女冒険者 リスタ
鬱蒼とした森の中で白刃の一閃が煌めく。
直後に地面に落ちる直径50cmほどの巨大な魔物の頭。
「これで終わりか」
剣を鞘に収め、物足りなさそうに女冒険者リスタがつぶやきながら周囲を見渡す。
辺りには討伐したキングゴブリンの死体とその配下であった何十体ものゴブリンの死体が転がっており、そのどれもが悪臭を放っているなかで彼女は顔に黒色の血を付けたまま平然と素材の剥ぎ取りを行う。
腰に差したナイフを引き抜き、キングゴブリンの死体に切り込む。
切断した頸動脈から魔物特有の真っ黒い血液があふれ出し続ける中、討伐の証となる部位を素早く剥ぎ取る。
キングゴブリンの特徴でもある高く発達した鼻。
ゴブリンという種族は鼻の高さによって階級が決まり、15cmにもなる高い鼻はまさにゴブリンの王者のとしての風格を備えている。
切り取った鼻を麻布に包んで素材用のポーチに入れると、次に換金性の高い部位を優先してはぎ取る。
ギョロリとした青色の目玉、真っ黒な心臓、酷い臭気を放つ脳…
商人によればこれらの素材は高い魔力を宿しているらしく、魔力を消費して力を行使する魔術士達にとって需要が高いらしい。
「よし、何とか剝ぎ取れたな」
素材を丁寧に麻布に包み、ポーチに入れ終えて一息つく。
ナイフを鞘に納め、辺りを見渡す。
そこには相変わらずゴブリンたちの死体が散らばっている。
基本、素材の剥ぎ取りには相応の技術や時間を要するため討伐報告を受けた後に現場に専任の解体士と輸送用の馬車が送られる。
しかし解体士が到着するまでの間に野生動物によって死体が食い散らかされて価値が激減したり、悪質な同業者や盗賊に死体ごと横取りされたりなどのリスクがあることから換金性の高い小さな素材は自身で確保することが冒険者にとっての常識となっている。
「もうじき日暮れか」
茜色に染まりゆく空を双眸に収めてそう呟く。
剣技の才能を鼻にかけた末に王都の騎士団の試験に落ちて早5年。
未熟な心身を鍛え直す為に厳しい環境に身を置く冒険者になり幾多ものクエストをこなしてきた。
Ⅾランクから始まった冒険者の階級も今や上から三番目のBランクとなり、Aランクへの昇格も見えている。
現在19歳。
ギルドマスター曰く、この年齢でBランクに昇格した前例は所属するギルド内では未だ無いらしく、このままいけば王国内で数人しかいない最高ランクであるSランク冒険者も夢ではない…らしい。
正直な話、複雑だ。
『Sランク冒険者になれる』というギルドマスターの話はお世辞ではあるだろうが、実績自体は本物ではある。
しかし、冒険者になったのは騎士団に入るための鍛錬としてであり、再受験の資格もまだ残っている。
このまま冒険者として頂点を目指すか、冒険者としてのこれまでの積み重ねを捨て去って騎士団に入るか…
「ひとまず、戻るか…」
心中に葛藤を抱えたまま、夜行性のモンスターの声が俄に響き始めるなか、彼女は足早に森を去る。