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友達料

 勇斗くんとカレンちゃんが戦っている。


 遠くから魔法を撃つ。撃つ。撃つ。


 勇斗くんは言っていた。当たらなくてもいい。それでも十分脅威になる。一発でも当たれば勝ちだ。それくらいの気持ちで連発しろ、と。


 実際、ただの一発だってカレンちゃんにわたしの魔法が当たることはなかった。


 もし――もしも、わたしが、もっと魔法の制御ができたなら。


 もしも、アオイさんや勇斗くんくらい、魔法の制御ができたなら。


 魔法を専門としているわけでもない二人に――それも、二人に匹敵するほどではなくても、一枚も二枚も劣るものであったとしても、その程度であれできたなら。


 

 訓練を受けた。教えてもらった。少しは強くなれたって――少しは強くなれるって、思ってた。


 魔法制御がどうしてもできないのであればスキルで補えばいい。そのためにポイントを使えばいい。そう教えてもらって、勇斗くんとも相談して……どうしていくべきかの道筋はできた。

 今はまだポイントが足りないからできないけれど――この通りにすれば、きっと。


 でも、世界はわたしを待ってくれない。強くなるまで待っていてくれるなんてことはない。

 何が起こるかわからない。今回はカレンちゃんだったけれど――誰だって、彼女のように優しいとは限らない。ダンジョンだって、絶対に安全ってわけじゃない。いつイレギュラーが発生するかもわからない。未知の現象が起こらないとは限らない。


 置いていかないで。

 わたしを置いていかないで。


 今回の戦いは、負けちゃいけない戦いだった。カレンちゃんが相手だったから見逃されただけ。アオイさんが助けてくれただけ。勇斗くんが、頑張ってくれただけで。


 わたしは、何もしていない。


 わたしには【無尽】がある。体力も魔力も尽きることが無いというユニークスキル。わたしでさえ破格だとわかる――でも、その『使い方』をほんとうにわかっているわけじゃない。


 わたしには【無尽】がある。【無尽】しかない。

 なら、それを最大限活かさなければいけない。


 わたしを置いていかないで。

 そう願うだけじゃダメなんだ。


 足を止めてもらうんじゃない。

 待ってもらうんじゃない。


 わたしが、追いつかないといけない。


 そして、それは『いつか』じゃなくて。


 形振り構わず、最短の道を行かなくちゃ。


 そうじゃなきゃ――わたしが、わたしを許せない。


 彼の隣に、ふさわしくない。


 わたしを『特別』だって言ってくれた彼のために。

 わたしじゃなきゃダメなんだって言ってくれた彼のために。


 彼に、少しでも報いられるように。


 ……そのために、今のわたしができることは。


 わたしには、思いつかない。思いつけない。


 だから。




      *




「アズサ、あの……ちょっと、アナタに話したいことがあるのだけれど」



 もっきゅもっきゅと口に運ばれた料理を食べさせられ続けていた梓に声をかけたのは金髪碧眼の少女、カレン・ウォーカーだ。


 先程まで見せていた自信満々の姿とは少し違って、どことなく気まずそうにしている。



「ど、どうしたんですか? カレンちゃん」



 とは言え、梓もその理由がわからないわけではない。つい先程のことを思い出すと――「今のアズサじゃ、ユートの邪魔にしかならないでしょう?」――梓自身、おずおずとした態度にはなってしまう。

 カレンちゃんはかわいい。間違いなく。エドワードさんに抱えられている今の姿もあいまって、ほんとうにお人形さんみたいにかわいくて――だからと言って、先程までの印象が払拭されるわけじゃない。


 結果、お見合い状態になった二人が生まれた。梓を抱きしめていた女性が離れ、カレンを抱えていたエドワードが梓の隣にカレンを降ろす。お見合い状態になった二人は少し離れたところから眺めるのがいちばん面白いという判断である。



