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永遠の苦しみ

「エリィゼ様、アルヴァルド様、改めまして昨日はお疲れ様でございました。大成功に終わり、私たちも大変嬉しく思っております。ワルツも、文句のつけようもなく素晴らしいものでした」

「隙あらば文句をつけたかった言い振りだな」

「ええ。残念ながら隙がありませんでしたので」

「おい」


 エドガーの嫌味にアルヴァルドがそうツッコむが、もはや仲裁することもしないルイスはエドガーを引き継ぐように言った。


「来賓からの評判も上々ですよ。あの男からは何故かブルーベリーが届きましたが。捨てていいですか?」

「いいわけがないでしょう。ブルーベリーマフィンという手があるわ」

「それは誰が作るんだ?」

「食べてしまった方が縁起がいい気がしますし」

「ちょっと分かるのがうぜーな」

「そもそも何でブルーベリー? 別にお嬢様の苦手なものでもないですよね?」

「私を見て思い出したらしいの。お庭にあるんですって」

「うわーアイツらしい嫌味」

「一周回ってエリィゼ様のことがお好きなのでは?」


 エドガーがそう穏やかな解釈を提示すると、ルイスはすぐさま「マジでそれはないです」と否定した。重ねるように、アルヴァルドも言う。


「普通に死ぬほど嫌いだろうな、あの目は」

「死ぬほどは言い過ぎですわ。私のせいで死ぬなんて、死んでも嫌がる方ですもの」

「揚げ足とんな」

「で、どうでしたか? 旦那様。話してみた感想は」

「戦場で背中から撃たれるタイプだな」

「ああ、逃げそうですもんね」

「あら、部下から撃たれるという意味なのでは?」

「両方だ」

「なるほど」

「納得ですわ」

「納得なんですね」


 ニコニコ頷くエリィゼに、エドガーは笑う。同時に、このお二人が言うくらいなのだから、よっぽど意地の悪い人なのだろうとも思う。


「で、エドガー」

「はい?」

「そこに掛けてあるドレスはなんだ?」

「よくぞ聞いてくださいました!」

「うるせぇな。これ見よがしに置いたくせに」

「はい。どうしてもエリィゼ様にご覧いただきたく。こちらは、ラティカ城に受け継がれる、伝統のウエディングドレスです」


 普段の中央執務室にはないポールには、白いドレスが飾られていた。

 金色の刺繍がこれでもかと施されたそれは、昨夜のレースと布がふんだんに使われたドレスとは打って変わり、身体のラインにぴったり沿うような形だ。

 エドガーは『伝統』と言うが、特に古めかしいデザインではない。エリィゼにとっては異国情緒も感じられ、むしろ目新しいものに見えた。


「私としてはこちらを晩餐会でお召しいただきたかったのですが、お直しをすると間に合わないとのことで泣く泣く諦めたのです」

「素敵な刺繍だわ」

「グラティアナの刺繍です。晩餐会でのアルヴァルド様のお召し物にも、似たようなものがありましたでしょう?」

「ええ、金色の。とても素晴らしかったわ」

「このドレスは、本国からラティカに贈られたものです。タキシードはステラフォード王国が拵えたものになります」

「なるほど、どちらかの様式に偏るわけにはいかないものね」

「はい。どちらも保管状態がよく、サイズの調整さえすればすぐに着られますよ」

「さすが伝統あるラティカ城だわ。次代にも引き継げるよう、これからも丁寧に保管しましょう」

「……」

「いや俺を見るな。っつーかまだ諦めてねぇのかよ」

「もちろんです。晩餐会は終わりましたが、あれはあくまでお披露目会。私はアルヴァルド様とエリィゼ様の結婚式を見るまで死ねません」

「じゃあ永遠に生きるな」

「まあ、それは嬉しいわ」

「永遠に苦しめと?」


 微塵も寄り添う気がない二人に、エドガーはすかさずツッコんだ。二人はその言葉に笑う。


「全く困った主人たちです」

「そもそも、この女がドレスを見たくらいで心変わりすると思ったか?」

「万一の可能性があるでしょう。一縷の望みでも賭けますよ、私は」

「防虫にぴったりのハーブがあるから、後で言付けるわね」

「ほら見ろ」

「耳が遠いので聞こえません」

「都合のいいジジイだな」

「どうせあなた方もいずれジジイになるんですよ」

「今そんな話してねぇだろ」

「いや何で俺も巻き込まれてんの?」


 三人の話を聞きながら、エリィゼは紅茶を口にした。チラリとドレスに目を移し、考える。


(あのドレスを着て、アルヴァルド様の隣に立つのは少し憚れるわね)


