01 エレナのバーベキュー
この作品は拙作、宙弦世界乃異邦譚〜転生したら世界がチートでした〜の第十一章から続く未来の話です。
本編では描く機会が無いであろう一幕を気の向くままに執筆したものです。
所要時間の参考として、文字数(空白・改行含まない)は12,664文字になります。
最初に、初見でも読んでいただける方に世界観からあらすじまでをざっくりと紹介します。
既知の範囲が100億kmとも言われる広大な空に、宙弦と呼ばれる光の弦が網の目のようにたゆたう世界。この宙弦の網に浮かぶ宙島に住む人々の物語になります。
この世界には煌糸という不可視不可触の糸状構造が張り巡らされ、人々はそれを制御することで法術という超常的な現象を操ったり空飛ぶ船である航宙艦や人型兵器である律奏機を動かしたりできます。
そして人に害をなす剛獣の脅威に晒されながらも耐え凌ぎ跳ね除けながら生きている。
そんな大空の世界の、陸洋島という巨大な宙島の一つ、ラテニア。
ラテニアにある七大陸の中で最も小さいアウスタル大陸。
アウスタル大陸を統べるアウスタル都市国家連合という国々の片隅にある、小さな開拓村が舞台です。
宙弦世界乃異邦譚では主人公たちの敵であったエレナ・マーブレンを中心とした、彼女の周りの人々や戦った者たちの7年後の出来事となります。
森の中の小さな開拓村で暮らすエレナ。
ささやかな暮らしを脅かす剛獣を2騎の律奏機が倒したところから意外な再会と宴会が始まる。
そんなお話です。
設定や独自用語が多い話ですが、暇つぶし程度にでも読んでいただければ嬉しいです。
周囲を高い木々の森に囲まれた小さな村。
建物の数は30余り。住民は200人に満たないだろう。
そんな村の周りは半径数百メートルにわたって切り開かれてはいるが、置かれた農機具は人手頼りのものばかり。
家々の作りも素朴で、中央の広場の周りには共同の炊事場や井戸があって村の規模に見合った暮らしが伺える。
その広場には今、大半の村人と思われる数の人々が肩を寄せ合い午後の日が照らす先の森を見つめていた。
彼らの視線の先からは木々がへし折られ、大地が踏み砕かれる轟音が幾度も響いてくる。
しかし日光が赤みを帯びる頃には音はやんだ。
やがて厚手の服と要所を守る板金鎧を身に付けた男が走ってきて村人たちに何かを告げた。
すると彼らは歓声を上げ、すぐに女性たちが炊事場で賑やかに食事の用意を始める。
男たちも笑い合いながら小走りに、一部は女性らの声に応えて村の中にある大きな倉庫へと、残りの大半は鎧の男が戻る方へと向かった。
*
村の周囲は外部からの侵入者を発見しやすくするために切り拓かれた平地で、その外側、森との境は3メートルほどの高さがある石の壁で囲まれている。
壁の一部は大きな力で突き崩されており、すぐ内側には小山のような塊と、それを囲む幾人かの姿があった。
「困ったわね」
崩れた壁の間際で柔らかく波打つブロンドの髪をなびかせ、妙齢の女性は紅い扇子で口元を隠した。
上等で丈夫な濃紫の衣服に見合う動作は、塊から漂う血の匂いを避けるにも、遠間からの轟音を遮るにも何の意味もない。
しかし、隣に立つ少年と数歩後ろに控えた侍女姿の女性にはその動作の意味は伝わったようだ。
「御母様、村を荒らすオヴィズメーレンが倒されたのは、いいことではないでしょうか。
村の防壁を直すのは大変ですけど」
薄茶色のしなやかな髪の少年は、母親の不満に明るい緑の瞳を曇らせる。
それから、目の前にある小山のような羊毛の塊を見上げた。
「ジリアン、あなたはもう初等学校に通える歳ではありませんか。
聞くより先に考えなさい」
女性もその羊毛の塊、頭の高さが5メートルもあった巨大な羊を見上げる。
すでに息絶えているものの、その巨体から流れる血は小さな池のように羊毛の周りに溜まり地面に染み込みつつあった。
少年は母親の言葉に黙り込み唇を噛み締めながら、わずかずつ広がるシミを見下ろす。
「エレナ様」
そこに、侍女姿の女性が呼びかけた。
ゆったりとした黒い服とは対照的な刃物を思わせる鋭い目。
その視線を防壁の向こうへ向け、まっすぐに整ったボブカットが風で乱れないよう左の手でおさえ、右手は腰の後ろに下げた短剣の柄に触れている。
彼女らの視線の先からは重々しく規則正しい振動が、徐々に近づいていた。
「思わぬお客様ですわね。
カリンダ、おもてなしをいたしましょう」
「承知いたしました」
主人の命令で、カリンダは短剣から手を離した。
すると防壁の向こう、10階建ての塔にも匹敵する高さの木々の奥から白い巨人が姿を見せる。
「うわぁ、大きい!」
