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天翔ける空の途中

「ディナルド?どうしたんだい、そんなに呆けて。…今晩の献立でも考えていたのかい?はは…もしそうなら邪魔をしてしまったかな?」


全く知らない男に話しかけられこちらも思考が少し遅れる。

気づいたら周りの景色も一変して、どこかの事務所の中にいるようだった。

宙に舞う埃が光を浴びて散乱させ電気をつけていなくても薄明るくなっている部屋の中。

眼鏡をかけ少し線の細い柔和な印象を与える男性がいる。

男は観葉植物のようなものに水をやりながらこちらに話しかけている様子だった。

そして、自らの状況を一度整理するため口を開こうとした時。


「そんなことはありません。よしてください…そこまで私は食に飢えている風に見えるのですか?」


自分の口が勝手に開かれる。

意志とは全く関係なく動く口と聞きなれない声に少し驚きまた言葉を続けようとも、


口が動かない。


「ふふっ…まだ君とこうして軽口を叩けるようになったのが嬉しいんだ。だって…まだ少ないうちの社員になってくれたんだからね。」


「あなたの元で働けることは光栄だと思いますが…正直心配です。今だから言っておきますが、私だからよかったものを祝いの品で犬人に首輪をプレゼントするのはやめた方がいいですよ。変な意味でとらえられてしまいます。」


「……す、すまない…?でも君なら似合うと思ったんだよ。…ところで、あの…普通に変な意味ってどういうことだい?僕、間違えちゃったかな?」


「……ふぅ…大丈夫です。もういいですよ…」


まるで話している二人の片方の視界を借りて誰かの記憶を一方的に見ているようだった。

……というより、それで合っているのだろう。なぜこうなったか全くわからないが。


「というか、社員というほど規模はそれほど大きくないでしょう。ここは。」


「…ディナルド。ま、まぁ先を見据えている僕の検眼ではうちは明日にでも大企業になるのは確定事項と言っても過言……………ん~?…で、ではないのさ!だから社員と言ってもあながち間違いではない。僕が保証しよう!」


すると、部屋の中に二人の人間が入ってくる。


「ならば、明日にでも依頼をうまくいかせるためにテイラー、君があの面倒な資料を作ってくれるということでいいな?」


「ははぁ~ん?じゃ、俺らが手伝わなくてもしゃちょさんに任せて、ただ外回り行ってるだけでエリート社員になれるってことかい?そりゃいいねぇ~。そうしようやぁ。」


入ってくるは見る限り二人。凛とした雰囲気で頭足らずの言葉を言おうものなら一瞬で鋭い一言を入れてきそうなキャリアウーマンらしき女性と姿勢はいいがくたびれてヨレヨレになったシャツをまとい無精ひげを生やした一見残念な風貌の男である。


「ハクン!それにリカード。君達、性格が悪いな。二人とも様子を見てから帰ってきたのかい?大企業になることと僕がみんなの仕事を受け持つのは違うと思うけどね!まぁそれより…一旦お疲れ様!今日はみんな喜ぶものを仕入れてきたからね!」


「テイラー…。それは仕事に関することか…?」


「いや!今日は新しい依頼を受けることができたしね!それにみんなもここ最近忙しかったこともあるからねぎらいの品だよ!」


「おいおいぃ…テイラーよぅ。お前さんのチョイスでか?しかも仕事人間のお前が仕事以外のものを?……ディナルド、おまえ知ってたか?」


「私は知りませんが…」


テイラー以外の3人が呆れた顔をそれぞれ表す。


「みんな今回は大丈夫だってぇ~!そぉんな暗い顔しないで!僕、みんなが喜ぶのを楽しみにしてたんだから!早く食べよっ!食べないと損するんだ、ぜぇい!?」


「テイラー。私はあなたが選ぶものに信用がないのですが。」


「食いもんって…正気か…?俺は死にたくねぇから俺以外で食べといてくれや。」


「頼むからうちの事務所の経費から落ちてないことを祈るばかりだな。」


「全く本当に君たちは……さすがの僕でもまともなものを買ってきたに決まっているじゃないか!それに僕のポケットマネーだし!」


そして冷蔵庫らしきものから取り出すは1ホール丸々のケーキ。

ナッツと柚子が散りばめられた爽やかな印象を与えるケーキだった。


「……お?普通だな。…一見。…外側は。…第一形態かもしれないが。」


「いや変形とか化学反応とか起きないからね!イッツお店で買ったもの!」


「まぁ、テイラーにしては…センスはましな方だな。」


「今までがマイナスすぎてこれでも”まし”っていう評価を付けるのがハクンさんらしいですね。これ相当高い嗜好品ですよ?テイラーが持ってきたものという情報を知らなければ諸手を挙げて喜べたのは事実ですが。」


