二番煎じ女神
「あ」
帰り道、解散しようと言う段階になってカレンが何かを思い出したように声を出した。
「どうしたの? 忘れ物?」
「いえ……忘れていたことに違いはないけれど」
カレンが『面倒なことになった』とでも言うように顔を歪める。あるいは『面倒なことになりそう』かな。
「こうして師匠と会うことになるとは思ってなかったから――想定していた順所を踏めなかった、と言うべきかしら」
「? それはどういう?」
「エドから聞いているでしょう? 私の護衛にとある探索者クランと契約したって」
「…………あー、うん。思い出した」
「つまり、忘れていたのね。……私も、他人のことは言えないのだけれど」
そう言えばエドワードさんからそんな連絡も来てたなー、とアオイは思い出す。愛梨ちゃんの――クラン『ヴァナヘイム』だっけ。
「……ねぇ、師匠? 今からミカミを呼びましょうか。顔合わせ、しておく?」
「え? 今? んー……ボク個人としては、確かに会いたいところだけど」アオイは腕を組んで考える。「でも、愛梨ちゃんにも予定があるでしょ? 急に呼びつけるのは申し訳ないかも。だからいいよ」
「そう? ……師匠がそう言うのなら、いいのだけれど」
「うん。また会えることは確約されてるんだから、焦らず期待して待つことにするよ。『お楽しみ』だね」
それじゃ、カレン、エドワードさん。またねー。そう言ってアオイは帰り始める――と、一度立ち止まり。
「そう言えば、あのビルからこっちを見てる人ってカレンたちの知り合い?」
「……ええ」カレンは一度驚きかけたものの、アオイならおかしくないかと思い直して息をつく。「こちらの手の者よ」
「そっか。『あっち』はカレンたちの……ね」アオイは微笑む。「それでカレン? ボク、あの人を見かけるのって『初めてじゃない』んだけど」
心当たり、ある?
「……まあ、そういうことよね」
カレンが観念したとばかりに頭を振った。「泳がせていたの? 今まで、ずっと」
「まあねー。部屋に入られたりしてたらさすがに対処したけど、そうじゃなかったらべつにいっかなって。わざわざ出向くのもメンドいし……ただ、あんまりいい気分ではなかったかな」
「何が望み?」
「ふふ。その言い方、ボクが脅迫してるみたいじゃーん」
まあ、間違ってないんだけどね。アオイはそう続けて――先程指さしたビルとは違うビルに目を向けた。「鬱陶しいから、他のところの掃除をお願いしたいかな」
「わかったわ」
「……思ったんだけど」アオイは首を傾げる。「あんな人たちにエドワードさんまで居るんだったら『現地の護衛』なんて要らなくない?」
「要らないことはないわよ。それに『護衛』だけが目的でもないから」
何より、現役の探索者ほど戦力的に頼もしい存在も居ないわよ。そう言うカレンに「そういうもんかー」とアオイはすんなり納得してみせる。どうでもよさそうな反応だが実際割りとどうでもよかった。愛梨ちゃんと会えるのは楽しみだし。むしろこれで『要らない』ってなられたほうが困るからね。やぶ蛇になるところだったぜ。
「じゃ、改めてしーゆーあげいん! 気が向いたら連絡するね!」
「気が向くまで来なかったらインターホンを鳴らしに行くわ」
「えー? ……やっぱり始末しておいたほうが良かったかな?」
「自分の怠惰を呪いなさい」
「むぇー。わかりましたー」
じゃね、とアオイが今度こそ帰る。そして見えないところまで別れた――ところで急に引き返してきた。
「……どうしたの? 師匠」
「えぇと……その……ちょっと、言いにくいことなんだけど」
てへ、とアオイがあざとくポーズを決めて言った。
「実はちょこっと金欠でして……契約金、一部前払いでお願いできない?」
「…………師匠」
「な、なんでしょう」
「それは師匠としてどうかと思うわ」
「仰る通りですぅ……」
半泣きになってアオイが言った。
師匠の威厳、台無しである。
最初からそんなものないなどと言ってはいけない。
*
エドワードからお金をもらい、「へへ……これでまた服を買えるぜ……」と札束をベベベッとしていたアオイはどう考えてもダメだった。これからの展開が目に見えるようだったのでカレンも「もうちょっと小分けに渡したほうが良かったかしら……」と本気で考えてしまったほどだ。お母さんかな?
