お返しします
祖父のデスクの上に、晩餐会の招待状が置かれていた。
「はあ?」
ラティカ城の封蝋を視認したゼオは、訝しがるように目を細める。前回は魔法台統括の代理で参加しただけだというのに、今回はゼオ宛に届いたのだ。
テテザの件は、ルイスたちがランキース家周辺、特に、近しい家柄のハンソン家を調査していたらしい。だがレインはそれを「潰した」と言っていた。
シンシアの友人であるカーラは、ハンソン家に勤めるメイドである。カーラはハンソン家の同僚からテテザを受け取り、その同僚は高利貸しに脅されカーラをし、高利貸しはレインに弱みを握られている。しかも結局、高利貸しは夜逃げをして行方不明だとレインは報告してきたのだ。
「潰した」というくらいだ。果たしてそれが本当に夜逃げであったかは定かではない。だがレインには、十分な特別報酬を払っている。相応の働きはしていることだろうと、ゼオは全てを任せていた。
「恐らく、ラティカは私たちに気づいてはいるかと」
「ルイスは何でも僕のせいにするからな」
「ですが、証拠はありません」
「だからホームに呼んで仕返しをしようという魂胆なんじゃないか?」
「エリィゼ様がそんなことをするわけがない。リスクが多すぎる上、メリットも大してないんですよ」
「……」
レインは時々、エリィゼと似ている。だからゼオはレインを好きにはなれないし、どこか見下されている気さえしてしまうのだ。エリィゼと違うところは、金の扱いくらいだろう。
「じゃあ何のために僕を呼ぶんだ?」
「牽制ではあるかもしれませんね。そんなことをしても無駄だぞ、という宣言です」
「フン、それこそ無駄だろう。僕が行くメリットもない」
「私は一度、ラティカを見ておきたい気持ちもありますが」
「は?」
「やはり現地に行かないと分からないことが多くあります。城や街の雰囲気から分析できることは多いので。これからも定期的にプレゼントをされるのであれば、お力添えができるかと」
今回の臨時報酬は、凄まじかった。これがあと数回続けば、レインは執事をやめてもう少し楽な仕事につける。レインにとっては、あと数回エリィゼに我慢をしてもらう必要があった。
「ゼオ様宛であれば、私が同行することもおかしくはありません。ご一考を」
レインは、主君がこの提案を無視することはないだろうと踏んでいた。
我が高慢ちきな主君は『考えなし』と思われることを大層嫌うのである。
□
終戦を記念した晩餐会は、ラティカにとって毎年恒例の商戦のようなものだった。商売のチャンスを逃すまいと、この時期は街全体が活気づく。
しかしながら今年は、去年とはまた色が違う盛り上がりを見せていた。言葉を当てるなら“お祭り”が相応しいだろう。
晩餐会にあたってエリィゼは、商人たちからドレスをいくつか提案された。もちろんエリィゼがそれらを吟味することはない。「以前いただいたもので十分だ」と伝えると、その店の主人は「うちの物がいいからだ!」とそれはもう何かの賞を受賞したかのように大喜びだったらしい。
「エリィゼ様」
控え室に、ノックの音が響く。エドガーの声だとすぐに分かったエリィゼは、髪の毛を耳にかけながら「どうぞ」と答えた。
「失礼いたします。ああ、今宵もなんとお美しいことでしょうか」
「ありがとう、エドガー」
前回と変わらない賛辞に、エリィゼはにこっと笑った。その後ろからアルヴァルドもやってきて、目が合う。同時にエドガーが肘で彼を突けば、彼はエドガーの仕草にイラッとした表情を見せてからこう言うのだった。
「馬子にも衣装」
紳士らしくない物言いにエドガーは「アルヴァルド様」と彼を叱りつける。けれど、エリィゼはおかしくて仕方がなかった。前回はそれすら自分の口で言ってくれなかったのだ。
彼が、わざわざ口にしてくれた。エリィゼにとっては賛辞そのものだった。
「嬉しいです」
そう微笑むと、エドガーは固まる。自分が完全にお邪魔であることを自覚したらしい。
一方、少し離れた馬車で傍観するルイスはふっと笑う。手元に、最強のカードを二枚持っているような気分だった。
□
立食形式で行われた晩餐会は、優雅なBGMと共にリラックスした雰囲気で進められた。
先代の晩餐会を知っている来賓たちは、皆一様にホッとしている。以前の晩餐会といえば、人が死んだのかと言いたくなるほど静かな豪華絢爛なホールに、豪華絢爛なフルコースが決まった時間にきっちりきっちり流れてくるのだ。それに比べると、立食形式で気軽に歓談できる今回は「まだマシ」と言えるだろう。
そんな歓談に混じりながら、ゼオは視界の端でエリィゼとアルヴァルドを捉えていた。まるで長年連れ添ってきた夫婦かのような距離感で二人は来賓の対応をし、今のところは仕返しを企んでいるようには全く見えなかった。
「ゼオ様」
警戒していたのがバレたかと思うほど、タイミングよくエリィゼと目が合う。
「やあ」
動揺を隠し、ゼオは短く応えた。エリィゼはいつもの穏やかな微笑みでゼオへ近付き、アルヴァルドはその一歩後ろをついてくる。
(嫌な女だ)
男の一歩先を堂々と行くエリィゼに、嫌悪感しかなかった。「君はそういうヤツだ」と言いたくなったが、すぐそばに来賓もいるためどうにか飲み込む。
「今日はお招きいただきありがとう」
