猟犬としての役割
〜〜勇者と{天翔生命}の面々が邂逅する数刻程前〜〜
あなたは主を見つけなければいけません。
ひとえに世界はそれを求めています。
〜〜〜
渇く。
渇いている。
何が渇いているのかわからない。
だが、この渇きは我が身を焦らせる。
急かしてくるのだ。早くこの渇きを満たさなければならないと。
視界が晴れていく。
しかし目に映る景色は黒く粘性のありそうな液状の球体と成れ果てた【果てに遺された忠犬】に触れる前の黒い森とは違う様相を映していた。
配管がむき出しとなった、通路のような空間の中央。
そこに俺は立ち尽くしている。
「あぁ…。ここはどこだ…?」
見たことのない景色。だが知っている景色。
なんとなくわかってしまう。ここは{天翔生命}なのだろう。
「まるで長い夢を見ていたようだったな…。」
確実に自分にとって大事なものの多くを拾い、またそれらすべてを大海へ投げ捨ててしまったような喪失感が襲う。
知った。知ったさ。多くのことを。到底知る由もなかったはずの知識を。
だが、知識は必ずしも我が身のためになるとは限らない。
「超常存在とはなんなんだ?俺と"俺"はあんなものと同列に扱われ、監禁されていたのか?」
俺の過去では(果てに遺された忠犬)もあの白い空間と同じような場所に収容されていて、そこで戦った末に自分の体へ取り込んでいた。
あの得体のしれない技術。その一部になりかけていた事実に寒気を覚える。
…待て。今、俺は他者の記憶を俺の過去と捉えていたのか?
いや違う。あれはディナルド、【果てに遺された忠犬】の追憶だ。何故そうも恐ろしい勘違いをしてしまったんだ……
俺は勇者だ。他者の行く先に影響を与えようとも他者の人生そのもの全てを自由にはできないんだ。
俺の経験は俺の経験。人の経験は人の経験。
思い上がってはいけない。
しっかりしろ。自我を保たねば。俺はあんな意志を失った物言わぬ化け物ではないのだ。
早く"俺の使命"である主を探さなければならない。
あれ……?
俺の使命は…………そうか、主を探すことか。
では何故おれは勇者なんだ?勇者である必要は?いや…勇者であることは大事だろう。
勇者がいるからこそ魔王が存在しうるのだから………。
おかしい。ならば勇者とは?魔王とは何だ?魔王こそが俺に必要なものなのか?
何かが渇く。
つまり魔王が主なのか?……いや、我ながら可笑しいことを言っているな。誓ったではないか。テイラーを支えながら我が社を不動の地位にまで押し上げ、揺るぐことのない栄光有る{天翔生命}の名を轟かせるのだと。
…は?いや、それは勇者としての俺の過去じゃないのではないか?
その場でうずくまり、頭を抱える。
「何かがおかしい。頭が割れるようだ…。」
落ち着くんだ。俺は俺だ。ディナルドじゃない。
そう考えようとも言いようのない渇きが俺を急かし続ける。
今俺はどんな顔をしているんだ?
自分が身に着けている甲冑の頬当てに手を当てる。
こんな滑稽なことに苦しむ勇者がいるはずがない。
俺は勇者なんだ。魔王を探しに行かなければ。
…………さ、探してどうするんだ?
魔王はあの肉塊のようなものに成れ果てているのに手に掛ける必要はあるのか。
でもあの肉塊はテイラーだというではないか。
………殺す?今俺は何を考えているんだ?
先ほどから俺の中で二つの目的が混濁している。
「思い出せ。俺は無限に等しい苦しみを繰り返す運命を強いてきた存在を見つけることに誓ったんだ。唯の記憶の中で知り合った存在に全てを捧げることを誓ったわけではない。」
俺は"俺"のおかげで己の見識の狭さに気付けた。
勇者としての使命を無責任にも押し付けてきた神。
その存在を明るみにすると決めたんだぞ。
「こ、こんなところで立ち止まっている場合ではない…。」
ふらつく足に鞭を打ち、どうにか立ち上がろうとする。
しかし、俺の中の渇きがそれを許さなかった。
その場に崩れ落ちてしまう。
「なんだ…。何が足りないんだ…。」
この形容しがたい渇き。
いや、言い換えよう。俺の身に足りない何かを求めるこの燻り。
どうしろというのだ。
「神…か………また俺に苦を与えようというのか…?」
渇きを超えて苦痛が俺を襲ってくる。
「苦しい…もううんざりだ…!!何を求めている!?いい加減にしろ!!」
いつもそうだ。神は俺がどうなろうと目もくれず、手を差し伸べることもない。
その有様に慈悲の欠片もありはしない。
孤独だ。
「どうすればいい…。何をすればいいんだ。俺は一体……。」
勇者であること以外存在意義を見出せないのにこれ以上何を求めるのか。
「神よ…。」
素性が知れることのない神。
たとえ何千何万もの死を超えて恨みを覚えていても崇め縋ってしまう存在。
今もなお俺は縛られているのかもしれない。
何か、無心に従える確固たる存在に。
あぁ、ということは。
"唯、安寧の為に主を探し給え"
足りないものというのはそういうものなのか。
「アァ?…………グぅううううううう!!!」
渇く
渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く。
「ああああぁあぁぁあ!!!」
"主を探し給え"
呪いのような美しい、全てを魅了する声が頭の中に鳴り響く。
だがその耳障りな音をも上回る渇きを紛らわせようとするために喉をかきむしろうとする。
そこで気づいてしまうのだ。
自らの首に首輪がないことに。
「うぁあああああ!!!!」
その場で苦しみのあまりのたうち回る。
我が身からほとばしる黒い何かを抑えるものがないから。
この上辺だけの鎧だけでは駄目なのだ。
首輪がないと。
「はぁ……はぁ……。」
勇者という体裁だけでは生きてはいけない。
俺の存在意義は魔王を倒すこと?違う。
ちがうちがうちがうちがうちがう!!!!!