ジリアンが子供らしく歓声を上げた。
少年が見上げる巨人は、木々の梢の半分ほどの背丈。大体15メートル弱といったところか。
左目の前には半透明の四角い片眼鏡。
烏帽子のような白い兜。額から直上とその左右に沿うものと横へ広がるものと、合わせて5本の角。角の付け根に煌めく緑の光。
全身を覆う白い装甲は重厚で金の装飾も輝かしく、隙間からは抑えきれない力が溢れるように赤い煌めきが空中へと舞い出て散っていく。
左腕に大楯を携えた巨体は、白い城壁の如しだ。
「クレストス……」
「ご夫婦で剛獣討伐とは、勇ましいことです」
カリンダの掠れるような呟きを、エレナの皮肉げな声が遮った。
二人が白い巨人を見上げていると、森の奥から新たな、痩身の巨人が現れる。
背丈はクレストスと同等、およそ14メートル。
しかし白地に薄紅をさした装甲は薄く関節の動きを妨げない作りで、動作も軽やかだ。
腰に履いた2本の細剣。それを使いこなすためか指は細く、手先の構造は繊細。
それは全身の作りや装甲の意匠についても同様で、薄紅色の煌めきを散らしながら歩く仕草も含め女性らしい優美さが感じられた。
2体の巨人はエレナたちが見守る中、足を滑らせ地面を削りながら歩いてくる。
そして防壁の向こう側で止まり、片膝をついた。
全身から一際大きく、それぞれの色彩が舞い散る。
それまで発していた吸気音が途絶え、巨人が命をもたない鉄と木の塊だと明らかになった。
「御母様、これが律奏機なのですね」
オヴィズメーレンのことはすっかり忘れたように、少年が熱を帯びた声を漏らした。
エレナは扇子を胸元に下げ、左の手で少年の頭を撫でる。
「そうよ。
こちらがシディンの守護騎士と名高い律奏騎士、クレストス。
隣は律奏騎士ヴェングレー。
ジリアンとも縁浅からぬ相手なのだから、よく見ておくのですよ」
「はい!」
二人が話をしていると、鉄の軋む音が鳴り巨人たちの胸の装甲が開いた。
中から現れたのは、ひと組の男女。
クレストスからは茶色の短髪の男性が、ヴェングレーからは栗色で癖のあるショートカットの女性が出てきて、開いた胸の装甲の上に立つ。
「逃げた奴も仕留めたから、安心しな。
ところで、あんたオヴィズメーレンを法術で止めていたよな。
もしかして、エレナか?」
男性が声高にエレナへと話しかけ、女性がそれを遮った。
「ミック、他に誰がいるって言うのよ。
三重描画から六重複合秘紋ができる秘紋使いなんて、大空世界に何人いるかも怪しいわ」
「そうは言ってもよセシリィ、エレナは身体像欠損で身体中がやられてたんだぞ。
最初から決めてかかるのはよくねえだろ」
「あら、あなたにしてはまともな判断だったのね」
「おま……こんなところでそれはねぇだろ」
「夫婦漫才のためにご来場いただいたのかしら?」
エレナが声を震わせながら呼びかけると、二人はぴたりと会話を止めて彼女に冷たい目を向けた。
数秒、静かに微風が木々を揺らす。
それからエレナは、二人の機先を取って口を開いた。
「ミック、セシリィ、あの試合以来ですわね。
あら失礼、今はマイケル・クレストス・オースデイル卿とセシリィ・ヴェングレー・オースデイル卿でしたかしら」
からかいを織り交ぜた口調に、すかさずセシリィが応じる。
「式に招待できなくてごめんなさい。
ずいぶんとご無沙汰だと思っていたら、こんな辺鄙な開拓村にいたのね。
マーブレンの第三王女様には似つかわしくなくて、驚かされたわ」
真っ直ぐに切り込んでくる言葉は、エレナにかつての学舎の日々を思い出させた。
紅い扇子を閉じて下ろし、二人に微笑みかける。
「その辺鄙な村までようこそ。
剛獣の討伐に感謝申し上げますわ」
セシリィの言葉を受けつつも感謝を口にしたエレナに、ミックがクレストスの装甲を伝って飛び降りた。
セシリィも彼に倣い、二人は崩れた防壁を抜けてエレナたちの前までやってくる。
「なんかよ、お前、変わったな」
「同感ね。それに、その子はどうしたの?」
二人に話しかけられ、しかしエレナはやんわりと扇を開いて口元に添え、2体の巨人へと視線を逸らした。
「凌駕変異並みのはぐれ個体とは言え、2頭のオヴィズメーレンに対して律奏騎士が2騎だなんて、大袈裟なことですわね。
運用基金があるとは言っても、受益負担額を村長が聞いたら腰を抜かしてしまうかしら」
露骨に話を変えたエレナに、セシリィが答える。
「お代はベルムバウデ卿からいただいているわ。
あなたから取り立てたりはしないから、ご安心なさって」
エレナはわずかに目を見開き、それから細めて二人の表情を窺った。
「ベルムバウデ卿?
