃんに凍らされたみたいね…暴走が止まらない限り、その氷も溶けないわよ!!」
「…マジで??」
「マジよ!!!!」
雪女の暴走が止まらないと俺の手のひらの氷は溶けない…もし右手が使い物にならなくなったら将来の就職活動がかなり制限されてしまう…俺に選択の余地は無いようだ。つまり…
詰んだorz
「仕方…ないか…」
「やってくれるのね??」
「期限は??と言っても腕輪が直る時間までは解らないので間に合う保証はないですけどね」
「期限は0時まで。今17時だから残り7時間…腕輪は机の上にあるわ」
なんか面倒臭い事に雪女の腕輪を直せというミッションが始まってしまった…
白い息を吐きながら腕輪を取り保健室を後にした。
やっぱ最低の日だわ…