それは……偽物で空虚な使命だ。
「あぁああああ!」
自らの顔に手を添える。
そして手に力を込め、頬当てに穴が開き肌に爪が食い込もうとも手を握りしめんとする。
血が口元へ流れていく。
「"俺"は言っていたな。共に世界に対して抗おうと。」
ただの、血の味だ。
"俺"の味はしないのだ。
「あぁ…はは!あはははははは!!!」
血を啜ろうが止まることのない渇きが唆す様に
世界は俺に主を探せと言っている。
つまり、これだ。
これが俺の使命なんだ。
「俺は勇者だ。いわば世界の意志の代弁者。………俺が間違っていた。先程までの俺をどう罵ってくれようか。お前は何様のつもりか、と。どれほど膨大な知識を得ようと見識が広がろうとやらねばならない使命は変わることはない。己の生き様を最初から他者に預けている身が疑問を呈するなど愚の骨頂。自らの境遇が劣悪だと比較してしまう知識自体が悪なのだ。」
割れた面当ての間から闇が覗く。
「正義とは世に通すべき理。それが是といえばその存在のすべてが保証され、否と言われれば存在自体が否定される。そんな当たり前のことを当然のものとして世界に生きる全ての存在に刻み込むのが正義の体現者たる勇者の使命。その正義に勇者を含む他意が混ざってはならない。」
魔王とは世界が決めた言語における唯の代名詞に過ぎない。
それを矮小な存在がその認知の範囲内の何かに当てはめて理解しようとするのが間違いなのである。
つまり、魔王が悪だとか敵だと捉え、倒すことを第一とする時点で間違えているということ。
所詮は結果に対する手段に過ぎないだけ。
「全てを委ねるのだ。」
それこそが唯一許された選択肢。
"主を探し給え"
やがて我が身から闇があふれ出る。
それは鎧の上から自身を覆うように纏わりつき象っていくのだ。
主なき猟犬としての姿を。
「勇者の責務を果たすために主を探すのだ。唯、俺のために。」
勇者と猟犬、どちらにも成れないその存在は探し求めるのだ。
首輪なのか、それともそれは聖剣か。皮肉にも一度捨てたものを無様に今一度求めるその姿は勇者が所詮は犬だと言い放った存在の末路と同じものだと鼻で笑う者はそこにはいなかった。
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(とある空虚な英雄譚)により、あなたは"役割"を得ました。
(偽物の空虚な勇者)に
称号「世界の意志の代弁者」
が付与されました。
(偽物の空虚な勇者)は自由意志を(とある空虚な英雄譚)に委ねます。
あなたは"役割"に則り物語を進行させます。
あなたは主を見つけなければいけません。
ひとえに世界はそれを求めています。
〜〜〜
けたたましくアナウンスが脳内に流れる。
「五月蠅いな。何度も言わなくともわかるのにそこまで言うお前は神なのか?主なのか?」
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心象理解が足りません。
情報開示不可です。
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「是も否も言えないなんぞ神足りえんのは明白だ。世界の意志を伝えるまでは許すがそれ以上は俺にとって雑音でしかない。失せろ。」
今まで自らの支えとなり、神との繋がりの証明でもあったアナウンスを目の前の目標以外の全てが邪魔者と言わんばかりに忌避するまでにも勇者は短絡的になっていた。
"主を探し給え"
辿るべき道筋が赤い筋としてうっすらと浮かび上がる。
この先に主が居ると言っているのだ。
止まることのない膨れ上がった闇が早く行けと急かしてくる。
「わかっている。…さぁ、行こうか。我が主が待っている。」
そうして勇者は駆けていくのだ。主の元へ。
誤字訂正は深いですね。
見るたびにそこにいる。
大分休んだので序章終わるまでは毎日投稿することにします。