確かにここは聖王国領に近しいですけれど、あのようなお方が開拓村一つに力添えをするはずがありませんわ」
「サーリヴァスまで出かけるのは面倒だったんだけどよ、養父上に頼まれれば断るってわけにも行かなくてな」
「カナベルでの式典に参加させられたついでに剛獣討伐も押し付けられたの」
「義父上? ローランド様が?
この森は低い山一つ隔ててスクトゥム森林の隣ですから、スクトゥムの御領主としては気にはなりますでしょうが。
……そう言えば、ローランド様はベルムバウデ様と軍務学校の同期でしたわね」
エレナの気付きは、二人が揃って唇に指を立てたために確信になった。
「お礼の手紙を認めた方がよろしいかしら」
エレナはこの村に身を潜めている身だ。
しかし相手はアウスタル都市国家連合を束ねるサーリヴァス聖王国にあって知将と名高い男。
おそらく彼女の存在に勘付いているのだろうが、手紙によって確証を与えて良いものか判断が難しい。
しかし、セシリィの答えはあっさりとしたものだった。
「そうね。
ベルムバウデ様の思わせぶりな言葉の意味もわかったことだし、お急ぎならヒューイを貸してあげてもいいわ」
その声にエレナは、すでに彼女の所在が知る者には知られていること、そして彼らは今のところ彼女の生活を脅かすつもりがないことを察した。
「助かりますわ。
配達はひと月に一度あるかないかですのよ」
「あなたが相手なんだから、安くはないわよ」
「生憎印章の一つも持たぬ身なのよ。
村長が腰を抜かさないようになさって」
「呆れた。王女様のくせに、どういう暮らしをしてるのよ」
「こういう暮らしも、慣れれば悪くないわ」
女性陣の話が盛り上がりかけたところに咳払い一つ。
話を遮ったミックが、血臭漂う羊毛の山を指差した。
「早めに片付けねえと、熱がこもって腐るぞ」
その言葉に、エレナの隣から声が上がる。
「御母様、困ったことって、お肉が多すぎて腐ってしまうということですか?
こんなに沢山あるのに!?」
「ええそうよ。
よく分かりましたね、ジリアン」
少年の頭を撫でるエレナに、ミックとセシリィはポカンと口を開けたまま立ち尽くした。
そして二人同時に我に返り、エレナに詰め寄る。
「御母様だって!?」
「どういうことなの!?」
二人の勢いにジリアンはエレナの後ろに隠れ、エレナは扇を開いて口元を隠した。
すると今度はずっと控えていたカリンダが咳払いをして、目の前の仕事に話を戻す。
「エレナ様、村の者たちも駆り出して早めに解体をいたしましょう。
幸い、力仕事に都合の良い人材もいることですし」
「おいカリンダ、まさかお前、クレストスに解体をやらせるつもりか?」
冷めた視線を向けられたミックがカリンダに詰め寄ろうとする。
しかし、エレナの方が早かった。
「それは良い提案ね。
ジリアン、今夜はご馳走よ。
それからキャスキーヤの、バーベキューという食べ方も試しましょうね。
オヴィスメーレンでも、きっと美味しいはずよ」
「本当!? 御母様、今日も明日も、お肉食べていいの?」
喜びのあまり言葉遣いが子供に戻ったジリアンに、ミックが反論を飲み込む。
「ヴェングレーを焼き肉に使ったなんて言ったら、お父様に叱られてしまうわ。
他のことは手伝うから、頑張ってね」
「それは俺も同じだぜ」
そしてセシリィに肩を叩かれうなだれるミック。
「二人が来てくれて助かったわ。
ありがとう」
そんな二人に、エレナは扇子を肩口に揺らしながら微笑んだ。
*
森の中の開拓村は、剛獣の被害を防ぐために設けられた周囲の平地に篝火を焚いて、時期外れのお祭り騒ぎに興じていた。
村人総出に律奏機まで持ち出した解体作業は完了していないものの、2体合わせて13トンという獲物だ。
こもった体温で腐敗が進む前に大きく切り分けることが最優先で、そこまでは済ませてある。
幸いなことにエレナは優れた秘紋法の使い手で、その技を用いて冷やしてあった氷室の一つに大体の肉は収まった。
となれば、この大仕事の労いと害獣が倒されたことへの感謝の席が設けられるのは当たり前の流れ。
村人たちも律奏騎士の一団も、12基の篝火で丸く囲まれた急造りの宴会場で飲食を楽しんだ。
しかし、明日からは肉を料理して氷室を空けなければならない。
氷室は別の用途のために冷やしてあったものなので、肉でいっぱいにしておくわけにはいかないのだ。
なので既にほとんどの村人は家に帰り、宴会場には火の番を口実に夜を徹して飲み食いするつもりの者たちだけが残っている。
そして篝火の外側では白い装甲の巨人が座り込み、途切れの無い吹子のような吸気音を立てながら手を動かしていた。
「なぁ、これいつまでやればいいんだ?
