ただ認知できず我々を遠くから干渉できる存在のことをいつしか神と名付けた。
~~{天翔生命}内部、連絡通路内~~
白を基調としているがところどころ配管がむき出しの無機質な通路。
そこを黒いロングコートを肩に羽織り、スーツを軽く気崩した女性が歩いていた。
「ふっー。私は休暇を取っていたはずだが?私が必要な状況がそんなに短期間で何度もできるものかね?」
後ろに追従する小柄な、眼鏡をかけた女性がそれに答える。
「ナユラ部長。いえ、【温もり喰らい】様。実はそれほど軽口を叩けるほどの状況じゃありません。」
「なんだと?私がわざわざ報告書を描いただろう。あれは私の前で失神してたくらいだし、4級職員3人にも勝てなかったんだぞ?君が私を仕事の名前で呼ぶほどなのか?」
「担当職員の2級職員全員、偶然休みを取っていた私を除いた1級職員全員が”生命保険”が効かないほどの損傷を受け死滅しました。」
「ほぅ…?それは…尋常じゃないな…?」
「よって、【温もり喰らい】様と【贖う壺】様、【果てに遺された忠犬】様が招集されてます。」
「爺はわかるが、駄犬までもいるのか。………なんだ。ということはあいつは”勇者”じゃなくて”魔法使い”だったのか。」
「いいえ。」
「ふん……………………続けろ。」
「あれは。(偽物の空虚な勇者)ではなく我々が認知していない何かです。」
「(とある空虚な英雄譚)からの存在であることは確認しているんだろう?」
「まぁ、見てもらう方が早いでしょう。サラ・ケンリッド。」
操作パッドに向かって名前を名乗る。
「ナユラ・ルーデンホーク」
黒いロングコートの女性もそれに続く。
そうして、管制室の扉が開く。
「あぁ~?やっとかぁ、待ちくたびれたぜぇ~」
「………。」
そこには、異質な二人が存在していた。
一人は両手が義肢の初老の男、それでも老いを感じさせないその肉体と垣間見える金歯がオーラとしてあふれ出る野心を際立てている。胸板にも仰々しいコアみたいなものがついており、その上からまとっているスーツも色味の趣味が悪く、さながら機械ヤクザと言っても過言ではない風貌である。
もう一人は腹が大きく開き見るも無残な狼の剥製を頭からかぶった犬人。その狼の剥製はお世辞にも出来がいいものとは言えず、きっちりとスーツを着こなしているものの厚く塗りたくられて、滴っているように見える固まった防腐剤がより不気味さを醸し出してしまい、さらには大きな首輪のようなものをネックレスから下げていることで、スーツのフォーマルな感じをぶっ壊すように不気味で恐ろしい見た目になっている。
「ナユラちゃん。1本くれない?切れちゃってねぇ。」
「相変わらずだな。…あんたにとってははした金だろうに。自分で調達したことはあるのか?」
「わかってないなぁ…っすぅ=-。この一回一回のめぐり合わせが俺の運勢を測ってくれんのさ。」
「ははっ。じゃあ、私からたかったんだ。うまいしか言わせないぞ?」
「んぅ~世の中にはしゃべらないほうがいいものもあるんだよなぁ。おじさんの知恵だねぇ。」
「お前らはまだ煙に媚を売っているのか。破滅が約束されているのに馬鹿な奴らだな。」
「破滅が約束されていても、その一瞬が豊かなほうがいいだろう?人の営みには疎い駄犬には難しいか。」
「お前…!」
「三人方。雑談はそれくらいにしてください。わたし、今日午前休も返上してるんです。怒りますよ。」
「私は全休だったが………?」
小柄な女性が3人の前に、四方八方にカメラを継ぎ接ぎにされている、いわばカメラのキメラみたいなプラネタリウムのようなものを出す。
「…こいつは随分金がかかってんなぁ。」
「そうです。この、{常世興行}の(聾唖之為のオルゴール)。それに失った職員も含め赤字も赤字。事態は急を要するので、三人方には幾ばくか社運、かかってます。」
「まぁ、これがあれば話は早い…か。ただ、この規模だ。3人で足りるのか?」
「犬が怖気づくとは珍しい。考える脳みそなんてもの、あったんだな?」
「あぁ、2人だったか。本当に人かも怪しい馬鹿力の化け物を人として数えるのも人の尊厳を汚してしまうものだからな。」
片や柄に手をかけ、片や手から爪が伸びていた。
