エピローグ
「旦那様をお呼びいたしますわね」
そう言って上機嫌なクレアが控え室を出た数分後、ノックもなしにドアが開けられた。
マナーも品位もあったものではない。心の準備もさせてくれない不躾な作法に「まあ」と言うと、彼は「やっぱりな」と笑った。
「? やっぱりとは?」
「似合ってる」
ストレートな物言いに、すぐに顔が熱くなった。いつからこの人はこんなにも真っ直ぐ私へ愛を注ぐようになったのだろう。まだまだ思い知らされることが多く、毎日感情が忙しかった。
「ありがとうございます……」
両頬を抑えながらそう言うと、アルヴァルド様は私の隣に座った。ソファーが沈み、ぽよんと私の身体が跳ねる。
ステラフォードの正装は、軍服の要素が多い。だからなのか、彼はラティカ伝統のタキシードも特に違和感なく着こなしていた。「かっこいい」という言葉で済ませるには惜しいくらいだけれど、いつもと違う雰囲気であることに私の心の内は「かっこいい」としか言葉を発せない。今まで培った教養は、一体どこに行ってしまったのだろうか。
そして、こうも思う。私はドレスに『着られて』はないだろうか。
以前思ったように、やはりグラティアナのドレスは身体の線がはっきりと分かった。彼は「やっぱり似合ってる」と言ってくれたが、今までのグラティアナの来賓女性に比べると“貧相”という印象はどうしても拭えない。
私の心中を知らない彼は、控え室を見渡してぽつりと言う。
「ルイスは?」
「クレアに追い出されてました。ドレス姿を一番初めに見るのは、旦那様であるべきだと」
「当然だな」
照れもせずそう言うアルヴァルド様に、何故か私が照れてしまった。
最近は、一年前の彼を度々思い出す。ルイスも結婚式の準備をしながら何度も「何でこんなことになったんでしょうねぇ」と笑っていた。本当にその通りだ。いつ、どこで、何があったからこうなってしまったんだろうか。
それが急に可笑しくなってしまった。一人で静かに笑うと、目敏い彼が「どうした?」と問う。
目線を合わせてくれるように身体を傾ける彼の顔が、とても可愛かった。その可愛い顔に、たまらず微笑みかける。
「去年のことを思い出しました」
「あ?」
何があったから、こうなってしまったのか。
そう問われても、なってしまったものは仕方がない。毒でも薬でも治りはしないだろう、だって顰めた顔すら可愛いのだから。
「これからも、末永く『よろしく』お願いいたしますわ、旦那様」
戯れを込めてそう言えば、アルヴァルド様は一瞬呆れた顔をしてすぐ笑った。揶揄うように、私の顎を掴んでくる。
「そんなつもりはさらさらねぇよ」
「まあ」
軽く返してきたその手とは裏腹に、押し付けられた唇は軽さなど微塵もなかった。そして前触れなく彼は「綺麗だ」と言葉を落とし、今度は頬にキスをする。
このドレスを着て隣を歩くことを、私がどれだけ逡巡したことか。彼は一切知らない。知る由もない。
だと言うのに、容易く救われてしまった。たった一言で、たった数秒で。
何かを伝えたい。けれど、その「何か」にどれくらいの思いが詰められるだろうか。到底分からなかった。
それでも私は、彼の唇に向け、小さく呟く。これ以上の言葉が見つからなかったのだ。
「私は、良い伴侶に巡り会えました」
言葉にすると涙が出そうになった。一瞬だけ止まった彼の瞳が、陽の光を浴びてゆらりと光る。もう一度近付いてきたそれに、目を瞑る。
結婚式まで三十分。どうか、ルイスもエドガーも、この三十分だけは私たちを自由にしてくれますように。
どうかどうか、よろしくね。




