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レベリングは面倒くさい

「レベリングだるい」


 アオイは思った。『地道に筋トレするよりダンジョンに潜ってMOB狩ったほうがはやい』派のアオイだが、その『はやい』はずのレベリングでさえアオイには手間だった。


 なんならゲームのレベリングでさえ面倒くさがるアオイだ。現実になればどうなるか。


 ダンジョンはゲームに酷似しているが、それでもやはり現実に合わせて調整されている。


 マップは広大で移動するには相当な時間を要する。歩いて一分もかからずMOBと遭遇するなんてことはなく、場所によっては十数分歩き続けて遭遇するかどうかといった程度だ。


 実際、それほど休みなくMOBがポップしたなら危険ではある。戦えば疲れるし治療も準備も必要だ。一切の食事なく動き続けることなんてできないし、人間にはどうしようもない生理現象も存在している。


 ダンジョン外でのいわゆる『狩猟』に比べれば多いのだろう。森林山中で野生動物と遭遇するのはどれくらいの頻度で起こるか。場所にもよるが、そう多いものではない。

 ただ、それよりは多いとは言ってもゲームほどではない。そうなるとやはり移動時間が主になる。

 この階層はあまり足場が悪いというわけではない。ないが……。



「あー……なんか、もう足が疲れてきた……」



 アオイの今の身体は明らかに運動不足である。元からそうだったし、だてにこの身体になってから一週間引きこもり続けたわけではない。歩くだけでも十分な運動になる。これでも何回かMOBと遭遇して狩ったので位階は上がっているはずなのだが……それでも、一般的な成人男性にも劣る程度の身体能力しかまだ備えてはいないだろう。



「あ、ゴブちゃん」



 そうして歩いているとアオイはゴブリンを発見した。運の良いことに群れだ。統率者のようにホブゴブリンも居る。ダンジョンにおけるホブゴブリンはゲームなどに登場するのと同じく『ゴブリンの上位種族』とか『ゴブリンが進化した姿』とか『なんかでかくてつよいゴブリン』のことだ。

 人類文化に詳しいダンジョンさんのことだから『妖精』のようなホブゴブリンも存在するのかもしれないが……とりあえず、今回見つけたのは『なんかでかくてつよいゴブリン』のほうのホブゴブリンだ。



「この階層で見るなんて珍しい。ラッキーだね」



 現在、アオイが居る階層は第六層。ホブゴブリンがポップするには浅い階層だ。徘徊者ワンダラーかな。ダンジョンさんは何を参考にしているのか、時たま『その階層に出現する他のモンスターと比較して突出して強いモンスター』を出現させることがある。そういったモンスターは『本来その階層に出現するモンスターではない』という理由で徘徊者ワンダラーやイレギュラーなどと呼ばれている。

 と言っても、そういったモンスターは自分から攻撃を仕掛けない限りはこちらに向かってくることはない。そうじゃなきゃ危なすぎるからね。謎の心遣いだ。


 もちろんアオイは攻撃を仕掛ける。未だに位階はシブヤの第二層でやっと適正なくらいで、元の身体能力が壊滅的なので今なお一般的な成人男性にも劣るレベル。ただのゴブリンにさえ、決して挑んではいけないステータスだ。


 だが、アオイは。



「ホブゴブリンくらいなら、たぶんダンジョン前の世界でも殴り合いで勝てる人は居ただろうし」



 それも、相手が人の形をしているのなら。



「――この身体でも、なんとかなるでしょ」



 アオイはゆったりと歩いてゴブリンの群れへと近付いた。群れと言ってもたった4匹。全員が棍棒を持っており、ホブゴブリン1にゴブリン3の構成だ。


 ホブゴブリンは徘徊者ワンダラー。こちらから攻撃を仕掛けなければ向かってくることはない。……ただ、ゴブリンは別だ。


 アオイを見つけたゴブリンがゲギャアと鳴き声を上げてこちらに走ってくる。のっそ、のっそ……浅層に出現するMOBは移動速度が遅いことも多い。人間であれば小走り程度の速度で向かってくる。

