残酷なまでにも息の合うふたり
たとえ助けが来たとしてもここは依然として(拍動の生命器官)の手中。
2人は【温もり喰らい】が作り出した穴を通り、元の縦穴へと戦場を移していく。
明順応により一瞬外の様子を把握するのに時間を浪したが外は結晶吹き荒れる銀世界であった。
「これは見事に暴れたな。……現状では(拍動の生命器官)の損耗無し。その上触手の増加を許した次第だ。【温もり喰らい】、そちらの状況は?」
「上に爺とサラがいるぞ。」
「他には?」
「道中いた(懺悔の窓)も遠くでくたばっている。考慮する必要はない。」
常に上層部として責任ある業務をこなしてきたからこそ成り立つ手短な情報交換。
たとえギリギリな状況であってもこの2人は冷静であった。
「私では奴の触手を切り飛ばしてしまうからな。処理を任せるぞ。【温もり喰らい】。」
「そうは言ってもなぁ…専務よ。あの肉塊ごとき全てを消し飛ばしてもいいのではないか?そうすれば私の仕事は減るのだがな。」
「……それは飛び散った肉片を集める作業を部下に押し付けようと言っているのか…?それに貧相街民も巣食っていないようなここまでの廃墟を崩壊させてみたまえ、これ以降なみなみと注がれたコーヒーを机に置くことなどできなくなるだろう。」
広大な敷地を誇り、大企業の名を欲しいがままにしている{天翔生命}といえど本社直下の地盤沈下は無視できない問題である。
今回のように縦の大穴ですら致し方なく開けた渾身の一投だが、そう何度もこの規模の一撃を貫くことはできなかった。
「……それはいただけないな。しっかりと業務に励むとしよう。」
「ふむ…そうすぐ諦めなくても別に貴様が全力を持ってこの肉だるまを結晶で飾り付けされた置物に変えてくれてもいいのだぞ?…いや、むしろやってもらおうじゃないか。貴様の上司として言わせてもらうが、そちらの方が運搬には最適なのは自明だろう?」
「お手上げだ…許してくれ専務。私が悪かった。…これでいいか?」
上司の不穏な物言いにいち早く察知して最適な行動をとれるものが社会で長生きできる方法なのだと【温もり喰らい】は理解していた。
「ははは…【温もり喰らい】よ。休暇を経て脳みそまでも休眠したのか?いつも言っているからな。上に立つものとして、部下から欲しいものは…?」
「謝罪より…実利のある結果…。」
だがその問答から、身体がボロボロであれどこの{天翔生命}の専務を担う人間の言葉に鋭さが微塵も欠けていないことを痛感させられる。
「では今現在、私達が望む結果に導く行動は思考しなくともわかるだろう?」
「………やはり、専務には勝てんな…。少しでも気を抜いたらこれだ。」
【温もり喰らい】が肩をすくめる。
「ふん。これに懲りたら同じことを口走らないことだ【温もり喰らい】。生温い考えで後になって苦労するのは貴様の方だぞ。」
相手を完全に言い負かしたおかげか、【破雲万丈】は片足で立ちながらも満足げで鼻を鳴らす。
「理解した…。…ちなみに専務。足は?」
【温もり喰らい】が完全に砕かれ血を滴らせている【破雲万丈】の足を見て言う。
「ふむ…。問題ないと言えば嘘になるか…。【温もり喰らい】、貴様の結晶で私の足に義足剣でも生やしてくれないか?足として期待するよりかいっそのこと武器として取り回したほうが不意な事故も起きんだろう。」
「…自分ではない他人に無害な結晶を局所的に生やせなどということをよくも簡単に言ってくれるな。」
【温もり喰らい】が少し嫌そうな顔をする。
「無理かね?」
「まぁ、容易いがな…。」
上下の関係を理解させた後では無駄な抵抗ではあった。
そうして、【温もり喰らい】が一瞬で【破雲万丈】の足に義足剣を生やした後2人は行動を始める。
「それにしてもだ専務。この肉塊も結晶で沈黙しているがどうするのだ?」
当然の質問に【破雲万丈】が答える。
「(拍動の生命器官)がこの程度で鎮圧できるのなら特級対象の超常存在になど指定されないさ。やつは無限の動力を背負っているのだ。いつかはこの結晶も突破される。」
厚い結晶の層を介していても時節肉が脈動し、人間を模した何かを動かす様子が見てわかるように、未だ脅威はこの結晶の下で生きていた。