 グラティアナの女性に比べると、どうしても貧相な体つきなのだ。ワルツの時だって、彼は「つまらない身体」と思ったかもしれない。


(着ることはないし、どうでもいいことだけど)


「ひとまず、汚れないように片付けます」とエドガーはポールごとドレスを持ち上げた。それをジッと見つめる。

 その先にいるアルヴァルドの目もまた、ドレスに奪われていた。何かを考えているような目は、ついっとエリィゼを向き、かち合い、そしてすぐに逸らされる。


(びっくりした)


 彼は、何を思って私を見たのだろうか。あのドレスに似合わないと思ったのか、それとも、似合うと思ってくれたのか。


(……そんなこと知って、どうするのかしら)


 自分でも不思議だった。どちらにせよ、あのドレスを着て彼の隣に立つことはない。それだけは揺るぎようがない事実だ。


「お召しになりたいときは、いつでも仰ってくださいね」


 中央執務室を出る間際、エドガーがにっこりと笑って言った。圧すら感じるそれに、エリィゼは同じくにっこりと笑顔を返す。

 ない未来を想像するほど、無駄なものはない。

 アルヴァルドは頬杖をついたままだった。エリィゼと合った目を逸らしたあとから、読んでも入ってこない文書をジッと見つめていた。



 □



「なぜできないんだ?」


 それがゼオの祖父ゲアート・ランキースの口癖だった。何故と言われても、ゼオ自身分からない。分からないことには、答えられない。


「なぜ答えられない?」


 暴力を振るわれたことはない。けれど、祖父しか座ることが許されないアンティークの椅子から、一歩も動かない彼が怖くて仕方がなかった。


「ゼオ様、なぜ先生の講義をサボったの?」


 ある時、純粋な疑問と共にそう聞いたのがエリィゼだった。

 心からの疑問であることはゼオにも理解ができた。それでも咄嗟に「うるさい!」と跳ね除けるしか、彼には選択肢がなかったように思える。


(なぜ? そんなのが分かっていれば、僕だって、こんなに困っていないのに)


 エリィゼは終始、不思議そうな顔をしていた。


 □


 ウォーラン家から許嫁の話が来たのは、その数ヶ月後だった。


「不出来な娘ですが、何卒よろしくお願いいたします」


 エリィゼの父親は、ゼオの能力を高く買っていた。子どもながらに『今は持ち得ていない能力』を期待されていることが痛いほど分かった。

 僕にはそんな能力が、ある。エリィゼの父親が頭を下げるほどの能力が、ある。

 ピアニストとして全国を回っている講師は、王都に帰ってきたときだけ講義を行う。その講義を受けることが、貴族の間ではステータスだった。

 日頃の練習の成果を見定められるその日、エリィゼは単純なミスを連発した。講師はその時、何かにイラついてるようだった。他の生徒たちは「気の毒に」とエリィゼを無言で見守っている。


「こんな不出来な生徒を見に王都に戻ってきたわけじゃありませんよ」


 そう静かに怒る講師に、エリィゼは何も答えずずっと下を向いていた。

 帰り際、ゼオはエリィゼに問う。


「何故君は不出来なんだ?」


 エリィゼは、いつも穏やかな顔を硬直させてその場に立ちすくんだ。

 とてつもない優越感だった。

 僕はこれから、この女の子をどうにだってできるのだ。純粋な目をして、端正な顔を固まらせて、白魚のような指をギュッと握ってしまう彼女を、いつだって、どうにでも。

 あの時に勝る快感を、彼は未だに知らない。



 □



 ランキース邸は、王都の中心部に位置する大豪邸である。ゼオの自室にあるデスクは、祖父から譲り受けたものだった。

 そのデスクの上に、様々な書類に混じってエリィゼへ贈ったブルーベリーの納品書があった。それを手に取った瞬間、ゼオの頭には二人の顔が思い浮かぶ。誰にも負ける気がしないという顔をしていた。


「クソ!」


 一瞬で感情的になってしまったゼオは、その納品書を力任せに破っていく。それを何度も何度も繰り返すと、屑になったものが絨毯に力なく落ちていった。

 あの女も、この紙のようにボロボロになってしまえばいいのに。

 いつもそれが叶わなかった。今度こそ叶うはずだったのが、どうしても上手くいかない。


「……もう少し不幸になれよ」


 ゼオの飾らない一言は、彼自身の背中を力強く押した。

 また、僕が不幸にしてやらなければならない。この床に落ちた紙屑一つ分だけでも、不幸にしてやらなければならない。

 あんな女が、俺より幸せであっていいはずがない。

 そう信じてやまない彼は、明日の遠足が待ちきれない子どものような気持ちでラティカの街を思い浮かべた。


 さぁ、どうしたら彼女は不幸になってくれるだろう。

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