第二章
「あなたはかつて天上界の危機を救った勇者、スクゥア様の子孫なの」
翌朝、登校時の雨宮さんとの会話は、そのフレーズから始まった。
帰りに別れる踏切りのところで会えばいいのだが、彼女はいつも律義に改札の前まで引き返して待っていてくれる。
学校までの十五分ほどの道のり。いつもは昨日見たテレビや、野球部の事、クラスメイトの話題などをして過ごす時間だが。
今日は、どうしても昨日の出来事を、確認しておく必要があった。のだが……
「およそ、一万二千年前の事。天上界は荒廃していた。邪皇竜コア・スア・クディスと呼ばれるドラゴン……いや悪魔に蹂躙されて。その暴挙は百年以上にも渡り、天上界の住人ももはや対抗する術を持たず、天上界と共に滅びの道を進むしかないと思っていた。しかし、そこに現れた希望の光……スクゥア。後に勇者と呼ばれる青年の尽力により、竜は倒され、天上界に平和が戻った。ただし、その平和な世界に、スクゥアの姿は無かった。竜と相打ちになったとも、神の使いであった彼は役目を果たし天界に帰ったとも、彼自身も竜の一部であったとも、いろいろな説が囁かれたけど、どれも決め手にかけた。それから二千年後、一人の学者によってスクゥアが地上に降りたという痕跡が発見された。それから一万年の時をかけて、あたし達はスクゥアを、その血統を受け継ぐ者を探し続けた」
雨宮さんが、やっと一呼吸起き、俺に向き直る。
「それがあなた。あたしはなんとしても、あなたを天上界に連れて帰らねばならない」
どうしよう、ついていけない。いきなりこんな話をされたら、大多数の人はそう言う感想を持つだろう。
だが、いきなりじゃ無いんだよな。
昨日現れた、頭が巨大拳銃になってるロボット。そして、雨宮さんが手にしていた光の剣。その記憶が、この雨宮さんの話の信憑性を後押ししている。少し引っ掛かる部分もあるけど、本当の話なんだろう。
なら、もう一人、話を聞いておかなきゃならない相手がいる。
そいつと話す時間が取れたのは、昼休みになってからだった。
近藤晶。
昨日、銃弾を素手で受け止めるという、人間離れしたパフォーマンスを見せつけてくれた。
俺の事を魔王と呼んでいたか。
昨日の二人の様子からも、俺を勇者と呼ぶ雨宮さんとは、対立する関係にあるのは明らか。出来れば、彼女抜きで話を聞きたいところなんだけど。
「高畑君、お昼にしよう」と、いつものように、四時間目が終わってすぐ、俺の席に来てくれる。それ自体は嬉しいんだけど。
「用がある」と捲こうとしても「ついて行く」「手伝う」と、離れようとしない。
結局、雨宮さんもつれて、三人で屋上に行く事になった。
教室を出る時、女子が「ついに直接対決?」「修羅場よ」などと言っていたが、聞こえなかった事にしよう。
「雨宮にも聞かれるのは不本意だが、まあいいだろう。すでに俺の目的は知ってるようだしな」
「当然」
相変わらずの険悪ムード。
近藤は構わずに話し始めた。
「俺はこの世界の下に存在する、地下帝国の人間だ。と言っても、物理的に地下何万メートルとか言う場所にあるわけじゃないが。それは天上界がそのまま上空にあるわけじゃないのと同じだと思ってくれればいい」
同じも何も、天上界の住所なんか聞いてない。
「地下帝国は五千年前までは国と言う物が具体的には存在せず、何百と言う集落、部落、集団、賊……それらが各々好き勝手に生き暮らしていた。しかし、そんな状態ではグループ間の衝突など日常茶飯事。領地の境界を超えた、仲間が傷つけられた、食い物を横取りされた、川の水を飲ませてもらえなかった……些細な事での小競り合いが、他のグループを巻き込んでの戦争へと発展する事も少なくなかった。それに警鐘を鳴らし立ち上がったのが、後の世で魔王と呼ばれる男アングラモア。彼の圧倒的な力は、それまで地下帝国に点在していた何百と言う集落、部落、集団、賊……それらを全て飲み込み、一つの部族としてしまった。かくして、魔王アングラモアを中心とし、五千年を数える地下帝国の正史が始まった」
一気に喋って口の中が乾いたのか、一口お茶を飲むと、
「高畑。お前はそのアングラモア様の生まれ変わりなんだ」
俺に言った。
「えーと、つまり……」
俺なりに二人から聞かされた話を整理する。
「俺は勇者の子孫であり、なおかつ、勇者に倒された魔王の生まれ変わりだと」
「は?」「ん?」
あれ? なんだ、二人のこの反応は。二人の話を総合すると、そう言う事になるだろう?