「もう…起動しますよ。時間がないですからね。」
その空気を断ち切るかのように。
謎の機械のスイッチが押される。
すると数多のカメラのフラッシュが炊かれ、視界を光で埋め尽くしていった。
~~(聾唖之為のオルゴール)内~~
「いつも思うがこの感覚はどうにかならんのか。」
「文句言わないでください。少し波に揺られるような感覚が続きますが、絶対に精神干渉を受けず、形も残ってないような死体から記録したものを一方的に観測できるのはこれしかないんですから。嫌なら{常世興行}に転職して技術職になってみては?休みはないらしいですけどね。」
「…まぁ、映画のようなものだ。楽しませてもらおうかね。」
そうして、4人のいる周りでオルゴールに記録されたものが映る。
===
「ミーサッ!今日さ、帰りにぃ、新しくできた{頂上飯店}の系列店にさぁ!行ってみようよ!」
「スージーィ…?それは今日私が観測番なのを知ってる上で誘ってるわけぇ?」
「……あ…!ご、ごめーん。ま、まぁまた明日とかさ!また誘うね?」
「全くもう…良いわよ…どうせ明日も私が観測番やるし。ほんとにあんたちゃんと担当連絡見てる?さすがに明日も私だってこと知らないでその誘い文句を言っていることを願うわ。わざとじゃなくても意地が悪いわよ。」
「……うっ…ごめんなさい…。」
そこには二人の2級職員がいた。
姦しい会話に花を咲かせつつ、時間が過ぎていく職場での一面。
「ミサ、スージー。ちょうどいい。観測報告書をまとめるのを頼む。」
「「はーい」」
1級職員が二人に仕事を振って去っていく。
「っていってもさ。正直今回のはどうまとめようか困っちゃうよね。」
「まぁ、(偽物の空虚な勇者)との違いでも書いといたら?」
「ふふっ。そんなの…クスクス…ねぇ?」
「ぷっ…ちょっとスージー。笑わないでよ。こっちも笑っちゃうじゃない。」
「でもさぁ!物語に出てくるような勇者様の恰好とは遠くかけ離れすぎでしょ!裸よ!?はだか!!!すっぽんぽんなのよ?」
「(偽物の空虚な勇者)の観測報告書と全く違うわよねぇ。何が起きてるのかしら。」
「やっぱさぁ!”勇者”とは別の人?が出てきたんじゃない?あの感じだと…”変質者”とか…!?」
「何よそれ…まぁ、そこも変よねぇ。(とある空虚な英雄譚)の記述だと、”勇者”は自分以外の存在を殺してから、別世界に降り立つってニュアンスの記述があるからこそ、物語の周期ごとに一人しか来ないはずなのに、今回は二人登場した…。」
「二人来たっていっても、なんか正直、本当に普通の人っぽいよねぇ…変なの。」
「……そういえばもっと確実に違うところ…あったわ。」
「……?…あ!そういえばスージーって確か{群民連合}に買収される前に(とある空虚な英雄譚)担当したんだっけ。」
「そうね。今でも覚えてるわ。あの時は(とある空虚な英雄譚)の危険度が分からなかったから。特級職員の【贖う壺】様も投入されて観測作業してたのよ。」
「えぇ!?【贖う壺】様ぁ!?えぇ~いいなぁ。ずるーい。」
「まぁそりゃ会えたらうれしいけど。…そのとき実感したわ。もう金輪際特級職員様とは仕事の場では会いたくないわね。」
「へ…?」
「それはなぜかってね。対象が特級職員を必要とするくらいやばい相手だから。」
「でも、ミサ生きてるからその時は大丈夫だったんでしょ…?」
「まぁね。でもその時は命の危険をひしひしと感じたわ。あの”勇者”が(とある空虚な英雄譚)から出てきたとき、見てきたのよ。」
「何を…?」
「私の目よ。収容室の中から。管制室の私を。」
「…やば。その時は大丈夫だったの?」
「正直、大丈夫だったかと言われれば嘘よ。見られた瞬間脳裏に浮かんだわ。(とある空虚な英雄譚)の冒頭が。でも”勇者”がこっちに来る前に【贖う壺】様が相手して、討滅してくださったの。」
「思った以上に”勇者”ってやばいんだね…」
「1級職員ぐらいで十分対処できるくらいだって今は理解されてはいるけど、あの時は未知数だったから。本当に怖かったわ。」
「やっぱ次期1級職員候補筆頭が言う現場の話は違いますなぁ。」
