観客のいない追走劇
「しかしながら、さすがの私でもここでお二人を案内せず退勤するほど愚かではないので【破雲万丈】専務と最後に分かれた場所まで案内いたします。ついてきてください。」
(懺悔の窓)を倒し、その上有給休暇を取る許可を得てもさすがに一人間としてここで無様を晒すわけにはいかないと虚勢を張る人間がここにはいた。
「帰ってもいいといったら?」
「御厚意は無下にはできませんと返すでしょう。」
だがしかしサラ1級職員は即答できてしまった。
ここまでくればもうある意味長所ともいえるであろう。
「ナユラちゃんよぉ…。意地悪してやるなぁ?まぁでも、嬢ちゃん。案内の方を頼めるか?」
「……………っ!!…………ぁ……もちろんです!まかせてください!」
その返答は話が届いてないのかと不安になるくらいの間が空いていた。
「ふふ…この指摘するのは無粋なくらいの絶妙な無礼さがサラのいいところだと思うぞ?」
「ナユラ部長。礼儀とは相手に対して真心を込めて、真摯に対応する事が重要なのです。…変な邪推はおやめください。」
「…真摯かはさておき、まぁ、言動に現れているものな。真心は。」
【温もり喰らい】が茶々を入れるたびにサラ1級職員の汗が流れる。
このままでは埒が明かないとその場に漂うコミカルな空気を壊したのは【贖う壺】であった。
「もうお前さんらの仲がいいのはわかったからよぉ…とっとと、早く案内してくれないもんかねぇ…?おじさんも心が広いとはいえ、こう関係ないことで足踏みはしたくないんだよなぁ…わかるかい?」
「すすすすすすみません!!!今すぐ案内いたしますので!!こちらです!!」
サラ1級職員は小動物のように危険を察知し、即座に自分の身を守るための行動に移る。
「……いつもナユラちゃんと仲良くしてくれてんだ。別にとって食おうってわけじゃねぇんだぞぅ?」
「爺よ。サラに関しては私の方が一日の長がある。…だからこそ私に言わせるとだな。サラにとっての貴様の印象はもう手遅れだ。諦めろ。」
全然興味のなかった情報だが、いざ面と向かって言われると心に来るものがあった。
「別に俺としちゃぁいいけどよぉ…まぁやることやってくれたら気にしねぇよ俺は……」
「お二人ともそちらにまだ用事か何かおありでしたか!?【破雲万丈】専務はこちらですよ!!ナユラ部長!{天翔生命}率いる【贖う壺】社長様!」
肩書きに余計なものがついてしまった。
「おいおい…」
「面白いだろう?彼女は。あれが彼女の中での生存戦略ということなんだ。」
そうして一行は少しずれている職員の案内を頼りに(拍動の生命器官)へと目指す。
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{天翔生命}が構える土地の遥か地下深く。そこは先人が放棄して悠久の時間が経った後の名前も用途も知られることはないであろう空白の施設。
いつ崩れるかも定かではないその場所の広い通路の一つで相対する一つの存在と一人の人間はお互いに決め手のない状況の中終わりの見えない戦いを繰り広げていた。
「ッハァ!!」
肉塊に槍を突き立てるはこの{天翔生命}におけるNo.3の【破雲万丈】ことハクン・マルキュリー。
「…クソッ!面倒な!」
対して槍を突き立てられようともその傷口から新たな肉を盛り上がらせ、槍を飲み込もうとするものは(拍動の生命器官)であった。
「ーーーーーッ!!?」
そのまま槍ごと飲み込まれるわけにもいかず【破雲万丈】は槍を手放しその場を離脱する。
するとみるみるうちに肉がせり出し、つい先ほどいた場所さえ肉が飲み込んでいく。
だが無為に槍を捨てるほど馬鹿ではない。
あの槍はそう簡単に持ち主以外に振るえるものはいないのだ。
ならばこそ
「あまり欲張るな。その汚い意地を張れば痛いに目にあうことになると教えてやろう。」
【破雲万丈】が手をかざすと槍が淡く放っていた光と同じような光を放出しだす。
やがて、槍があったであろう場所が蠢き【破雲万丈】の方へ突き伸びていく。
ぶsyぁーー!!!