クレストスがやることじゃねえだろ」
人の8倍近い大きさがある巨人がミックの声でぼやく。
その声に重なって巨人に見合う大きなハンドルが回され、ギィギィと重い音を立てている。
ハンドルの先にあるのは、人の腕ほどの太さがある鉄骨10本を組み合わせた長大な焼き串。
長さは人5人が両腕を広げて繋げたくらい。
部下たちが律奏機の運搬車両に備えられた荷台を解体して洗浄し組み上げた代物だ。
刺されているのは人二人で抱える樽の形に切られ鉄の籠にも支えられた、馬鹿でかい肉の塊が4つだ。
全部で1トンを悠に超える太腿の肉は大きすぎて氷室に収めることは困難だった。
そこでエレナは、形を整え丸焼きにすることを提案したのだ。
塊肉と焼き串は鉄骨の支柱で支えられて、ハンドルの動きに合わせて回転している。
焼き串の下には敷き詰め燃やされた薪が赤い熾火となっており、その上には鉄の樋が通されて焼かれた肉から滴り落ちる脂を受け止めていた。
「キャスキーヤでは、三日三晩かけてじっくり焼き上げると聞いてましてよ」
「『ましてよ』じゃねぇよ。
乗ってる間はクレストスが身体を維持するって言ったって、疲れねえわけじゃねえんだぞ」
足元に立つエレナの声に、ミックが投げやりに文句をつけた。
言いながら手を止め立ち上がり、側で火を上げている大きな穴から律奏機サイズのスコップで燃えたままの薪をすくい取り熾火に足した。
「火を足すのはまだ早いわ」
エレナはミックの不満を聞き流しながら両手で真紅の秘紋を描き法術を放つ。
熾火の山が霧に覆われた。
精妙な制御で送られる法術の霧が一瞬だけ赤々とした光に揺れて消える。
霧は高温の水蒸気となって熾火を冷まし肉を適度に熱しつつ立ち昇り、頭上高くで風を巻き込みながら還っていった。
元から村中で備蓄していた薪の3割というとんでもない量を焚いてある。
こうしてコントロールしないと、火の勢いが手に負えなくなるのだ。
「俺たちが折った木を薪にするって言っても、よくまぁこんなに燃やすもんだぜ。
エレナもよ、法術で一気に焼いちまう方が楽じゃねえか?」
呆れ半分のミックに、エレナが額の汗を拭ってクレストスを見上げた。
「秘紋法で消し炭にせずに焼こうとしたらどれほど難しいか、わからないでしょうね。
熱は薪を燃やせば出てくるものよ。
それを法術でコントロールする方が、焦がさないためにも効率的ではないかしら?