「……エド」



 憎々しげにカレンがエドワードを睨みつける。エドワードは鷹揚に肩をすくめた。そんな彼の頭にタライが落ちる。

 えぇ……。梓は呆然とした。昔の映像とかで見たことはあるけど、最近まったく見ないよ。むしろなんで知ってるの? カレンちゃんが日本の変な文化に理解ありすぎな気がする……。

 ちなみにダンジョン外なのでタライはエドワードの頭に当たることなく『魔封』により生み出された障壁に阻まれた。カレンは舌打ちした。もっとも、それがわからないカレンではない。おそらくは『自分は不機嫌である』とアピールするための行為であり――要するにエドワードに対する『じゃれつき』『甘え』だ。きゅん。梓はときめいた。カレンちゃん……かわいい。


 そういうわけで梓のカレンに対する恐怖やら怯えやらは払拭された。執事とお嬢様のカップリング、組み合わせは梓の大好物であった。主従カプ良いよね……。きゅんってする。恋愛感情が介在している必要はなく、なんなら男男の主従でも女女の主従でも良い。男女の主従も良いけれど……やっぱり、いちばんは女男の主従。梓にはそういう趣味があった。子どもの頃に見たアニメや漫画の影響である。


 さすがにそんなことは露とも知らぬカレンだが、梓が何やら自分のことをきらきらとした目で見ていることだけは察した。なんで……? まったく何が琴線に触れたのかわからないが、ギフテッドだ。そういうこともあるのだろう。ギフテッド――ユニークスキルを持つ者は『変人』が多い。梓もそうなのだろうとカレンは思った。自分は常識人だが。



「アズサ、その……ごめんなさい」



 カレンには珍しいことに、素直にしおらしく謝罪する。『同年代の友達が居ない』とは彼女自身が口にしたことだが――言うまでもなく、それはカレンに原因がある。

 ギフテッドであるカレンは――ダンジョン発生以降の意味ではなく、それ以前からの意味で――そもそも『同年代の子ども』が居る環境に身を置くことが少なかった。そして『同年代の子ども』に対しても利害関係を考え、また『導く者』として上に立とうとする少女だった。躊躇なく人心掌握術を用いて同年代の子どもを支配下に置こうとして……それが難なく『成功』してしまった。


 そのことを後悔しているわけではない。ないが……カレンは同年代の友人というものに憧れも持っていた。明らかにゲームと関係があるだろう『ダンジョン』のこともあり、カレンの父はゲームやアニメを頻繁に楽しんでいた。そんな父の存在も手伝って、カレンもまたゲームやアニメを嗜んでいた。結果として、日本のアニメにハマった彼女はそこで描かれている『友情』に憧れを持ってしまっていた。物語で何を面白いと感じるかは人それぞれだが、『人間関係』を面白いと感じる者は多いだろう。

 その筆頭でもある『恋愛』は正直ピンと来なかったカレンだが『友情』は違った。

 しかし、カレンにはそれよりも優先するべきものがあった。少なくとも本国において、自分は『上位者』でなければならない。主と従は曖昧でなく、はっきりと確立されたものであるべきだ。有事の際を思えば『友情』を育むべきではないと思っていたし――きっと、周囲も同じだった。カレンと純粋に『友人』になろうなどと思う者なんて、きっと、ほとんど居なかっただろう。


 十を越えたころには最早その『機会』さえ得られることはなかった。同年代の少女が居る環境ではない。ダンジョンに関わるようになっても同じだ。同年代の探索者と関わるようなことはない。当たり前だが、青田買いなんて本国であれば自分の仕事ではない。いくら将来有望な探索者であっても、自分が直接会うようなことは稀だ。最前線の探索者であれば顔を合わせることも少なくなかったが……もちろん、彼らが『同年代』なんてことはありえない。


