第1話 TKGって今頃言わないよね
周りでは爆破音が轟き、人が倒れている。戦場であると判断するには十二分な条件がそろっているが、頭がそれを拒否し続ける。
平和な日々を日本で暮らしてきた俺にとってそれは信じられるものではなかった。しかし、なによりも一番不可解なのは……
目の前でいつまでも校長こと富井康安寺源十郎、略してTKGが話し続けていることだ。
このおっさんは周りが見えていないのだろうか? とにかく、こんなおっさんに気を使っている暇はない。
許せ、TKG俺は逃げる、恨むならこんな状況下に俺らを置いた誰かを恨め。
俺はほとんど感じていない罪悪感を胸に、姿勢を低くし走り出した。
その直後、背後で爆発が起こり、俺の体はその爆風によって吹き飛ばされ、数メートル程地面を転がった。
軽くひざが痛むが、走るのに問題がなさそうなことを確認し、立ち上がる。
その時ふっと気になり、TKGの居たあたりを見ると、地面には爆破による窪みがあるだけで、TKGの姿はどこにもなかった。
「TKGぃぃぃーーーー!!!」
TKG俺は泣かないよだって……あんたのことよく知らないもん。叫んだのは……あれだ、うん、ノリ、混乱状態に陥って何を考えているのかすら軽くわからない状態なんだからノリで何か言ってもおかしくない。
とにかく、TKGの二の舞にはなるまいとして、俺が走り出そうとしたとき、俺を誰かが呼び止めた。
「おい、おまえ。なぜここにいる」
声のしてきたほうに顔を向けると、いまどきは映画の撮影でもなければつけないような鉄兜に革製であろう胸当て、明らかに時代錯誤な中世でもイメージしたかのような服を着た男がいた。そんな姿のくせに日本語を話しているのが、何ともミスマッチである。
周りを見ても他に誰もいないので、『俺のことか?』と聞くかのように、自分のことを指さすジェスチャーで尋ねた。
「そうだ、お前だ、あぁーめんどくさい、ちょっと来い」
言葉通りめんどくさそうにそう言うと、男は俺の腕を引っ張り、丸められて筒状になった紙を懐から取り出す。その紙を広げ地面に置くと紙は光りだし、俺はその光のあまりの眩しさに目をつぶってしまった。
「あれ、なんで? 俺いままで……」
周りの景色はさっきまでの荒野ではなく、石造りの建物の屋内の一室に変わっていた。俺はさっきまで何もない野外の荒野にいたはずなのに、今は屋内にいることに困惑する。
「ほらこっちだ、ついてこい」
俺は今どこにいて、何が起きているのかも理解できないので、ただただ従うことしかできなかった。
男に連れられて歩くこと数分、ある部屋へと案内される。
「演習場内に紛れ込んだ、民間人と思しき少年をつれてきました。」
なるほど、さっきのとこは演習場だったのか、演習場ねぇ~、演習場……
「演習場!?」
明らかに人が倒れていた場所を演習場だと言われたので、俺は驚く。
「何をそんなに驚いてるんだ?」
「いやだって演習なのにおもいっきり人倒れてたじゃん!!」
「あぁ~、あれは人形だ」
人形……? なんだか動いてたのがいたような気がしたのは気のせいだったのか……?
「おい、そこの兵士、余計なことは言わないでいいから下がっていろ」
目の前でこの兵士の上官に当たるであろう人物が言葉を発した。
「あぁ、すんません、んじゃ失礼します」
俺を連れてきた男は、やる気がまるでないかのように適当に返事をして、俺を置いてどこかに行ってしまった。そして、残された俺の前には、偉そうなガキが護衛を連れて佇んでいた。
顔はさっきの男よりも大きな兜をかぶり、口元も布で隠しているために確認する事は出来ない、鎧は無駄に豪華で機能性があるのかどうかも怪しい。
「おい、お前なぜあのような場所にいた?」
それを知りたいのはこっちであるが、あえてこの質問に答えるとしたら『気が付いたらいた』であろう。しかし、そんな答えをして許してもらえるような雰囲気でもなさそうだ。道に迷ったにしては、危険なところにいるのはおかしい。俺がよほどの死にたがりなら喜び勇んで侵入するかもしれないが、俺はそんなことをするような気違いだと思われて精神病院送りにされるのはごめんだ。さて、何と答えたらいいものやら……
「答えれないような理由でもあるのか?」
「そんな理由はない……です」
うん、ここは正直に言ってもいいだろう、実際何も理由がないから困っているんだし。
「ならば、なぜ居た?」
またここに戻るんだな、このままじゃ、らちがあかないし、正直に答えて反応を見るとするか。
「気が付いたらいました」
その言葉を聞いてそのガキがため息をつく。
「嘘をつくなら、もう少しまともな嘘をつけ、あの場所はそんな簡単に忍び込める場所などではない、ましてや、気が付いたらいたなどあり得るはずがなかろう」
