技術の結晶
物々しいその無遠慮な闖入者は各自の判断で即戦闘を開始するために必要な理由が十二分に足る存在であった。
「サラ1級職員!【贖う壺】殿を連れて中央管制室へと撤退せよ!【温もりぐらい】、我々は殿を務める!!私に合わせろ!!」
「はははははいぃい!!」
「専務よ、了解した!!!」
各自それぞれの取るべき行動に移る。
その中で槍と結晶を纏った大剣がその闖入者へと迫っていく。
しかし、槍は黒い波にすら届かないところで何かの強制力に阻まれたように静止し、大剣は黒い波に触れど、勇者本人へと命中させた手ごたえがなかった。
【温もり喰らい】は抵抗なく黒い繊維状の闇を払いながら大剣を振りぬく。
「なに!?…これは(偽物の空虚な勇者)の…!?」
「クソッ!なんだこれは!?」
そして、不意に【温もり喰らい】の武器を振りぬいた無理な体制のせいでできてしまったがら空きの横っ腹へと何かの影が走る。
「ぐぅ!?」
直線的に吹き飛ばされていく。殴られたのだ。
今まさに攻撃を受けていたはずの勇者本人に。
「…何故邪魔をするんだ。道を開けろ。」
「【温もりぐらい】!?貴様ぁ!!」
【破雲万丈】が持つその槍に淡い光が宿る。
「ここを通りたくとも我々が見過ごすはずがないだろう!!」
「それはお前らの勝手だろう。邪魔するようなら容赦はしない…無理にでも通らせてもらう。」
「!?」
会話が成り立っている。
【温もり喰らい】からその異質すぎる性質を知らされてなければ疑問にも思わなかったことだろう。それほどまでに理屈が通り、目も合わせられること、感情の起伏を感じられるなど逆に不自然な部分を見つけられない完璧な受け答え。
ましてや部下の報告や自らの経験から踏まえても普段とは似て異なる只ならない雰囲気を一瞬で感じ取らせる尋常じゃないその姿。
「なるほど。貴様が共鳴済みであることは疑う余地もないようだ。そうでもなければ何故こうもあからさまな以前の貴様との違いが今まで浮き彫りにならなかったのか理屈が通らんからな。それに見た目も私が知っているものとは随分と変わってしまったようだ。」
その【破雲万丈】の物言いに顔は見えないが勇者は怪訝な様子を見せる。
「以前も何も、俺にとって変わったことは何もない。いや、変わること自体がありえない。俺を変えられるものは唯一人。安寧を与えんとする我が主のみ。」
「我が主だと…?」
それは今のままでも特級対象の厄介者と断言できるような存在が自らの主人を示唆したということ。
「私は貴様よりか遥かにここについて詳しい自負があるがな。主と言ったか?残念なことにそのようなやんごとなき御方はここにはいない。元にいた物語の世界にお帰りいただこうか。少々手荒にはなるが案内くらいは担ってやろう!!!」
今まで相対してきた超常存在に比べ明らかに異質な存在を前に調子を狂わされようともやることは変わらない。
目の前の脅威に対処するのみ。
どれほど異質であろうと一連の流れの中に勇者のその異質さを表すコミュニケーションの類は必要ないのだ。
「元の世界の主は俺を捨てた。」
だが
「……なに?元の世界の主?貴様を捨てた?それはどういうことだ?」
答えてしまう。
勿論超常存在の言うことは到底信じるに値しない支離滅裂で我々人類を貶めようとする手段に過ぎないということは理解している。
だが、相槌を打ってしまう。まるで話を聞き相談に乗らなければならない相手だと感じてしまうような、警戒心を出すこと自体許されないことだと認識させる、そんな馬鹿げた思考を巡らせてしまうほどであった。
これは(偽物の空虚な勇者)のものではない存在の力だと断言できる。