「…一度上に戻るとしよう。」
「この場で肉塊を残してか?」
「完全には鎮圧していないとはいえ余裕はある。上にも【贖う壺】殿が待ってらっしゃるのだろう?今後の判断について協力を仰ごうじゃないか。」
「それはいい。承知した。」
上の者がいるならばその者に判断も責任も任せる、世間を上手く渡るためには必須の能力であった。
目的を共有した2人は上へと登ることを開始していく。
しかし、それをよく思わない存在もここにはいた。
2人が飛び退いた後に結晶がひび割れていく。
「ん?結構強めにやったつもりなんだがなぁ。思ったよりもお早い復帰じゃないか?」
【温もり喰らい】は振り向いてひび割れていく結晶に目をくれていた。
「【温もり喰らい】!何をしている、急ぐぞ!」
使っているのはほとんど片足だというのに異様な速さで【破雲万丈】は駆け上っていく。
「わかっているさ専務。ただ今日は何度も結晶を無下に扱われていてな。一度蝕み切れば無力化が終わったと思っていた分自信がなくなってしまうよ全く…。」
ふと、結晶を体内まで循環させ纏うほどの力を出してまででやっとのことしのぎを削りあうことを可能にしたあの勇者のことを思い出す。
「そう言えば専務よ。登りながらで構わんが、(偽物の空虚な勇者)はあんたがやったのか?」
「… この状況でも世間話とは貴様も図太くなったじゃないか。」
「あんたにそう言わせられただけでも光栄なことと受け取らせてもらおう。」
「はははっ!私の評価など捨てておけ!私は誰かを贔屓して見ることはないぞ!?後から恨み言を言っても無駄だ!言える口があったらの話だがな!」
「ははっ!それは恐ろしい、ならば胡麻でもなくあんたの座を奪うための毒薬でも擦っておいた方が自分のためにはなりそうだな!」
2人はお互いに目を合わせることなく雑談を交わし上へと進んでいく。
この雑談を平の人間が聞いていたら戦々恐々としていたことであろう。そんな刺激のある会話が許されるのは厚い信頼の裏付けでもあった。
「それと…(偽物の空虚な勇者)だったか?そんなもの、最後に相対したのはそれこそ貴様ではないのか?報告はどうなっている?管制室は?能動的に察知できなくとも死傷者や痕跡やらの被害から把握できるはずだが?」
言われてみればそれらの(偽物の空虚な勇者)が残した痕跡やらは道中にも管制室にもなかった。
それにしても、一度離脱したとはいえ担当を受け持った対象の事を忘れていたとはとてもではないがこの目の前の上司に聞かれたが最後、解雇までノンストップになると分かるほどの気の抜けようだった。
「こちらが勇者と戦闘してた時は専務はどこに?」
「私はディナル…(果てに遺された忠犬)が変異体に成り下がってから管制室に着いたからな…その時点までの報告も受けたが(偽物の空虚な勇者)に関する具体的な戦況は私の方からは期待しないほうがいい。」
「あの猟犬の森のせいでなんとも荒らされたものだ。
視界も奪われ連絡手段も阻害し、あまつさえ生命保険も禁ずるとは。」
「全くだな。よってだ、【温もり喰らい】…私よりかその件に関しては【贖う壺】殿に聞いてみればいいのでは?」
「……。」
ごもっともだ。
私の意識が最後なくなる瞬間にみた存在こそ(偽物の空虚な勇者)。
そして、目が覚めた瞬間その場にいた存在は【贖う壺】であったのだ。
だがしかし
「爺…【贖う壺】は何かきな臭い…気がする。(偽物の空虚な勇者)の接触作業は逃げたくせに妙に気をかけているんだ。専務よ…事の起きる前に報告したとおり、今回の(偽物の空虚な勇者)は共鳴済みであるのは間違いない…だからといって【贖う壺】の行動にはひっかかる…何かおかしいと。」
無謀にも上司の前で口にするのも恐ろしい疑問を口に出した部下をまえに【破雲万丈】は非難の目を【温もり喰らい】に向ける。
「………それは随分と大きく出たな。我が社の全てを握る社長を、きな臭いと……?それに、{群民連合}の方でも異常事態通告が出ていた存在だ。気にかけることは当然だろう?」
「あー…そうだ、【贖う壺】がまるで最初からあの勇者が来ることをわかっていたような…いや、あれはなんというか…あの勇者に対処するのが初めてではないような…そんな感じだ。」
