クエスト:カレン・ウォーカーを打倒せよ!
「勝敗はどうやって決めるんだ」
「シブヤの決闘ルールに則ってあげるわ」
「なんでそんなローカルルールまで知ってるんだよ……立会人は?」
「そこで聞き耳立ててるウェアウルフにでも頼むわ。どうせ聞こえてるんでしょう?」
「大狼さん……うわ、ホントに聞いてる。こっち見た。迷惑かけちゃったな……」
「もしものときの回復手段は訓練場だから完備してるでしょうけれど――エドも居るわ。殺せるものなら私のことを殺してくれても構わない。私はできるだけ殺さないようにしてあげるけれど」
「そこまで実力差があると思うか?」
「ええ。私はアズサと違って自分のギフトを使いこなしているもの。……ああ、私のギフトはアイテムボックスのようなものなのだけれど――ハンデをあげる。銃火器の類や魔道具に関しては使わないでおいてあげるわ」
「そりゃ助かるな。後になって『あれは本気じゃなかったから認められない』なんて撤回しないことを祈る」
「ふふ。大丈夫よ。そんなことは起こり得ないから」
*
決闘だ。喧嘩だ。訓練場で『手合わせ』を行うことは多い。アオイがやったように階層主の間でしかそんなことはできない――かと言えば、もちろん、そんなことはない。万が一のことを思えば階層主の間で行うことが最も『安全』ではあるが、大規模な魔法を使うでもない限りは訓練場で事足りることが多い。
これにはやはり回復魔法の存在が大きい。訓練場には高位の回復魔法の使い手が常駐しており、死後すぐであれば蘇生なんてことさえ可能としている。もちろん、だからと言って殺し殺されが当たり前なんてことはないのだが――本格的に訓練しようとなると死の危険は免れない。万が一の事故に対策を講じているのは当たり前だろう。
話し合うこともあるでしょう、とカレンはいったん時間を置くことを提案した。あのまま続けても良かったものの、勇斗と梓の間で作戦会議くらいはしたいだろうという判断だ。万全を期してもなお自分には届かない、という事実をもってして『自分の正しさ』を証明するためには必要なことだった。
もっとも。
「あんなことを言って良かったので? 探索者の強引な引き抜きは褒められたことではありませんが」
「ええ。だから、その価値があるのか試すために、よ」
いくらカレンに地位があるとは言っても、法を超越する者ではない。こんなことで管理局の――【書士】に目をつけられる危険を冒すべきではない。それはカレンもわかっている。
「私だって、アズサのギフトの全容を理解できているわけじゃないけれど……もしも『そこまでする価値がない』程度のものだったら『アナタたちの熱意に免じて』なんて譲歩してあげた感を出すだけのことよ」
だから、勇斗と梓に言ったような『強引な手段』を選ぶのは梓のギフトにそれだけの価値があるとわかったときだ。
カレンは勇斗については調べているが、梓に関しては今日が初見。訓練風景を少し見ただけに過ぎない。どういった系統のギフトかについては目星くらいはついているものの、その全容までは計り知れない。
「ユートの反応を見る限り『それだけの価値がある』と判じていいものだとは思うけれど」
「少年の過大評価ではなく、ですか?」
エドが尋ねる。勇斗は探索者になりたての少年だ。ダンジョンのことについてそれほど詳しいわけではないだろう。ユニークスキル、ギフトと見れば過大評価してしまってもおかしくはない。実際以上に『特別なもの』と判断してしまってもおかしくはないだろう、と。
カレンの見解は異なる。
「ユートは剣姫の弟子よ。サキ・イズミの弟子。『迷い道』に所属している探索者はすべて魔王級――魔王系統のギフテッドと同クラスの警戒対象だけれど、その中でも筆頭のようなモンスターよ? あんなアブノーマルの弟子がただのギフトを過大評価するようには思えない」
「むしろ過小評価している可能性さえある、ですか」
ええ、とカレンはうなずく。「私が無理な引き抜きをしようとしていること自体に対してはそこまで違和感を持っているわけではなかった。それが引き起こす問題を考慮してなおそう思うということは――少なくとも、ユートは『それだけの価値がある』と判断している」
「それはそれは……いったい、どんなギフトなんでしょうね」
「それを今から試すのよ」
そんなことを話していると、勇斗と梓の準備ができたらしい。カレンは展開していた盗聴防止の魔道具を収納し、椅子から立ち上がる。
「お別れの準備はできたかしら」
「必要ないことはしない主義でな」勇斗は既に剣を抜いている。「アンタを倒すための準備はできた」
「ほんとうに? ダンジョンとは違って『攻略情報』なんてないわよ?」
「それでも、勝つしかないからな」
「ふふっ。それはそうね。……アズサも、いい?」
「う、は、はい」梓がぎゅっと杖を握る。「わたしも……準備は、できてます」
「そ。じゃあ――ウェアウルフ」