本場の細やかな制御は職人技で、見事なものでしたわ」
説明しながらも次の秘紋を描くエレナ。
焚き火とは遮熱板を挟んで平行に停められた律奏機用の運搬車両。その荷台に並べられた樽から次々と水とビールが噴き上がり、力場に導かれて肉塊に降り注ぐ。
ついでにハンドル回しに戻ったクレストスとエレナにも。
「ビールのシャワーまで浴びる必要はねえんじゃねえか?」
「保湿をして、焦げ目をきれいにつける工夫なのよ」
「旨いものを食うためなら酒まみれも灰まみれもお構いなしかよ。
わからねえこともねえけど、エレナがやってるのが信じられねぇ」
頭上からの疑念に、エレナは目線を下げて笑みを浮かべた。
「7年前のわたくしでしたら、こんなことをすると聞けば笑い飛ばしたことでしょうね」
「やっぱお前、変わったな……ジリアンか」
「そうですわ。
あなた達も早く産んで育ててみたらいかが?」
突然、クレストスの吸気音が乱れた。
一定のリズムで強弱を刻んでいた音が急激に高まり途切れ、激しく吸っては止まってを繰り返す。
全身から赤い光が漏れ散りハンドルを回す手が止まりかけた。
しかし、すぐに吸気音はリズムを取り戻し、クレストスはわずかに傾いた身体を持ち直す。
「あっぶねぇ。止まるところだったぜ」
「守護騎士ともあろう者が、情けないこと」
「ウルセェ」
チクリと刺したエレナに一言だけ言い返し、ミックは焼き串を回しながら黙り込んだ。
*
「ミックってば、何してんのよ。
こんな時にまで訓練していなくてもいいのに」
巨大焼肉から離れたテーブルで、セシリィがジョッキを傾けながら呟いた。
クレストスが咳き込んだ時には腰を浮かしかけていたが、今は半眼でハンドルを回す姿を眺めている。
「ラドワン様の言いつけだからね。
馬鹿正直なのはあいつの良いところだよ」
丸いテーブルのセシリィから見て左斜め前から、ミックを庇う声があった。
焼肉が盛られた皿から一切れを口に入れた男を、セシリィが睨みつける。
「ヒューイ、あなた最近、ミックに甘くない?」
「ミックがお嬢を射止めてくれたおかげで、僕はお目付役を解かれて我が世の春さ。
多少甘くなるのは当たり前じゃないかな」
「何よそれ。私が厄介者みたいな言い方じゃない」
「自覚はあると思っていたんだけど?」
「私に対しては変わりないわね」
憎まれ口を叩く元従者を睨んだまま、セシリィは肉を一切れ口に運んだ。
「ま、今夜はこのオヴィズメーレンの美味しさに免じて、おじさんに言いつけるのはやめてあげるわ」
「そりゃどうも。
おーい、お嬢がお代わりだってさ」
ヒューイがとぼけた調子で調理をしている方に声をかけると、背の高い野良着姿の青年が手を上げる。
指の立て方で示したのは、了解を意味するシディン軍のハンドサインだ。
彼は大きな皿に焼けた肉を盛り付けると、近くでパンを切っていたカリンダに声をかけて山盛りのパンを用意させ、一緒に歩いてくる。
「セシリィ先輩、ヒューイ先輩、お待たせしました」
「ありがとう。
そろそろ二人も座っていいんじゃないか?」
「そうね。
エレナとジリアンには驚かされたけど、あなた達のことも聞きたいわ」
ヒューイの提案に、セシリィがカリンダと青年の左手を見ながら賛成した。
その視線に、青年は細長い木の葉のような耳を揺らしてカリンダの顔を見る。
「ええと、それじゃぁカリンダ、お邪魔させてもらおうよ」
「カ、カームが良いなら」
ぎごちなく皿をテーブルに置き、カームとカリンダは並んでテーブルについた。
*
テーブルを囲んだ面々は、かつて敵味方となって人知れず戦った因縁もあって黙り込んだ。
口火を切ったのはセシリィ。
フォークに刺した焼肉に木の実を使ったソースを絡めてから話し出した。
「それで、カームはなんでこの村にいるのかしら?
まずはそこから教えてもらえる?」
以前は仲間であったはずのカームに問いかけてから、肉を口に運ぶ。
「軍務学校を卒業してから、アルテの会社に入ると言っていたよね?」
ヒューイが付け加えると、カームは口をへの字にして明るいブロンドの短髪をかきあげた。
「姉さん、会社を起こすより先に艦をどうにかするって言って、フェア=ウェルスへ行っちゃって」
説明をしてから、カームは深々とため息をつく。
目線をテーブルに落とすと重いパンを手に取り、皿の肉汁を拭って口に放り込んだ。
セシリィもヒューイも、彼の姉であるアルテアの性格はよく知っている。
なんと言うべきかと互いに目配せし合ったところで、カリンダがそっとカームに身を寄せた。
「私はその、その頃ワイマーやオスカーとの連絡役をしていて、シディンに立ち寄った時にカームと会ったのよ」
話しながら、カームの皿に大皿から焼き肉を取り分けるカリンダ。
カームはパンを飲み込むとフォークを手に取ってから、口を開いた。
「カリンダに声をかけられて、選抜試合では僕を助けてくれたって聞いていたから、話くらいは聞こうかなって」
「あの時はガリィがあんな真似をしたからだ」
カームの説明に、カリンダは目線をセシリィたちから逸らして彼の脇を肘で小突いた。
小突かれて黙ったカームの代わりに、カリンダが話を繋げる。
「事情を聞いたら、卒業してアルテアの会社に入るはずがすっぽかされたと言うものだから。
私もシディンでは動きにくくなっていたし、ワイマーたちとの連絡役として手を貸してもらえないかと持ちかけたのよ」
カリンダは少し早口に話しながらパンを手に取り二つにちぎると、カームの皿に置く。
カームがそれぞれのパンに焼き肉を挟んでから皿に置くと、二人で揃って手に取った。
セシリィがジョッキを飲み干した。
「惚気話を遮って悪いけど、いいかしら?