たとえ精神干渉耐性値が高かろうと、精神干渉の影響を受けていると理解させられた上で抵抗する意思すら抱くことを許さず現象として発生してしまう力など反則だ。
どれほど考え込んでいても一言話しかけられるだけで思考を中断され、呆けた顔で相槌を返しだすのだから。
「新たな使命を執行するために。新たな主を迎えるんだ。」
どうしてか聞き入ってしまう。
「……今までの主では駄目だ。ましてや下手な知識や知見を得てもそれ自体では到底■■■■■の代弁者足りえない。」
それは突然だった。
頭が。割れる。
やはり気付かないうちに気が緩んでいた。
「ぐ!?ぐぅああああ!!なんだ!!?貴様、口を開くなぁ!!!」
不意打ちともいえる不可視の攻撃に対して即座に意識を眼前の敵に向けて警戒を高めていく。
そして腕に力を込め、槍を構え、目の前の超常存在へと投げるのだ。
しかし、槍は宙を突き抜けその先の壁へと突き刺さる。
「まさか…!?」
今目の前で起きた現象は記憶に新しいもの。
(生を許さぬ猟犬)、つまり【果てに遺された忠犬】が成れ果てた存在と同じようにこの手に持つ槍では貫くことを確定できない存在。
偶然と言い切ってしまうほどの甘い考えを【破雲万丈】はしなかった。
「フッー!!!」
この行動はすなわち(生を許さぬ猟犬)と同じもの。
つまりはおのずと次の行動も絞られる。
予想されるは暗闇から迫る意識の範囲外からの不可避の攻撃。
そこで【破雲万丈】がとった行動は無作為に全方位へと攻撃を放つことであった。
「っ!?これも避けるか!!」
予想に反して槍は何者も捉えることなく同じように宙を切る。
「ならばこそ!!!」
1度で当たらぬからと言って諦める訳にはいかない。
「はぁあああああ!!!」
腕に貯めた力の奔流を槍に纏わせ薙ぐように槍を振るう。
辺りを取り巻く闇を一部払うことには成功するが肝心の本体に攻撃が届く様子はない。
あの(生を許さぬ猟犬)の時のように肉壁もいないため実態を掴めず決め手に欠ける中、【破雲万丈】は思考を巡らせようとする。
以前戦闘を行った時のように範囲ごと吹き飛ばすか。
そう考えている中でも(偽物の空虚な勇者)は闇に乗じて攻撃を仕掛けてくる。
「ー!?甘いな、ここは黒き森ではないのだ。真似事をしていてもあの猟犬のようにはいかないぞ!!!」
初見ではないのだ、してやられる筋合いはない。
「その槍……そうか、お前が(■の猟犬)に槍を放ったのか。」
しかしながら目の前の存在はそもそも【破雲万丈】の知っている(生を許さぬ猟犬)でもなければ(偽物の空虚な勇者)でもないのだ。
突然放たれた言霊が【破雲万丈】を襲う。
「くぅ!?……黙れ黙れぇ!!!!」
回避することも防御することもままならない言葉としての明確な攻撃に怯み、咄嗟に声のする方へ槍を振り抜く。
だがその先は霧散する闇のみ。
「お前の槍は危険だな。だが……その攻撃は想像力が足りない。」
その時、【破雲万丈】は理解してしまうのだ。
槍が届かないのは確かに(生を許さぬ猟犬)も今の(偽物の空虚な勇者)も同じ。
しかし猟犬と今の勇者には決定的に異なる部分がある。それは(生を許さぬ猟犬)のような存在としての距離感ではなく同じ土俵に立つ敵に仕掛けられている駆け引きとしての距離感の違い。
それがもたらすものとは一体なんだというのか。
ーーー感じるは殺気。
「ーーー!!?」
即座にその場を離れなければならないと地面を蹴ろうとするが片足の義足剣も割れていて足の感覚が覚束ない上に槍を無理に振り抜いたために姿勢を直すことも満足にできない。
そのせいで瞬時の回避行動が遅れてしまう。
ザシューーー!!!