「勇者様が倒したのは邪皇竜、魔王じゃないわ。天上界の者が地底の者を倒す理由もないし」
「それにスクゥアの時代は一万二千年前、アングラモア様の時代は五千年前。計算が合わないだろ」
「じゃあ、魔王って何だよ」
「それは、あれだ……うちで雇ってる翻訳家の誤訳だ。どうも、地上界では魔と言う言葉に、良い意味は無いようだな。言い易いんでつい魔王と言ってしまうんだが、正しくは全能な王とか絶対的な王とか、そう呼べばいいか。今日の地下帝国の基礎を築いた、偉大な人だ」
なんとも紛らわしい。
「俺はアングラモアの五十八代目の子孫に当たり、簡単に言えば王子のような者だ。だが長い歴史の中でアングラモアの家名の力が徐々に衰えてきてな。家名復興のために、アングラモア様の生まれ変わりである、高畑の力を借りたかったんだ」
「それじゃあ、昨日襲ってきたロボットは、あなたの家の復興を阻止したい別の一族の差し金になるのかしら?」
「間違いない。我が家とは逆に、この五千年の間、密かに力を蓄えていた者もいるだろう。数までは把握できてないが、王家転覆のチャンスと見て、行動を始めたんだろう」
「迷惑な話だわね。勇者様の命を狙う不届き者が、いくらともなくいるなんて」
「どうだ。物は相談だが、一時協力しないか? 高畑の命を狙う我が家の敵対勢力を一掃するまで」
「むしの良すぎる話ね。要するに、あたしを地下帝国のお家騒動に巻き込もうって言うんでしょ……しかも、ただ働きで」
「だが、利害は一致してるはずだぜ。彼を護るという一点においてだが」
「……そうね、そこだけは一致する。地下帝国から護るために、地下帝国の者と手を組むというのも妙な話だけどね」
また、俺は完全に蚊帳の外だ。
俺が議題の中心にいるはずなのに。
そうだ。一つ気になる事がある。
いや、気になっていた事があった。
「なあ、二人とも、ちょっといいか?」
「なに?」「なんだ?」
「もしかしたら、コレ、勇者か魔王に関係ある物なのか?」
右腕の袖をまくって二人に見せる。手首から肘にかけての部分に、まるで文字のように見える黒いあざがあるのだ。
いつからある物なのかはわからない。
ずっと幼い頃には無かったような記憶があるが、アルバムを開いても、あざのある部分は死角になってたり袖に隠れていたりで、見えるものは一つもなかった。
両親に尋ねてもわからず「どこかでぶつけたんじゃないか?」と言う返事しかもらえなかった。
だが、子供心にこれはただのあざじゃないと思っていた。そう思いたかった。漫画やアニメに登場する超人は、その超人的能力の証として、体の一部に不可思議な模様や文様が浮き出ている者もいる。そうだったらいいなと、思っていたんだ。
成長と共に、その気持ちは徐々に薄れて行ったが、完全に消え去ってしまったわけじゃない。事実、今、俺の目の前には天上界人と地底人がいる。このあざのような物は、勇者の証とか、魔王の紋章とか、きっとそう言う物だったんだ。
なあ、そうなんだろ? 雨宮さん。近藤。
「何、その汚いあざ」
「魔王様の体にあざがあったという話は聞いていない」
……。
ただのあざだった。
あっという間に放課後。
今の俺は勇者の血も魔王の魂も目覚めておらず、能力的には人間そのものらしい。改めて言われなくても、十五年の人生で自覚している。
そこで、勇者の力が目覚めたら天上界へ、魔王の力が目覚めたら地下帝国へ連れて行く事に、いつの間にか二人で決定したらしい。……連れて行かれる本人の意見は無視ですか?
とりあえず何かの力が目覚めるまでは、今まで通りの生活でいいらしい。
と言うわけで、放課後はグラウンドに出て、いつものように野球で汗を流す事にする。
ベンチには雨宮さんと一緒に、何故か近藤も座っている。
「いつ襲われるかわからんから、出来るだけ近くで護れるようにしたい」と言うのが、彼の弁なのだが。うちの部に男子マネージャーはいないので、浮きまくってる。
先輩達は、すでに同じクラスの部員から俺達の桃色の噂を聞いているらしく、いつもとは別の意味でよそよそしい。
今まで通りの生活をしていいって話は嘘ですか?
