金髪碧眼vs銀髪紅眼
「ユートくん、もう限界でしょ? あとはボクに任せて休んでて」
アオイが勇斗にそう声をかけている。勇斗はまだやれるとでも言いそうだったが、少しの逡巡の後に「……わかった」と引き下がっていた。
外傷がないわけではない。しかし、そんなもの【ヒール】で治せば――そこでカレンは気づく。まさか、魔力が尽きている……?
カレンはこの戦闘中に勇斗が使った魔法の数を思い出す。それ以前の訓練でも魔法を使っていた可能性はあるが……【ヒール】と【エアウォーク】……魔法は絶大な効力を有するが、それは厳しい回数制限とトレードオフだ。魔力には限りがある。使えば減っていくそれは、限界まで使えば精神に著しい衰弱をもたらす。
(……そんな状態で、動いていたのね)
驚嘆に値する。動けていたこと自体と言うより、魔力切れをこちらに悟らせなかったと言う意味で。魔力が限界に近いことを察していれば、カレンの戦法も勇斗を『削る』方針に変わっただろう。自分の手札を隠すことは重要だ。相手の手札を探ることも。
つまり。
「カレンちゃん――いや、カレン。もしかしなくても、キミ、ユートくんが限界に近いってことすら気付いてなかっただろ? まったく、出来の悪い弟子を持つのは苦労しそうだ」
「……さっきから思っていたけれど、まだ何も教えていないうちから師匠ヅラしないでくれるかしら?」
「教えてなくても弟子の失態は師匠の責任だからね。あんな醜態を晒したんだ。これが嘆かずにいられるわけないだろう?」
「醜態?」カレンの目元がぴくりと跳ねる。「……確かに、ユートには一杯食わされたわ。彼の行動は称賛に値するものだった」
「それは否定しないけど」アオイは呆れたようにため息。まるで見せつけるように。「そもそも――ユートくんの【ヒール】の使い方。アレに意表を突かれてる時点でダメでしょ」
アオイが【ヒール】とつぶやいて縦横無尽に動かす。【ヒール】の光の精密制御。【ヒール】トレーニングと呼ばれることもある魔法制御の訓練法だ。
「以前、ボクも同じようなことをしたけれど――あのときは【エアウォーク】だったね――少なくとも、アレを見たことがあるなら『ああいう使い方』をされる可能性は考慮しておくべきだ。もちろん、ユートくんの使い方も良かったけど……ユートくんだって、たぶん、【ヒール】の目眩ましを難なく対処された場合のことも考えていたと思うよ。それくらいは『警戒されてもおかしくない技』だ。でも、キミはユートくんに二の矢さえ出させることがなかった。情けないとは思わない? だから負けるんだよ」
「……負ける?」カレンの声音が下がる。「誰が、いつ」
「キミが、今」アオイがカレンを指差して言う。「どう考えても負けてるでしょ。自分で決めたルールさえ守れない。自分の矜持すら守れない。その時点で反則負けだし――大事な大事な矜持だって捨てた『なんでもアリ』の喧嘩でも、これから負ける」
先にルールを破ったのはキミなんだ。『乱入』くらいで文句を言える筋合いでもないだろう?