そして槍が肉を飛び出し【破雲万丈】の手元へ戻る。
「……しかし先が見えんな。その見飽きた人を模した人形も気色が悪い分、早く終わらせたいものだが。【贖う壺】殿みたいにはうまくいかんな…どう誘導したものか。」
余裕は有れど手詰まりの状況。
(拍動の生命器官)との相性の差は顕著に表れており、今もまさに槍を引き戻した際に生じた傷口から新たな肉と共に人間を模した何かが生え合唱に参列しだす。
「la la====ーーーーーー・・・」
一見それはまるで美しい歌声、だがよく聞けば小さく何かをぶつぶつと羅列されるつぶやき声が隠されていることが聞いてわかる。
まだ耐えることは可能だがいつまでも聞き続けることは許されないと直感的に予感できてしまうような歌声であった。
「耐久が無尽蔵にある分、持久戦に優れ、その上精神干渉も一級品か。しかも、面倒なことに機動力もあると。……なんとも完璧じゃないか。人としての機能だけであったら我が社に勧誘していたところだったな。」
厄介なことに距離を取ろうと反対方向に疾走しようとも肉を触手のように伸ばし壁を伝い迫ってくるのだ。
まだ助かる点としては物理的に攻撃を仕掛けてくるような行動が肉で押しつぶすことと触手を伸ばしてくるくらいしかないことか。
「シッーー!!」
だが本体も肉の触手も切り飛ばせば次の攻撃時、面の圧力が広がってしまう。
止むことのない攻撃を避けるように進もうと壁を貫き、床を破壊して階層を下ることもあれば天井を突き抜け上へ戻りつつただ、入り組んだ通路を進んでいく。
しかし、まるで自分の歌声を聞き続けてほしいかのように目の前の存在を追いかけ続ける肉の塊との追走劇は突如終わりを告げることとなる。
たどり着くは最初に降りてきた大穴の底。
暴力の痕跡により大広間のように開放感のある空間となっている。
つまり、闇雲に逃げ回っていては迷ってしまうだろうと、最終的に一周巡ってきたのだ。
「貴様もここまで諦めずについてくるとは。物好きなものだ…」
後ろから迫る肉を見据える。
「もう、上でも一通り終わった後のはず。ならばこちらもやることをやるまでだ。」
【破雲万丈】はその場を高く跳び上がる。
それを(拍動の生命器官)が追いかけていく。
「踏み台にしても悪く思わないでくれたまえ。」
肉の触手が迫ろうが空中で切り飛ばし、そこから盛り上がる肉を蹴ってさらに上へ行く。
壁に浅く槍で傷をつけそこを足場にさらに上へ。
だが(拍動の生命器官)も愚直に追いかけるわけではない。
無数の触手を切り飛ばされて学んだのか一度(拍動の生命器官)が静止して動かせる触手を全て壁に這わせ始める。
一見その行動によって【破雲万丈】からはるか下に小さく見える程度まで距離を離すことに成功する。
だがしかし
その離れた距離を一瞬で迫る。
「な!?速い!?」
触手をバネに壁を蹴って跳躍してきたのだ。
その圧倒的な質量の高速移動をも可能にするその脚力に【破雲万丈】は(拍動の生命器官)に接触を許してしまう。
そこから離脱しようとするもすでに(拍動の生命器官)の懐の中、周りの触手が容易に【破雲万丈】の動きを阻み、重ねて肉で呑み込んで賛歌を目一杯聞かせようと人を象った人間もどきが迫る。
「私に……!触れるなぁっ!!!!」
その手に持つ槍を振るう。
衝撃により【破雲万丈】を取り巻く触手を除くことには成功するが足元の肉が放してくれそうになく足が軋む。
「ぐぅうううぁああ!!!」
骨の砕ける音。
足のくるぶしから先を迫る肉に挟まれ完全に砕かれてしまった。
「離せぇ!痴れ者がぁ!」
槍を自らの足元に放ち、少し足の肉が削げようが肉に吞み込まれるのを防ぐことに成功する。
だが、肉から引きずり出した自らの足は無残な様子になっていた。
肉が潰れ骨が見えている。
到底、これ以上壁を蹴って上に登ることができない。
「くそ……無茶をしすぎたか…」
本当の意味での手詰まり。
退くこともできなければここは凄まじく広い縦穴の途中である。
しかし、ここで諦めるほど【破雲万丈】は利口ではなかった。
天下の{天翔生命}を担うものの一人として、死が目の前にあったとしても臆することなど言語道断。
恐ろしいとは言えないだろう。
敵は。超常存在は、目の前にいるのだ。
ならば切り開くのみである。
それが、【破雲万丈】であるから。
「そこをどけぇええええええええ!!!!!!」
眼前の肉の塊を切り崩していく。
たとえ切り付けられたところから修復されようがその上から何度でも。
邪魔するものは全て貫く勢いで。
「la la======ーーー」
だが現実はそこまで優しくはなかった。
肉がせり上がり【破雲万丈】が切り開いた道を閉ざすように(拍動の生命器官)が肉で蓋をしたのだ。
暗闇となろうが手に持ったその槍の眩い光を頼りに切り進むも全方向を肉に囲まれては成す術もなくその体を悉く押しつぶそうとしてくる。
物量負けしてしまったのだ。
「万事休すか…全く、最後くらい…誰かのための死に方を選びたかったものだ。」
そこに恐怖はない。
なぜなら、今までも繰り返した作業だからだ。ただ今回は次がないだけ…。
そう辞世の心構えをしていたその時。
背後から今まで鳴り響いていた賛歌とは違う音が聞こえてくる。
まるで、そう。
結晶が析出するときのような、無機質な音。
ばkyいぃ!!!
背後の肉の壁が結晶に蝕まれたかと思いきや破壊される。
「やぁやぁ。今日は結晶が吹き荒れるいい天気だぞ専務。ひきこもるにはもったいないと思うがな、そっちはどうなんだ?元気かね?」
壁が破壊されたその先にいたのは薄ら笑いを浮かべ結晶を纏う【温もり喰らい】であった。
「小娘が。女といえど同じ女を誘うときに天気の話で釣れるのは馬鹿な女だけだ。肝に銘じたまえ【温もり喰らい】。」
掛け合う冗談の雰囲気には似合わない不気味な肉の床の上、そこに揃うは確かに{天翔生命}における最高戦力と言っても過言ではない二人であった。
100000文字を超えました。
なんとまだ序章です。1章じゃないんです。
なんで?
もしこれが1章じゃないの??と聞かれても大丈夫。著者的には序章です。