今日の練習内容は紅白戦。
レギュラー選抜も兼ねていて、周回毎にポジションを入れ替え、各人の能力を図る目的もあるらしい。普通、ポジション毎に選抜テストを行って振り分けるもんじゃないのか? 小学生のリトルリーグでも、そうする。
俺の場合、一回がサード、二回がキャッチャー、三回の今はライトに立っている。体がついて行かない。
何度も言うが、我が校の野球部は弱小。
まず、外野まで長打できる選手などいやしない。暇だ。本気で退屈だ。まあ、ちょっとした休憩だと思っておこう。
ここからだと、グラウンド全体を見通せる。こうしてみると、各人の動きに結構クセがあって面白い。
あ、二年の先輩が一年の女子マネージャーをナンパしてる。あんた何しに野球部に……ああ、女漁りか。
その隣のベンチでは、雨宮さんが、俺のスポーツバッグの中身を漁っている。タオルや予備の体操着を畳み直してるようだが、やめてほしい。
近藤の姿が見当たらないが。さすがに女子だけの中に一人でいる気まずさに負けて、どこかに移動したか。
「ライト、行ったぞー!」
不意に飛んでくる部長の声。
とと、試合に集中集中。ボールが飛んでこないのはわかりきって……今、なんて言った? ぽてん、ぽてん、ころころころ……
白球は俺の右横を通り過ぎ、黄土色の大地を後方へと直進して言った。誰だ、こんな長打を打ったのは。
ダイアモンドに目を向けると、近藤が一塁ベースを蹴って、カーブする姿が見てた。制服のままで。お前も暇だったんだな。というか、この部アバウトすぎだ。
「つっ立ってんじゃねえ、ボールボール!」
再び飛んでくる、部長の怒号。
そうだ、ボールを返さないと。
あわてて転がったボールを拾い振り返ると、近藤はすでに二塁を超えている。三塁に投げても間に合わない。なら、バックホーム……そのつもりで、俺はショートにボールを任せた。
俺の右手を離れたボールは、二塁手の足元に落ち、数度バウンドした後、ピッチャーマウンドまで転がって行った。ピッチャーがそのボールを拾う頃には、近藤はすでにホームインしていた。ショートどこ行った! ……さっき一年ナンパしてた先輩だった。あんた、持ち場離れすぎ。
「お前ら、試合中は気を引き締めろ!」
部長に怒られた。
たしかに俺がよそ見をしなければ、なんなくフライに出来た打球だったかもしれない。でも、何か釈然としない。
気を引き締めて試合再開。
近藤の次のバッターはあっさり三振して、今度はこっちの攻撃だ。さっきの汚名返上のためにも、ヒットくらいは打ってやろう。
ちなみに現在の点差は一対〇で赤組がリードしている。つまり、近藤のランニングホームラン以外の点は入っていない。素人以下か、この部は。近藤はちょっと例外な部分があるが。
その近藤は、今度は借りたグロ−ブ片手にマウンドに立っていたりする。彼なら、一年レギュラー、四番でエースも可能だろう。
その彼の投球練習だけでも、目を見張る物があった。
決意が早くも揺らぐ。あの玉に当てられるかな。
案の定、俺の前のバッターはあっさり三振にとられ、すぐに打順が回ってくる。
「高畑。お前が相手でも俺は手加減しないぞ。どんな勝負、どんな相手でも、負けるのは嫌いなんだ」
俺がバッターボックスに入るなり、近藤が高らかに宣言してきた。それを聞いてた部員達(特に女子マネージャー)がざわつき始める。こいつ天然だ。
そして、この身体能力も天然の物なのか。ただの直球なのに振り遅れてしまう。一五〇キロ以上出てるんじゃないだろうか。
ストライクコースなら見逃しより空振りの方が、自分を納得させられる。賢いやり方じゃないだろうが、俺は初球から打ちにいった。すでに二球目がキャッチャーミットに吸い込まれたわけだが。
残り一球。
球が速いなら、通常より早くバットを振ればいいだけ。球が速いなら、当たりさえすれば、その分高く上げられるはずだ。
近藤の手元を見据え、バットを握り直す。
「行くぜ。これで三ストライク、アウトだ!」
近藤が投球フォームに入る。そう言うって事は、今度もストライクド真ん中に来るか。