確かワイマーって、身体が治らないうちにシアボルト公爵から勘当されていたわよね?
それも、あなたたちが何かしたの?」
半眼でカームたちを見比べながらフォークを手にして焼き肉を突き刺すと、二人より先にヒューイがビールを煽ってから答える。
「お嬢、今まで話す必要がなかったから言わなかったけど。
ワイマーが勘当されたのは療養中にマーブレンまで足を運んで、エレナを身篭らせたからだってさ」
「は? それじゃあジリアンって」
肉をかじりかけたセシリィが大きく口を開けたまま固まった。
ヒューイをはじめ3人とも目を逸らし息を堪える。
それで自分の有り様に気付いたセシリィは、誤魔化すように咳払いしてからフォークをジョッキに持ち替えた。
「そう言うこと。
それでエレナは、奇跡的に体調が回復したのに王女としての使い道は無くなって王領の片隅に押し込まれたって話だったんだ」
ヒューイが目配せでカリンダにバトンを渡すと、カリンダは小さく頷いてから口を開いた。
「さすがね。マーブレンでも限られた者しか知らないはずなのに。
それでエレナ様はジリアンが産まれてすぐに、シアボルト家が雇った暗殺者に狙われたのよ。
手練れ揃いで私だけでは守りきれなかった。
そうしたら、突然カームが来て」
言葉を途切らせたカリンダに、カームがすぐさま割って入る。
「昔のことはともかく、産まれたばかりのジリアンを殺そうとするのは馬鹿げた話です。
ギル先輩がいたらシアボルトの屋敷を踏み潰したでしょうね」
憮然とした表情で言い切ると、カームは残りのパンを口に入れて噛み締めた。
「こんなことを言いながら、この村のことを教えてくれたのよ」
抑えながらも怒気を表したカームを、カリンダが肘で小突く。
誤魔化すようにジョッキに口をつけたカームに、セシリィとヒューイは顔を見合わせた。
それからセシリィが、半眼で溜息混じりに問いかける。
「それで、一緒に逃避行をしてたら情が湧いたの?」
「い、いや、それだけという訳ではなくて、カームが驚くほどに力をつけていたこととか、ジリアンだけでなくエレナ様や私たちにも気を配ってくれたこととか」
「はいはい、ごちそうさま。
カームは、良い子ちゃんで押しに弱そうだものね」
らしくなく言葉を濁しながら話すカリンダを、セシリィが止めた。
ついでに一撃されたカームがむすっとした表情で黙り込む。
「そ、そんな、私から言い出した訳では」
「カームなら、軍属よりは冒険者だね。
村付きも悪くない選択だ」
カリンダの弁明を、辟易したと言う様子でヒューイが止めた。
止めたついでに卓上の奏具で炙り融かしていたチーズをパンに乗せて齧りつく。
「そうね。ラテニアの軍では精霊使いを受け入れ難いはずよ。
軍務学校からそのまま軍へ上がるより、良かったと思うわ。
それにしてもオヴィズメーレンをエレナが止めていた時に、あなたたちの姿は見えなかったわね」
ヒューイの言葉で村に迫っていた巨獣との戦いを思い出したのか、セシリィが首を傾げた。
「カリンダは戦おうとしたんだ。
エレナが関わると相変わらずで、僕が言っても聞かなかったくらいさ」
カームが仏頂面の度を深め、セシリィとヒューイはカリンダを見つめた。
「それは、その、エレナ様は私の身を案じてくださったのだ」
俯き加減に自分のおなかに手を当てるカリンダ。
頬の赤さは、篝火だけのせいではないだろう。
セシリィが勢いよく、ガタンと音を立ててテーブルに手をつき身を乗り出す。
「もしかしてカリンダ、あなた」
目線を落としたカリンダの口元がわずかに綻ぶ。
それを目にしたセシリィは立ち尽くし、どさっと椅子に座り込んだ。
「嘘でしょ?
