拍動の生命器官が求めるもの
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唯のありふれた物語
あるところに一人の勇者がいました
その足元には勇者に負けた悪い魔王の死骸が散乱しています
そうです。魔王に勝利し栄光を手にしたのです
…またですか?
この世界で私は土葬も火葬も関係なく輪廻へ誘っているのです
あなたのその行為は世界の損失なのですよ
理解されない行為を重ねれば孤立していくのはわかっていますか?
あなたがもう随分と孤独に苦しんでいるのは理解しています
でも忘れないでくださいね。私だけはあなたのそばにいますよ
だから、ほら
その師匠と呼んでいた魔王も投げ捨て次へ行きなさい
何故私というものがありながら他の存在へ目移りするのです?
あなたは私だけを信じて突き進んでいけば全てが解決するのです
簡単なことでしょう?
あなたが苦しむ理由も考える手間もその先には存在しないのですよ?
勇者になれたら、魔王を倒したら。そんな夢物語を語っていたあなたも大変可愛らしかったですが、もう充分楽しんだことでしょう?
嫌だからといって逃れることなんてそんな子供のような真似許されるはずもないのです
私だから大目に見てあげているのです、私以外であったらあなたは絶対今以上に苦しんでいるはずでしょう
私のおかげなのです
それに思い出しても見てください
あの屍に師事していた時に得られたものはなかったでしょう?
なら私だけを見て
私だけを信じて
私だけを愛して
それ以外できないはずなのです
私の愛した勇者ならば
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その空間は実に異様であった。
先程までの暗闇が嘘かのように煌々とした光が精細に空間全体を映し出す。
その光は(偽物の空虚な勇者)が縋っている小高く盛り上がった肉の山の頂点に君臨する謎の人型から放たれており、【温もり喰らい】が侵入した空間は外部の鬱蒼な空気感に比べ、開放感が満ち溢れ荘厳な空気を醸し出していた。
「……私はよく知らないが、そういう行為は専務いわく風紀が乱れるらしいぞ?別に反対はしないがなぁ…鍵くらいはかけることを勧めよう。」
冗談を放つ【温もり喰らい】に対して返事を返す者はいない。
「…悪かった。茶々を入れるつもりはなかったんだぞ?ただな………ここは少なくとも我が社の直下なのだ。迷惑をかけることくらいわからんかね?」
暗闇の恐怖から解放されてから直後のこの状況。
そんな状況でも独り言であろうと冗談を口に出すのはある意味余裕を保つ【温もり喰らい】のルーティーンのようなものでもあった。
「……失せろ。今は主様の御前だ。」
姿勢を変えずに(偽物の空虚な勇者)がそう口に出す。
「あるじ…?ははは!…その物言わぬ肉人形が、か?そういう存在がいたことなど初めて知ったな…だが私が知っている主従関係とは少し違うようではないか。見たところその主様とやらは貴様のことなど眼中になさそうだぞ?必要とされてない時に無理にそう近づくのは私が主様ならば鬱陶しくてかなわんだろうよ。」
「黙れぇ!!!」
度を超えた【温もり喰らい】の言動に(偽物の空虚な勇者)は堪えきれず振り向いて、侮辱を口にした不届き者を睨みながら投げナイフのようなものを手に投げ放つ。
それを迎えるのは結晶の刃
「ふぅーー…ここは後ろの暗闇と比べて幾分かは呼吸がしやすいな。」
【温もり喰らい】には満足に振るえる武器がなかったため結晶を体全体に巡らせ、手から結晶の刃を生やしそれを握っていた。
「この刃自体私の手足も同然に動かすことはできるんだが、いかんせん振るときに抵抗がないというのは私的に違和感が拭えなくてなぁ…。なんだかんだあの大剣がないと駄目らしい。」
つらつらと並べ続けられる冗長な言葉。
