三大欲求に弱いクズ(三大欲求だけではない)
すべて欲望に弱いアオイは当たり前のように三大欲求にも弱い。食欲にも性欲にも睡眠欲にも弱い。それが表すようにアオイは食欲も性欲も満たしまくってはいるのだが――果たして、睡眠欲に関してはどうか。
「いや、好きに寝てるけど……食欲や性欲に比べると、追求できていない気がする……!」
アオイは思った。自分が欲望に弱いことは自覚している。しかしだからこそ、その欲望を思うがままに満たしたいものだ。叶うことならば可能な限り良いものを――そう思うのが人間というものだ。……ボクだけ? え? そんなことないよね? ね?
とにかく……食欲に関しては『より良いもの』――おいしいものを探すことならいつもしている。でぃぐでぃぐしてる。だいたいSNSとかで調べたりだけど……実はあんまりお高い店には行けてなかったりするんだよね。お金もあるけど、ボクに友達居ないのもある。
ひとり〇〇みたいなのに抵抗あるかーって言ったらそんなことないんだけど……ほら、高級店って料理の提供までの時間どうすればいいのか困るじゃん? お高めのお鮨とかも食べたいんだけど、思えば実家から出てから一度も食べていないのは金銭面以外では『それ』が理由だったりする。
テキトーな店だとスマホ触りながら待つとかでもいいんだけど……ねぇ? 高級なお店でそういうことするのってチョット抵抗ある。だからその点では誰かいっしょに行ってくれる人を見つけてからかな。
でもまあ今のところはまだそのレベルじゃないかなって感じもある。ひとりでも行けるところがまず開拓しきれてないからね。例えば……ラーメン屋さんとかだけでもそうだし。カレー、ハンバーガー、パン屋さん、とんかつ、うどん、そば、お好み焼き……ケーキ屋さんとかもそうだね。中華とかも好きだし、洋食、フレンチ、イタリアン……ピザとか! 他にも色々あるよねぇ。おでんとかも好き。あとは……って、これ言い始めると止まらないな。
とにかく、待ち時間スマホでひとりさびしくでぃぐでぃぐするのが許される店ってだけでもまだまだ行き尽くせてないってことだね! もし高級なお店とかに行きたいってなったら……そのときはエアさんかサキさんを頼ろっかなー。ユートくんはさすがに連れて行きにくいし。この三人は割りと仲良いハズ。きっとね。うん。
そして性欲。これに関しては……うん。個人種目だけだけど、割と満足してます。はい。そういう道具もいっぱいあるからね。問題はハマっちゃうとマジでそれだけで一日終わっちゃいかねないところ。めちゃくちゃ面白いゲームにハマって夜通しプレイする感じで夜通しソロプレイしちゃうよね。最初はそういう道具は使わずにやってたんだけど……使い始めると、もう、ね。機械のローター音みたいなの聞こえたらそれだけで思い出しちゃうレベル。具体的にアダルトグッズを言うのはちょっと憚られるからそれ以外でお世話になってるものを言うと……ペットシーツ……ですかね……。
あと、何よりもボクが美少女過ぎるからなー。それだけで満点に近いもん。ボクが最高のオカズになる。白米モリモリですよ。パクパク。まあ自分以外のオカズでシないこともないけど……。
ただ、美少女になったメリットの『もう一方』に関しては……その……未だに活用できてないんだよね。
もう一方とは何か。もちろん『女性しか入れない場所』に入ることができる、ということだ。
未だにダンジョン行く時も更衣室とか使ってないし、お風呂とかもね。罪悪感のほうが勝っちゃう。やっぱり『自分の意志で選んだ』感出ちゃうからな……。ボクはいいけど、普通そういう目で見られるのってイヤじゃん? それなのにボクが一方的にそういう目で見ちゃうっていうのは……なんか、罪悪感が勝っちゃうんだよね。いや実際に見たら性欲のほうが勝ちそうなんだけどね。うん。それは仕方ない。欲望に……勝てない……っ。
あーあ。なんか強引にお風呂に連れて行かれるシチュとかにならないかなー。都合よく不可抗力的にそういうシチュに陥りたい。そうなったらボク悪くないもん。罪悪感なく女体を堪能できる。そうなってくれたらなぁ……。
……え? 『その自分では責任を負わずに漁夫の利だけを得ようとするという魂胆があまりにも浅ましく卑怯でクズ』? な、何も言い返せなくなるからやめてくれないかなぁ!? まあ、おっしゃるとおりですけど! まったくもってその通りですけど! でも、思うだけだから……いいじゃんっ……!
……ま、まあ、とにかく、ですよ。食欲と性欲に関してはこのように割りと満足できているわけで――ただ、睡眠欲に関して言えば。
「ずっと使い古しので寝てるけど……収入もあったわけだし、こういうときじゃないと買えないもんね」
ほら、言うじゃん? 睡眠はマジで大事って。身体が資本の探索者ですから。椅子とベッドはこだわったほうがいいってずっと言われてるけど……せっかくベベベッってできるくらいのお金が入ったんだから、そういうところに投資しないと!