「ましって嬉しくないような…?みんな忘れてる?僕が買ってきたんだよ?……ま、いいよ僕が切り分けるから早く食べ………よ……………?」


突然テイラーが切り分けるナイフを手に取りながら固まる。


「…?どうしたテイラー?私が切ろうか?」


「あ……いやいやいやいやいやいや!3人ともソファ座っといて!もってくからさ!!!」


「…そうか?」


見るからに挙動不審になる男はケーキを抱え横の部屋に消えていき、残りの3人がその場に残る。


「……俺はさすがに完成されたものを台無しにするほどあいつは馬鹿ではないとは思うがなぁ?」


「あの人は人を不安にさせるのが本当に得意ですね…」


「……まぁ賑やかでいいじゃないか。うん。」


「そりゃ、お前はまだいいだろうよ!独り身への当てつけかぁ!?ディナルド!俺らで同盟を組もうや!これからはお前らがマジョリティだと思うなよぉ!?」


「リカード。やっかみは唯、己のみが損するだけですよ。」


「かぁ~?ワン公が!首輪もらって飼い犬気取りかい!」


「………さすがにその言葉は見過ごせませんね。」


「二人とも。落ち着かないか。暴れたところで独り身であることは変わらないぞ?」


「……おいぃ!」「……ハクンさん!?」


そしてテイラーと呼ばれていた男が切り分けられたケーキを手に部屋へ戻ってくる。


「こっちが…多分…うん。って、あれ…?みんなすごい体勢になって何の話をしていたんだい?」


「テイラー。馬鹿二人が他愛もない話をしていただけさ。さぁ、早く食べようじゃないか。」


「お?う、うん。でハクンが……これ?…ね!」


「ありがとう。」


「で、リカードが………あ!?やっぱこっちで!」


突然ハクンの持っていたケーキと取り換えて二人に渡していた。


「お、おう…そんな変わるもんかいぃ?まぁ俺は最後に余ったもんでもいいからよ。」


「…で、ディナルドはこれね。」


「ありがとうございます。」


「じゃあ……食べようか!」


そして初老の男が煙草を吸い始める。


「……リカード。」


「あぁ。口直しだよ口直し。甘いものにはまず煙草ってね。あ~うめぇなぁ。うまいぜありがとうなテイラー。」


「うん。食べてから言ってほしいなその言葉は。」


「テイラー。このケーキは本当においしいですね…私はとても嬉しいですよ。」


「ディナルド…君は本当にうちに来てくれてよかった…!こちらこそありがとうね……!」


「特にこのクリームのところが…(ガリィ!!!!!)…て、え…?」


とてもケーキを食べている時にはなるはずのない音が鳴り響く。


「あーあ、やっぱりかい…一旦待ってよかったぜぇ…」


「テイラー!?何を入れたんだ!?」


「いや……あ、あの…え?」


「ちょっと待ってください………もご…ぺっ!………こ、これは…」


ディナルドの口から出てきたのは……指輪。


「テイラー………これは…?」


テイラーと呼ばれる男がディナルドの手から指輪を奪いハクンという女性の前に跪く。


「ハクン!君と供に生きることを決めた時は今ほど余裕があったわけではなかっただろう?…だからこれは僕からのサプライズさ!今までもこれからもずっと愛してるからね!ありがとう!」