そしてアオイを見送った後、カレンはもう一度ため息をつく。
「ねぇ、エド。ミカミ、呼んでおいたほうが良かったと思う?」
「ええ、まあ――ミカミはアオイ嬢にご執心のようですからね」
「そうよね。いきなり呼び出されて迷惑どころか『なんで呼ばなかったの』って怒り出してもおかしくないわよね」
アオイではないが――少し、面倒くさい。ミカミ、美神愛梨。これは『エアリエル』と同じようにダンジョン管理局に登録している名前だが――探索者の中にはゲームと同じく自分で考えた『ハンドルネーム』を名付ける者も少なくない――本名は三上愛梨。インターネット上では『フレイヤ』なんて名乗っていることも多いが、それだけでも性格に難があることは窺えるだろう。
彼女はカレンをして容易に御することのできる存在ではない。探索者としてもそうだが、何よりも『政治』の面でも容易に手を出すわけにはいかない存在だ。
世界でも数少ない『公認魔術師』。スキル【魔術原理】を使いこなす彼女は理論上すべての魔法を使うことができる。いわゆる『Tout ce qu'un homme est capable d'imaginer, d'autres hommes seront capables.(人が想像し得るすべての事象は必ず実現し得る)』あるいは『Tout ce qui est dans la limite du possible doit être et sera accompli.(可能性があるならば、すべて事象は実現されるべきであり、またきっと実現するだろう)』なんていう有名な言葉を彼女は現実に持ってくることができる。それが『公認魔術師』だ。
『迷い道』の剣姫、和泉サキと同じく魔王級――魔王系統のギフテッドを持つ者と同クラスの警戒対象であり、その影響力を考えると魔王級の中でも上位の存在と考えて間違いない。
『公認魔術師』だけあって思考力はあるはずなのだが、感情的になりやすいところがある。と言うより『感情を抑える必要がない』というところもあるのかもしれない。カレンにもその傾向があるから理解できる。
理解はできる、が……厄介ね。エド。アナタはどう思う?
「鏡ですか? それならここに」
「そういう意味じゃないわよ。あと、私が癇癪を起こすのはアナタくらいにだから」
「それはそれは光栄です」
「言っとくけど、エド、アナタが余計なことを言わなかったらそれでいい話なのよ?」
「そうですかねぇ……」
エドワードは納得できていない様子だ。カレンもエドワードに甘えている自覚はある。
エドワードが本格的にカレンの護衛となったのは二年前――カレンが探索者になってからのことだ。それ以前から交流がないことはなかったものの、本格的に時間を共有することになったのは二年前から。
長い付き合いと言えるかどうかは微妙な線だが……この二年間、彼と離れた時間は数えられるほどだ。護衛と言うよりは執事のように扱っている自覚もある。
しかし、だからこそカレンが感情的な――怒りをぶつけることが最も多いのはエドワードであり、逆にエドワード以外に同じようなことをするわけではない。
そう思えば、やはり自分は美神愛梨ほどの癇癪持ちではないはずだ。ミカミほど厄介じゃない。でしょう?