「それにしてもあるじ、か…あまり多くは知らないぞ?だが、私が思うに今まで握っていた聖剣はもしやそこの主に準ずるものじゃないのか?だとするとだ、聖剣を捨てた貴様がそう何度もあの手この手で付け焼き刃の知識を用いて聖剣とは違う武器を握っていたというのに、今更主に泣きついたところで無駄だと思わないかね?」
「……俺は本当にわからない。無知は罪だ。何も知らずどうしてお前がこの目の前の御方のことを口に出せる?」
その(偽物の空虚な勇者)の言葉を聞き、【温もり喰らい】は鼻で笑う。
「ハハッ!その大層な御方がどういう産まれかどんな生き方をしたか知ったこっちゃない。逆に貴様は対面する相手によって自分を捻じ曲げ、自らの価値を落とすような愚物と同じ過ちを演じて見せるのか?」
「やめろっ…!やめてくれ…!頼む…その汚い言葉をこの御方に聞かせるな…!」
「…そうか。わかったぞ…その一言に全てが詰まっているのではないか?思ってもみたまえ。どうせ貴様が結局は自分本位であることをその御方は感づいているのだ。そうでなければさも目上の主の気持ちを代弁した気になっている、思い上がった馬鹿な従者を無視などせんだろうからなぁ。」
「うぅぅ!!!くぅうううううう!!!!!」
(偽物の空虚な勇者)の冷静さが欠いていく。
「何故だ!!!!何故主は俺に応えてくださらないのだ…権限!?資格!?俺にはないというのか…!?俺では足りないというのかっ!!!」
肉の山を削る程荒れ狂いながら(偽物の空虚な勇者)は周りに鬱憤を晴らし続ける。
「この者をどうすればいいのですか!?答えてくれっ!!!…どうすればっ……!」
無様を晒す(偽物の空虚な勇者)へと【温もり喰らい】は一歩一歩近づいていく
「親に駄々をこねる子供のようだな。満足はできたかね?」
「ううがぁあああ!!!」
(偽物の空虚な勇者)が反転、聖剣を闇で象った剣を握り【温もり喰らい】へ迫る。
対して【温もり喰らい】は手に持つ結晶の刃で軽くいなす。
そうすると勢いのまま(偽物の空虚な勇者)は【温もり喰らい】の後方へと転がり込んでいく。
「…あまり長くはなかったよな、上で私と貴様が競り合ったのは。
見事だった…世に蔓延る無限に溢れた経験の連続そのものの情報を、ただコピーしただけの偽物とは違う。数えきれない闘争の末に作り上げられてきたであろう戦闘センスとそれを補助するかのようなおそらくこことは違う環境での理論を突き詰めた戦闘技術。」
【温もり喰らい】が地面を蹴り、(偽物の空虚な勇者)の止めを刺さんとする。
それを(偽物の空虚な勇者)は闇に紛れて有耶無耶にし難を逃れる。
「今のも先の貴様なら一太刀くらい逆に仕掛けてきていてもおかしくないのだがな。今の貴様は腑抜けているようだ。」
「お前が、おまえがぁあ…!!」
それでも振ってくるのは単調な剣。
「何がそう貴様を焦らせるか私にはわからないし、わかる気もない。」
剣を振るいそれに対抗するように剣を合わせる。
「ああああああ!!」
「だが剣をすでに合わせている以上その気の荒れ用は言い訳できんだろう?」
【温もり喰らい】の剣が(偽物の空虚な勇者)の手から闇で蠢く剣を飛ばす。
「冷静に欠ける貴様は弱い。」
「くそぉ!!」
次に(偽物の空虚な勇者)が握るのは弓。
されど矢を射ろうとも【温もり喰らい】は(偽物の空虚な勇者)へと距離を詰め終わっていた。
「もしや自分の思う通りに行かないことに憤りを感じているのか?…やめてくれよ?笑わせるのは。」
【温もり喰らい】は弓を切り飛ばし返しの二太刀目で腕を深く切り裂く。
「そこな主は知らんが…少なくとも私に勝てないのは私が強くなったからでははない…。貴様が弱くなっているのだ。」
「だまれぇえええええ!!!」
腕に深手を負おうと逡巡もなく駆けてくる(偽物の空虚な勇者)はもう【温もり喰らい】の敵ではなかった。
「獣のようだな……まぁ、もう獣ではあるか…?」
