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遺された者たちは要の歯車の面影を回すが為に空回る。

「リカード…頼む。教えてくれないか…?」


「………。」


それでもその場にいるリカードは沈黙を貫く。


「なぜだ…?何故なのかを聞いてるんだ…。」


「…。」


「笑わせないでくれ………私が"お願い"をしているとでも思っているのか?………これは強制だ!答えろ!!!リカード・ハルトマン!!!!」


ハクン・ルーデンホークは声を荒げる。


「何故貴様が付いていながら!!!リカード!お前がいたというのに…何故テイラーが帰らぬ人となってしまったのだ…?」


「…俺にゃ………わかるかよ…。」


ハクンがリカードを殴り飛ばす。


「この…!恩知らずがぁ!!あれほど未来を誓い、今までを共に創り上げてきた同志を失ってもその体たらくか!!」


「………。」


「私が!私がこんな身体だから…!共に行けなかったからだとでも言うのか…!?」


「………。」


「私はどうすればよかったのだ…?これが運命だとでも?笑えてしまうよ…身の程知らずにも私が家庭なんぞに憧れたからか…?私が……悪いのかっ!!!」


「そりゃぁ…ちが---」


「違わないだろう!こんなものがいるから行けなかったんだ!テイラーの命と引き換えに得られたものが意思もまだない肉塊だと!?こんなものが私の身体の中にいると思うだけで虫唾が走る…!!」


そうしてハクンは自らの大きくなった腹を殴ろうとする。


それをディナルドは止めた。


「やめてください…ハクン…それはテイラーにとってあなたにとっても確実に大切な宝物のはずです。」


「黙れっ!!リカードが恩知らずならばディナルド、お前は薄情者だ!お前はいいだろうな!テイラーではなくとも、自らの首輪を着けてくれる飼い主がいればそれでいいだろうから…!」


あまりの物言いに一瞬我を忘れ怒鳴りつけてしまいそうだったが相手が妊婦であることも踏まえ、一度冷静になる。


「ハクン。落ち着いてください。お願いします…落ち着いて。」


「~~~!!!おまえは今言っている言葉の責任をとれるのか!?お前たちが!!!私たちの全てを失いながらのうのうと綺麗事や無知を吐いているところを我慢して見過ごさなければならないのか!!!」


「ハクン。あなたが言いたいことはわかっています。ですがあなたが言ったこととは違うように我々にとっての全てはテイラーではなくこの、{天翔生命}ではないのですか。」


「………………あぁ……。ありがとうとでも言っておこうじゃないか……あまりのその…救いようのないまでの馬鹿で、蒙昧な物言いに腸が煮え返りすぎて逆に冷静になってしまうようだ…」


ハクンが近くのテイラーがいつも座っていた椅子に腰かける。


「あれか?ディナルドよ。お前はまだ我々が天を翔ける途中にいるとでも錯覚しているのか?」


尋常じゃない様子のハクンにその時いないはずの俺も少し気圧される。


「ハクン…落ち着いてください。」


「世迷言を…。我々は地に落ちたんだ。いや…それどころじゃない。見たこともないが…そう、海だ。どこかにしがみつくこともできやしない大海原に投げ捨てられ溺れ沈んでいく……私はもうそうなるようにしか思えないんだ。」


ハクンは手に着けていた指輪を目の前のデスクの上に置く。


「……結局やり直させる機会も与えられなかったじゃないか………なぁ、私は、私たちは彼に何かを返せたのか?」


「………。」


「……ここは、静かだな…我々の心の乱れも関係ないかのように世界は進んでいくのだろう。この雨も降り続ければいつかはやむだろうし、テイラーがいなくなろうともいつかは私はこのテイラーが遺していった子を結局は産んで愛してやるのだろうな。……そういうものなんだろうな。」


「すまねぇ………」


「いいさ。ただ今は頼む。もういいんだリカード。今言えないということはいつかは言ってくれるのだろう?口を開かないでくれたまえ。決心が鈍るんだ。だからどうにかなってしまう前に今は唯………」