カレンが視線を向けた先に、大狼が立っている。『シブヤウォーリアーズ』所属の探索者であり、民間の探索者における最前線組。スキルを使用したとしても、エドでは容易に御することはできないだろう。
「オレでいいのか? 正直、オレはユート側だからな。公平な審判はできないぞ」
「それがいいのよ。無理をさせないでいてくれるでしょう?」
「キミの強引な勧誘にも一言物申したい気持ちはあるんだが」
「『シブヤウォーリアーズ』にその力はない」暴力という観点で言うのであれば抑止し難い存在ではあるが――最初から、カレンは『強引な勧誘』に暴力を使うなんて下策を選ぶつもりはなかった。「迂遠な手段を取れば抜け道なんていくらでもあるわ」
「だろうな。勇斗と梓ちゃんのことは気に入ってるが――オレも、まだ『そこまで』するほどじゃあない」
「それは安心」
もしも大狼が形振り構わず暴れたなら――いくら迂遠な手段を取ろうにも、それらをすべてぶち壊す『暴力』というものは存在している。
それをされてしまってはさすがに困るのだが、彼にもそれを選ばないくらいの分別はあるらしい。
これが話に聞くこの国の超人が相手だったならば『気に入らないからすべてぶっ壊してから考えます』なんて返答をされてもおかしくなかったので本当に安心した。
「とは言え、好みの手じゃないことも確かだ」
「あら。何かできるの?」
「オレにはできない。だから――告げ口してやる」
「それはそれは」カレンは口元に手を添えて笑う。「ほんとうにおっかない」
大狼大牙。上がってきていた情報では女遊びを繰り返すクズ――それ以外には面倒見がよく兄貴分として慕われることの多い男だということくらいは記載されていたが、プライドの高いタイプの人間ではないかと思っていた。しかし、躊躇なく『告げ口』という最もされたくはない手段を仄めかされた。
一筋縄ではいかないものね。カレンは思う。面白い、と。
「勇斗、梓ちゃん。お前らは弱くない。勇斗は新人離れした実力を持っているし――梓ちゃんも、何かしらあるんだろ? さっきの時間で今訓練場に居る全員と管理局には話はつけておいた。今の訓練場は『配信禁止』の設定だ。何も気にせずぶちかましてやれ」
「っ――ありがとうございます!」
「あ、ありがとう……ございますっ」
「だが」と大狼がカレンをちらと見る。「この子はたぶん強い。位階は――お前らと比べたら高いが、そこまでかけ離れているわけでもない。二対一ってことを考慮すれば不利な条件ってわけじゃあないだろう。だが、間違いなくそれだけじゃない」
「わかってます。でも、勝つしかない」
「いいな」大狼が牙を見せて笑う。「男の目だ。梓ちゃんもな」
「え?」梓がぽかんと口を開ける。「わ、わたし、あの、確かにおっぱいはないですけど、これでも、その」
「いや絶対そういう意味じゃないから」呆れたように勇斗。「この状況で天然発言するなよな……」
「いえ、面白いわよ。今のは旧時代的な発言をしたウェアウルフが悪いんだし」
「……オレ、今のそんなに悪かったか?」
大狼が近くに居た後輩探索者にこそこそと話す。「ガミさんの発言はいつも割りと炎上しそうな感じなんでダイジョブっすよ!」と返されている。絶対慰めになっていない。
「あーもう! はいはい! オレが悪くございました! さっさと始めるぞ! 【カウントダウン】!」
30! 29! 28! とどこからともなくカウントダウンの声が聞こえてくる。謎にかわいい女性の声だ。これを開戦の合図にしろということなのだろう。
「ユート、アズサ。位置はこのままでいいの?」
カウントダウンが鳴り響く中、カレンが勇斗たちに話しかける。開戦するにあたって、ほんとうに距離はここでいいのか、と。都合のいい距離に来なくてもいいのか、と。
「欲を言えば抱きついてやりたいが」勇斗が威勢よく笑ってみせる。「それでもいいなら」
「情熱的ね。いいわよ。ちなみに私はブラジリアン柔術の――」
「ならやめとく。位階の差で筋力的には負けてるだろうしな」
「あら残念」
こんな話をしている間、梓は少し顔を赤らめている。かわいい子だ。のんきにそんなことを思ってしまう。
だが、いつまでもそんな調子で居られてしまうのも困る。
「アズサ」
「な、なんですか?」
「何があっても大丈夫だから本気で来なさい。ユートと別れたいのなら、油断していてくれても構わないけれど」
くす、と挑発するように微笑んで見せる。すると、梓も顔を引き締めてくれた。そうそう、その調子。
「……アンタの真意が見えないな」
カウントダウンが終わりへと近づいていく中、勇斗が尋ねる。梓にやる気を出させようとした真意を計りかねているようだ。
「さあ? どう解釈してもらっても構わないわ」
「俺には本気を出させようとしないのかよ……」
「剣姫の弟子がこんなことで本気を出さなくなるの?」
「かもしれない。だから俺にも優しくしてくれ」
「まあ。情けない男」