その予想はピタリと当たり、前二球と同じコースを進んでくる。
作戦通り、早めにバットを振り下す。
ドンピシャリ。
バットが捕らえたボールは、そのまま跳ね返り、近藤の頭上を超えて飛んでいった。
非の打ち所のないホームランだ。
レフトも追う気など無いようで、ボールの落下予想地点までゆっくり歩いていく。
「高畑君、すごいじゃん。はいタオル、汗拭いて」
ホームに戻るとすぐに雨宮さんがタオルを渡してくれた。
「ありがと」
「それとスポーツ飲料、水分補給ね。自販機に新しいのが入ってたから試しに買ってみたんだけど、いつものやつの方が良かったかな」
「ううん、これでいいよ」
渡されたジュースを一気に半分まで飲み干す。
正直、スポーツ飲料やアミノ酸飲料は、多少のすっぱいや甘い程度に違いしかわからないので、なんでも良い。それでも、雨宮さんに渡された物なら格別だ。
「雨宮ー! 高畑にベタベタするな。色目を使うな」
「べーっ」
マウンドから近藤が何か言ってきている。それを雨宮さんが舌を出して応戦する。
そのやりとりを……部員の反応はもういいや。諦めよう。
「おーい、ボール落ちてこねーぞー」
レフトの声。
「そんなはず無いだろ。そっちの茂みに転がって行ったんじゃないのか?」
次にライトの声。
予備のボールくらいいくらでもあるが、部費の少ない弱小野球部。備品はできる限り使い続けたい。
試合をいったん中断して、ボール探しが始まった。明日明るくなってから探せばいいんじゃないか、と言うのは禁句だ。
まだ六時前だというのに、すでに日が落ち月が昇っている。
都市の生活光に邪魔され星は見えない。まん丸の満月だけは夜空に鎮座している。
雲一つ無い漆黒の夜空に、赤く光る光の点が一つ。ゆっくり動いてる所を見ると、飛行機か何かか。まっすぐこちらに向かってきているが、そのまま通り過ぎるだろう。
そのまま通り過ぎるよね?
しかし、俺の予想に反し、その光は通り過ぎる事は無く、代わりに徐々に光度を増していく。大きく……つまり近くなって行く。
墜落事故?
それだったら大きい音がするはずだし、上空何百メートルからの落下なら、ここまで速く地上に迫りはしないだろう。
部員達もそれに気付いた様で、ボール探しを中断し、一時避難を始めている。どっちに行けば安全なのか、それ以前に避難の必要があるのかもわからないが、俺もそれに習う。
みんな自然と校舎に集まっていく。他の運動部や教師達もいる。
「高畑君、こっち」
「急げ」
みんなについて行ってた所を、雨宮さんと近藤に引き止められた。
二人に引っ張られていったのは、グラウンドのフェンスの陰。校舎側からだと、死角になる部分だ。
「なんだよ、二人とも」
「あの光から高密度のエネルギーを感じるの」
「確証は無いが、お前の命を狙っている可能性がある」
「また、昨日のロボットみたいなやつか?」
「わからん。地下帝国にあんな形の兵器は無い」
「どうかしら?」
「そう言う雨宮こそどうなんだよ。天上界の刺客じゃないのか?」
「それは無いわ。天上界では、勇者様を迎え入れることで全会一致している。いまさら、騒ぎを起こして得する者もいない」
「そうかい」
近藤が視線だけこっちに向ける。
「とにかくここにいてくれ。俺と雨宮とで、あの光を討ち落とす」
「他の人達に、あたし達が戦ってる所を見られるわけにはいかないから」
「わ、わかった」
としか答えようが無い自分が歯がゆい。
二人が同時に地を蹴る。その一蹴りで、二人の姿が目の前から消え失せた。
今まで断続的に近付いてくるだけだった光の動きが、鈍くなった。まるで蛇行するかのように、右へ左へとよれている。
一度のジャンプで、あの光の高さまで跳び上がったのだろうか……何十メートル上空かは知らないが。
光の揺らぎは、徐々に大きくなって行く。
戦って(?)いるのか。
揺らぎながらも、光はこちらへと接近する速度を弛める気配は無い。
むしろ、二人に刺激されたのか、スピードを増しているようにも見える。それだけ近付いてるという事か?