「ほら、どうしたの? 睨んでないで早く言い返してみなよ。我が身を振り返っていればこう言われることなんて予想しておくべきでしょ。考えが甘すぎる。お人形遊びをするより先に『ごめんなさい』を覚えたほうが良かったんじゃない? 親の教育が悪かったのかな」
「っ――アナタみたいな自他ともに認めるクズからお説教をされるなんてね。まったくありがたいことこの上ないわ。口喧嘩をご教授いただきたいわけではないのだけれど?」
「それならアドバイスしようか。こんなことで動揺するからダメなんだよ。精神的に成熟しているつもりなのかもしれないけれど――ちょっと難しいことを考えられるだけで、キミ、まだまだガキんちょだから」
アオイのこちらを見下しきった言葉。それに苛立っている自分は居た。だが、もちろん――そうやって『頭に血が上る』ことが良くないことだというのは、アオイの言う通りだ。
カレンは深く息を吐く。……負けた。自分は、勇斗と梓に負けた。
本気じゃなかった。勝とうと思えば勝てた。いくらでも言い訳は思いつく。だが、そのすべてが『みっともない言い訳』であることも、今なら自覚することができる。
「本気じゃなくても『その状態で戦う』状況になったんだったら、そこまで含めて本気、ね」
「その通り。死ぬときになって『本気じゃなかった』って言い訳しても知らんがなって話だからね」
そういう状況に持っていくような戦い方もあるし、とアオイ。そうだ、その通りだ。カレンもそれをわかっていなかったわけではない。それなのに――自分の番になってから、みっともない言い訳を述べるなんて。それは確かに、ありえない。
「……そうね。本当に、その通り。私は、負けた。ユートと、アズサに……負けた。それは、認めるわ」
冷静に考えてみれば、そう認めることもできた。自分で決めたルールを自分で破ったのだから、その時点で『負けている』。
だが。
「『なんでもアリ』の喧嘩に関しては――まだ、勝負がついているわけではないと思うのだけれど」
カレンがアオイを見つめる。アオイは笑って、
「冷静になったフリが下手だね。ホントに冷静になったんだったら『冷静じゃない』フリをしたほうがいい場面でしょ。そんなプライドも捨てられないの? それとも――ボクに勝つつもりなんてないのかな」
「ふふ……なるほど。確かに、先程までの私はみっともなかったわね。そんな余裕ぶってみせて、負けたんだから」
これから師匠になるんだから、弟子の私に気を遣って――
「アナタの痴態も、見せてよ、私に」
「キミにそれができるなら」
カレンが構えて、合わせるようにアオイも構える。
金髪碧眼の少女と、銀髪紅眼の少女が向かい合って立っている。
アオイから動くことはない。明らかに先手を譲ってきている。
舐められている。
(――格上だとしても、そんなことを許していいわけがない)
たとえ誰が相手でも、舐められるなんてことを許していいわけがない。
後悔させてあげる。
そして、カレンは――アオイとの間にいくつもの鉄骨を出現させ。
「【エアバースト】」
魔法を、使った。
*
勇斗たちとの戦いの最中、カレンは大量の瓦礫を『落とす』ことで攻撃していたが――もちろん『落とす』だけが運用ではない。
【エアバースト】は風の壁を押し出す魔法だ。それを用いれば出現させた鉄骨を『撃ち出す』ことを可能とする。
いくつもの鉄骨を『撃ち出す』ともに大量の瓦礫、鉄骨をアオイの頭上に展開。上方と前方を塞いだ。まずは小手調べ。アオイはこれをどう凌ぐか――そうやって、カレンはアオイの実力を少しでも探ろうとしたが。
「……わかってたつもりだったけれど」
どんな読みしてるのよ。カレンの額に汗が滲む。
アオイはほとんど動かなかった。一瞥しただけですべての動きを読み切って、一歩、動く。【エアバースト】によって撃ち出された鉄骨の軌道から外れ、さらに頭上から落ちてくる瓦礫にも一切当たることなく避けきった――瓦礫のさらに上にガラスの破片もばら撒いていたのだが、それすらも少し身をよじるだけで避けきっていた。
(掠っただけでも死ぬような――オーガの攻撃を紙一重で避けるような人間だもの。当たり前と言えば当たり前、なのかしら)
それでも、実際に目にしたときの印象は異なる。父親に見せてもらったオーガ戦の動画を見たときからわかっていたことだったとしても、避けられるはずのない攻撃をいとも容易く避けられてしまったのだ。動揺してしまうのも仕方ないことだろう。