ハクンが机を涙で濡らす。


「今は唯思い出に浸らせてくれ…」



また景色が変わる。



そこは廊下のような通路。

その場にリカードと二人きりで歩いていた。


リカードの胸倉を掴み壁にたたきつける。


「リカード…今からお前は拒否することを禁止させてもらう………!」


「かはっ!!………なんだよ…今更よぅ…」


「お前は…!!あの彼女の様子を見て心が痛まないのか…!!」


「ありゃあ…確かに堪えたさぁ。でも、しょうがねぇだろうよ…」


「貴様…!!!いつまでも有耶無耶にしおってからに!あの日に何があったのか言えっ!!!!!」


「けっきょㇰーー」


声が小さく聞き取れない。


「なんだ?」


「-結局はおまえさんも犬畜生なんだな?」


「なんだと…!?貴様…自分の立場が分かっているのか!!?」


「はぁ…。声をそんなに荒げてよぉう…どうやら犬社会の序列的にゃあ、俺はもう下に見られてるようだな。ならよ、なんでさっきその熱量を俺にぶつけなかったんだ?自分よりえらい奴のご機嫌取りに夢中だったかぁ!?」


「リカードォ!!!」


リカードの顔面を殴り飛ばす。


「はぁはぁ…俺はお前を仲間だと思っていた…だがその考えは甘かったようだな!!」


「てめぇが勝手に勘違いしてただけじゃねぇか!!!」


リカードが俺の顔面をぶん殴る。


「いいか!?俺らは最初から間違ってたんだよ!俺ら人類には超常存在なんてもんを理解なんて到底できやしねぇんだよ…!今まで無事だったのも相手さんの気まぐれだっただけだぜぇ?思い上がってたんだよ俺たちは!!」


「我々が築いてきた一切を無駄だとでも!?リカード、語るに落ちたようだな!!」


「俺らが日々使っている医療なんかもそうだろぉ!?理解を得るまでに何千、何万もの犠牲の上に出来上がったもんなんだぜ?元々俺らは馬鹿みたいによぉ!破滅に向かってとことこ歩いてた羊みてぇなもんじゃねぇか!」


「そんなものっ……!承知の上に決まってるだろう!!それでも……遠い先の未来でも{天翔生命}の名は残り続ける…!遥か彼方、我々が築いた礎を基に栄光を手にする我が社を夢見て今までテイラーと共に邁進してきたんだろう!忘れたとは言わせないぞ!!」


「夢物語を語るのはガキの頃までだろうよ!今を見てみろよバカが!テイラーは帰ってこなければハクンはあの様子だ!終わりなんだよ!俺たちは!」


「リカード!たとえ今までの全てを不完全に終わらせたとてお前は、逃げるのか…?」


「俺は唯今を生き続けられればそれでいい。」


そうしてリカードは煙草を吸い始める。


「呆れてものも言えない…貴様がそんな奴だとは思わなかったぞ。」


「俺はこの世に生まれた瞬間から一度も生き方を変えたことはないぜ…お前はどうなんだディナルド。その生き方に満足できてんのかよ。」


「無論だ。曲げることなんぞあってはならない。」


そうしてその場を立ち去る。


「……あーあ。この役回りはきついぜぇ…テイラー。それにしてもよ…うまくねぇな今日は。煙が目に染みるぜ。」


背に涙をすする音と共に発せられた言葉の意味を汲む前に俺はその場を後にした。



また景色が変わる。



そこは今では新しくも感じない見慣れたオフィスだった。


「リカード。また配置させた貴様の(贖う壺)の観測担当が殉職したのか。その超常存在はどうなってるんだ。さすがにこう、短期間で何度も補充は効かないんだぞ。わかっているのか?」