 そんな折、カレンはアオイという『同年代の少女』に指導を受けることになった。しかし、友人になろうなどというつもりは微塵もない。カレンは同年代の友人を欲していたわけではない――正確には、それを自覚できていたわけではなかった。そもそもその『機会』さえ得られることがない環境に身を置いていたカレンである。

 アオイという『同年代の少女』と接触できることが決まっても『求められた役割』を果たすつもりだった。父の狙いを汲み取り、また我が国に少しでも利益をもたらすように。


 これはアオイの容姿があまりにも人間離れしたものであり、またその異質な戦闘能力を知っていたからこそのものかもしれない。カレンにとってアオイは警戒すべき対象であり――『得体のしれない怪物』である。とてもじゃないが、友人になろうなどということは頭に思い浮かぶことすらなかった。


 そうして来日し、見つけたのが沢木梓。ギフトを持つ少女である。

 彼女に関する情報は何もなかった。ほんとうに、出会ったのは偶然だ。直感により渋谷の訓練場に行くことを決め、なんとなく見つけた少女。

『影の聖女』と並んで日本における最大級の警戒対象である『剣姫』の弟子、星勇斗を見かけたのが最初だ。彼をどうにか利用できないか、いやそもそも接触することによって『剣姫』なんていう爆弾を刺激することは危険か、しかし……なんて考えながら彼を観察しているうちに、訓練をする梓に違和感を覚えた。

 直感が働く。彼女が欲しい、と。そんな衝動が内に生まれる。確信する。『彼女はギフトを持っている』と。


 ギフテッドだから。それが梓を勧誘した理由だ。強引な勧誘は褒められる行為ではない。本当に『強引や引き抜き』が叶ってしまったならば、問題が生じてもおかしくはなかった。もっとも、梓のギフトであればそれでも有り余るだけのお釣りが見込めるだろうが……とにかく。梓が欲しいと思ったのは、純粋にその『ギフト』だけを目当てにしたものだった。


 しかし、話してみると――どうしてか、惹かれるものがあった。可憐な少女だ。小動物じみた少女。見るからに自信に欠け、しかしどこか鈍いところもある。

 カレンは自分に威圧的な雰囲気があることを理解している。それを利用しているところもある。自分は『上位者』だ。上に立つ者。であれば、それにふさわしい振る舞いが求められることは当たり前である。ノブレスオブリージュ。高貴たるものには義務がある。それはカレンにとって至極当たり前なことであり――友人が居ないということも『当たり前』だと考えていた。


 それだから、最初、梓に怯えられていることに対しても特に気にしているわけではなかった。『何していないのに怯えられると複雑だ』とは口にしたものの、あくまでそれは人心掌握の手法として口にしただけだ。罪悪感、負い目、引け目を相手に負わせて交渉を有利に進めようとしただけであり――だから、そんな軽口を本気で気にされるだなんて思わなかった。

 自分を強引に引き抜こうとしている、梓にとっては『敵』とも言えるような自分のことを、彼女は気遣ってみせた。絶対者である自分を、小動物じみた彼女が『お人形さんみたいでかわいい』だなんて気遣った。


 それはカレンにとって衝撃的なことだった。自分の容姿が優れていることは自覚している。年齢も相まって幼さが残る容姿であり、『お人形さんみたい』なんて形容も的外れなものではないだろう、と。

 しかし、カレンは絶対者として振る舞う少女でもある。威圧的な振る舞いをする少女だ。そんな彼女を真正面から『お人形さんみたいでかわいい』だなんてなかなか言えることではない。


 カレンは梓にギフト抜きで興味を持った。いや、それでも――きっと『ギフト』のことは思考の前提にあったのだろう。

 梓は有力なギフトを持っている。おそらく、まだ彼女は気付いていないだろうが……想定通りのギフトであれば、使い方によってはこの世界でも有数の力を発揮することができる。それも『現段階』で、だ。