「………こいつぁ…ひどいなぁ…。」


「テイラー。さすがの私でもそのディナルドのよだれ塗れの指輪は受け取れない。…ふふっ。」


「うっ……」


テイラーも理解しているのかうなだれる。


「あの…そもそもなんで私のケーキの中に………?テイラーが切り分けてましたよね?」


「いや…あの…お店の方に頼んだんだけど僕が場所を忘れちゃって…それでじっくり見て思い出そうと…」


「それで思い出せなかったんですね…」


「しかも面白れぇことに直前ですり替えたハクンのにも俺のにも入ってないっていうなぁ。」


「うぅっ……!」


「まぁ本当に噛み砕かなくてよかったですよ…大事なもの………になるはずの指輪を。」


「大事なものになるかどうかは…正直俺ならナシだなぁ。…ふぅ~い……俺にはこれがあるからいいや。」


そうしてリカードは新しい煙草に火をつけ一息つき始める。


「り、リカードぉ…?」


「聞くのは俺じゃないと思うぜぇ?」


「は、ハクン…?」


「……………」


ハクンは顔も見えないほどうつむいている。


「ちょ、ちょっとリカード。あまりに言い過ぎたんじゃないですか…?」


「いや、でもよぉう、仕事しかできない仕事人間だとしてもここまでのやらかしはもう人としてだなぁ…?」


「う、うぅ……」


するとハクンが口を開く。


「はははっはははははっ!!!」


普段の彼女からはあまり見ることのできない突然の大笑いに3人は面食らう。


「ハクン…?」


「はははっ…あぁ~…いやな?私の惚れた男はここでも裏切らないな。と思ってな。」


「ハクン…ということは…?」


そしてハクンはテイラーの手にある汚れた指輪をぶんどり自分で指にはめる。


「テイラー。君にこの指輪を私の指にはめさせてやるものか。これは私のものとさせてもらう。悔しかったらまたいつか仕切りなおすことだな。」


「えぇぇぇ…?」


「さすがは唯我独尊女だねぇ…御見それいたすわ。本当に。」


「それとリカード。先ほどその汚い口から出た言葉は聞いていたからな。……私の男が”ナシ”だと……?」


「ひぃいいいぃぃぃぃいいいい!!!!」


「はははっ!テイラー!ハクンさん!リカード!あなたたちは本当に最高ですね!!」


そしてその一言を皮切りに同じように景色が俺に吸い込まれていく。

おそらくこの現象は俺が吸収した【果てに遺された忠犬】と呼ばれていた犬人の記憶なのだろう。

知らない人間が2人いるが少なくともあの初老の人間にはで会ったことがある。

俺が知っていたのは腕が両方義手で随分と老け込んではいたが。


するとまた新たな景色が広がっていく。


「ここが新しいオフィスだよ!随分広くなったなぁ!心機一転してまた一から頑張っていこう!」


そこは先ほどの部屋よりもはるかに広いオフィスのような部屋。

周りに居る人間も多くなり確かに小さい事務所のような場所よりかは会社と呼べるほどにまで成長したことが分かる。


「リカード。どうしてそんな端の方にいるんだ?私らももう初期メンバーとして頼りにされているんですよ?早く行こうじゃないですか。」


「ディナルドよぉ……お前も思わないか…?」


「…なにをですか……?」


「今この光景だ…俺はよぉ、この生まれた瞬間ですべてが決まるような世界でまともな生活が送れるとは全く思わなかったんだ。でもよ…テイラー、あいつのおかげで俺らもここまででかい組織になって企業からもある程度頼みごとが届くくらいになったんだ…すげぇことだよなぁ~。テイラー様様だぜぇ…」