ここまできてあやふやになった【温もり喰らい】の物言いに【破雲万丈】も訝しむ。
「(偽物の空虚な勇者)を【贖う壺】殿は以前も接触作業を担当してくださった過去もあるのだぞ?初めてではないのは当然だ。…何を言っているのださっきから。」
「いや…本当になんなんだ?この不安は。共鳴済みなのは確かだった。だがそうだったとしても本当に"唯の普通の勇者"だったのだ。剣や槍を巧みに操るようになった分脅威としては危険は増したが、冗談も通じる変哲も無い勇者だったんだがな…未だに爺が何を考えて行動しているのかが分からん。」
今まで幾度も最適解を選び続けてきた上司であり、尊敬できる育ての親。
だが今回はあの"唯の勇者"に対して何故か念入りに対処するのは過分ではないかと疑ってしまう。
すると、【破雲万丈】が壁の段差で立ち止まり突然高笑いをしだす。
「はははははっ!おい!?【温もり喰らい】!今なんと言ったのだ!?」
「なんだ?専務。…あぁ、すまん。爺と言い慣れてしまっていてな。【贖う壺】だ。言い間違えた。」
「いや…それもそうだが、冗談が通じる!?貴様、超常存在と意思ある会話をしたと言っているのか!?その上楽しく冗談を?想像ができないなぁ!元より我々が今まで聞いていたのは(とある空虚な英雄譚)からの固定文句の声で(偽物の空虚な勇者)が話しているところなど聞いたこともないだろう!?それが唯の普通の勇者だと!?笑わせないでくれ給え!嘘も大概にしてくれ!」
その言葉の意味を瞬時に理解してしまい、【温もり喰らい】は固まる。
「………おい?……ちょっと待て…。今の妄言はもしや本当の事か…?」
【破雲万丈】が身動きを止めた【温もり喰らい】の様子を見て先程とは打って変わって神妙な表情を浮かべる。
「精神干渉か?」
「わからない…。だが意識ははっきりとしているし専務に指摘されるまで私が精神干渉を受けていることを気付く者がいなかったほどに影響が少ない。」
その報告に【破雲万丈】は考え込む。
もしこれが、一般社員であれば、余計な情報をばら撒く邪魔な存在として首を落とせばそれで終わりであったが今回は精神干渉耐性値が高いはずの【温もり喰らい】。
容易に判断するには未だ情報が少なかった。
「今までに言った言葉の真偽を改めて問う必要があるな。」
「…私が"唯の普通の勇者"と言ったところ以外は真実だ。」
【温もり喰らい】は【破雲万丈】を見つめその言葉を言い切る。
それを聞いて【破雲万丈】は目をつぶる。
「それでも貴様は【贖う壺】殿を疑うというのか…。」
「より確信できてしまったようだ。断言しよう、あの勇者に対しての情報を爺は何かしら隠している。」
組織の頂点を疑う発言に【破雲万丈】は目をつぶりながら思考を巡らせ続けていた。
それは目の前の者への処罰の種類か。
それともその確信を無下にできないと許容してしまうのか。
「………その話はこの場では判断できない。」
真下に脅威が控える中では問題の先送りしか選択肢はなかった。
それを助長するかのように、
バギばgyyyyy――
結晶の割れる音が下から響き渡る。
「ちっ。タイムリミットのようだ。【温もり喰らい】!上へと向かうぞ!」
「……あぁ!」
今は上へと向かうしかないのだ。
たとえ判断を仰ごうとしている上で待つ者に対して疑念を抱こうとも。
そして他愛もなく冗談を交わしていた先程が嘘かのように2人は無言で上を目指していく。
時節、後方でも肉をしなる音が遠くから定期的に聞こえてくる。
正直振り返ってる暇もないがおそらく(拍動の生命器官)も結晶を突破しこちらへの接近を試みているのであろう。
なので、【温もり喰らい】は対抗する手段として結晶を準備しながらも(拍動の生命器官)がいる後方を確認をせんとする。
すると、
赤き肉塊が迫る―――
「ぐぅぅ!!?」
予め纏めていた結晶が間に合ったのは幸運だった。
何故なら接近を察知し、遥か下の方で視認した(拍動の生命器官)が己の持つ触手を壁にかけ力を込めたかと思いきやこの距離を一度の跳躍で眼前まで詰めてきたからだ。