 沢木梓。彼女はカレン・ウォーカーにとって『対等以上』となれる存在だ。絶対者としての振る舞いをするカレンのことも『かわいい』と言ってみせる心優しい精神性を持つ、小動物のように気弱な少女時代が――『すべて』を持つカレンにそのギフトだけで匹敵する力を持っている。

 もしもギフトを持っていなければ、あるいはそのギフトが破格なものではなかったとすれば……いや、彼女のギフトの全容を察するまでもなく、自分は梓に惹かれていた。これも後付けでしかないのかもしれない。


『対等』な存在だから『友人』になれるかもしれないと、なりたいと思ったのかもしれない、なんて……そんなことは、ぜんぶ、ぜんぶが後付けでしかなく。

 ただ単に、このかわいらしい少女の優しさに、絆されてしまっただけなのかもしれない。


 カレンにとって、こんな気持ちを抱くのは初めてのことだった。結果的に『得られなかった』ということも手伝っているのかもしれない。自分のものにすることができなかった。

 もしも梓を自分のものにできていたとしたならば……その場合は、梓と純粋に『友人』となることはできなかっただろう。

 真に国益を思うならば、こんなことは絶対に思うべきではないが――あくまでも『カレン・ウォーカー個人』にとっては、この顛末は『最良』のものだと言えたのかもしれない。


『お人形さんみたいでかわいい』なんて。ありふれた気遣いだ。そこまで強い決意を込めたものではないのだろう。なんともなしに、ただほんとうにそう思ったから――『自分に威圧感がある』と気にしているように見える少女に『そんなことないよ』と気遣ってみせただけで。

 ほんとうに、些細な気遣いだ。カレンも鈍い少女ではない。聡い少女だ。わかっている。こんなことで絆されるなんて、と。自分で自分に呆れてしまう。

 でも、その些細な気遣いが。なんてことない気遣いが、自分には深く刺さってしまった。理屈じゃない。事実としてそうなんだから、認めるしかないだろう。


 それだから、カレンは梓と本当に友人になりたいと思っていたし――それだから、先程までの自分が梓を怖がらせてしまっていたことを気にしていた。後悔はしていないが、それはそれ、これはこれだ。公と私は異なる。

『友人になりたい』と思った少女に拒絶されるかもしれない。その怯えはカレンが生涯初めて感じるものであり……その謝罪は、本当に申し訳なく感じているものでもあった。

 自分の行動に悔いがなくとも、彼女を傷つけたことは確かだ。彼女を不安に、怖がらせてしまったこと……特に「今のアズサじゃ、ユートの邪魔にしかならないでしょう?」なんて言ってしまったことは、ちょっと自分で自分が嫌になってしまいそうになる。効果的だっただろう。後悔はない。ない……けど……! でも! アズサみたいにかわいい女の子に、よくもあんなひどいことを言えたわね……! 人の心があるならあんなことできないでしょう! ……私なんだけど! 私……なんだけど! もう……もう……! 私のせいで私がアズサと仲良くなれなかったらどうしてくれるのよ……! 

 そんなことを思ってしまうほどだった。カレンとしては非常に珍しいことにあからさまなほどに動揺している。



 ――もっとも、梓はそんなことを知る由もない。

 少し緊張しているような気がする、ということがわかる程度で、カレンが梓に対してどんな感情を抱いているか……そして、それがどれだけ珍しいことであるかなんて察することすらできないだろう。

 梓からすれば『カレンちゃんもさっきのことを気にしてるのかな……』程度のことであり、同時に『わ、わたしがしっかりしないと……!』と気を引き締めるべきことでもあった。これでも梓はカレンよりも年上だ。外見ではわかりにくいが――人種の差もあるが、そもそも梓は同年代の少女と比べても小柄であり、少し幼い印象である――それでも、年上であることは変わりない。


 梓は平凡な少女である。年下の少女に対しては見栄を張りたいと思っている。ただでさえ幼く見られやすい外見をしていることも手伝って『お姉さん』をしたいと考えているのだ。