ふふん。ボクもいつも無駄遣いしてばかりではないのですよ。いや、いつものも無駄遣いってわけじゃないけどね? 服は大事だし! ……え? 服以外のところでは無駄遣いしてないのかって? ………………そ、それはまあ、いいじゃないですか。
というわけで、いいベッド……マットレス? 布団? とにかく、そういうのが気になるわけなんだけど……実際のところ、どれがいいのかって使ってみなくちゃわかんないような気もするんだよね。しかも一日だけじゃなくて継続的に。寝てみないとわからない気がする。
どういうのが良いのかは人によるんだろうけど……どれが良いんだろう。ネットで調べてみてもどれがいいのか難しいところっぽいんだよね。そんなに頻繁に買い替えるものでもないし。
誰かこういうのに詳しい人……そこそこ収入はありそうで、そういうのにもこだわってそうな人に実際に話を聞かせてもらえることができれば……。
「って、聞けばいいじゃん」
思い立ったが吉日、アオイはすぐさまチャットを飛ばした。時間ある? ちょっと話したいんだけど――
*
「ということで、お呼びした次第なわけです」
「会う必要あるか?」
「えー? 会いたかったし話したかったし……それじゃだめ?」
「う、ウチはめちゃくちゃ嬉しいよ! あ、アオイちゃんに会えるとかそれだけで幸福だしホント気軽に呼び出してあごで使ってくれていいって言うかいやでもそれはウチに都合良すぎだし望みすぎかもしれないからイヤだったらいいんだけどウチとしては」
「長い。アタシも会いたくなかったわけじゃない。単純な疑問だ。顔を合わせること自体はアタシとしても望むところだ。アオイとエアリエルのことは気に入ってる」
「お、おぉう。サキさんってズバッとそういうこと言うよね……モテそう」
そういうわけで、アオイは以前の動画でコラボした探索者――『剣姫』とも呼ばれる探索者、和泉サキ。そしてアオイの熱狂的なファンであるエアリエルを呼び出していた。
場所はパティスリーラパン。アオイ御用達のパティスリーであり、同時にバイト先でもある。今回はバイトをするつもりはなかったのだがせっかくなのでアオイはバニースーツであった。
そんなアオイの姿を見たときのエアは「ひゃえ!?」と一度卒倒し、起き上がってからも「は、話には聞いてたけど……は、破壊力ヤバすぎ……!」と興奮した様子だった。鼻血も出ていた。ホントに出る人居るんだ……。
「そうか? ほとんどの場合アタシを見ただけで顔をひきつらせるヤツばっかだが」
アオイの『モテそう』という言葉にサキは平然とそう返す。顔立ち自体は『美人系』というよりは『かわいい系』のそれだが、彼女の振る舞いは同じ女子から見れば憧れの対象として見られてもおかしくない。
が、サキにはそれ以前の問題がある。エアがしらーと目を逸らしながら、
「…………剣姫は戦闘狂で有名だから」
「あ、ああー……そう言えばボクにも最初は『喧嘩しようぜ』からだったな……」
そういう趣旨で集まってもらったとは言え、いきなりのアレはちょっと引いた。めちゃくちゃ危ない人だと思ったもんな……。
たぶんそのあたりは今も変わってないのだろうが、手合わせしてからまだ間もない。さすがにここまで早く再戦をしようとはならないらしい。
サキはさくりとケーキを切り分け、フォークに乗せる。そのままそれをぷらぷらと揺らし、
「アオイの位階が上がったならまた挑む。それより今はエアリエルのがヤりたいところだな」
「えっ……う、ウチもそういう目で見られてたのか……ウチが剣姫に勝てるわけ……」
「テメェの独自魔法――【エアリエル】は剣士からすれば最悪の相手だと思うが」
「いや……剣姫、【エアリエル】使ったウチでも絶対斬るじゃん……」
そんな二人の会話にアオイは【エアリエル】? と首を傾げる。エアさんのハンドルネーム――探索者ネームと同じだけど……どういう?