エレナはまだしも、カリンダや、後輩のカームにまで先を越されたの?」
「ミックもお嬢も奥手で似たもの同士だから不思議じゃないだろ」
呆然とするセシリィに追い打ちをかけるヒューイ。
「セシリィ先輩、子供は授かり物で、どちらが先っていう話じゃ」
「カーム、それは言わない方がいい」
慰めたつもりのカームをカリンダが止めるが一歩遅く、セシリィは怒りと決意に満ちた目で、元従者を睨みつけた。
しかしヒューイはどこ吹く風と言わんばかりにジョッキを傾ける。
そしてセシリィは、ダン! と皿に盛られた焼き肉にフォークを突き立てた。
「この話はもう止めよ。
なんだか、すっごく悔しいわ。
カリンダもカームも、エレナが働いているんだから何か持っていってあげたら?」
悔し紛れに三枚重ねの肉を頬張るセシリィ。
その様子に、他の3人が苦笑いしながら声をかける。
彼らはその後も篝火の下で、それぞれの今の暮らしや思い出話に花を咲かせながら、巨大な肉を焼くエレナと巨人を見守った。
*
巨大肉を焼く工程は、本場のものより小さいとはいえ2日弱かかった。
夕暮れの日差しの中、クレストスが長く四角い中空の鉄骨を肉の塊に突き刺す。
全高14メートルの律奏機がやるにはこじんまりとした仕事だが、ミックは鉄骨の先端を正確に肉の中央で止めた。
しばらく置いて流れ出してきた肉汁をヴェングレーの手に乗ったエレナが見定め、指で一雫すくい舐める。
「あの味には遠く及びませんけれど、素人にしては上等ね」
その一言にクレストスが立ち上がり、両手を上げて背を伸ばす。
「やっと終わったぜ。
おい、降ろすぞ」
「準備はいいわよ」
ミックが声をかけたのは、セシリィと部下たちだ。
エレナを下ろしたセシリィは、妙に張り切ってヴェングレーの右腕を回している。
そして熾火の隣には部下たちの手によって、運搬車両や支援車両の外装を引き剥がし洗浄した大皿が用意されていた。
周囲には村人たちも集まり、カームとカリンダの姿もある。
「じゃぁ持ち上げるわよ」
「待て待て。落ち着けよ。
肉とは思えねぇくらいに柔らかいんだぜ。
周りに籠があっても、下手すりゃこぼれ落ちるぞ」
「だって、昨日からずっといい匂いを嗅がされていたのよ?」
「だからってここで落としたら台無しだろ?」
急かすセシリィをミックが、いや、ヴェングレーをクレストスが宥めた。
そんな2騎を背景に、エレナはセシリィの部下に声をかける。
「あなた、ヴェングレーの煌術技官でしたわね。
支援車両の継振筒から誘導索を引いてくださる?
光衝静緩封揚場を使いますわ」
「あの馬鹿でかい肉を法術で運ぶつもりですか?
焼けて油と水が抜けても800キロはある。
それに、軍用規格の継振筒から人体を通すなんて無茶は」
「できましてよ」
あっさりと言い切ったエレナ。
煌術技官でもある男は、箱いっぱいの瓶を抱えて通りかかったヒューイに気付くと目配せで助けを求めた。
「エレナならできるだろ。
どうせ律奏機から充填するだけのタダみたいなものなんだから、貸してあげなよ。
お嬢は早く食べたいみたいだし」
「わかりました。脳が焼けても知りませんよ」
ヒューイにもあっさりと言い切られ、男は抗弁を打ち切った。
そうしてエレナは、手渡された糸脈誘導索、つまり煌糸の力を伝えるケーブルの端子を足元に置き爪先で触れると、両手を掲げた。
端子から引き出された陽炎のようなゆらめきが真紅に染まり、煌めきながらエレナの体を舞い昇る。
掲げた両手の指先に真紅が集まった。
さらに真紅の口紅を引いた唇を開くと、その隙間から真紅の光が漏れ出した。
エレナは両手と口元の三箇所で同時に秘紋を描き、それらを宙に保持してから再度描画。計
六つ。
「舌先を指代わりに秘紋を? 本当に三重描画?
三重複合秘紋の二連発現?