「んぅ~?あぁ、待ってくれよハクン。こいつぁ難儀でな。俺以外にゃ優しくねーのよ。もしかしたら新しい人員を割かずに俺だけで進めたほうがいいかもしれねぇなぁ。」


「………そうか。ならその方針で進めてもらおうか。」


そうして別の仕事があるのかハクンは別のところへ歩いて行ってしまった。


「了解ぃ~。と、ふぅ~……。お?そこのあんちゃん煙草吸ってたよな?おじさんに1本分けてくれないかい?」


リカードは突然横を通った別の社員に話しかけ煙草をせびり始めた。


「おい毛無し。部下に物乞いのような行為はやめろ。」


「って毛無しってなんだぁ!?そんなんお前さんから見たら全員毛無しだろうがよぉ?」


「君も行っていいぞ。」


「い、いえ!!あの、自分の煙草なんて安物で全然余っているので【贖う壺】様も吸いたいのであれば是非お吸いください!」


「お~!いいね!太っ腹な奴はおじさん、大好きだぜぇ?」


そういって煙草を1本どころか1箱もらってその後男性社員は去っていった。


「毛無し。貴様がどう生きようが知ったことではないが我々は彼らを纏め率いていく側の人間だぞ。それ相応の態度というものがあるだろう。」


「あーあー。お小言がうるさいのなんの。ふぅ~こいつぁうめぇなぁ。」


「それにそんなもの貴様の方で調達して楽しめばいいだろう。」


「わかってねぇなぁ。……もう俺は自分のことは自分で精一杯なの。いいじゃねぇか、ほかの奴が分けてくれる余裕さえあればくれるんだ。お互いにいいだろぉ?…多分。」


「相手に悪いと思え。」


「いぃんだよ。俺らは同じ道を志す同志なんだ。一心同体ってわけで煙草1本も共有すべきなんだよ」


「何も共有などしない貴様がそれを言うと虫唾が走る。………秘密主義がいつまでも社会で通用すると思うなよ。それにこの際だが気になることが一つある。」


「なんだぁ?おじさんに答えられるもんなら答えてやろうかなぁ?」


「貴様、本当に(贖う壺)の観測担当の職員は報告書通りの最期を迎えたのか?」


「……………………あぁ。そうに決まってんだろぉ?」



また景色が変わる。



そこは元はテイラーの個室であり、今ではハクンが使っている部屋であった。


「ハクン。もうそろそろ社長の不在を感知され始めている様子です。隠すにも限度があると思います。それに合わせてあなたが新しい社長として公表すべきだ。」


「…ディナルド。私は専務という肩書きで皆に指示している立場ではあるがな。社長や専務やらの肩書きの意味はないと考えているんだ。」


「…というと?」


「代わる代わる襲名するようなものではないのだ…。私が生きている限りは社長はあいつ一人でいいだろう?」


「いや、あなたがその考えならば私に考えがあります。」


「ほぅ?なんだそれは?」


「そのお腹の子に社長になってもらいましょうよ。もとよりテイラーなら喜んで子供に社長の座を譲る未来が見えます。どうせそうなるのならあなたも納得するでしょう?」


「…ふふっ。そういうことか。…そうか。それもいいかもしれないな。」



また景色が変わる。



そこは病院のような雰囲気の部屋。

一度前に(果てに遺された忠犬)と適合した際にも利用した病室だった。


一番奥のベッドに居るは赤子を抱いたハクン。

その傍らに俺はいた。


「よかったです。万事無事で出産を迎えることができて。」


「あぁ。ディナルドも私がいない間業務を代わりに行ってくれたのだろう?感謝するよ。」


「必要なことなんですから、感謝されるようなことじゃありません。それにいつものあなたなら余計なことをするなと怒るところですよ。母親になって角が取れましたか?」


「 ふふっ。お前にとっての私はそこまで厄介な人間なのか?そんなことを言うわけがないだろう。嘘じゃない本心の感謝だ。」


「 もちろん。分かってますよ。」


ハクンが窓の向こうの空を見上げる。


「これで1つ大きな肩の荷が降りたようだ。」


「なにを言ってるんですか。これからなんですよこの子の人生は。肩の荷を降ろしてる場合じゃないでしょう?」


「そうだったな。女手1つだけでは至らぬところもあるだろう。ディナルド、必要なときは手を借りるぞ?」


「あなたとテイラーの子供です。あらゆる事柄よりも優先して見せましょうとも。」


「はははっ!そこまで躍起にならなくてもいいさ。だが、今でも世界で誰よりも可愛い女の子なんだ。年を取れば邪な輩が群がってくるかもしれん。その時はお前も頼りにさせてもらおう。」