 だから、梓は――カレンの思惑なんて何も知らない彼女は、カレンに何を言われたのかなんて頭からすっぽりと抜け落ちて――とにかく、カレンのフォローをしようと思って。



「だ、だいじょうぶですよっ。わ、わたしは、その……き、気にしてない……わけ、じゃ、ない、けど……うん! えーと……あー…………あぅ……」



 見事、失敗した。あまりにもぐだぐだで逆に見物だと言えるだろう。こんなにフォローが下手なことある? 普段から他人のフォローなんてしていないことが窺える。普段張らない見栄なんて張ろうとするからこうなるのだ。もーいや……。泣きたい。気にしてないわけじゃないって……ぜったい逆効果じゃん……。もうちょっとうまく言えないの? わたしって……わたしって……。うぅ……。梓はわかりやすく落ち込んだ。


 しかし、拙い言葉であっても伝わるものはある。



「……ふふっ」



 少なくとも、梓がカレンを『気遣って』いることは伝わった。カレンをフォローしようとしてくれていることは――拙くても、きちんと伝わる。

 そして、それこそがカレンにとっては最も『救われる』ことだった。



「ありがとう、アズサ。……アナタは、やっぱり優しいヒトね」



 カレンの微笑みを梓は理解できない。な、なんで……今ので……? で、でも、まあ……カレンちゃんが元気を出してくれたなら、結果オーライ……かな? 結果オーライということにしよう。

 梓は小心者だが図太いところもある少女である。自分に都合がいいことなら深く考えることなく流すことができた。

 よかったぁ……。ほっ、と安堵の息を吐く梓。そんな彼女をカレンは優しく見つめている。

 ……ちょっと複雑だ。その目にどんな意味があるのか、なんとなくわかった気がする。わ、わたし、お姉さんなんですからね……? ほんのちょっとだけてすけど、お姉さんなんですから!



「私が日本に来たのはアズサに会うためだったのかもしれないわ」


「えっ……な、なんで?」


「それくらい、私はアナタのことを気に入ってるってこと」


「そ、それは嬉しいですけど……なんでぇ……?」



 梓は戸惑った。なんで? 自分がカレンに気に入られる理由がわからない。ユニークスキル――【無尽】のこと? でも、今のやりとりに【無尽】は関係なかったような……。



「一応言っておくけれど」カレンは梓の頬に触れた。「ギフトを抜きにして、の話よ? ギフトを抜きにして――アナタのことが気に入ったの」



 好きよ、アズサ。そんなことを平然と言ってみせるカレンに、梓はもちろん気が気じゃなかった。恥じらいもなくまっすぐに見つめられて頬に手を添えられて『好き』だなんて言われると……な、なんか、変な感じがする。それもお人形さんみたいにかわいい――それでいて数年後には絶対者たる風格を備えるだろう美貌を持つ少女だ。ドキッとしても仕方ない。



「だから、その……私は、アナタと友誼を結ぶことができたなら、と思うのだけれど」



 しかし、こと『友達』なんて話になれば恥じらいも見せるのがカレンでもある。平然と好きと言ってみせるくせに『友達』と口にすることは恥ずかしい。カレンにとって好意を口にすることはまったく特別なものではない。

 上に立つ者であるがゆえに、正当な評価を下すことは義務とすら言える。何の衒いもなく好悪を口にすることができる。それが許される。そういう環境でカレンは育ってきた。身に癖付き、血肉となった振る舞いだ。


 逆に言えば『友達』などと言うカレンの人生において一度も手にしたことがないものは他に何も言いようがないほどに『特別』なものなのだが。


 そんな逆転したような覚悟で放たれたカレンの言葉に、梓は。



「……ゆ、ゆうぎ」



 いきなり『ユウギを結ぶ』と言われて、意味を理解できないでいた。ゆ、ユウギ? ユウギって……遊戯、じゃあないよね。うん? カレンちゃんは日本人じゃないし、ちょっと日本語を間違えちゃったり……? いや、でも、こんなに流暢に日本語を喋る子なら、逆に日常ではあんまり使わないような言葉も知っているような……あっ。も、もしかして……。



