唯の日本人。勇者となる。
どれくらい、経ったのだろうか。
ここから見えない、俺のための赤の下には幾つの俺が朽ちているのだろうか。
書いた。書いてきた。
この俺のための知識。
今の俺の全て。
それがここを埋め尽くすまでの時間は。
とても長い…時間だった。
神はいるはずだ。
なぜならまだ白は俺を見下ろしている。
足掻いたってどうしようもない高みから見下ろす白。
俺をここに呼びながらなにも音沙汰がない神。
ならば届くまで。
俺の赤なら。
届くのだ。絶対に。
絶対に届かせる。
幾重もの俺を積み重ね、あの遥か高みまで行こうじゃないか。
自分の赤に溺れようとも。
苦しい、呼吸のできない俺の赤の中を泳いでいけば。
いつしかいちばんうえに。
そうしたら。
俺は自由になれるだろうか。
すると、俺がどんなに願ったことか。
この天国の一部が開いたのだ。
あっけなく。
あまりの出来事に一瞬固まってしまった。
だがそれは本当に一瞬で。
「あ…いた…?」
まだ"唯の日本人"の俺が残っていたせいか、
この現状を少し恥じる自分もいた。
だが、それ以上の喜び。
もう終わるんだ。と。
外に出られるんだ。と。
ただ、世界はそれほど優しくはなかった。
その扉から出てきたのは、
見た目があまりに異質。
見間違えでなければ狼の毛皮?いや、どろどろの剥製?を被り、さらにその下に犬の被り物…と思ったがあれは本当に被り物なのか。あまりに精巧でリアルな雰囲気を醸し出すスーツを着た化け物がいた。
神の使徒と言われても到底頷くことはできない見た目をしていた。
それでも、地獄の門番だろうが、死神だろうが現状を変えてくれる存在であればどれほど嬉しいことか。
俺はその存在に話しかけようとしたが、
その存在はあろうことか俺の赤を踏み抜いて近づいてくる。
俺は叫ぶ。
「やめてぇ!!!ふまないでくれぇええ!」
犬男が立ち止まる。
「あなたは神様ですか!?地獄の番犬とかですか!?ごめんなさい。お願いだから…踏まないでくれ!!!」
犬男は俺の声を聞いて顰めっ面をした後、鼻で笑う。
「お前の縄張りがそんなに大事なら入られないようにすればいいだろう?」
それは恐ろしいほど低く、化け物にふさわしい声だった。
だが、俺にはそれに恐れ慄く余裕はなかった。
「縄張りなんてものじゃないんです。俺なんです。これは全部、俺そのものなんです。」
「…。」
「あなたが最初に踏み抜いたのは三角関数の加法定理。それと、肉じゃがの作り方とどこかのアニメの名言。」
確かにそれは俺の軌跡。
「二歩目には万葉集の一部と俺の名前も覚えてない映画の内容です。」
「やめろ…!」
有無を言わさない一言。
俺もあまりの圧に口を閉じてしまった。
「俺には血溜まりにしか見えないが。よほど大事らしい。それは理解しよう。」
存外理解のある化け物のようだった。
あまりに知性のある存在と話すこと自体久しぶりだったせいで、本題を話すまでのコミュニケーションを俺は忘れてしまっていた。
だからこそ、
「ありがとうございます!……あの…!」
「なんだ…」
「ここから出してもらえるんですよね!?」
即座に直球で聞いてしまった。
「無理だ。」
無慈悲な一言。
「……どうして?まだ俺が何かやらなきゃいけないのかよ?もう俺には限界だ!神様か天使様か!?悪魔でもなんでもいい!ここから俺を解放しに来たんだよな!もう散々だ!早く次の世界に行かせてくれよ!こんな始まりじゃおかしくなっちまう!」
「…黙れっ…!!!!意味のわからんことを囀るな…。」
非情な言葉。
その物言いに俺も限界だった。
「なんでだよ!!バケモンが!じゃあなんでここに来たんだよ!外があるってことを分からせたんだよ!それで出ちゃダメだって!?ふざけんなっ!」
見苦しい。そう思われてもいいくらいの情けなさでいっぱいだった。
「……いいだろう。教えてやる…改めて名乗るとしよう。俺は【果てに遺された忠犬】。…お前を躾に来たのだ。それ以上を…望むな。」
そして、犬男は低く構えると両腕に黒い繊維のようなものが何重にもまとわりつき大きな爪がある獣のような腕を形成し、俺に向けていた。
「"勇者"は"勇者"らしく永遠に世界を呪い続けるがいい。己では物語を変えることなどできないからな。」
化け物が姿勢を低くした後、消えた。
俺の赤が舞い上がり、天井にまで飛び散る様を呆けて見ていたら、
気づけば視界いっぱいに黒い爪が伸びていて俺の顔を…
…そこで意識が一度途切れる。
そして自分の赤の上で目が覚める。
「はぁ…!はぁ…!はぁ…!」
何が起きた?