鮮血が飛び散る。
攻撃を受けた方へと視線を向ければそこにいるのは"大弓"を構えた勇者の姿。
「はは…獣と同じ扱いをする方が阿呆だったか…」
肘から二の腕を通り肩まで突き抜けた矢傷から止めどなく血が流れ落ち続ける。
一瞬で決着がついてしまった。
反応ができていても回避行動に失敗してしまうまでにも万全ではない状態で戦闘に臨み、しかも焦りからか簡単に早計な選択を取ってしまったことに対して恥を覚える。
普段の自分ならばこんなことには、などと言い訳を並べられるはずもないだろう。
先の追走劇から残る片足の状態と、現在に至るまで何度も続いたあらゆる超常存在との戦闘による疲労と無数の生傷。
それを含めたこの痛々しい矢傷では勇者と渡り合うような継続戦闘は不可能。
「フーッ…!フーッ…!」
運がよく命拾いできたなど微塵も思いはしない。
普段この(破雲万丈)を振るうものとして、業務上で敵を蹴散らす時は一瞬なのだ。
それはつまり敵にとっても我々の命を散らすのに必要な時間がそれくらいと言っても過言ではない。
つまりはあの【破雲万丈】が追撃して殺すまでもないと侮られているということ。
「殺せぇ!!!私は魔王だ!!どうだ!?ほぅら、貴様が求める魔王がここにいるぞ!!!」
【破雲万丈】が最も忌み嫌う、自らのミスで生じた詰みの状況を唯、敵に晒し続けるこの屈辱。
その無様から逃れようと吠える。
しかし、返ってくるのは
「…敗者ごときが死に方を選べると思わないことだな。貴様の沙汰も主が決めてくださる。お前が許されているのは俺の邪魔をせず唯、待つことだけだ。」
無慈悲な宣告であった。
目の前の存在が自分の知らない(偽物の空虚な勇者)であるということはこれでもかと痛感させられてきた。
だが、まさか己に刃を向けさせようと恥を忍んで道化を演じたというのにその意図を見透かされあまつさえ超常存在に見逃されるとは。
まさに恥の上塗りであった。
「きいさぁあああまあああああああ!!!!!」
満足に動けなくともまだ片足も片腕もある。
もし腕が飛ばされ脚が潰されようと食らいつく顎がある。
たとえ死から逃れられぬ状況であってもこの{天翔生命}で働く身であるのだ、【破雲万丈】の前には何ら障害となりえない。
残る腕を動かし槍を握るのだ。
「邪魔するならば容赦はしない。そう言ったはずだろう。」
猟犬の形の闇を纏った(偽物の空虚な勇者)が言う。
まさか、時には鎮圧し討滅してきた理解を超える存在の象徴である超常存在に諭される日が来るとは。
だが。それでも。
わかっていないはずがない。無理な戦いであると。
だがそれを額面で受け取るまま逃げに徹する者が正しいとでも?
否である。
「私が私であることを貫き、最後を飾ることに誰が異を唱えられようか…。私のことは私が決めるっ…!!」
息も絶え絶えになりながらも敵を見据えるのだ。それが最後の意地。
「無知とは恐ろしいものだ。凡人が己で道を定めるなど無謀以外の何物ではないのにな。」
猟犬を纏う勇者がその手に剣を握る。形だけを模した聖剣の面影を残した剣を。
「邪魔するならば死ね。」
そうして、剣が迫る瞬間ー
「おじさんもなぁ…一つ聞きたいんだが、ちょっといいかねえ…?」
【破雲万丈】を取り囲むようにいつの間にか現れた壺によって迫る凶刃が阻まれる。
「【贖う壺】殿…!?何故戻ってきたのですか…!?」
死に損なった。
そう思わないこともないが窮地を救ってくれた援軍に希望を見出す。
確かに護衛すべき我らが{天翔生命}の頭ではある。だが、私にさえ仕組みの全容を知らされていないあの(贖う壺)の力であれば。
「……とりあえず助かりました、【贖う壺】殿。それと気をつけてください。
あの勇者、こちらに話しかけ思考を妨害し、加えて言霊のような攻撃を仕掛けてくる。さらには(生を許さぬ猟犬)の力も吸収しています。下手な攻撃では煙に巻かれ多数の武器を使った手痛い反撃を喰らうため最初から全力で対処すべき超常存在です。」
「ん~…?あぁ、そこらへんは大丈夫だぜぇ?最初から見てたからよぉ…」
「さ、最初から…?」
ありえないことを言っている。
「あ、あなたは我が社の社長なのですよ!?代わりはいないのです…!だというのにそうも自由にされてしまうと責任は【贖う壺】殿ではなくその周りにですnー
「それよりも、だぁ……。」
【破雲万丈】の忠告を鬱陶しいかのように【贖う壺】は話の途中で割り込み、長くなりそうなありがたい忠言をやめさせた。
そして【贖う壺】が勇者の方を見つめる。
「お前さん…主がどうとか言ってたけどよぉ…?前言ってたぁ、眠ってる方のお前さんはその主とは違うってのかいぃ?」
「………。」
しばしの沈黙が流れる。
「………【贖う壺】殿…。共有されていないその情報はあえてのことですか?だとしてもこの場においては情報の開示を願いたい…その、眠っている勇者とはどういうことなのかを。」
勇者を食い入るように見つめ警戒しながらも解消すべき疑問を【贖う壺】に投げかける。
まさか目の前の存在との接敵中に味方から知らない情報が出るとはいい加減にしてほしい。
「まぁ、待てよハクン…。こいつはまだ俺の中でも確定にはなってねぇしよ。おれぁ、あちらさんと話してんだ…ちっとは黙っててくれねぇか?」
それで納得する者がいてたまるか!!