正論だ、こんなガキに正論を言われてる俺って……でも、気が付いたらいたのは事実だ、そこはどうしようもない、しかし信じてくれないとなるとどうすればいいか……
「話す気がないのならばよい、持ち物を出せ、確認する」
ガキがそう言うと同時に護衛のおっさんが、お盆らしきものを持っておれの目の前にやってきた、どうやら、この上に置けということらしい。
俺はポケットをあさり財布、定期入れ、チャリの鍵、ガム、そして携帯電話をお盆の上に置いた。
「見たことがないものばかりだな。財布の中の通貨も見慣れぬものであるし、いったいどこの通貨だこれは」
ガキは財布をあさり不思議な顔をしながら、今度はガムに手を伸ばした。
「これはなんだ?」
「ガムです」
なぜこんな当然のことを質問するのかはわからないが、とりあえずはまじめに答える。
「ガム? 聞いたことがないな、いったい何に使うのだ?」
「食べるんですよ」
ガムを知らんとは一体どんな世間知らずだよ。
「では貴公、食してみろ」
そういうと、護衛がガムを持ってきたので、俺は一粒を包装紙から取り出して口の中に放り込み、噛み始める。
「いつまで噛んでいる早く飲み込め」
「いや、ガムは飲み込まずにいつまでも味わうもんですよ?」
ガムは飲み込んでも問題ないとは聞いたことがあるが、それでも飲み込むのは遠慮したい。
「そうなのか、なら口の中に入れたそれはどうするのだ?」
「吐き出しますけど?」
「一度口の中に入れたものを吐き出すと?」
まるで変なものでも見るような目でガキは俺のことを見つめてくる。
「はい、そうですけど?」
「何とも、不可解な食い物だ」
そう言いながら次に、ガキが手にしたのは携帯だった。
「これはなんだ?」
いぶかしげに、携帯を持ち上げたガキは、携帯を開き、声を上げた。
「な、なんだこれは!?」
ディスプレイが光ったことに驚き、ガキは声を上げる。
「携帯ですよ」
やれやれといった感じで俺は一応答える。
「ケータイ?」
ガムを知らないからこれも知らないだろうとは思ってたけど、驚いた拍子に、携帯を床に落とすのは勘弁してほしい。
ガキは床に落とした携帯を、恐る恐る拾いあげる。なんだか小声でぶつぶつと、いいながら、しばらく眺めていたが、理解するのを諦めたのか、携帯を閉じてから、口を開いた。
「ふむ、持ち物も服装も見慣れぬとは。お前、この国の人間ではないだろう?」
いかにも自信ありげに、ガキはそう言い放つ。それにしても学ランを見慣れないって、ここがどこだかは知らないが、多分日本一有名な制服だってのに、ここじゃ有名じゃないのだろうか?
「ここがどこだかわからないから、何とも言えないですね」
もしここが日本なら、俺はこの国の人間だし、違うのならば俺はいつの間にか誘拐でもされたとしか考えられない。まぁ、十中八九日本じゃないだろうけど。
「ここは、コーランド王国が首都ソリュードであるぞ」
あー、地理はあんまり得意じゃないんだよ、ヨーロッパかな? まぁとりあえず、日本じゃないんだな、なんとなくは予想してたけど。
「じゃあ、自分はこの国の人間じゃないですね」
俺は、嘘をついてもしょうがないので正直に答える。
「では、とりあえず不法入国として扱ってよいな」
そのガキの決めつけるような言い方に対して、俺はとっさに反論する。
「いや、たぶん誘拐されたんじゃないかと」
我ながら、よくここまで冷静に対応ができるものだと思う、おそらく最初のインパクトがあの爆撃だったからだろう。
「言い分は、明日聞くとして、とりあえず、今日は牢屋の中で過ごすといい」
牢屋というなんだかいやな単語に対して俺は反応する。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ、勝手に連れてこられただけなのに牢屋って」
「拉致されたのならどのみち行き場はないのであろう? なら、牢屋の中にいたほうがまだよいのではないか?」
あぁ、確かに牢屋なら少なくとも雨風は防げるし、飯も食えるだろう。なんだよこのガキ意外といいとこあるじゃん。
「じゃあ、お世話になりまーす」
ちょっとだけガキの優しさを感じて軽く笑顔になる。
「笑みを浮かべて牢屋に向かうやつなど初めてだ」
ガキは眉を顰め、変なものでも見るような視線を向けながらそう言い放つ。別に、牢屋に行きたいわけじゃないけど、ここはめんどくさいから黙っておこう。
「とりあえず、荷物を…」
荷物を返してもらおうと思い口を開くと、俺の言葉をさえぎってガキがしゃべりだす。
「荷物は預かっておく」
俺はガキを引き留めて返してもらおうとするが、ガキは護衛のうちの一人を残してどこかに行ってしまった。
俺はそのあと、護衛のおっさんにつれられて牢屋の中にぶち込まれた。