「……友誼? と、友達になりたい、ってことですか?」


「んんっ」カレンは咳払いしてそっぽを向いた。「わ、わざわざ言い直さなくてもいいわよ」



 かわいい。恥じらうカレンにそう思った梓だったが、恥ずかしいのは自分だとも思っていた。年下の、それも日本語が母国語じゃないだろう子の口にした言葉を理解するのに一拍を置くことになるなんて……自分で自分が恥ずかしい。

 しかし、そう恥じらってもいられない。梓は思う。自分なら『友達になりたい』なんて口にすれば――そんなこと自分から口にすることすら難しいのが梓だが――答えが返ってくるまでは、間違いなく気が気でない。カレンも同じだとは思わないが、少しでも不安に思わせるのは本意ではない。



「あ、あの、カレンちゃん」



 だから、梓は努めて早く返答する。



「わ、わたしも、カレンちゃんとは……できれば、友達になりたい、って。そう、思ってます」


「……どうして?」


「えっ」



 意外な返答に梓は戸惑った。ど、どうして……? 自分から『友達になりたい』って言っておいてそれに何故と返されるとは思っていなかった。

 ただ、カレンとしては他意はなく――ぽろっと疑問がこぼれただけだったようで、すぐに「ああ、ごめんなさい。自分から言っておいて……何言ってるのかしらね、私は」と自嘲する。



「でも、ほんとうに――疑問ではあるの。私は、アズサ、アナタに好かれるようなことはしていないでしょう? 何をもって私と友達になろうと思ってくれているのか、わからなくて」


「え、えぇ……」



 梓は思った。そう言われてもなぁ……と。確かに言われてみればそうかもしれないけど……うぅーん。でも、友達になりたいのはなりたいし……。そもそもわたしなんかと『友達になりたい』って言ってくれることが嬉しいと言うか、それもカレンちゃんみたいに確固たる自信を持っている女の子からそう言われるのが嬉しいって言うか……な、なんて言えばいいんだろう。


 うーんうーんと梓はぼやく。そんな彼女を見て、カレンは。



「……困らせちゃったみたいね」


「あ、はい」


「えっ」


「あ」



 考え込んでいたから生返事してしまった。「え、えっと、そのっ……い、今のは、ですね……!」あわあわと慌てふためく。悪意があったわけではないとは言え、めちゃくちゃ失礼な反応しちゃった気がする……!



「ほ、ほんとうに困らせちゃっていたみたいね……」


「い、いやぁー……そのぉ……」


「いえ、わかるわ。わかるわよ? 私だってフィクションは嗜むもの。アニメもコミックも好きだし……そういったものにしばしば描かれている『面倒くさい彼女ムーブ』みたいなものだったでしょう。……こういう感情だったのね」



 そ、そうかなぁ? カレンちゃんのは単に経験が薄いから不安になりがちってだけだと思うけど……。梓はちょっと失礼なことを思った。



「わ、わたしとしては、その……カレンちゃんは魅力的な女の子なんだから、そんな子に『友達になりたい』って言われて嬉しくないわけ無いって言いますか。それよりは、むしろ、カレンちゃんがわたしと……ってほうが『どうして?』って思っちゃって」