その光から小さな光が一つはじき出される。それはフェンスが歪むほどの力で飛んできて、そのまま地面におっこちた。
「近藤!」
全身、あざだらけ。
「高畑、逃げ……いや、あんなモンからどうやって逃げればいいのか……」
いつもの近藤からは予想できない、弱気な発言。
どんな戦いが繰り広げられていたのかは知る術もないが、強敵である事だけは認識出来た。
「あ、雨宮さんは?」
落ちてきたのは近藤だけ。雨宮さんはまだ戦ってるのか、それとも……
「まだ上にいる。どれだけ持つかわからないがな」
よかった、まだ無事なのか。今はまだ。
その間にも光の大きさは増すばかり。相変わらず音も無く、熱も何にない。
その中に小さな人の形の影が一つ。あれが雨宮さんか。
手には例の光の剣を持っているのだろうが、より強い光の中にいるせいで全く見えない。
雨宮さんの影が、両手を振り上げ、振り下す。
その動作に呼応して、光は二つに分裂した。切断したんだ。
「まさか。あれを倒せたのか」
近藤が感嘆の声を上げる。
分かれた光の間から現れた雨宮さんの体が、宙に投げ出され崩れた。戦いで力尽きたのか、重力に引かれるままの自由落下だ。
あのままじゃ地面に叩きつけられる。
落下予想地点はグラウンド向うの幅跳び用の砂場の手前。そこに急ぐ。
「天上界人なら、あの程度から落ちたくらいじゃ大した怪我は負わないぜ」と言う近藤の声が聞こえたが、無視。直接戦う事が出来ないなら、せめてその後のサポートやフォロー位したい。
予想通り、待ち受けていた場所に雨宮さんが落ちてきた。
右腕で背中、左腕で脚を受け止め、ひざを曲げて衝撃を地面に逃がしてやる。
雨宮さんは俺の腕の中で目を閉じたまま。腕も力無くだらりと垂らし、指一本動く気配が無い。出血は無いが、近藤同様体中あざだらけだ。
「雨宮さん! 雨宮さん!」
呼び掛けると、ほんの僅かにだがまつげが動いた。
「た、……く」
「あ、雨宮さん……わかる?」
よかった。とりあえず、意識はあるようだ。
「高畑くん……勇者さま……ひかり……、が、」
「光? 大丈夫、雨宮さんが二つに斬って……」
「いや、待て。まだ消えていない!」
近藤が叫ぶ。
頭上には二つに分かれた光が、さっきのままの形で停滞している。
何者なんだ、この光は?
「わからん。わかってるのは、地下帝国の物でも、天上界の物でもないと言う事だけだ」
「それと、もう一つ……高畑君を、狙って……いる」
雨宮さんが体を起こし、俺の腕から降りる。
「雨宮さん、まだ動かない方が……」
「平気。あなたを護るのが、あたしの使命」
再び、光の剣を右手に携える。しかし、以前目にした物に比べて、明らかに弱々しい。
「高畑、お前は無事に地下帝国に連れて行く」
近藤が向かって左の光に飛びかかる。
「天上界によ!」
雨宮さんは右に剣を突きつけた。
もうボロボロじゃないか。
雨宮さんの動きは、昨日のロボットとの戦いの時の動きより明らかに鈍い。
近藤の身のこなしからは、さっきの野球の試合の動きは見る影も無い。
なんで戦うんだ?
なんで、そんなになってまで戦えるんだ?
『あなたを護るのが、あたしの使命』
俺が勇者の子孫だから?
『お前は無事に地下帝国に連れて行く』
俺が魔王の生まれ変わりだから?
それがなんだって言うんだ。実際にそうだって言う確証は何も無いじゃないか。
仮にそうだったとして、今の俺には何の力も無い。今の俺に護られる価値なんかない。
勇者?
悪い竜と戦って、天上界を救った?
なら護る方の立場だろ。
魔王?
その力で地下帝国から争いを無くした?
なら戦うべきは俺だろ。
そうなんだよ。
俺こそが戦うべきなんだ。
勇者でも魔王でもなんでも良い。俺に力があると言うなら、目覚める時は今だろ!
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目覚める気が無いなら、無理やりにでも叩き起こしてやる!
「た……高畑?」
「危険よ。来ないで!」
二人の静止の声に耳を貸す必要は無い。
俺は向かって右、雨宮さんが戦ってる方の光に飛びかかった。
熱い。
数メートルの距離からでさえ何の熱も感じなかったのに、光に触れたとたん、火にかけたままのフライパンを押し付けたような物凄い熱が俺の全身を襲う。
衣服も熱に焼かれ、チリヂリになって霧散していく。
熱い。
光から受ける以上の熱を、自分の体の中から生まれてくるのを感じる。
熱い。
右腕が光っている。
この光に包まれた中にいて、なお、光と認識できるほどの光。
その光を放っているのは、あの黒いあざだ。
雨宮さんも近藤も知らない、関係ないと言っていたが。この現象、まるで眠っていた力が解放される様を見ているようだ。
そうだよ。やっぱり、関係あったんだ。
勇者の方か、魔王の方かは知らないが、このあざは力が封印されていた証。この光がその証明だ。
赤に満たされた光の中に、右腕が放つ白い光が侵食していく。
目の前が、目に映る全てが照らされ、白く、白く、白くなって行く。次の瞬間。
黒。