「うぐぅ!?」
【温もり喰らい】は斬り付けていく
「私が貴様に苦戦したのは駆け引きが存在していたからだ。」
抵抗の術を一つ一つ潰していくために
「私も外部の者ほど全身をくまなく換装などはしていないがね…目には自信がある。」
血しぶきが上がる
「そんなにな…わかりやすく肉体を唯、直線的に動かすようでは殺してくれと言っているようなものではないか。」
「ぐぅうおおおお!!」
(偽物の空虚な勇者)もたまらず大剣を取り出し周りへ振り回す
「うおぉ!?はは…気でも狂ったのかね?さっきの闇に紛れるようなものはどうした?群れの犬たちは?多くのものを得たとしてもうまく使えなければ意味がないというのに何故狂う?今まで脅威だったのはあの主様のことを妄信していたからなのか!?えぇ!?」
(偽物の空虚な勇者)は無様を晒していた。
「ははは…!貴様もしや今何のために戦っているのかすらわかっていないのではないか?」
「………っ!?」
その一言に(偽物の空虚な勇者)は動きを止める。
「図星か?……全く案外しょうもない存在なのだな、勇者というものは。なんだ?あれか?主様だなんだとか言って、思うようにいかなかったら駄々をこねるように、意志の込められていない無垢で馬鹿な暴力を振りまく存在になるのか?…はは、こんな存在に今まで我が社は荒らされたというのか?」
「…………」
「答えてくれよ、勇者様?」
(偽物の空虚な勇者)は呆然とする
「俺には主様が必要なのだ…」
(偽物の空虚な勇者)は虚ろに肉の山の頂点にいる人型を見据える。
「魔王を倒したら次は?その先を指し示し導いてくれるのだ…」
「あー…もういいか。」
【温もり喰らい】が(偽物の空虚な勇者)の命を刈り取らんと首を一直線に断ち切る。
「もう飽きた。存外面白かったが見るに堪えん。私が興奮したのは見慣れぬ剣を握り、何やら固い意志を志す勇者までだ。何故短期間でこうも変わってしまったか専務なら気になることだろうが、こうなってしまっては知る必要性も私は感じないな。」
勇者の首が胴体から離れ、転がり落ちる。
それは所謂勇者の体力が尽きたということ。
足元から眩い光が徐々に(偽物の空虚な勇者)の体を飲み込み世界から回収しようとする。
けれど最後の最後まで落ちた首の高さから見つめるのだ。
己を殺したものを。
俺を見下ろす顔が見える
こんな顔をしていたのだろうか?と(偽物の空虚な勇者)は疑問に思うのだ
初めて対面した時に突然"俺"を結晶で染め上げ沈黙させた存在
いや
もっと前からこの娘を知っていたはずだと(偽物の空虚な勇者)なのか、はたまた【果てに遺された猟犬】は考える
娘じゃない。俺が躍起に求めた主とも関係ない、俺にとっても大事な名前をしていたはず
そうだ。この娘はあの日のケーキだ。
最初に飛び込む鮮やかで爽やかさを感じる色合いから、鼻を近づければ香ばしいナッツと温かいライ麦の香りが鼻腔の中を占領し、一口、口に入れれば甘いクリームと少しの酸味を効かせた柚子がまるでずっと味わってほしいかのように舌の上で踊り続けるあの日のケーキ。
俺の歯で破壊しかけた指輪を含め皆で笑い合えたあの時の思い出の結晶だ
俺たちが遺した結晶なのだ
ならばそうか。彼女の名前は
「ナユラ……」
「こいつ…私の名前を…?」
そうだ、前もこうやって俺の進む道を無遠慮な言葉で指摘し気づかせてくれたのだこの娘は
忘れていたのだろうな。恥ずかしい限りだ。俺はあの頃から始まり、捨ててしまった今でも首輪を求め続ける哀れな存在になっていたらしい。
許してくれ。【温もり喰らい】よ。
いや
「ナユラ・ルーデンホークよ…」
すると
la==============-
肉が蠢きだしていく
まるで家族の帰還を祝うように
うおぉ!?(冷笑)
2/22 いつもの誤字訂正ではなく後半に名前を呼ぶ際の心情描写を追加しました