俺は殺されたのか?
それでも俺は俺の上でまた目が覚めた。
「な、何すんだよっ!!」
「ふむ、これが観測報告書にあった形状記憶…か…。厄介だな。」
瞬時にわかってしまった。
俺はこの化け物の眼中にないことに。
「こいつはやはり俺との相性は悪いな。
だが、意外に弱い。面倒なだけか。
精神干渉も脅威ではないようだ。
【温もり喰らい】。どうやら今回はお前の方が適役らしい。」
その化け物は扉があった方角に向かって話しかけていた。
すると。
「…はぁ……私はあまり汚れたくないんだが。犬の水遊びに付き合わされる身にもなって欲しいものだがね。」
扉から出てきたのだ。もう1人。
それは見た瞬間トラウマが蘇る。
あの、黒いロングコートを着たスーツの女だった。
「あ、あ、あぁ…。」
いるはずがない。おかしい。
あいつがいるってことは。
それはつまり、
「また会ったなぁ?"勇者"よ。すまんな。新しい冒険は、」
ここはまだ地獄の果てだということだ。
「ここで終わりだ。」
「た、たすけてくれぇ!いやだ!もういやだ!どうして俺がこんな目に!」
「やはり見れば見るほど"唯の雑魚"に見えるな。」
「おい…?」
「わかっているさ。ヘマはしない。前回は消化不良だったからなぁ?今回は思う存分断ち切らせてもらおうか。」
それはまた繰り返される俺を抜いた俺のこれからについての会話。
俺は無力を痛感するくらいしかできることがなくて、とても苦しい時間だった。
「口上はもういらないよな?本当に"勇者"なのかすら怪しいしな。」
「うぅ…ふぐっ、くそぉ…なんで…なんで俺が」
涙しか出なかった。
何もできない自分に対して。
「お前は悪くないさ。ただ言うとすればこの世界に来たのが悪い。それで十分だろう?得体の知れない化け物よ。」
そうして女はそのあまりに大きな剣を持ちあげ、俺に振り下ろした。
切られた。それはまだいい。
何故か意識があるのだ。
それなのに腕がない。
「え、えぁ…う、腕が…」
血も出てこない。ただ切られた部分の時が止まったようだった。
次に反対の腕。
「や、やめ…」
続いて両足も無くなった。
まるで作業のように無くなっていく。
俺の四肢が。
「たとえ、理外の化け物でも私の剣の前ではやはり関係のないものだな。爺の当てもたまには外れるらしい。」
そうして仰向けになった俺の頭の横に剣を突き刺す。
それはまるで裁断機の要領で。
「縋りついていた温もりの残滓の中で永遠に苦しむがいい。私からは…それだけだ。」
そうして刃を下ろしていく。
それは覚えのない記憶。
「化け物っ!!おまえなんkーーー」
切り捨てる。
「た、頼む!俺には帰りを待っている妻と娘が待っtーーー」
擦り潰す。
「○○○!忘れたのかよ!俺だ!一緒に魔王をたおsーーー」
叩き潰す。
そいつは誰かの死体の上でしか自分を維持できなかった。
その有り様はかわいそうで。
俺の赤の上でしか、俺自身を維持できない俺と似ていた。
誰にも頼らないその生き方に俺自身を重ねてしまうほどに。
…孤独だという点で。
そいつは苦しそうだった。
何かに抗う力はあるはずなのに
その力を使う場所がないから。
俺だったらこんな悲しいことになんてさせないのにと、何度おもったか。
たくさん殺した。たくさんの仲間を。
殺して殺して殺した先にはまた同じ世界。
自身に希死念慮などいくらでもあるだろう。
それでも生きて殺し続けるその愚行。
正直俺が同じ境遇に陥っていたら、ここまで生き残ってはないだろう。
ただ、こいつに俺の知識があれば。
逆に俺にこいつの体があれば。
知ってるか?世界は広いんだ。
狭い世界に視野を狭まれても俺がいる。
その聖剣なんて俺からしちゃただのなまくらだぜ?
