指先の上のお菓子
クリスマスは久々に家族と過ごし、年末年始は大掃除をして過ごす。
タンスやベッドを分解し、部屋の隅という隅まで埃を掃きだしてからワックスをかける。単調な作業であるが、計画性がなければ非常に時間がかかる作業である。
私はワックスが乾くまでの間にタンスの中の整理を始めていた。
80年代のジャズやポップシンガーのCDを丁寧にテーブルの上に積み重ね、その隣に本を並べる。そして小物入れに手をかけたところで、見慣れない袋を見つけて手に取った。
袋はとても軽く、中身はふわふわとして柔らかい。
そっと覗きこんで見ると、白い綿が見えた。
どうしてこんな所に綿があるのだろうかと私は不思議に思いながらそれを積み上げた本の隣に置いた。
空になったタンスの中を乾いた布で拭いて綺麗にする頃には、ワックスも乾いているだろう。
玄関先に一時的に置いておいたベッドの部品を元の場所に置いて組み立て、マットを敷いて立ち上がった時、私はテーブルの上にちょこんと座ってこちらを見ている生き物と、確かに目があった。
その生き物は全身を白い綿毛に覆われ、つんと嘴が飛び出ている。その両脇についた黒いゴマ粒のような丸い眼が、真っ直ぐ私を見ているようだ。
何と言えばよいか、私が考えあぐねていると、その生き物は投げ出していた足で立ち上がり、両手を前に揃えて軽く頭を下げた。それからトテトテとした足取りで袋の中に戻って行く。きっと、袋の中があの生き物の住処なのだろうと私なりに理解した。
そのときに私は袋ごとゴミとしてその生き物を捨てることもできただろうがそうはせず、そっと袋を取り上げると空のティッシュボックスの上に置いた。
袋から再び白い綿毛の生き物が顔を出し、ティッシュボックスを見た。
私がここに住めばいいと言うと、その生き物は礼儀正しく今度は深くあたまをさげて箱の中に入っていった。
この日から私はこの不思議な生き物と生活を共にすることになり、不便なのでこの生き物のことを「ワタさん」と呼ぶことにした。
ワタさんは箱の中に袋の中のものを全て移動させ、ティッシュボックスの中で生活を始めた。
私は食パンの欠片を箱の前に置いて朝仕事に行き、帰ってきても食パンはそのままだった。
どうしたのだろうと不思議に思い、呼びかけてみるとワタさんはすこししてから顔を出した。私が「お腹はすいてませんか」と尋ねながらちぎったパンを差し出すと、ワタさんはありがたそうに受け取り、そしてやはり、礼儀正しく頭を下げた。
どうやら、私から許可が無ければワタさんは自分からものを持って行かないようだ。
ワタさんが持つと大きく見えるパンも、実際はわたしの小指の先ほどの大きさでしかない。ワタさんは大きなパンのカケラを小さく手でちぎってもぐもぐと食べはじめる。私はそれを眺めながら、家にあるものなら何でも使っていいとワタさんに話し、その晩一緒に夕食をとった。
翌日からワタさんは部屋にあったボンドと爪楊枝を使って家具をつくり、ティッシュボックスを改装して窓ができ、寝室ができ、浴室ができ、キッチンができた。
夜に私が仕事から帰ると、ワタさんと夕食をとる。そんな不思議で平和な生活が、いつの間にか日常に変わっていた。
ワタさんの新居からはいつも香ばしい匂いが漂い、私に差し入れとして小さな焼き菓子をよく持って来てくれた。私は小さな皿の上に山盛りになっている焼き菓子を一口でおいしくいただき、腹の足しにはならないけれど、穏やかな気持ちで満たされた。