支配の組織 カオス・エデン
――崩壊の余波が残るエイメノカサス。
エイメノカサスはまだ爆破によっての騒動が収まっていない状態だ。
「……戻るか」
俺の体は光に包まれ、ミロクの姿は消える。 代わりに現れたのはマルス・アンドラウドの姿。
「その姿変えれるの、やっぱり便利ですね」
ミナノが俺の隣を歩く。
「顔を晒して動くほど愚かじゃない。ミロクの姿はあくまで裏でしか使わないものだ」
「でもさっきミロク様の姿で街吹き飛ばしましたよね?」
「……あれは事故だ」
「事故の規模じゃないです」
軽口を叩きながら、俺たちは街の不動産区域へ向かう。そこで俺達の拠点になりそうな所があるといいのだが。
「ねぇミロク様」
「今はマルスだ」
ミナノはあっという顔をして言い直す。
「あっ…じゃあマルスさん。街ごと支配しないんですか?さっきのも全然本気の範疇では無いんですよね?なら…支配してしまえばわざわざ物件購入の必要も無いのでは?」
「……」
ふと、足が止まる。
街を支配する。
それは何をどうすれば支配なのか?
支配の基準がいまいち分からない。
「支配…とは…首領を殺せば支配か?」
「それは……恐怖支配?」
「では住民に恐れられる名を刻めば支配か?」
「それは悪名支配ですね」
「金の流通を握れば支配か?」
「経済支配……?」
「……面倒だな」
「え?」
俺は真顔で言う。
「はぁ…支配の定義が曖昧すぎる」
恐怖か。信仰か。制度か。服従か。
どれが正解だ?
「……」
しばらく考え、やめた。
難しいことを考えるのは好きじゃない。
「やめだ。それに今暴れればカナメシアから勇者がすっ飛んで来そうだ…」
「支配、保留なんですね」
「ん〜…いずれやる。今は拠点が先だ」
ミナノは少し笑った。
「マルスさんも迷うんですね」
「ま…迷っていない。最適化しているだけだ」
そうして歩き続け、見つけたのは、エイメノカサスの街外れ。
古びた三階建ての宿。 看板は外れ、窓には埃が積もっている。
「……ここ、良くないですか?掃除すれば凄く綺麗な場所ですよね」
「あぁ…それに広いな」
中を覗く。
客室は十部屋ほど。 大広間。 地下倉庫。 裏口もある。
「ふふっ、裏活動向きですね」
「だな。防音も悪くない」
悪くないどころか理想的だ。
だが――。
「あっ…価格が……一千万円」
「高っ…ってまぁ…そんなもんですよね…」
ミナノが素直に言う。
「百万円を失ったのが痛いですね」
「言うな」
俺は拳を握る。
一千万円。 今の俺には無い。
「……」
一瞬、奪うか?という考えが浮かぶ。 だが目立つ。
今はまだ静かに動くべきだ。
「ん〜仕方ない」
俺は小型通信魔具を取り出す。
俺はとある自分に電話をかける。
「……こちらマルス」
数秒後、明るい声が返る。
『お久しぶりですねぇ!』
サラムの声が通信魔具を通じて響く。
「サラム。資金は動かせるか」
『額によりますけど?』
「一千万円だ」
――沈黙。
『まぁ……可能と言えば可能です』
「ほう?」
『私の役職はそれなりに給料が良いので』
「即座に送ることは可能か?」
『えぇ、本日中に送れますよ。ただ…』
『サラムぅ〜。俺の仕事手伝ってよぉ〜。間に合わないんだってぇ〜。これ終わらなかったらレヴィア様からマジビンタだってぇ〜〜』
電話越しにロッドの声がし、ドアを叩く音が聞こえる。相変わらずマイペースな奴だ。
『ってなわけで…もしかしたら遅れるかもです!あっでも本日中には送れるんで!』
サラムは優秀だ。
「理由は聞かないのか…?」
『え?』
「いきなり一千万使うと言って用意してくれるんだな」
『あなたが動く時は必ず意味がある。違いますか?』
サラムの信頼の籠った声がする。
「当然だ」
『では、また今度』
通信が切れる。
ミナノが驚いた顔でこちらを見る。
「よっ…用意できるんですか?」
「あぁ」
「えぇ…サラムさんって何者なんですか」
「優秀な手下だ」
ミナノはその言葉に何かを感じた顔をする。
「いい人ですね」
「今度会わせてやる」
***
場面は変わる。
薄暗い石造りの部屋。 白マントの者たちが円卓を囲む。
「報告は?」
「……まだ帰還しておりません」
「遅いな」
「あの男が失敗するとは思えませんが…」
空気が重くなる。
「大きい報告ならエイメノカサスの闘技場が消し飛んだとの報告があります。もしかしたら巻き込まれた可能性が…」
「……何?」
「しかも爆心地は地下から」
白マントの一人は唇を噛む。
「……調査隊をエイメノカサスに送れ」
低い声が告げる。
「例の“理想否定者”が絡んでいる可能性がある」
「了解」
白マントの一人は静かに立ち上がる。
「ディアマテ様の復活を妨げる存在は排除する」
静かに、確実に。
彼らはエイメノカサスへ向かう。
***
あれから少し時間が経ち、通信魔具が光る。
入金完了の合図のようだ。
ミナノが目を丸くする。
「本当に……」
俺は建物を見上げる。
古びた宿。 だが、これから変わる。
「決まりだ」
扉を押し開ける。
埃が舞う。 木の軋む音も鳴る。
「ここが――」
俺は一歩踏み出す。
「この拠点こそが」
ミナノに顔を向ける。
「我らの組織」
俺の口角が無意識に上がる。
「『カオス・エデン』だ!」
風が吹き抜ける。
朽ちた宿が、今。 支配の苗床へと変わる。
ミナノは静かに呟く。
「混沌の楽園……」
俺は笑う。
「理想でも秩序でもない」
「混沌を統べる楽園だ」
――こうして。 支配者の組織は産声を上げた。
だが同時に。 白き影もまた、静かに動き出していた。