「あなたらしくもないですね。リカード。まだまだ道の途中ですよ?ほら行きましょう。」


「…ふぅ~………あぁ、そうだな…」


そして隣の初老の男と供にテイラーの元へ向かう。


「ディナルド!リカード!どこに行ってたんだい!?ほら!君たちの分のケーキだ!とってもおいしいよ!」


「……今回は指輪は入ってないですよね?」


「ぷはっ…!おいぃ!ディナルド!それは卑怯だろぉい!」


「い、いや入ってなんかないからぁ!やめてよ二人とも!もうあの忌々しい記憶を思い出させないでくれよ!」


すると奥からハクンが来る。


「テイラー。私にとっては忘れもしない日のことなのにそんな風に思っていたのか…?うん、私は悲しいぞ?」


「あ、あはは…いや…ね?男としてはあまり格好がつかなかったもので…ね?」


「テイラーも前より尻に敷かれ度が跳ね上がったもんだなぁ。羨ましい気持ちも不思議と湧かないくらいだぜぇ…」


「安心してください。リカード、あなたは焦らなくていいと思います。リカード相手に満足できる人なんてこの世にいるのだろうかと思ってしまうくらいですからね。」


「おい、ディナルドぉ?そいつぁどういうことだぁ…?」


「おっと。ケーキがなくなってしまいますよ。ここら辺にして早く食べませんか?ねぇ?」


「それはてめぇが決めることじゃあねぇだろうよ!!」


そうして俺と初老の男が取っ組み合っていると、


「私たちも変わっていないがお前らも大概だな。」


「ははっ…でもね。ハクン。僕は思うんだ。僕たちがそれぞれ変わってない風に見えていたとしてもあれから何度も壁を乗り越えてきたってことをね。」


「…そのたびにケーキを買ってな。」


「うん…ケーキもうちで作ったほうがよかったくらいね。」


そして初老の男が俺から手を離し、テイラーに話しかける。


「…それにな、テイラー。さっきよぉ。ディナルドと話したんだがな、びっくりするだろ?まだ俺らの大躍進劇の途中なんだぜぇ!?」


するとテイラーがわざとらしいオーバーリアクションでそれに応える。


「ええぇぇぇえぇぇ!?!?!?そうなのかぁあぁあい!??」


「はははっ!やめてくれテイラー。そのわざとらしい仕草は私に効く。」


「ふふっ。テイラー。私もまだテイラー達と共に道を進め続けることがとても嬉しい。…ありがとうございます。」


「やめてくれよ。水臭い…でもねこちらこそありがとう!…………と、いうことでね!」


「…ということで?」


「いってくる!!!」


そしてテイラーがそのオフィスの目立つ場所に移動しその場にいる全員の視線を集める。


「えぇ~テステス…聞こえる…?…おっけ!ではまず!僕の名前は~知ってるだろうけどテイラー・ルーデンホーク!まぁテイラーでも社長でもどんな風に読んでくれても構わないよ!改めてここまで僕についてきてくれてありがとう!!!今まで僕の名前を使って依頼を受け運営してきたけど、このオフィスを得たことをきっかけに方針とうちの組織の名前も決めようと思います!!」


その宣言に全員がざわつく。

その中でリカードが手を挙げる。


「テイラーよぉ?うちは何でも屋みたいな感じで認識してたが変えるってのかい?」


「そうだね!何でも屋紛いのことをしていたのも宣伝の意味が強かったし何より今までなかった人の伝手ってのが必要だと思ってたからさ!」


そうすると名も知らない社員が手を挙げ意見を述べる。


「あ、あのテイラー社長!!ならばどういった方針をお考えに…?」


「良い質問だね!これからはうちも将来できる競合他社より何歩も先に行くために”超常存在”の研究を進めようと思う!!!」


「”超常存在”…?ってあの”超常存在”…?」


「それを研究だって?…本当にできるのか…?」


「大丈夫!だいじょーぶ!!皆の心配もわかる!未だ存在理由もわからず、ただ災害となり続けるような”超常存在”だ。危ない橋に見えるのも当然だ!でもね!!」


今一度言葉を切り皆の集中を集める。


「だからこそなんだ。僕らが頂点をとるには。…未知だから忌避するだって!?ああ~そんな奴は笑ってしまえ!僕らは新たな既知を作り出す冒険者さ!今までの業務でも見かけたことはあっただろう?”超常存在”なんて。だけどそれを我々の理解の範疇に落とし込めれば!それは一つ一つが財宝の山と何ら変わらない!僕が断言する!我々は世界を変えうる先人のやり残しに運良く気付けた将来名を残す偉人なんだ!現状維持なんてしている時間の余裕は…ないよ!!!…だから、やろう!みんな!変わるんだ!」


「「「「「「うおぉおおぉおぉぉおおぉ!!!!」」」」」」


その場にいる全員の歓声が上がる。


「僕らは世界を置き去りにして先を行く!それは先の見えない地平線の彼方でもない!空だ!誰もが見上げ理解しているようでなんら解明のされやしない未知だった天を!翔けていくんだ!」


それは少なくとも将来名を”遺す”のだろう一人の男の慟哭。


「みんな!聞き逃さないでくれよ!我々がこれから名乗っていく我が社の名前は{天翔生命}だ!!!!!」

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