継振筒からの煌糸を染めながら?」
愕然とする煌術技官の前で秘紋は3つが一つにまとまり二つの入り混じる秘紋と化す。
二つの秘紋が揺らいで消えると、巨大な肉塊を白い光が覆った。
柔らかな肉の塊が波打つように揺れ、次第に揺れがおさまっていく。
光衝静緩封揚場。
目標の物体を全方位からの微細な力積法術で支えつつ浮揚させ運搬する法術だ。
物体の強度に合わせた繊細な制御ができ熟練者は液体でも運べるが、対象の強度の弱さと重量によって指数関数的に難易度が上がる。
「型崩れはわたくしが抑えますから、早く運んでくださる?」
額に汗を浮かべながら、エレナがクレストスたちに声をかけた。
「ほらミック、エレナが頑張ってるうちに運ぶわよ」
「おう、いくぜ!」
2体の巨人が焼き串を持ち上げ肉を運ぶ。
装甲材の皿に肉が置かれ、籠が外され焼き串が引き抜かれ、その度に村人たちが声を上げた。
エレナが法術をで形を保つ横で籠と支柱と焼き串が解体され、肉を支えるために転用される。
クレストスとヴェングレーがそれらを据えつけると、エレナは術を解いて深々と息を吐き、額の汗を拭った。
「あとは肉を休ませるだけよ」
エレナの合図で、村人たちが動き出した。
麦わらの筵を運び、次は麦わらを運んでいく。
延々と薪を焼き続けてきた近くの地面は火傷しそうなほどに熱く人が立ち入るのは困難だ。
なので2騎の律奏機が熾火を遠ざけながら、肉塊の上に筵をかけ麦わらを被せていく。
「御母様!」
駆け寄ってきたジリアンに、エレナは目の下にクマができたまま笑顔を向けた。
「御母様、お疲れ様です」
「あら、ありがとう。
でもジリアン、あなたは労いのために駆けてきたのではないのでしょう?」
「あの、はい!
こんなに美味しそうなのに、まだ食べられないのですか?」
「ええ。
キャスキーヤではこのまま半日はお肉を休ませるのよ。
その方が美味しくなるのだから、我慢なさい」
「でも……そうだ。
御母様、僕はこの食べ方は初めてで、お肉を休ませると味が変わるのかも知りません。
今と休ませた後で比べて、本当に違うのかを確かめたいです!」
我が子の言葉に、エレナは目を見開いた。
そして満足そうに微笑むと、膝を折ってジリアンと目線を合わせる。
「しっかり考えたのね。
えらいわ、ジリアン」
ジリアンの表情がパッと明るくなり、エレナはその頬を両手で包み引き寄せた。
そしてゆっくりふた呼吸程の間、ジリアンに頬を寄せ抱くと立ち上がる。
「村長、一つはすぐに瓶詰めを進めなさい。
それと併せて、皆に振る舞うように」
その声に、再び村人たちが動き出した。
肉までの地面に木の板を敷いて熱を遮ると肉に取り付き、短剣の刃より厚くなったカリカリの焦げ目を切り裂いていく。
溢れ出した肉汁を、別の村人が樽に受け止めた。
肉汁でいっぱいの樽は村へと運ばれて、女性陣が宴会までにソースにする手筈だ。
焼き縮められてなお人の背丈近い肉塊は見る間に切り分けられていき、最初の一切れは塩がかけられてエレナとジリアンに、それから次々と、巨獣を狩った面々の元にも運ばれてきた。
「ほら坊や、お待ちかねのバーベキューよ」
「御母様、自分で食べられます。
それに坊やはやめてください」
恥ずかしがるジリアンだったが鼻腔をくすぐる香りに負けた。
パクリと、フォークで差し出された肉を頬張る。
もぐもぐ、もぐもぐもぐもぐ、ごくん
一心不乱に噛み締めて飲み込み、目を輝かせる。
「御母様、とても美味しいです!」
そんな息子の様子に目を細め、エレナは満足そうに彼の頭を撫でた。
「そう。上手に焼けたわね」
そうして、小さな開拓村の宴は賑やかに続いた。
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ただ単に巨大ロボが肉を焼いてみんなで食べるだけのお話でしたが、お楽しみいただけたなら幸いです。
元ネタ、と言うか書き始めたきっかけは、Xで見かけた「モビルスーツで芋煮会」という話題です。そこに、半年ほど前にタイムラインを賑わせていたバーベキューの話題が加わりこんな話になりました。
もし彼女たちの物語に興味を持っていただけたなら、宙弦世界乃異邦譚も手に取っていただければ嬉しいです。
(URLはこちらです→ https://ncode.syosetu.com/n8711fx/ )
(四方山話は思いつきのままに書いているので本編との齟齬があるかもしれませんが、ご容赦ください)