(なら、次の矢――『なんでもアリ』なら、当然)
「【ファイアーボール】」
カレンはアオイの頭上に火球を飛ばす。もちろん、アオイには当たらない。カレンの意図は――
「わかりやすすぎ」
アオイは嘆息する。カレンはアオイの頭上に爆弾――C-4爆弾などの起爆装置や雷管などを必要とするような化学的安全性が高い、暴発の危険性がほとんどないような現代の爆弾『ではなく』、より単純な構造をした爆弾だ。
ニトログリセリンを主剤とした爆薬――要するにダイナマイトだ。『安全処理』を行っていないため、ただ落とすだけでも十分に爆発する見込みはあったが、念には念を、だ。エアリエルとの戦いを見て大規模な攻撃を防ぐ手立てを持っていないことはわかっている。点ではなく面であれば。
「さすがに悠長に待ってあげないけどね」
【エアウォーク】。アオイはそれによってカレンの【ファイアーボール】をダイナマイトに当たる前に『着弾』させた。【エアウォーク】によって形成された空気の足場に当たって【ファイアーボール】は炸裂。同時にアオイは駆け出している。ダイナマイトの落下地点から逃げ出している――やはり、まともに炸裂したならばアオイにも有効だと見て間違いない。アオイの周囲に壁を取り出すことができるならばそれで完封できるが……それは、できない。
自由自在にどこにでも物を取り出すことはできない。それができるのであれば『箱』のような囲いをつくって水でも満たせばそれだけで終わるだろうが、それをしていないのは単純に『できない』からである。『取り出せる』条件は距離と視界。自分から離れた場所で『目に見えない場所』に物を取り出すことはできない。アオイと自分の間やアオイの横を防ぐように壁を取り出すことはできても、アオイの背後は『目に見える場所』ではない。閉じ込めるようなことはできない。
近接戦は避けなければいけない。だが、アオイを視界から外すことも危険だ。カレンは銃を取り出し、銃口をアオイに向ける。
「【エアウォーク】」
同時にアオイの【エアウォーク】。銃口を――? 銃口を防がれた程度で暴発はしないだろうが、アオイのしたことだ。意味がないとは思えない。カレンは銃から手を離し、また新しい銃を手に取――「痛っ」
指に痛みが走る。アオイが何かを投げつけてきていた。何かを確認する暇はない。もう一度、新しい銃を。
「そこに拘泥する意味ある?」
構える前にアオイが懐にまで近づいていた。体術では勝てない。位階はカレンが上だ。身体能力では上。だが、エドワードや剣姫でさえも真正面から組み合うことを避けたアオイを自分がどうこうできるとは思えない。銃火器が無理なら魔道具を取り出し、
「いや、そこは【エアバースト】でも撃っとけばいいのに」
何もわからないうちに、天地が逆転した。投げられた……! そしてアオイの言う通り今のは【エアバースト】を撃つべき場面だった。いや、今からでも遅くは。
「もう遅い」
カレンの目前に、靴が迫ってくるのが見えた。天地が逆転しどこがどこだかわからないような状況で見える足先。自分がどういう体勢なのかを理解する。
そんなことを考えたのは、どうすることもできないからだろう。
ゴッ、と躊躇なく頭を蹴られた。サッカーボールキック……サッカーボールを蹴るようにして勢いよく相手の頭部にキックを放つ技。それだけで吹っ飛ぶようなことはない。位階の差もある。意識も飛ばない。鼻血くらいは噴き出してもおかしくないが――そもそも、アオイの攻撃は終わっていない。
「ほらほら、何かしないと」
足首に触れられた感覚。対処、いや、その前に【ヒール】を。
「だーめ」
背中が地に付く。グラウンド。仰向けに寝転がされている。
「まずは避けなきゃ」
靴の裏が見える。頭を踏み潰す気だ。動け、動け、動け動け――拳で思い切り床を叩くことにより強引に身体を跳ねさせる。
「っ――【エアバー」
こんっ、と額に衝撃。また何か投げられた。構わず【エアバースト】を撃つべき場面だったが意識を中断された。
そして撃とうとしたときには視界が転がる。頭の側面――こめかみを蹴られていた。視界が揺れる。意識が揺れる。アオイとカレンの位階差は小さくないが、打撃を無視できるほどのものではない。アオイはブーツを履いている。素足やスニーカーなどよりは硬いものだ。安全靴ほどではないにしても、蹴りの威力は大きい。