「? アズサのことが気に入っているからだけれど」


「だ、だから、それがどうして、って」


「いくつか理由は考えられるけれど」カレンは動揺することなく答える。「一つには、やっぱりアズサが優しいからでしょうね」


「ぅぐ……か、カレンちゃんに平然と答えられると……なんかなぁ……!」



 同じことを尋ねられて戸惑った自分がちっちゃく感じる。ちっちゃくないよ。ちっちゃくないことはない。



「……アズサは『お姉ちゃん』したいの?」


「い、いきなり直球。……言葉にすると、それがもう『お姉ちゃん』じゃないですけど」


「私個人としては」カレンが腕を組み、自分の腕で頬杖をつく。「アズサは『お姉ちゃん』のようなところもあると思っているのだけれど」


「え!?」梓が初めて聞くような大声を出して驚いた。「……じゃ、じゃあ、お姉ちゃんって呼んでくれても」


「それはイヤ」


「なんでぇ……」


「『シスター』じゃなくて友人になりたいから、じゃダメかしら?」


「うっ……そ、それでいいです」



 でしょう? とカレン。わたし、カレンちゃんには勝てない気がする……。



「……友人。友人と言えば、友達料はいくら払えばいいかしら」


「と、友達料!? そ、そういうのは……ちょっとぉ……」



 あれ? これどっち? 本気? 冗談? カレンちゃん友達居ないって言ってたし本気って可能性もある? そ、それだったら、ちょっとお説教しなくちゃいけなかったりするかな。お姉さんとして。……お姉さんとして!


 そう意気込む梓だったが、さすがに冗談である。カレンは「なんてね」と笑った。梓はほっと安堵の息をつく。



「でも『友達料』くらいなら――お金じゃなくても、何かしら提供することに否はないけれど。……ああ、ごめんなさい。そんな顔しないで。アズサがそういうことを嫌がるっていうのは、なんとなくわかるから」



 だから……そうね、とカレンは微笑む。『友達料』じゃないけれど、と。



「アズサ、と……ついでに、ユートにも、だけれど。アナタたちに迷惑をかけたお詫びよ。欲しいものがあれば提供してあげる。形あるものに限らず――なんだっていいわよ。『友達料』ではなく『慰謝料』として、ね」


「えっ……そ、それは、もういただいてるような」



 すっかりご馳走になっている。梓もいっぱい食べた。その小動物じみた身体には見合わないほど食べた。梓は生まれてこの方『これ以上食べられない』と感じたことがない。とは言え、空腹感が解消されないわけでも満腹感を覚えないわけでもないのでそれで困ったこともないのだが。



「コレはアズサとユートに、ではなく『あの場に居た全員』に対するものよ。別枠に決まってるじゃない」


「そうかなぁ……」


「そうなの。それで、欲しいものは? アズサとしてはもらいにくいかもしれないけれど――そうね。これは『クエストの達成報酬』よ。アナタたちにはそれを得る権利がある」



 しかし、そう言われても梓としては納得しがたい。勇斗くんにはあっても、自分にはない。そう思っているからだ。


 だから。



「それとも、アズサ」



 カレンは、するりと胸の間に刃を立てる。



「アナタは、強くなりたくないの? こんな好機よりも『遠慮』なんてものを優先させるの?」



 形振り構わず『力』を求めるべきじゃないのか、とカレンは言う。

 一気に体温が下がる。冷たい正論。氷の刃が心の臓に突き刺さる。


 ――強くなりたいと思っていた。


 それも、いつかじゃない。今回のことでよくわかった。世界は自分を待ってくれない。世界は自分を中心に回っていない。力がなければ奪われることだってあるだろう。力があれば防げた悲劇を避けられないことだってあるだろう。自分の意志に関わらず、それらは無慈悲に降りかかる。カレンのように皆が慈悲のあるわけがない。カレンのように『手段を選ぶ』ことをしてくれるとは限らない。


 いつかじゃない。強くなるために、最短の道を。そのために形振り構っている暇なんて、自分にはない。それはわかっていたつもりだった。でも――ことここに至ってなお、わたしのそれは『つもり』でしかなかった。


