第34話 休みの日は予定があった方が楽しい
頭が痛い。俺は昨日、一体どれほど酒を飲んだのだろうか? 正直な話、昨日の記憶がまったく無い。
そんなことを考えながら学園への帰り道を俺は歩いていた。
「役立たず二人組、早く来なさいよ」
クレアが、眉を寄せて俺とジンの事を睨むが、いくら睨まれても、これ以上早く歩けない、いや、歩きたくない。頭が締め付けられるように痛く、出来れば歩くことすら遠慮したい程なのだから、歩いているだけでもほめてもらいたいくらいだ。
今朝、俺が気だるさと頭痛を感じながらも目を覚ますと、誰かが連れてきてくれたのか、それとも、自分で帰って来たのかは解らないが、ちゃんと宿のベッドの上にいた。
部屋を見渡すと、ジンはベッドの中で寝ているが、ノアの姿が見当たらない。
とりあえず、シャワーでも浴びようと思い立ち上がって初めて、体のだるさと頭痛に気が付く。
それでも我慢してシャワーを浴び、浴室から出てくるとノアがベッドに腰掛けていたので、あいさつをして、状況を尋ねたところ。
俺たちは昨日の深夜まで飲んでいて、酔いつぶれて眠ってしまったのをノアがジンを、ミリィが俺を運んできてくれたらしい。しかも、すでに先ほど山に入って魔物の残党も処理してきたという。何とも頭の上がらない話だ。
とにもかくにも、もうすぐ学園に向けて、出発するという話だったので、俺はジンをたたき起こして現在に至る。
「リューヤ、お前、俺より飲んでないくせに俺より遅くないか?」
「馬鹿言うなよ、ほら、俺の方が速いじゃねぇか」
俺はジンを後ろから追い抜き、一歩前の位置を歩き始める。
「いいや、よく見ろよ、お前の方が後ろにいるだろ?」
今度はジンが俺のことを追い抜き、一歩リードする。
「ははは、ジンの目はおかしくなったのか? 俺の方が前にいるじゃないか」
俺は、ジンのことを追い抜きそう言う。
「おいおい、調子に乗るのもいい加減にしろよ」
そう言って、ジンは俺のことを置いて走り出す。
「あ、この野郎」
俺も負けじと走りだし、前方を歩いていた四人を追い抜く。
「ちょっと、あんたたちさっきからうるさいわよ」
そんなクレアの言葉など無視して俺はジンを追いかけて走り、ジンは俺のことをバカにしながら必死で逃げる。
それから十数分後、二日酔いと走った疲れで、街道の脇の草むらで倒れこんでいる俺たちにクレアが罵声を投げかけ、リタが笑って通り過ぎていった。
そんなこんなで、俺とジンを含めた六人は、日が落ちてすぐに学園へとたどり着くことができた。すでにかなりの時間がたったので、大分二日酔いはよくなったが、体には疲れがたまっており、部屋に帰るなり俺はベッドに倒れこむ。
「つかれたー」
「お疲れ様でした」
「うおっ」
俺のひとり言に対して、いつの間にか部屋に入ってきていたミリィが返してきたので、思はず声を上げてしまった。
「ミリィ頼むから、ノックくらいしてくれ」
「リューヤ様と一緒に部屋に入ってきましたが、気が付いていなかったのですか?」
「あれ、そうだったの?」
俺は頭をかきながら、ごまかすように笑って見せる。
「もう少し、周りに気を配って生活していただけると助かります、このまえも階段で転びそうに……」
「そ、そうだミリィ、何か用があって来たんだろ?」
ミリィの説教はいったん始まると、なかなか終わらないので早いうちに、止めないとひどい目に合う。
ミリィは、俺に説教を遮られたのが気に食わないといった顔をしていたが、少しの間をおいて話し始めた。
「昨日、リューヤ様が酔いつぶれていた時にグレイ様から連絡がありましたので、その内容をお伝えしに来ました」
「グレイから?」
グレイからというと、特訓のことか? まさか、ライラのファンの件で俺に白羽の矢が立ったから逃げろとかじゃないだろうな?
「はい、明日の早朝、実家に一旦帰るらしいのです」
「うん、そうか。気をつけて帰るように言っておくよ」
だから、特訓はできないとかそんな話だろうか?
「いえ、その際にリューヤ様も、一緒についてきてもらいたいということで」
「俺が、一緒に帰るの?」
「はい、そうです」
一体、何があったのかはわからないが当分は休みだし別に断る理由もない。
「そうか分かった、明日の朝だな、用意しておくよ」
「では、そのようにグレイ様に伝えておきます」
そういうともう用はないらしく、一礼して部屋を出ていき扉の鍵を外から閉めていった。
俺は、あの合鍵をどうにかして奪えないだろうか? などと無理なことを考えながら明日の準備を始める。
もともと、鞄というものを使わないで済む俺にとって、準備など、ものを用意するだけの作業であり、ものの数分で終了し。俺は向こうでの暇な時間をつぶすために図書館に本を借りに行った。
今日、図書館で探すのは、総体魔法についての本である。いくらなんでもこのまま初級魔法と強化の重複だけでは、前者なら弱すぎて役に立たず、後者なら回数制限が厳しすぎる。そこで、中級魔法を学ぼう……と行きたいところだが、残念ながらそこまで実力はないので、下級魔法の資料を探してはどれが分かりやすそうかと、色々読んでみている。しかし、どれも難しそうな本ばかりで、読んでいて解ったことといえば、下級という割には、かなりの威力があるようで魔法での戦闘の基本的な攻撃のようだ。
もう、何冊目になるかもわからない本を下級魔法に関する本を本棚に戻したとき、俺のことを呼ぶ声が聞こえてきた。
「リューヤさん、こんばんわ」
俺は声の主を確認するべく、声のしてきた方を向くと、そこには笑顔のライラが本を一冊両手で抱えるようにもっていた。
俺は片手を軽くあげて「おう」とあいさつをすると、ライラがこちらに歩いてきて俺が戻した本を確認する。
「下級魔法ですか?」
「ああ、色々読んでみたんだがどうもしっくりこなくて、そろそろ部屋に戻って寝ようかと思ってたところだ」
俺がそういうと、ライラは本棚を見回し少し背伸びをして一冊の本をとる。
「こちらの本はどうでしょう?」
そう言ってライラが手渡してきた本は、まだ俺は読んでいなかったので中身を確認してみると、今までのものに比べてかなり読みやすい。
「これいいな」
「よかったです、実はこの本は私が下級魔法を勉強するときに使った本でなかなか解りやすかったと記憶していましたので」
「へぇー、そうなのか。ありがとな」
「どういたしまして」
そう言ってライラは笑顔を向ける、確かにこんな風に誰とでも接していたらファンクラブの一つや二つできても不思議じゃないな。
「ところで、ライラは何の本かりるんだ?」
「私はこれです」
そういって、ライラが抱えていた本を俺は受け取り表紙の文字を読んで驚く。
「上級魔法の本だよな?」
「はい、実地訓練を終えて時間もありますから、新しい上級魔法でも覚えてみようかと」
そう言ってライラは微笑む。
上級魔法が一体どれほどのものなのか、正確にはわからないが、中級であれなのだかなりのものだろう、それに比べて下級を学ぼうとしている俺が、なんだか情けなく思えたことと、ライラのすごさに驚いて、俺はひきつった笑顔になる。