「あ、アオイちゃんは知らないよね。ウチは配信とかほとんどしてないけど――そもそもダンジョン配信あんまり見てないだろうし」
と言うか、剣姫のことも知らなかったくらいだもんね。その言葉にサキは「アタシも配信はしてないが?」なんて返すが「いや、剣姫の知名度はそんなもんじゃないから……」とエアリエル。そもそも二つ名なんて付いてる時点で普通ではない。
「独自魔法はわかるよね? ユニークスキル――ギフトとは違って『誰でも取得できる魔法』を独自に組み合わせてひとつにパッケージ化した魔法の総称」
「プログラムなんて呼び方もあるがな。あらかじめどんな魔法をどんな順番で使うかを決めておくって意味ではこっちのほうが実態に即しているが」
「なんかオリジナルで定着してるよね〜。実際のとこ割りとパクられてるって聞いたことある」
その独自魔法が【エアリエル】だと言う。エアリエルの【エアリエル】というわけだ。アオイは思った。
「……エアリエルの【エアリエル】というわけか」
言った。
「う、うぅ……! それめっちゃクラメンからもイジられてるやつ……! アオイちゃんから言われるのは嬉しい……けど……ハズい……っ!」
によによしながら頬を抑えるエアリエル。恥じらいながらも嬉しい気持ちもあるらしい。と言うかやっぱりイジられてるんだ……。ならどうしてそんな名前を。
「でも、あの独自魔法なら【エアリエル】って名前しかねぇだろ」
「へぇ〜。ってことは、やっぱり【テンペスト】も関係あるの?」
「ああ。エアリエルと言えば【エアリエル】からの【テンペスト】が鉄板パターンだからな」
エアリエルと言えばシェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場する精霊だ。以前の模擬戦でエアが使っていた魔法でもある。
しかし、さしものエアであってもずっとその話題を続けられることには耐えられないらしい。「そ、それより!」と声を上げる。
「ウチのことなんかよりアオイちゃんだよ! アオイちゃんのベッドの話を! しよう!」
「そうだな。しかし、どうしてアタシらなんだ?」
「え? ボク、エアさんとかサキさんくらいしか友達……知り合い居ないし」
「配信やってんなら視聴者にでも聞けばよかったんじゃねぇか?」
「……!」
「なんで『その手があったか』みたいな顔してんだよ」
最近配信をやっていなかったので忘れかけていたが、そう言えばアオイは配信者だった。そうか……これを話題にするのも手だったか……。
アオイも今や人気配信者。配信で聞けば集合知を得られるだろう。まったく思いつかなかった。配信者失格である。
「んー……でも、配信で聞いてもみんな言ってること違いそうじゃない? コテハン――じゃないか。ボクも視聴者のみんなのことよく知ってるわけじゃないし」
フレイヤさんとか、古参の名前ならわかるけど……その人たちだって、どんな人たちなのかは知らないわけで。
「それならボクと同じ探索者のふたりに聞くほうがいいじゃん? つまり、そういうことだったわけですよ」
さも『忘れていたわけじゃないデスヨー』なんてふうにアオイは言う。もちろん完全に忘れていたが、その言い分はわからなくもない。
「う、ウチのを参考にしてもらうなんて……あ、改めて考えるとすごいな。アオイちゃんがいちばん長く接するかもしれないものを、ウチが……? や、ヤバいな?」
「しかし、実際に何日も寝るってことは無理でも、実物で寝転ぶくらいは試してみたほうが確実だろ。エアリエル。どこか置いてる店知ってるか?」
「え? うぅーん、確かベッド専門店みたいなとこがあったような……ちょっと待って。調べてみる」
「じゃ、そこ行くか。アタシらが使ってるのがあるかどうかはわかんねぇが……寝転んでみて『違う』って感じる可能性もあるからな
「お? そこまで付き合ってくれるとは……さてはおふたりさん、ボクのこと好きだな〜?」
うりうり〜、とアオイがうざ絡みする。
そんなアオイに対する二人の返答は。
「もちろん! ウチはアオイちゃんのファンだからね!」
「好きに決まってんだろ。じゃなきゃこんなこと付き合わねぇよ」
『何を当然のことを』とでも言うかのように、まっすぐにそう答えられる。
「……じょ、冗談のつもりだったんだけど」
真面目に答えられるとちょっと……来る。
アオイの顔がほんのりと赤く染まった。バニースーツだ。露出も多い。さらけ出している肌もまたほんのりと血の赤を濃くしている。
「アタシはアオイのファンじゃないけどな」
「こ、こんなにかわいいアオイちゃんを目にしてファンになってないなんて……剣姫、どれだけ強靭な精神力を……」
「エアリエルも『ファンだから』なんて言ってたが、そうか?」
「なっ……! い、いくら剣姫でもウチのアオイちゃん愛をバカにするのは」
「そうじゃない」剣姫がアオイに近付き、肩を組む。「ファンってだけじゃないだろ。なぁ? アオイ」
「おっぱ……え?」
アオイは肩を組まれたときに当たったサキの胸に思考が向かってしまっていた。こ、これは不可抗力だから……。
「……アオイ」
「アオイちゃん……」
今のはエアリエルが『ファンってだけじゃなく、もう……友達って言っても、いい、のかな……』なんて認識する展開だった、が。
アオイが『おっぱ』なんて口にしたせいですべてが台無しになった。
三大欲求に弱い女、アオイ。
期せずして、その性欲に対する弱さが証明されてしまった……。