「……まあ、今回の件については話しておいてあげましょうか」
「そうですね。その方がよろしいかと」
ああ、それと、とエドワードが顎をつまんで首を傾げる。「そう言えば、アオイ嬢はミカミと知り合いだったんですかね?」
「ああ、それは私も気になっていたわね。『愛梨ちゃん』という親しげな呼び方……でも、ミカミは師匠とは面識がない様子だけれど」
考えられるとすれば、アオイが『モデル』としての愛梨を指して『愛梨ちゃん』と言っている可能性だが……芸能人のことを親しげに呼んでみせるのは決して珍しいことではない。しかし、それにしては違和感があったような……。
「……なんて逃避して先延ばしにしている時間はないわね。ミカミに師匠と会ったことを報告しておきましょう」
「ミカミのことだ、放っておくとどこかしらから情報を得てもおかしくありませんからね」
「そうね。それよりは早く連絡しないと」
心象に響く。かと言って、そこまで慌てることでもないが……拾えるものなら拾っておく、くらいの感覚だ。
カレンも愛梨に阿るつもりはない。自分の行動が他者に制限されるなんてこと許すつもりはない。愛梨だって、カレンが自分に気を遣うだろうなどとは思っていないだろう。
そう。だから――カレンは愛梨を恐れているわけではなく。
単に面倒くさいと思っていた。
「はぁ。短気を利用するのは決して褒められた手段ではないけれど――有効だから嫌になるわね」
いわゆる『面倒くさい客』だ。わがままで横暴な『面倒くさい客』はそうでない客と比べて優先され、配慮される傾向にある。言うまでもなく迷惑だが……それでも優先されることと配慮されること自体は否定できない。
それと同じで、戦略として『短気』な振る舞いをする者は少なくない。『面倒くさい』と思われるデメリットよりもメリットのほうが大きいと判断している。
……こう表現すると愛梨がものすごく質の悪い女のようだが、さすがに愛梨もそこまで悪いわけではない、はずだ。カレンは愛梨とそこまで接点があるわけではないから断言はできないが……文句を言いながらも最後は『仕方ないわね』と言って割りとなんでも受け入れてくれるような人物でもあるらしい。そういった情報を聞く限りだと、一概に『悪人』だと言えるような人間ではないのだろうと思っている。『善人』とも言えないようだが。
「……メールでいいか。通話だと面倒そう」
めるめると文章を打って送信。カレンはエドワードにもたれかかる。「少し疲れたわ。今日はもう帰りましょう」
「そうですね。……鳴ってますね」
「そうね」
スマホがけたたましく鳴り響いている。が、無視する。今日はもう疲れたのだ。自称女神に付き合ってあげる義理はない。
明日には落ち着いてるでしょ。師匠と会う機会でも設ければいい。私はもう寝る。身綺麗にするのは……エドに任せておけばいい。
くぅ。エドワードに抱かれてカレンは寝た。
こういった決断を選べることもまた重要な資質である。
*
「……出ない」
イライラと不機嫌を隠そうともせずコツコツコツとスマホを爪の先で叩き続ける。そんな愛梨の対面に座る女性は星を飛ばすように笑い、
「今の愛梨から電話を受けても得しないって判断されたんじゃないかな☆ だって八つ当たりしたいだけでしょ?」
「八つ当たりじゃないわよ。契約不履行に対する当然の怒りなんだから」
「えー☆ そんなにアオイちゃんと会いたかったんだったら、他にも会える手段はあったと思うけどなー☆ それをみすみすと逃したわけなんだし……愛梨の怠慢だと思う☆」
バチッ、紫電が走る、愛梨の魔法だ。しかし、それは眼前の女性には通用しない。
星野ヒカリ。DTサポートに所属する探索者アイドルである。効かないとわかっていても急にバチッと紫電が走ると驚くもので、「わお☆」と口を開けている。
「言っとくけど、ヒカリ、私はアンタにも言いたいことはあるんだからね」
「アオイちゃんがウチの事務所に所属したこと? それとも……アオイちゃんといっしょに動画撮ったことかな☆ はたまた愛梨より先にアオイちゃんと会っちゃったこと?」
「ぜんぶよ」
「それは私よりも社長に言ってほしいなーって☆」
言いながら、ヒカリはソーサーを手にして紅茶を飲む。「このスタジオ、愛梨といっしょだとおいしい紅茶を出してくれるから嬉しい☆」
「アイドルが忖度上等でいいの?」
「私もされてないことはないし☆ アイドルにNGな話題は避けてもらったりしてるからねー☆」
「それもそうか。……生アオイちゃん、どうだった?」