 それをカレンちゃんは教えてくれた。


 そうだ。いくら相手がカレンちゃんでも――友達になったばかりの、年下の女の子でも。

 いくらそんな女の子から何かもらうのが申し訳なくても、情けなくても――ちっぽけなわたしのプライドよりも、大事なものがあるんだから。


 強くなるためにどうするべきか。それも『いつか』ではなく、可能な限り早く。次に降りかかる火の粉を払えるくらい強くなるために、


 そのために、今のわたしができることは。


 わたしには、思いつかない。思いつけない。


 だから。



「……カレンちゃん」


「なぁに? アズサ」



 具体的に、何か物をもらうということもアリかもしれない。

 でも、自分には何をもらえばいいのかわからない。知識がない。

 物でなくとも、具体的に何をしてもらえればいいのかという『最善』もあるのかもしれない。

 でも、でも――やっぱり、自分には知識がない。どうすればいいのか、わからない。


 なら『それ』だ。



「カレンちゃんなら、わたしを『有効活用』する方法だって……わかるんですよね?」



 ――私なら、アナタをもっとうまく使ってあげられる。


 初対面のとき、カレンはそう言った。そこに嘘はないだろう。


 意表を突かれたように目を丸くするカレンをまっすぐに見つめて、梓は言う。



「わたしの『使い方』を、教えてください」



 そのためなら、わたしもカレンちゃんに協力しますから、と。


 そう『取引』を持ちかけた。



「……へぇ」



 そんな梓に、カレンは微笑み。



「やっぱり、アズサは魅力的ね。――いいわよ、アナタがそれを望むなら」



 私はアナタにアナタの『使い方』を教えてあげる、と。




      *




 そう言いながら、カレンは。



(………………この期に及んでアズサのほうから『利益』を提供されると関係が純粋じゃなくなるような気がするんだけれど!)



 複雑な気持ちに苛まれていた。


 一度は諦められたことが今になって頭をもたげる。


『公』の利害関係なく完全な『私』の領域で関係を築くことができると思えば、カレン・ウォーカー個人にとっては最良の帰結だったかもしれない――なんてことを思っていたのに、思いっきり『利用』できそうな事態になってしまった。


 都合は……良いけど……! できれば、諦めささせてほしかった。


 問題は梓の覚悟事態はカレンにとって非常に好感が持てるものだった、ということである。

 さすが私の唯一の親友。そう思う気持ちもあった。


 要するに――嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちに苛まれていた。


 

「……ぇ」



 そんな折、梓のほうから小さな声が漏れた。見上げると、青ざめたような表情をした――そしてすぐに顔を赤らめ始めた梓が居る。

 いったい何を……? カレンは梓の視線の先を見た。勇斗とアオイが乳繰り合っていた。具体的に言うと完全に密着して胸を触らせていた。



「は?」



 何してるのよ、師匠せんせい……それに、ユート。ここをどこだと思ってるの? そういうのは別の場所でやってくれないかしら。


 と言うか、それより――カレンは梓に視線を戻す。自分のパーティーメンバーと絶世の美少女が乳繰り合っている。そんな光景を見た梓はと言えば。



「…………ぐすっ」



 カレンはキレた。


 アオイと勇斗に水をぶちまけ、正座を強要して説教する。

 アオイが飲酒していたことも手伝い、その責任はアオイを止められなかった周囲の大人にも及んだ。


 酒場の真ん中で正座をさせられて説教を受ける銀髪美少女と探索者たちの奇妙な図が誕生した。

 酒は飲んでも飲まれるな。

 無礼講と言えど最低限守らなければならないものはある。

 それを象徴するような事件だった――


 


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― 新着の感想 ―
[一言] 胸触ってるとこがっつり周りに見られてて草 飲酒しているアオイはともかく勇斗も動揺でそこら辺抜け落ちてたんでしょうね
[良い点] 更新お疲れ様です。 そうか、カレン女史は潜在的百合少女だったのか。ツンデレジーニアス少女が異国の地で梓ちゃんという運命の相手(?)に巡り会った事によって、眠っていたリリーパワー(?)が目…
[一言] 更新待ってましたあ!
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