「無事か!?【温もり喰らい】!?」
「あぁ!辛うじてだがな!精神干渉を受けても反応速度の方は問題ないようだ!」
精神干渉を受けたことを強調して笑ってみせる。
しかし、(拍動の生命器官)を受け止めた結晶はその膨大な質量の突進を受け止めきれず、瞬時にひび割れていってしまう。
「専務よ!どうやらあの肉塊は余程私達の事が恋しくてたまらないらしい!一度の結晶では留め損じるかもしれない!気をつけてくれたまえ!」
「了解した!」
その隙に距離を離し続けるが、結晶から這い出た(拍動の生命器官)がまたもや触手に力を込めて距離を詰める。
「はぁぁあ!!」
それに対してこちらも結晶を叩き込み動きを鈍らせる。
もし距離を離しながらも適宜結晶を張り足止めをしようともこの衝撃では確実に焼け石に水なので(拍動の生命器官)が跳躍する寸前まで溜めていた渾身の結晶を眼前に迫ってくる肉塊に合わせて叩きつける。
その綱渡りのような駆け引きを繰り返していた。
だがその単調な対処をいつまでも許し続けるほど(拍動の生命器官)は甘くない。
たとえ、渾身の結晶であったとしても所詮はその場しのぎで作り上げた突貫の代物である。
つまり、(拍動の生命器官)が隙間に気付くのも造作ではない。
だからこそ、跳躍の際に予め触手を隙間に合わせ伸ばしていく、それだけである。
それだけのことがどれほど脅威かこの超常存在に理解できるかは怪しいところではあるが。
そして跳躍――。
数本の触手が結晶を貫き【温もり喰らい】に襲いかかる。
そして、結晶の展開に意識を割いていた分【温もり喰らい】はその触手への反応が遅れてしまう。
回避は不可能に見えた。
「フッ―!!!」
否、この場においては(拍動の生命器官)への対処が可能な人間は一人ではなかったのだ。
【温もり喰らい】へと向かっていた触手を【破雲万丈】が義足剣で切り飛ばす。
「感謝するぞ!専務よ!」
「謝意は不要だ!身体を動かせ!」
往路の感覚からも大穴の入り口はもうすぐのはずであった。
(拍動の生命器官)の猛攻も苛烈さを極め、完璧とも言える連係をもってしても対処しきれなくなっていく。
義足剣も割れ、槍を杖のようにしながら登るも肉塊の跳躍の際には不安定な足場で迎え撃ち、その後はまた覚束ない足取りで上へと進み距離を離し続ける。
すると頭上の果て、その先から見慣れた光が差してくる。
「あそこだ!一気に駆け上がるぞ!」
「この肉塊がぁ!いい加減終わりにさせてもらおうか!!!」
最後の最後になって猛る我々に合わせて(拍動の生命器官)も最後の追い込みに移っていく。
「「 はぁぁぁあああああ!!!」」
そして、2人は大穴の縁に手を掛け登り切ることに成功した。
「2人ともお疲れさんよぉ…こっからはおじさんの出番だねぇ〜。」
2人が登りきったことを皮切りにとてつもなく大きな壺が大穴の縁まで悉く隙間なく埋め尽くしていく。
壺の横を通ろうとも全く許さないほど都合よく完全に塞がれていた。
逃げ切ったのだ。
その場にいる人間はただやり切った結果を頭で噛み砕くために静まり返っていた。
「はぇええぇぇ!すっごい大きな壺!!!これ価値にしたらいくら位になるんですかねぇ………」
しかし、張り詰めた沈黙を溶かしていくかのように気の抜けた声が駆け抜けていく。
「ふぅ〜…はは、ははは!サラよ。社長も専務もいるところでは取り繕った方が身の為だと思うぞ?」
【温もり喰らい】のその言葉にサラ1級職員が飛び上がる。
「あ…あぁ!お疲れ様ですお疲れ様です!お二人なら帰ってくると信じていましたとも!絶対に!そりゃもちろん!」
一言も二言も余計なことを口走る1人の職員に場の緊張は完全に緩んでしまっていた。
「はぁ〜。今回は流石に危なかった。改めてサラ1級職員よこの場の2人を呼んでくれて感謝する。」
目上の者代表のような御方に突然の感謝を伝えられてサラ1級職員は――
「い、いやぁぁあ〜それ程でも…ないって感じですけどぉ〜まぁ、専務が仰るならぁ?いたしかたなさしまさしっていうかぁ?えぇ。」
目に見えて図に乗っていた。
「でも本当にお二人共生き残ってくださって嬉しい限りですよ!じゃあね、やるべきことも果たしたのでお役御免の人間は帰りますね!では!」