「えぇ、もちろん。…この笑顔をテイラーにも見せてやりたかったですね…」


「 …………あぁ。テイラー…か。私としたことがまだ肩の荷はもう一つあるのを忘れていたようだ。」


「まさか未だリカードからあの日のことを聞けていないのですか?」


「…そうだ。」


「あの野郎…。古き仲といえど、私は我慢の限界です。奴に吐かせましょう。何故我々が待たなければならないのですか?」


「………私はたまに思うんだ。」


「……?」


「私は最初からどこかを間違えていて、その間違いがもう誰も直せない所まで来てしまったせいであの時テイラーの方からいなくなってしまったのではないかとな。」


「…そんなわけっ…!ないでしょう!」


自らに装着している首輪を握りしめる。


「だからな。リカードもあの様子でも聡い男だ。何か理由があるのだろうよ。我々を慮ったりしてな。」


「だとしてもだ。私…どころかハクン、あなたにさえ言えないのはおかしいですよ…」


「そうだな。確かに私も知りたい。あの日の出来事を。でもな私が言うのもなんだがもう…過ぎたことなんだ。テイラーは帰ってこない。それは変わらない。」


「それは…そうですが…」


「だからいいんだ。ディナルド。これからはお前もこの子と共に行きていこうじゃないか。一緒に来てくれるか?」


「…もちろんですとも。」


「うむ。いい返事だ。ならば改めてこの子の名前を教えてやろう。」


「聞かせてもらいましょう。」


「この子はナユラ。ナユラ・ルーデンホークだ。私が決めたんだぞ。いい名前だろう?私の大好きな…ナッツと柚子を使ったライ麦のケーキの名前なんだ。覚えているか?」


「…当然です、覚えてますよ。忘れるわけないじゃないですか。…とってもいい名前だと思います。」



また景色が変わる。



「リカード。ちょっといいか?」


「おぉ…ディナルド。お前さんが俺を名前で呼ぶなんてずいぶん久しぶりだなぁ。今日は祝いの酒でも飲みに行くかい?」


「ふざけたことを言うんじゃない。…ハクンが子を産んだぞ。娘だ。」


「 …あぁ。もちろん聞いたさ。おめでたいねぇ〜。」


「なぁ、頼み事があるんだ。 俺には言わなくてもい。だがハクンにはあの日のテイラーとの出来事について改めて伝えてくれないか?」


「そいつぁ…」


リカードはその出来事を思い出すかのように思考する態度を見せる。


「いいぜぇ?」


「わかってる。お前にも何か大きなりy………え?」


「随分時間が経ったしな…俺も悪いとは思ってたんだ。だが、娘さん?が産まれたんだろう?それは丁度いい。伝えるべきだろうな。」


「そうか…そうか!!リカード、よかった。言ってくれるか!では頼む!ハクンもこれで肩の荷も降りる!」


「ちなみにだけどよぉ…その娘さんの名前はなんていうんだ?」


「あぁ。名をナユラというらしい。あの日のケーキの素材の頭文字なんだ。」


「あー、ナッツに柚子に…ら?…あ、ライ麦か。いい名前じゃねぇか。ナユラ…ねぇ…」



また景色が変わる。



俺は通路を歩いていた。

向かうのはハクンの居室。


扉を開けるとそこには業務に追われ根を詰めているハクンがいた。


「ハクン、お疲れ様です。早速これを。今日の観測報告書です。」


「ありがとう。」


「……あの、昨日の話についてリカードがなんて言っていたか聞いてもいいですか?」


「…?何の話だ?」


「…いや、あの日の出来事についてですよ。」


「ん?あの日の…?何かの暗号か?」


「……とぼけていませんよね?…産後すぐ仕事に復帰するもんですから、疲れてるんじゃないですか?母親なんですからしっかりしないと。」


「【果てに遺された忠犬】。君こそふざけてるじゃないのか?母親?誰が?」


「ちょ、ちょっと待ってください。」


すぐにその部屋中を見渡す。


「ナユラは?あなたの娘さんのナユラ・ルーデンホークはどこにいるんですか?」


「娘だと?独身貴族を貫いている私への当てつけか?それに私の名前はハクン・マルキュリーだ。苗字もそんな辺鄙な名前ではない。」


「……………は?」


その時俺は視界の色が失せていくのを身に染みて感じ始めていた。

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