暗転が闇を演出する開幕直前
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唯のありふれた物語
あるところに一人の勇者がいました
その足元には勇者に負けた悪い魔王の死骸が散乱しています
そうです。魔王に勝利し栄光を手にしたのです
しかし勇者のその目から一筋の涙が流れるのです
どうして?
あなたの尽力の元世界に平和が訪れたのですよ?
さぁ、その手に抱く魔王は捨てなさい
それはあなたにはもういらないもの
あなたが数ある事象の中からその結果を選択したのでしょう?
その目に映るのは唯、神の元安寧の為に正義が執行された矮小な運命の一つに過ぎません
被害者とは加害者が存在して初めて存在を許されるのです
もしや勘違いをしていませんか?
あなたは自分が加"害"者であると?
立ち上がるのです
あなたの境遇や心境はこの世界で苦しむ者たちに関係はないでしょう?
…一人では立ち止まってしまうということですか?
それは違います
私が使命を授けたのは最初からあなた唯一人
あなたと肩を並べる存在を許した覚えはありません
また余分な知識を得てしまったからこそ比較してしまったのでしょうか?
あぁ、哀れな勇者
可哀そうな勇者
どうせ最後にはひとりになるのに
握れ。聖剣を
殺せ。立ちはだかる魔王を
その先に幸があらんことを
私は祈っています。
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~~大穴の底~~
息苦しい、体が動かない…そんな状態の中首元へ何かの腕が迫る。
もがき叩き落とそうともその腕は止むことなく新しく腕を私の腕に向けてくる。
やがてその腕が首に触れることを許してしまうのだ。
対抗すべく結晶を巡らせようともその判断が遅くうまく巡らせることができない。
なぜなら呼吸を許さないように腕が首を絞めていくから。
そして首を絞めつけたかと思いきや私の体を全て覆うように数多の腕が絡みついていく。
「おめぇさんには今からこいつのご機嫌取りしてもらう…名前を(温もり喰らい)ってんだ…仲良くしろよ?」
動く腕を使い纏わりつく腕を引きはがそうとする。
「…知ってる?あの子…あの【贖う壺】様が連れてきた子だそうよ…」
「 それって……あの復帰の目処が立ってなかった(温もり喰らい)の接触作業を引き継いだ子供でしょ?
貧相街民か労働者階級の産まれか知らないけどここに連れてこられるって恵まれてんじゃない?」
「ほんとぉ?わたしだったらあんな責任が重そうな作業ごめんよ。うまくいっててもいつ死ぬかわからないのに失敗したらしたらでまだ機械化させてない使える臓器とかもあるからとか言って…ねぇ?どうなるかわからないじゃない。」
新しい腕がまた私の体を覆っていく。
「【温もり喰らい】。貴様が若いから、まだ伸びしろがあるからと言ってそれを考慮してくれる相手などいるわけがないことはわかっているのだろう?甘えるな。形はどうであれ貴様は部下を指揮する権限を持った地位に立っている。それ相応の立ち回りが存在することを常に考え続けろ。」
腕が私の体を絞めつける。
「お前さんの名前の由来、だぁ?ははっ…そりゃ……………いや、やめだ。おじさんは知らないねぇ…余裕ができたら探してみたらどうだぃ?自分の親ってやつを…おじさんは保証しねぇけどな、どこにいるかは。」
「いいじゃねぇか、お前さんには【温もり喰らい】って名前があるだろぉ?」
「それが今んとこのお前さんの人生の成果で存在の証明なんだ。誇れよぉ?」
すると私の体を掬いあげるように一本の腕が私の首を掴んで持ち上げる。
「【温もり喰らい】」 「 ナユラちゃん」 「 【温もり喰らい】様」 「ナユラ!」
「「「「「役目を全うするんだ。」」」」」
手を、離された。
「ハッ!?」
目が覚めた。
随分と気分の悪い夢を見たらしい。
冷汗が背中に流れる感触が来る。
「ここは…?」
視界は真っ暗。おかしい、私は【贖う壺】から大穴の底へ落とされたのだ、専務を救い出す時に通った時の記憶からも底がここまで真っ暗闇なのも奇妙な話だ。
それに本当にここは先程の大穴か?