そして流れるようにチャンスを見逃さず、目的を遂行せんと即座に行動に移せるのも彼女の美徳であった。
「ん?目上の者より先に帰るというのか?」
しかしここには有給休暇申請書の存在を知らない前時代的お硬い代表の目上の者がいたのだ。
当然目的を果たすことは許されず。
「いや、そんなことないですよ?」
「 …ふーむ、何度もその態度で言い逃れができると思っているのかね…?」
万事休す。
「はははは!全く嬢ちゃんはおもしれぇなぁ…おい、ハクンよぉ…この嬢ちゃんは見逃してやってくれねぇかぁ…?」
「………まぁ、【贖う壺】殿が仰るのならば私は引くとしよう…。」
少し不満げな【破雲万丈】に向かって【温もり喰らい】が声をかける。
「専務、そう膨れるな。サラは私にとっても結構難解な娯楽だからな。慣れることが吉だと助言する…それはそうとじじ…【贖う壺】よ。この壺の下のデカブツに関してはどうするんだ?」
何処かから「それフォローになってなくないですかね…」とも聞こえたような気がしたが
その場では完全に無視され【贖う壺】の発言を待つ。
「いやぁぁあ〜?どうしようかねぇ?」
ついぞ放たれた一言は何とも頼りなかった。
その一言を聞いて即座に【破雲万丈】は苦言を呈する。
「…お言葉ですが【贖う壺】殿。(拍動の生命器官)はあなたが全行程を担当していると言っても過言ではないんです。それにあなたは社長でしょう?{天翔生命}を率いる人間だというのにここまで来てその様子では我々が困ってしまいます。」
ぐぅの音も出ない正論である。
「…しても……いや…にが……ないんだぁ?まだ……た…ない………ってのかぁ?」
しかし当の本人はブツブツと周りに聞こえない程度の声量の独り言を呟きながら、完全な正論を聞いていないかのように思考の海への船を漕ぎ出していた。
【破雲万丈】の視線が【贖う壺】に鋭く刺さっていくが面白いことに一方通行で剣呑な空気が流れていた。
「いや…えぇ?これってどういう状況ですか…?」
「うむ、私にもわからん。このような状況においては下手なものには手を出さない事を決め、静観するのが利口だと思うぞ?」
残り物の2人は邪魔にならないように空気になりきり、"自らの意思なし"であると態度で表していた。
すると突然けたたましい音ともにアナウンスが流れてくる。
『【贖う壺】様、【破雲万丈】様、【温もり喰らい】様、サラ1級職員の4名に至急緊急連絡です。繰り返します。【贖う壺】様、【破雲万丈】様、【温もり喰らい】様、サラ1級職員の4名に至急緊急連絡です。聞こえておりましたら右手の方をお挙げください。』
その場にいた4人は戸惑うことなく瞬時に右手を挙げていく。
もし、精神干渉値の高い音声が流れてしまえば壊滅的状況となってしまう管制室にはフィルター越しの精細の欠ける映像しか映っていないため、こうして報告には未だにアナログのジェスチャーが採用されているのだ。
『皆さんがお集まりの地点に向かって高速で移動する存在を確認しました。詳細は不明。繰り返します。皆さんがお集まりの地点に向かって高速で移動すr―――速い!?対象、加速しました!壁を突っ切って直線的に移動しています!注意されたし!』
それぞれが警戒を高めていく。
どれほど技術が進歩しようともその技術が枷となることも珍しくないこの現場においては自らの感覚のみが命綱となる。
「ととととと!?な、何が向かってきてるんですかぁぁ〜 !?」
「次から次へと忙しないことだ!」
衝撃―――
壁が吹き飛び土埃が舞う。
各々が乱入者の顔を一目見ようと注意深く見守るなか、突如として黒い繊維状のなにかがその場の広間に殺到し、辺りを呑み込んでいく。
「な!?…これはなんだ?」
抵抗する暇もなく接触を許した黒いなにか。
しかし触れても何も変化もなく、脅威は感じられない。
そうしてその場にいる全員がそれぞれ別の反応をしているとやがて黒き津波の奥から1つの超常存在が姿を現す。
派手な登場をして駆け込んできたのは猟犬…いや、猟犬の格好をした(偽物の空虚な勇者)だった。
サラ1級職員は果たして生きて帰れるのか!?