「こちらこそ、遠いところをありがとうございます」
本当だよ。なんで僕がこんなところまで来なきゃならないんだ。
頭の中で悪態はいくつでも思いついたが、やはりグッと堪える。少し離れた輪の中に、とある商会の会長がいたのだ。彼は毎年、魔法台に多額の寄付をしてくれる。
しかしながら、大人しく歓談に応じるのも癪だった。聞かれても問題のない程度の嫌味を、ゼオは穏やかに返す。
「招待状を見たときはびっくりしたよ。どうして僕を?」
魔法台の統括でも、その代理でもない元婚約者をどうして呼んだのか。
決しておかしくない疑問だろう。
(どうせ例の件絡みだろうが、お前たちはそれを告発することもできない)
どう返してくるのか、試すような気持ちもあった。
今にも引き攣りそうな笑顔をするゼオに反して、エリィゼは朗らかだった。何なら、上機嫌にすら見える。感情をなくすことが合理的だと思ってそうな、あのエリィゼが。
「せっかくプレゼントを戴いたのに、何もお返しができていなかったものですから」
すぐにそれがテテザのことだと分かる。わざとらしい暗喩に、また苛立ちが募った。
(嫌味を言うことくらいしかできないくせに。馬鹿馬鹿しい)
「美味しいブルーベリーだったろう? 王宮で取り寄せてるものなんだ」
「はい、ブルーベリーもとても美味しくいただきました。そちらはアルヴァルド様がマフィンにしてくださって、ついつい二つも食べてしまいましたわ」
「エドガーの分含めて、三つだ」
「まあ」
楽しげな思い出を話すエリィゼに、アルヴァルドがすかさずツッコんだ。エリィゼは「そうだったかしら?」というような顔で驚くが、ゼオはそれ以上の驚きに包まれていた。
「……は?」
(コイツが、マフィンを?)
アルヴァルドを見上げる。今日もまた“女に困らなそうな”顔をした、美丈夫である。
(作った?)
ステラフォード王国においても男性、ましてや貴族がお菓子を作るなど、言ってしまえば常識外れである。変人と称されても致し方がない。その上、アルヴァルドは獣人なのだ。
甘味を好まない野蛮な獣人が、マフィンを?
ゼオの混乱をよそに、エリィゼは会話を続ける。
「それと、もう一つくださったでしょう? プレゼント」
鎌を掛けるような言い方だ。ゼオは眉間に皺を寄せる。混乱をなんとか抑え、言葉を返した。
「なんのことだ?」
「テテザですわ。とっても刺激的なお味で、倒れてしまうほどでした」
「……なんの、」
「ところでゼオ様」
よどみなく毒草の名前を口にするエリィゼに、ゼオは同じ台詞を返そうとした。けれどすぐに遮られ、反射的に怒りがこみ上げる。どこまで不躾な女なんだろうか。
そのゼオらしい癇癪を逆撫でするように、エリィゼは首を傾げる。
「今日のデザートは、召し上がりましたか?」
「は?」
唐突な話題だ。
咄嗟に、ホールのテーブルに乗せられた食事たちを思い返す。
その一番端に置いてあったムースには、エリィゼが着ているドレスのような真っ赤なソースがかけられていた。近くにいた給仕に「是非ご賞味ください」と手渡され、ゼオはそれを口にしていた。
「あれも、アルヴァルド様が作られたのですよ」
ヒュッと、胃の入り口が絞られた気がした。
食べた瞬間「酸味が強いベリーソースだな」と思った自分が蘇る。そうだ、飾りには、何かの葉が乗せられていた。
(給仕は、僕にだけ手渡しをした)
「倒れてしまうほど、美味しかったでしょう?」
さあっと血の気が引く。そもそも、こんな風にゼオの言葉を遮るほど喋るエリィゼを、今まで見たことがなかった。
いつものエリィゼと違う。
それに気づいた瞬間、彼女の一歩後ろにいる美丈夫が笑った。全てを見透かしたような目を、愉快そうに細める。
「お返しだ」
胃が気持ち悪い。血の巡りがおかしい。頭がクラクラする。何も考えられない。
口元に手を当て、ゼオは走り出した。会場の隅にいたレインが慌てて駆け寄り、ゼオに声を掛ける。
「どうなさいましたか?」
「毒を盛られた!」
「! まさか!」
「医者に行く、馬車を用意しろ!」
「症状は……」
「いいから早くしろ! 獣人なんかと手を組んでるんだぞ、アイツは狂ってるんだ!」
「……!」
レインは、思う。毒を盛られているわけがない。
彼女がそんなことをする『考えなし』の人間なら、ゼオはここまで彼女に執着していないだろう。会話の内容は聞こえなかったが、ゼオがあの二人に騙されていることだけは理解ができた。
「早くしろ!」
再度、思う。盛られているわけがない。あの人が、こんな短絡的なことをするはずがない。
だが、今この場で騒ぎにすることもできなかった。盛られていないと分かればゼオの面目が潰れてしまう上に、下手をすれば「このような騒ぎの原因は?」と公に探られてしまうことになるのだ。
「すぐに馬車を用意します」
エリィゼとアルヴァルドの姿を思い出す。歓談の最中も、ただ歩いているだけでも、二人はお互いの目を見て微笑み合っていた。
「獣人なんか」とゼオは言ったがレインにとってはそれこそが『考えなし』である。無意味だ。人種が違うだけで行われるそれに、論理的根拠は一つもない。
やっぱり無知は、怖いものが多すぎる。
レインは密かにため息をついた。ゼオの恐怖に付き合うことに、そろそろ見切りをつけたくなっていた。