その疑問を後押しするように鼻に刺激臭が殺到し続け、何かが蠢く音が聞こえ続ける。
獣臭く、その上で何かが腐ったような匂いに不快感を覚える。
しかも立ち上がろうと地面を触ったら強烈な違和感を抱かせる感触が返ってくるのだ。
その感触は過去にも覚えがある。
尻もちをついた時後ろに手をついたら仲間の死体を上から潰してしまった時の感触。
ズブリと手が肉らしきものに沈む。
「ひっ…!?」
動悸が激しくなる。暗闇というものは未だ克服ができない。
さらにはこの得体の知れない状況。
この時代暗闇の方が珍しいからこそ慣れる機会もない上に暗闇が恐ろしいと気づくこと自体も難しいからである。
だがこのまま何もしなければ唯、死を待つことと同じだとは【温もり喰らい】も理解していた。
そして移動しようと立ち上がった時に気づく。
今の目に映る暗闇はその場に支配している闇ではなくもっと近い、そう何か透明感がなく、先の見えない黒い霧のような何かを至近距離から映してるのだと。
「これは…なんだ?」
心当たりは勿論あるにはある。
勇者が纏っていた黒い繊維状の瘴気のようなもの。
だがここまで濃密で空間を支配するようなものでもなかった。
「全く、私を向かわせるならば大剣も落としてくれればいいのだがな…」
【贖う壺】の行動は異様だった。
あそこまで様子がおかしい育ての親を見たこと自体がなく、思うところは大いにある。
おそらく私を捨て駒かのようにここへ落としたのだろうか。
…だがそんなもの今までいくらでもあったし、私自身我が社の利のために部下を利用したことなんぞいくらでもある。
ならば向こうがそのつもりなら予想を裏切って帰還してやろうではないか。
役目…か。言われなくとも最初から私はこの{天翔生命}の駒のようなもの、恩などは正直感じてないがその分与えられた役目は全うするとしようか。
しかしながら、【贖う壺】があの様子になるなら、私が何をしたところでそう簡単にどうこうできる問題であるとは思えないが。
嫌な予感を薄々と感じる中、歩みを進めようと足を動かすと何かがつま先に強く当たる。
今視界も奪われ嗅覚も強い刺激臭で満足に働かない中、その当たった物体を把握するには触覚と不快な音が邪魔をし続けている聴覚に頼るしかなかった。
感触を探ろうとそのぶつかった物体に触れた瞬間瞬時にその場から飛び退き結晶を展開しようとする。
一瞬触っただけで理解した。
あれは人の髪のようなものだった。
そしてその人らしき物体は高さ的に上半身しか飛び出ていないのだろう。
そんな奇妙なものが地面から生えている現象など忘れるはずもない。
ここはつまり(拍動の生命器官)の上だ。
私はそこに立っている。
「…これは随分と愉快な状況じゃないか。」
ただ、この人の形をした者たちは普段みたいな賛歌のような何かを口ずさんでいなかった。
その上触手が、肉の壁が襲ってくる気配も感じない。
「……本当に気分が進まない。あれを確認した方がいいのか?」
十中八九(偽物の空虚な勇者)が(拍動の生命器官)に何かしている。
そのおかげか(拍動の生命器官)は活動を静止している様子。
現状を確認するにもまず、今一度(拍動の生命器官)が本当に静止しているか確定させなければならない。
通常業務においてはもうお手上げな状況に追い込まれているのであれば生命保険を頼りに突っ込む自信があるが今回はそうもいかない。
すると先ほどいた人型に向かう途中でつま先に同じような感触がまた襲う。
「!?!?……………ふぅ、ふうぅ~-……」
視界が全くない中不意の感触にパニックになりかけるが落ち着いて冷静になることを自分に言い聞かせる。
「まぁ、あれだけ生えていたのだ。他にもいることを想定していない方がおかしいか…。」
そうして手間が省けたとその触れた人型へと手を伸ばす。
そして触覚を頼りに確認していく。何か次につながるものがあるか少ない望みをかけて。
すると次第に理解してくるのだ。
この人型は何かに両手を合わせ懇願している?
一つだけではわからない。
最初に触れた人型へ向かい同じように確認してみる。
そうすると、同じように手を合わせ懇願しているような姿勢を取っている。
しかも、同じ方向へ。
「これは…まぁ…そういうことなんだろうな…」
次やらねばならないことはわかった。
ならば行こうじゃないかその先へ。
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そうして暗闇である上に足元が定まらない腐った肉を踏み抜いて遅い足取りで先を進んでいく。
その最中何度もあの人型を蹴るごとに体勢を確認するがしっかりと同じ方向へ手を合わせていた。
「こいつらは何をしているんだ?」
こんな体勢をしているのは生命保険の借金が積み重なり、慈悲を懇願してきたものくらいだ。
何故(拍動の生命器官)に連なるものがこの意味不明な行為をしているのか。
しかも目的の何かに近づいているのか進むごとに人型が意味のある言葉なのかわからないくらいの声量で何かを口ずさんでいく。
「……?声が小さいとかとも違うような気もするのだがな…」
得られる情報も少ない分少しの差異も見逃さず先を進む。
ここまで底は広かったのか?と思ってしまう程までに本当に長い距離を進んできたような気がする。
そこで、今までとは大きく違う変化が目の前に現れる。
黒い霧の向こうから開かれていくのだ。
無数の赤い目が。
「………見ているな。私は貴様らの群れの長を探しているんだが知っているか?」
【果てに遺された忠犬】の群れの犬たち。
これもまた記憶に残っている存在がこちらを見ていた。
だが、見ているのみ。こちらを襲ってくる様子もない。
私のことを監視するかのように一挙一動を見つめ続けていた。
「【果てに遺された忠犬】の成れ果てからあの(偽物の空虚な勇者)に主人を鞍替えしたのだろう?そっちはどうだね。待遇はよくなったのか?」
勿論返事はない。
「貴様らの目をしっかりと見る機会自体なかったからな。よく見たら可愛いんじゃないか?ほれ、ワンとでも言ってみろ。」
返ってくるものは何もなかった。
「つれないな…全く…」
だがこうも護衛がたくさんいるということはこの先に進むこと自体は間違ってはいなかったらしい。
「ふむ…貴様らもこの先が気になることだろう?」
適宜ぶつかる人型の何かに話しかける。
「…まぁ、貴様らに関しては気色悪さしか感じてないがな…いざ明るいところで対面したら瞬時に切り飛ばす未来が見える…」
冗談も交えないとパニックになってしまうような状況の中、ぐちょぐちょと足元の腐肉を踏み進んでいくとやがて大きな壁のようなものにたどり着く。
何かの液体の中から液面を見た時のような境界面。
ここが果てだということを如実に表していた。
「この先へ行けということか…」
そして決心の元境界面の向こうへ乗り出す。
するとそこには
大きく盛り上がった肉の山の頂点から天へ手を伸ばしながら生えているおそらく今まで触れてきた人型よりも精巧な人型に縋りついている猟犬の闇をより濃く纏った(偽物の空虚な勇者)の姿があった。
祈りって相手がいて初めて祈りっていう行為自体が認知されるのであって
相手がいない向かうところもないような祈りの相手を初めて想像で作った人ってすごいよね。




