第16話 頑張ればきっと報われる
「強化魔法?」
俺はどこかで聞いたことがあるような気がするが思い出せずに小首をかしげる。
その様子を見て呆れたようにミリィが口を開く。
「もう忘れたんですか、この前勉強した中にあったと思いますが自身の魔力だけで使用できる特例の総体魔法です」
そう言われてこの前勉強した中にそんなのがあったななどと思い出す。
「確か、魔力で肉体を補強するとかってやつだっけ?」
俺がそういうとミリィはうなずく
「おおむねはそのようなところですね。この魔法は体内で魔力を解放し、その魔力の持つ力を肉体の力に反映させるといったものです」
その説明を受け俺は疑問を持った
「聞く限りは簡単そうだが、なんで今まではやらなかったんだ?」
「確かに口で言うのは簡単ですが、実際に行うには体内に魔力を収め続けられるだけの制御能力が必要です」
俺はその説明を受けて納得した、今は多少の魔力を手のひらの上に留めておくだけでいいが、体中となればその魔力量は膨大になり当然制御することも難しくなる。
「つまり、練習あるのみってことだな」
「はい、そういうことです」
俺は早速体中に魔力を巡らせていく。
俺が意外と楽だななどと思っているとミリィが口を開く。
「リューヤ様そんなに魔力を垂れ流して何故そんな自信ありげな顔ができるのですか?」
俺はその言葉を聞いて驚いた、確かに魔力は体の中に感じるが魔力の供給をやめると減って行くのがわかる。
「あれ、これって俺が思ってたよりきついかも」
ミリィがため息をつく。
「そんな簡単にできるのならば始めから練習させてますよ」
なるほど、それもそうだな。
その後も俺は肉体強化の練習を続けるが途中で魔力切れになりいつもよりも早く訓練を切り上げる。
俺が部屋に戻ろうとしているとどこかから掛け声のようなものが聞こえてくる。
俺は声のする方へ行ってみるとそこではグレイとエリスが組手をしていた。
エリスは自分の背丈ほどもある細身の剣を振るが、そのすべてをグレイは躱していく。
「ほらどうしたエリス、そんなんじゃ俺には当たらないぞ」
エリスはグレイに挑発され剣速を上げるが、グレイは涼しい顔でそれを躱してゆき隙をついて背後に回る。
「ほら背後とられたらダメだろ?」
「予想の範囲内です」
そう言い終わるよりも早くエリスは剣を回し逆手に持ち替えたかと思うと自分の脇から後ろに向かって剣を突き出すが、グレイは自分に向かって迫ってくる剣を見ても涼しい顔のままである。
「悪くはないけど、少し甘いな」
そう言いながら体を半身にし、避けると同時にエリスの首筋に手刀を添える。
ちなみに今のは、ほんの数秒の間の出来事であり俺から見たら全く何が起こったのかわからなかった。
「はい、これでまた俺の勝ち」
そう言いながら笑うグレイに、不満げな顔になるエリス。
「兄上に勝てるわけがないではありませんか」
「まだ兄貴として負ける訳にはいかないからな」
そうグレイが言うとミリィは余計にむくれる。
「ところで、リューヤはいつまでそこで固まってるんだ?」
「いや、俺にはついていけるような次元の戦闘じゃなかったからな、ただただ見とれてただけだよ」
俺が肩をすくめながらそう話すと、不機嫌なエリスが毒を吐く。
「貴様が付いていける次元の戦いであったならば、練習にはならないではないか」
全くを持ってその通りだがここでただただ言われるだけなのも性に合わない
「そういうお前も、まるでグレイの練習相手にはなってなかったみたいだがな」
正直いって、大人げない発言だとは思っている。
俺とエリスは睨み合う
「ならば私が稽古をつけてやろうか?」
エリスが高圧的な姿勢でそう言ってくる、下からなのに高圧的とは言いえて妙な話である。
「お前と俺が戦うってのか?」
確かに今俺は魔力切れで手に剣も持っているが、先ほどの様子を見たかぎり勝てる見込みなどありはしない。
「そうだ、私が貴様に直接剣技というものをたたきこんでやろう、強化はせずに戦ってやるから安心しろ」
今にも切りかかってきそうなほどの気迫を出しながらエリスは不敵な笑みを浮かべる。
その様子を見て俺は顔から恐怖の色を消して、一度は言ってみたい名言を吐く
「だが断る」
その言葉を聞いた瞬間にエリスの眉間にしわがより、青筋が浮かび上がる。
「ならば無残に斬られるがいい!!」
そう言ってエリスは剣を振りかぶる。
俺は言いたいことは言った死んでも悔いは……残るよなやっぱり。
俺がさっきの発言を悔いるも、なかなか剣は振り下ろされない、それもそのはずであるエリスの後ろでグレイが剣を両手で挟んで抑えているのだから。
「エリス、リューヤを斬っちゃダメだろ」
まるで諭すように言うグレイ。
グレイに諭されて少し落ち着いたのかさっきまでの気迫が弱まっていくのがわかる
「申し訳ありません、少し感情的になりすぎました」
少し気まずそうにエリスがそういうと、グレイがこちらを向く
「リューヤもあんまりエリスを怒らせるなよ。まあ、エリスなら斬っても大抵の怪我ならすぐに治せるから問題ないっていえば、ないような気もするけど」
いや、問題あるだろ、それだと俺が痛い思いするし。
俺は身の危険を感じとりあえずエリスに謝るが睨まれ、そそくさと逃げるようにその場を後にした。
それにしても俺が訓練してる間にあいつらも訓練してたんだな、などと思いながら自室に戻る。
俺はシャワーで汗を流し、せっかく時間もあるので勉強の復習を開始する。
俺は一体いつからこんな真面目君になってしまったのだろうか?
それから数日は徐々に上手くはなっていったが強化をすると必ず魔力を浪費し、魔力切れを起こして訓練は終了、そのあとは勉強の復習といった生活を繰り返した。
――
「強化もだいぶ上手くなりましたね」
今の俺の体からは魔力は漏れ出していない、しかしここから体を動かすと集中力が足りないのか魔力を抑えきることができなくなってしまう。
「でも、動けないんじゃ強化した意味ないだろ」
「ここまで来ればもう少しですよ」
確かにもう少しなのだろうがそのもう少しがきつい、確かに体が軽く感じ動きもかなり良くなっているが、ずっと魔力に集中している分精神を摩耗していく。
「こんな状態で戦えるのかよ」
俺はつい愚痴をこぼす
「慣れればなんてことはないですよ、むしろ慣れてください、そうでなければ戦えません」
この世界に来て、俺の持つ魔法というものに対して考えは大きく変わった、まさか魔法がこんな血のにじむような努力の上に成り立っているなどとは考えたこともなかった。
それからも俺は訓練を続け試験が来週に迫った日になってようやく強化を使いこなせるようになった、今の俺からしてみれば同調など朝飯前である。
まあ、これも単に毎日訓練に付き合ってくれたミリィのおかげであろう。
俺は強化を使いこなせるようになった日に山から下り試験に備えた。