「まぁ、そういうことよ。あの”勇者”と違ってこっちのことを全く認識してないのよねぇ。」
「あ~確かに!なんかずっとくねくねして何かをめっちゃ叫んでるよね!なんて言ってんだろ。」
「どうせ物語の固定文句やら、しょうもないことよ。フィルター越しには私たちには聞こえないから気にしなくていいの。ああいう輩は異質な存在。そういうものだって受け入れて、気にしないでいないと変なのにまとわりつかれて死ぬわよ?」
「はーい。」
その時。
『緊急連絡。緊急連絡。(偽物の空虚な勇者)の担当職員は至急管制室へ集合せよ。』
けたたましくサイレンが鳴り響いた。
「…ちょっと……!?」
「緊急事態っぽいわね。スージー早く!!急ぐわよ!」
そうして二人を含め、担当職員全員が管制室に集まる。
「リーダー。何が起きたんだい?こんな仰々しく集めてさ。」
「対象が異常な状態に移行した。」
「…異常な状態とは?」
「まぁ見たほうが早いだろう。」
そうすると、管制室のモニター一面に収容室の様子が映し出された。
そこには。
一人の人間の形を模した”勇者”が床を赤色に染め上げる様子が映し出されていた。
「…これは………」
「えっと……本当にこれが”勇者”なんですか?」
「”唯の一般人”の反応じゃないか?一般市民基礎観測データの中にこの様子と同じ結果になったものを見たことがあるぞ。」
「…わたくしが世話してあげてる子と同じ感じになっておりますわね。これがあの(偽物の空虚な勇者)?私たちが収容してるのは”唯の人”ではなくて?」
「まぁそれは私も思ったんだがな。かなりの頻度で異常な数値を示すようになったのだ。精神干渉計数が。」
「精神干渉計数が?そんな。あの全てを殺し尽くそうと鬼神のごとく徘徊する(偽物の空虚な勇者)がそんな絡め手を?」
「最初から何度か高い値を示すことはあったのだがな。被害もないし大丈夫かと思っていたんだ。」
「確かに…誰もおかしくなってないしな。接触作業はしてないとはいえ。」
「危険度はやっぱり4級程度じゃないかなぁ。リーダー!なんかあの人ずっと何か叫んでたし、助けてとかでも言ってたんじゃない?ウサギみたいに寂しくて死んじゃう!みたいな!」
「ちょっとスージー!対象が一般人を模しているだけかもしれないでしょう!?みんなも忘れたんですか?あの【温もり喰らい】様が捕獲してきてくださったのです。まだ、魔王を認識していないだけかもしれないんですよ!引き続き警戒を続けましょう。」
「えぇ~!でもなんか見れば見るほど”唯の市民”じゃない?大丈夫だよ!なんかかわいそうに感じてきたし。」
「スージー!?ここは天下の{天翔生命}よ!?そんなしょうもないミス。するわけないじゃない!!」
「え~?でもさぁ…リーダーはどう思います?」
「確かにな。無害だろう。一度フィルターを解いて、何を言っているか聞いてでもしてみるか。」
「ちょ、ちょっと!?リーダー!?冗談ですよね?」
「何を言っている。ミサ職員。彼は一目見てわかる。”唯の一般人”だろう?」
「よく見てください!あれは”勇者”で………」
彼女は見てしまった。のどに手を詰め込み窒息していく”唯の日本人”の目を。
「あれは…なんだか苦しそうです…確かに”唯の人”にしか見えませんね…どうにかしてあげたほうがいい…のでしょうか。」
「そうだな。まずは何を言っているかだけでも聞いてみよう。」
フィルターが解かれてしまう。
そうすると管制室全体に声が響き渡る。
「■■。■■。■■■・■■■■。■■■■。■■■■。■■■。■■■■■。■■。」
「…え?」
誰かの声だった。その声が最後に発せられた声だった。
そうして崩壊していく。
「■■■■■。それは、■■■・■■■■を■の子・■■■と信じる宗教で、■の愛、隣人愛、罪の赦し、信仰による救いを中心教義とする。■■を■■とし、■■■■(■■■■■、■■■■■■■、■■)を信じる。大元は■■■■であり、現在は■■■■の宗教である。」
溶けていく。赤く、赤く。
歪んでいく。耳に入る異界の知識を否定するように。
検閲されていく。世界に似つかわしくない知識を得たため。