輝きなんてないし。捨てちまえよ。
見ろ。この世界を。くそったれで救いようの無い世界だ。俺らを無慈悲なまでに苦しめてきやがる。
むかつくよな?それ、俺もなんだ。
実は俺は思い出せないんだよな。ここにきたより前の記憶が。
だからさ、教えてくれよ。お前について。
俺の過去になってくれないか?
そしてさ。
一緒に世界に抗わないか?
〜〜〜
(偽物の空虚な勇者)
の心象理解が進みました。
(唯の日本人)が(偽物の空虚な勇者)の存在を認めました。
(唯の日本人)が機能停止します。
(偽物の空虚な勇者)が(唯の日本人)の知識の全てを吸収します。
(偽物の空虚な勇者)が目覚めます。
〜〜〜
「……まぁ、あの存在は見た感じ(赤い言霊)とかでどうだ?」
「ふむ、(赤き唯の語り部)とかでいいのではないか…?」
「ふん…」
「負け犬が…正直にセンスがいいなどと褒め言葉くらい言ったらどうだ?」
「黙れ…」
すると蠢く。
「なんだ…?」
細々とした肉の切れ端が全て。
血溜まりが波打っていく。
「ははっ!まだ終わりじゃないとは!自慢ではないが私の剣で切られて無事なやつはいないはずなんだぞ!?」
「目の前にいるんだがな。どうしてくれる【温もり喰らい】。」
肉が人の形を型どっていく。
「そんなもの!沈黙するまで叩き切るのみだ!」
そして、振り下ろされる大きな剣。
その暴力的な質量になすすべもなくその肉塊は叩き切られ…
…なかった。
迎えたのは同じく剣。
無骨で飾り気のないが曲線を描く鋭い"唯の剣"
否、遥か東方では、こうとも呼ぶ。
名を"刀"と。
「ははっ!そうでなくっちゃなぁ!」
肉はそうして姿を現していく。返り血がこびりつき
歴戦だと思わせる甲冑を纏い、切り裂かれ、細々としたマントを羽織る禍々しい騎士の姿。
「気をつけろ!【温もり喰らい】!なにか得物が違う!」
「わかっている!」
繰り返される剣戟。
その中で
大ぶりな剣に対して息を合わせるように軌道に合わせ刀を這わせて身から逸らす。
女はその惚れ惚れするような美しさに面食らってしまった。
「"勇者"よ。随分と荒々しさが消えたものだな?それに、あれほど我が身以上に大事にしていた聖剣はどうしたのかね?」
決まっている。
「俺は俺であり続けるために聖剣なんてものではなくこの刀を振るう。…俺の知らない日の丸の"武士"に敬意をこめて!」
それは1人の勇者の閉ざされた心を少しでも変えることができた"異界の知識"だった。
「…がっ!?」
「くそっ…精神干渉もあるのか!?」
そして勇者は今一度構え直す。
「改めて名乗ろう。俺は勇者。貴様らは…魔王だな?」
〜〜〜
勇者は気づいてしまうのです。
自らが世界の循環に囚われていることを。
しかしそれをわかったところで、
勇者は優しいので物語の義務から逃れることを選びません。
あぁ、馬鹿な勇者。
そうして魔王の死体を積み上げ、
遠い過去に下された使命のみを信じて進むのです。
果たして神はそんな勇者を見ているのでしょうか?
聖剣は答えません。輝きを失っているので。
…では進むしかないでしょう。
それしか道はないのだから。
(とある空虚な英雄譚)より。
〜〜〜
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