そして意識が揺れるカレンを放置するアオイではない。耳を掴まれた。耳を掴まれるということは動作を支配されるということだ。痛みに耐えることはできても痛みに反応する身体の動きを抑えることはできない。痛覚をトリガーにする肉体の反射は意志の力で抑えられるものではない。
対処法があるとすれば――一息に、頭を思い切り掴まれている耳と反対側に動かすことで、強く握られた耳を引きちぎらせること。
「その覚悟は認めるけど」
カレンはそれをしようとした。だが、そのために頭を動かしたその瞬間、耳から手を離されていた。
読まれていた。が、自分の行動がすべて読まれていることなんて想定内だ。その上でどうするかを考えるべきであり。
「ちょっと、甘すぎるかな」
もちろん、それも読まれている。どの動きをしようにも『起こり』の時点で潰される。
何もできない。魔法を使おうとしても潰される。魔道具を取り出そうにも潰される。銃火器だって、なんだって。一挙手一投足、何もかもが読まれている。
そして迷えば。
「動き、止まってるよ」
投げ――頭から地面に落とされそうになったところで腕を伸ばして制する。流れるように顔に蹴りが飛んでくる。ほとんど力の入っていない、ただ脚を伸ばしただけのような蹴り。狙いは『カレンに何もさせないこと』。それはわかっている。牽制の蹴りを顔に受けて、それでも魔法を使う――それができればいいのだが、できない。息もつかせず攻撃が続く。
何もできない。思考が追いつかない。【加速】があれば――まずは距離を取ることが先決。一度だけでも【エアバースト】を使えたなら。
「……なんか、舐められてる気がするなぁ」
アオイがつぶやき、投げ――どうしてか、カレンと距離を取るような形で投げられた。
「まともに銃を撃つことができたりなんなりしたら、とか思ってない? ……ちょっと、好きにさせてあげるよ」
「【オーバーヒール】」
「ちょっとぉ! 無視ぃ? 傷つくなぁ……」
せっかく整える時間をくれたならお言葉に甘えてまずは傷を癒やすことにする。【オーバーヒール】により全快。だが、やたらめったら魔法を使えるだけの魔力量はない。ギフトによって魔道具や銃火器を使えば擬似的に魔法と同じ効果を出すことはできるが……いや、違う。出し惜しみするな。相手はアオイ。正真正銘怪物だ。
あの剣姫に勝ったのは相性もあるのだろうが――それでも、剣姫に勝っている。それを相手にするんだ。
これから師事することになる相手。
その相手に本気を出す。力を示す。
だが――勝ってしまっても、問題ないだろう?
それに、何より。
(この私が舐められたままでいるなんて、許していいはずがない)
ありったけの水を頭上に展開。鉄骨も、剣も、ガラス片も。アオイとの間にも同じものを展開。【エアバースト】を使って射出。同時に銃を取り出し、アオイを射撃する。
その、すべてを。
「……ふふっ」
笑うしかない。先程の繰り返しだ。銃は避けられないだろうとも思っていたが――当たり前のように当たらない。爆薬は通じるだろうと思ったが、それも潰される。アオイが今投げたもの――探索者にとっての必需品。水の魔道具。湿気ったわね。
「銃を避けられるって、普通じゃないわよ?」
「知ってる。音速のパンチを連発できるようなものだからね」
「自爆して私だけ【オーバーヒール】で生き残るって手もあるけれど」
「この距離ならカレンの身体を盾にして凌ぐかな。それで防げないくらいの威力だったら【オーバーヒール】も何もできずに死んで終わるだろうし」
「そう。……いつか、必ず吠え面かかせてあげるわ。師匠」
「できるものなら」
カレンがナイフを取り出し、斬りかかる。アオイはカレンの手首を手に取り、同時に膝を抜いて体勢を崩す。掴んだ手首をカレン側に返し――ナイフの切っ先が、カレンの胸を貫いた。
ごぽっ、と口から血が溢れる。動脈を切り裂き、肺に血液が溜まっている。失血ではなく窒息で意識を失いかける。
まだ――強引に【ヒール】を使い、治そうとして。
ふ、とアオイの手がカレンの頬に触れた。
「おやすみ」
ガゴンッ、と身体の内側から何かが外れるような音が聞こえて――意識が途切れる。
カレンの身体が崩れ落ち、アオイはそれを抱きとめる。
ぽんぽん、と背中を叩いて撫でるアオイの姿は、カレンを称えているようにも見えた。