 ただ、MOBには『スタミナ』の概念がないのかその速度がどこまでも変わらない。その点は注意が必要だろう。いくらトップスピードが遅くとも、減速しないのであれば十分過ぎるほどに脅威である。



「自分から来てくれるとか優しいなぁ」



 最初に来たゴブリンがアオイに向かって棍棒を振り上げる。隙だらけだ。アオイは身体を少しよじるだけでそれをかわし、その手首に『手を添えた』。


 ゴブリンが勢いよく回転し、その頭を思い切り床にぶつける。



「投げ」



 アオイの動作には迷いがない。残心すらせずに残りの2匹のゴブリンを見据える。仲間が投げ飛ばされたことでゴブリンに動揺が見える。隙。



「MOBも戦闘経験薄そうだよね」



 当たり前のように、アオイがゴブリンの顔を叩いた。目に指が入ったのか、ゴブリンの顔がのけぞる。もう一匹は何が起こったのかわからないとでも言うように固まっている。


 しかしその間にアオイの行動は終わっている。目を叩いたゴブリンの耳を掴み、足を引っ掛ける。


 そしてそのゴブリンの頭が床に直撃したときになって、ようやく最後のゴブリンが棍棒を振り上げてアオイを襲った。



「判断が遅い」



 だが、こうなれば後は最初のゴブリンと同じだ。

 小さく身を傾けるだけでそれを避け、その勢いを利用してゴブリンを投げて頭から落とす。


 最後に倒れたゴブリンにトドメをさせば終わりだ。ホブゴブリンはこちらを見るが、まだ攻撃してこない。


 徘徊者ワンダラーは攻撃されるまで攻撃してこない……つまり、ファーストアタックの権利はこちらにある。

 どんな攻撃をしようと、どれだけ時間をかけようと――その一撃を与えるまでは無防備だ。


 もっとも、アオイにはその『一撃』がない。



「だから……先手は譲ってあげるよ」



 アオイはぽいとゴブリンの持っていた棍棒をホブゴブリンに投げた。


 それがホブゴブリンに触れた瞬間――徘徊者ワンダラーは敵意を剥く。


 ぎろっ、とホブゴブリンがアオイを見た。次の瞬間、ホブゴブリンはアオイに向かってその棍棒を振り下ろしている。


 ゴブリンとはまるで違う速度だ。人外の膂力を持ってして放たれた一撃は――しかし、アオイに苦もなく避けられ。



「はい、終わり」



 ぐるん。


 ゴブリンと同じように投げられ、頭からその巨体を落とされた。

 ブレーキとアクセルを踏み間違えた車が思い切り壁にぶつかってひしゃげたときと同じように轟音を響かせ、ホブゴブリンが地に沈む。



「……んー」



 ホブゴブリンにトドメを刺した後、アオイは小さく震える自らの手を見て小さく呻く。



「この身体、まだ慣れないな。流しきれてない」



 難なく勝っておきながら、アオイは不満そうに唇をすぼめた。



「やっぱ、人型以外のMOBは逃げ一択だなー」



 アオイの持つ技術はあくまで『対人』を想定している。祖父は動物虐待もするが(熊とか倒したらしい)自分は祖父とは違う。熊とか人間が素手で戦える相手じゃないでしょ。


 しかし相手が人の形をしているなら、アオイはそうそう負けるつもりはなかった。もっとも、オーガやミノタウロスのような怪物は例外だ。そんなのがポップするのは自分が抜けられない第十層より先だから、万に一つも遭遇することはないだろうが。



「オーガとかミノタウロスとかがもし徘徊者ワンダラーとして浅層にポップしたら……さすがに手を出さずにSOSだけ送って逃げるしかないかな」



 なんて、そんなことが起こるはずもないんだけど。


 あっはっは、とアオイは笑った。


 一週間後、それが現実になるとも知らずに。

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