「めちゃくちゃかわいかったよ☆ アイドルになってほしいくらいだぜ☆ 絶対天下取れちゃう☆」
「くっ……!」
「自分から聞いてきたのに憤怒の形相向けてくるのは罠過ぎるぞ☆」
わかってるわよ、と愛梨。「でも、それとこれとは別なの」
別かなぁ……とヒカリは思う。ただ『自分で聞いておきながら実際に感想を聞くと機嫌悪くなるんだろうなぁ』とは予想していたので思った通りと言えば思った通りでもある。理解が深い。
「でも、それにしては……カレンちゃん? に対する当たり強くない? 私が会ったときとか何も言わなかったじゃん☆」
「そりゃ違うわよ! カレン・ウォーカー……なんとしてでも、彼女より先にアオイちゃんと会いたかった……!」
エアリエルにはもう先を越されているんだから、なんて苦渋に満ちた顔を浮かべる愛梨。……エアリエル? どうして彼女の名前がここで出てくるんだろう。
以前アオイの動画にも参加していた女性、独自魔法の卓越した使い手として一部では知られていないこともない彼女だが――そう言えば、彼女もアオイの重度のファンのようだった。愛梨がここまでアオイにご執心だということを知るまで、ヒカリの中で『アオイのファン』像と言えばエアリエルを指していたほどだ。
……ん? もしかして。
「……キャラ被ってるから?」
「そうよ! アオイちゃんのファンとしての熱量は誰にも負けないつもりだけど、アオイちゃんからすれば『エアリエルの二番煎じ』のように見られても仕方ないし――普段の振る舞いは、ちょっと、カレン・ウォーカーに似ているところがあるでしょう? アオイちゃんに……インパクトを、与えられないっ……!」
え、えぇ……。ヒカリは引いた。そ、そんなこと気にしてたんだ……☆
「『フレイヤ』としてアオイちゃんの配信にコメントしていたわけだし、アオイちゃんはむしろエアリエルに対して『フレイヤの二番煎じ』だなんて思われていた可能性もあるんじゃないかな☆」
「それはあるかもしれないけれど、実際に顔を合わせるのは違うでしょう? アオイちゃんに『あの人に似てる』って思われるのはイヤなのよ。私のことは『私』として認識してほしいって言うか」
「エアリエルだったら絶対言わなそうな言葉だよね☆」
あの子、むしろ『ウチを認識してもらうなんて恐れ多い』とか言いそう。自己主張は控えめで『推しに認知してもらう必要なんてない。ウチは陰ながら推しを応援できればそれでいい』ってタイプなハズだし。
それにしては動画に出演してるしその後も交流あるっぽいからウケるんだけどね☆ 愛梨としては気が気じゃないだろうけど。
「推しに認知してもらいたいと思うことの何が悪いのよ。主張なんて激しくしていくべきよ。もちろん、迷惑にならない範囲内でだけれど」
「迷惑かけた筆頭がなんか言ってるな☆」
「………………」
「あ、黙った☆」
これを言われると何も返せなくなるらしい。実際、愛梨は『悪い例』として挙げられてもいいほどに『迷惑な厄介ファン』のような挙動をし続けている。エアリエルとは似ても似つかない。そういう意味では『似ている』だなんて思われる心配はしなくてもいいのではないだろうか?
「……アオイちゃんは、許してくれたけど」愛梨がぼそっとこぼすようにつぶやく。「その件で、あまり印象は良くないだろうから。ちょっとでも良い印象を持ってほしいのよ」
「だから『二番煎じ』はイヤだ、って? ふふっ、わがままだなぁ☆」
『フレイヤ』としての彼女、アオイのファンとしての姿はエアリエルに先を越されている。
『美神愛梨』としての彼女、横暴なところのある女王様気質の姿はカレン・ウォーカーに先を越されている。
どちらにしても、アオイからすれば『二番煎じ』。最近知り合った人物とキャラが被っていると思われるだろう。
……思われるだろうか?
「考え過ぎじゃないかなー☆」
「考え過ぎもするわよ。悪い?」
「悪くはないけど」ヒカリは笑う。「それで誰かに迷惑かけるほうがアオイちゃんは気に病むんじゃないかなーって☆」
「その点は大丈夫よ。アオイちゃんは天使だけど善人ってわけじゃないから」
「推しになんてこと言うの☆」
愛梨はアオイの熱狂的なファンである。アオイのことなら全肯定も辞さない。
ただ、それとしてアオイがクズであることは否めないらしい。
エアリエルや愛梨のような狂信的なファンをしてなお『クズ』であるという一点に関しては否定されない。
『そういうところも魅力的なの』と言っても『でもクズなことはクズなんでしょう?』と言われたら『それは……まあ……』としか返せない。
それが、アオイという少女であった……。