不確定要素を抱えながら初見で見知らぬ攻撃に敗れたらどうしてくれるのか。
目の前の上司に一瞬憤慨するも先程感情を乱されて地に伏した分、冷静さを保とうとする。
「………お前はあの時の…」
「お?覚えててくれてたんかぃ?そりゃ光栄なこったなぁ…」
「お前も邪魔立てするようならまとめて殺すぞ。」
「ん~…あらかじめ言っとくけどな、後ろにあるでけぇ壺は俺が作ったんだぜぇ?質問に答えなかったらお前さんの主とやらと一緒に旅行にでも行ってもらおうかって感じよぉ?あの時のでっけぇ腕みたいに、な。」
「……………………いいだろう。」
耳を疑う。
取引に興じるような存在でもないというのに【贖う壺】の言葉に対してあの勇者が態度を改めた。
それほどまでにありえない状況が目の前に広がる。
「俺の中の"俺"が居ようとも得られる物は知識や知見のみ。そのようなもので使命は果たせない。」
「…………その使命ってのは?」
超常存在、しかも取り分け意味が不明な概念や存在が頻発する(とある空虚な英雄譚)から這い出てきた存在である(偽物の空虚な勇者)。その使命を問うているのか?
かろうじて判明している部分も語りだしのみではあるがそれでも予想がつく(偽物の空虚な勇者)の使命。
それは行動からもあらゆる存在を魔王と指定し、大義名分を振りかざし暴力の限りを尽くす。
そういうものだと理解され対処されてきた。
それを今一度問うているのか?
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
しかし返ってくるのは反撃。
「ぐぅあああ!!!!またもこの言霊か!?」
何度も何度もこのような狼藉を許してはならないと槍を握りこの目の前の存在を黙らせようとする。
しかし、横から静止の腕が伸びてきた。
「…!?【贖う壺】殿…?」
だが静止してきた本人は勇者を見つめ目を見開いている。
「あぁ………そうか、そうかい……。そりゃ、そうか………ついにって事かい…」
聞こえてくるうわ言は違和感を感じさせるには十分なもので。
「【贖う壺】殿!?今何を!?聞こえたのですか、あの言霊の先を…!?教えてください。奴が何を言ったのか!!!!いい加減にしろ!言え!リカード!!!!!」
「良いだろう…いけよ。(偽物の空虚な勇者)さんよ…俺は邪魔立てなんかしねぇさ。」
しかし、懇願どころか目上の者に対する態度としては普段ではありえない命令のような形で放った言葉も無視される。
「…………………」
後ろの大穴を埋めていた壺が消えうせる。
その先に見えるは奈落。
(拍動の生命器官)は穴の底へ落ちたのか定かではないが確実に穴の奥に存在している。
そこへ勇者は無言で歩みを進めるのだ。
「くぅ…!!」
今の今まで敵だったはずの(偽物の空虚な勇者)を討滅もせず見逃す行為。
超常存在を取り扱う我が社の頭がするにはあまりに似つかわしくない振舞い。
「この手をどけろ!」
されど静止の腕がどくことはない。
「リカード…!これは許されない行為だということはわかっているのか…!!」
返ってくる言葉はなかった。
頭から熱が出る程フル稼働させ今何が起きているかについてと勇者とこの横にいる意味の分からない男の意図を考える。
あの言霊。【贖う壺】はその先の意味を理解している態度を示した。
横で同じように聞いていた私は理解することができなかったどころか精神を削られたというのに。
考える。
考える考える考える。
そして勇者が横を通り過ぎていく。
考える考える考える考える考える考える考える考える考える。
考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える。
もしや私側の問題で聞くことができなかったのではなく元から指定された存在には認識が阻害されるようになっている?
これ自体は見知らぬものではない。
我らが{天翔生命}でも取り扱われている認知フィルター。
{常世興行}でとある超常存在を基に開発された世界という物語を読むために常人が精神を病むことのなく超常存在を認識できるもの、いわば安全装置。
ということはこの世界を牛耳る1流企業達の企業秘密、しかも競合他社の扱うものと同じような能力を持つ存在。
我が社で言うところの(拍動の生命器官)と同じ規模の存在と言っても過言ではない。
それによくよく考えても見れば奴の不死身に近い能力、あれも我が社の"生命保険"に似ている…
自分が何か理解を超えている存在を見逃しているような錯覚に陥る。
ここを見逃したら次はないと。
「リカード!!!奴を鎮圧し捕獲するぞ!!逃してはいけない!!!!!」
だが振り返った時に見えたのは
勇者が穴へ飛び降りていく瞬間であった。
よくよく考えたら内容と小説自体のタイトルの乖離がえげつないので序章が終わったら名前を変えます。