「■■■■■は、■■■■■■■を信じ、預言者■■■■■を■■■■■とする宗教である。■■は■■■■■で、■■■■・■■・■■・■■・■■の「■■」を重視している。■■■■・■■■■■と同じ■■■であり、■■■■を禁止している。」
そしてそこには。
唯の赤しか存在が残されなかった。
===
スクリーンに映されていた凄惨な出来事が終わりを告げた後、
【温もり喰らい】は大笑いした。
「はははっ!!これはすごいな!!何を言ってるのかわからないが聞いてもおかしくならない。高い金を{常世興行}に払った価値はあるな。そう思わないか?」
「これが今回発生した事故の全容です。」
「なるほど。こいつぁ…やばすぎるなぁ…」
「まずこいつらは死ぬ前にすでに精神干渉を受けてたのだろう。その上でのこの惨状。我々が出張る理由としては十分だろう。」
「これを皆さんには接触作業により収容開始時地点までの状態復帰をお願いしたいのです。」
「ははは…嬢ちゃん。一ついいかね?」
「なんですか?【贖う壺】様。」
「こいつは…やべぇぞ?それを接触作業で状態復帰?」
「爺。それほどか?」
「ナユラちゃんも犬っころも忘れてやがらねぇか?こいつは(群民の王)事件の時の奴と同じだ。」
(群民の王)事件。それは{群民連合}ができたきっかけであり、{群民連合}に大きな爪痕を遺し、(群民の王)の異質さを一部に周知させたあまりに大きな事件。
世間ではただ秩序のなかった無法地帯をまとめた偉業のように見えていたが実は違う。
「(群民の王)…ですか?………え?……ちょ、ちょっと!?それもしかして1級職員でも知りえない機密事項じゃないですか!?わたしは聞いても大丈夫なんですか!?!?!?」
「あぁ!コリャ失敬。死にたくなかったら耳閉じてな。」
「もう遅いじゃないですかぁ!!!!!」
サラ1級職員は悲鳴をあげながら耳を抑える。
「やはり、(偽物の空虚な勇者)とは別の存在がかかわっている…か。」
「共鳴済みか。会うのは初めてだ。面白い。飢えてくるな…」
「まぁ、そうだなぁ。頑張ったほうがいいかもしれねぇな。」
その一言は何か変なニュアンスを含んでいた。
「…爺?」
「嬢ちゃん?おーい嬢ちゃん!やっぱなんも言ってないから!ここから出してくれねぇかぁ!?」
「え…?あ、はい!あと頼みますから!特級職員様に比べれば1級職員の命なんて激軽ですから!次からは前もって言ってくださいよね!!」
「そこまでの態度ができるのなら少なくとも下手な奴よりかは根強く生き残るだろうさ。」
===
視界が管制室の方へ戻る。
「以上が記録です。これ以降は私、死んじゃうと思うので。謎の力で人間をやめてる皆さんで続きを頑張ってください。」
「一つ、いいか?」
【果てに遺された忠犬】が質問をする。
「はい?」
「この記録からはもうすでにどのくらい経っているんだ?」
「…30日ですね。」
「ふむ…感謝する。」
「…では頑張ってくださいね。”お二方”。」
「「…ん?」」
あたりを見渡す。
いない。
「お、おい。私からもいいか?」
「…まだなにかありますか?」
「爺…【贖う壺】は…呼ばれていないのか?」
「え…?【贖う壺】様は最初から要請などされていないはずですが…?」
「……………逃げたか。」
「俺は冗談で2人でやるといったのだがまさか…」
「まぁ、いい。ご苦労。ゆっくり休んでくれ。」
「は、はい…?まぁ、わかりました。頑張ってください。」
小柄な1級職員は管制室から出ていく。
「壺売り詐欺老人が。これだから唯の毛無しは好かんのだ。」
「犬よ。今回ばかりは同感だ。」
「まぁ、いい。2人でもなんとかなるだろう。30日程経ったらしいがどのような状況か見てみるか」
「冗談でもフィルターは外してくれるなよ?」
「はっ…笑えるな…」
そうして、映ったのは。
床だけでなく、そこまでしか届かなかったのだろう。壁すべての一定の高さまで全部真っ赤に染まった収容室が映し出されていた。
「…それはそれは。私のくれてやった煙草はさぞまずかっただろうな。」
そのとき【温もり喰らい】の独り言が管制室に響き渡っていた。
会社の名前が乱立していますが後々全容は書きます。
そういうものだって受け入れないと……ねぇ?