「その通り。どうか見くびってくれ」
油断したその首に噛み付いてやる。言外にそう語っていた。
ああ――まったく、面白い。
だから。
「ユート、アズサ」
5! 4! 3! カウントダウンが終わりを迎えようとしている。
そんな中、カレンは。
「まずは、小手調べよ――お願いだから」
凌いでみせて、ね。
0! とカウントダウンが終わりを迎え――開戦した、その瞬間。
勇斗たちの頭上に、大量の瓦礫が現れた。
*
「――は?」
呆然とする二人を尻目に、カレンが大きく後退して距離を取る。
勇斗の動揺は理解できる。アイテムボックスに似たギフト――そう言われてイメージしていた運用はそのまま【アイテムボックス】と同じようなものだろう。
だが、カレンのそれはギフトだ。日本においてはユニークスキルなどと呼ばれることもあるスキル。『unique』なんて称されるそれが『既存のスキルと同程度のもの』であるはずがない。
容量が大きいくらいのことは想像していたのかもしれない。取得に大量のポイントを要する【アイテムボックス】をポイントに関わらず持っていることはそれだけで非常に大きいメリットだ。しかし、いくら容量が大きいとは言え――『無駄遣い』をするだけの余裕があるとは思えない。
ただ『頭上から落とすためだけの瓦礫』のようなものが収納されているものだとは思えない。
「梓! エアバースト!」
「――っ! 【エアバースト】!」
梓が頭上に向かって【エアバースト】を使う。勇斗は下がって梓の近くへ。でも、【エアバースト】で軌道を逸らせるものかしら。カレンは考える。本当にそれで良かったの? と。
だが。
「【エアバースト】【エアバースト】【エアバースト】【エアバースト】【エアバースト】」
「……ふぅん」
魔法の連発――高位の探索者であればまだしも、梓程度の探索者ができるものだとは思えない。予想通り、魔力に関するギフト……訓練場での訓練から、新人探索者ではありえない数の魔法を使っていたことはわかっていた。魔力量の底上げ? いや、ギフトがその程度であるはずがない。もっと規格外のスキルのはずだ。
【再演】系統のスキルであれば――直前に使用したスキルを代償なしで『再演』するスキル――その制限がないのであれば。莫大な代償を要するスキルを連発することだって可能だろう。ポイントの絶対数が不足している現状ではその力を存分に発揮することはできないだろうが、いずれ強力なスキルを獲得し、独自魔法でも開発すれば有望な戦力に――
「――と、いつまでも考察していられる状況でもないわね」
瓦礫の雨が降り注いだ直後、勇斗がこちらに向かって一直線に駆けてきた。その手には剣。かの剣姫の弟子に剣術で勝てるとは思っていない。
「だから」
使えるものはなんだって使おう。カレンが取り出せるものは瓦礫だけではない。
カレンの手に槍が。同時に勇斗の頭上に数多の剣が現れる。
「芸がないな!」
「有効ではないって?」
「それとこれとは別だ!」
降り注ぐ剣から逃れる勇斗。その配置から自分の動きが誘導されているものだとは理解しながらも違うようには動けない。だから、「梓!」
「うん。【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】」
梓からの援護射撃。当てるつもりではないのだろう。射線が散らされている。牽制――私の動きを阻害することが目的か。そこを、勇斗が。
「甘いわね」
剣術だけなら恐らく勝てない。なら、剣術を使えないような状況に陥らせばいい。
勇斗がこちらに突っ込んでくる。剣を振るおうとしている。
そんな彼の、今の足場は。
「【収納】」
カレンが先程取り出した瓦礫だ。突然足場がなくなったことに勇斗は動揺――即座に対処することはできない。
槍を振るう。このタイミングなら避けられない――そう判断したが、勇斗はそれを防いでみせた。刀身で槍の軌道を逸らされる。即座に槍から手を離し、新しい武器を手に取った。ナイフだ。これを投げる。同時に同じナイフを何本も頭上に出現させる。これはさすがに避けられ――
「避けなさいよ」
カレンが苦笑し、剣を手に持つ。
勇斗はナイフに構わずこちらに向かってきていた。当然、ナイフは勇斗を切りつけ、刺さる。急所だけを防ぎ、それ以外の負傷に関しては『無視できる』と判断したのだろう。
言うは易しだが、痛みを無視できるような人間は少ない。……アオイとの模擬戦で剣姫も眼窩に指を突っ込まれながら剣を振るっていたが、彼女たちの流派は痛みに抗う手段でも持っているのだろうか。クスリでもやってるんじゃないでしょうね。
勇斗が剣を振るうのに合わせて剣を振るう。言うまでもなく技術は勇斗のほうが上ではあるが、位階差による身体能力の差によって強引にその差を埋める。だが打ち合うのはせいぜいが三合。上段から思い切り振り下ろす。防がれるが、このまま力を入れれば押し通すこともできる。
視界の隅で勇斗の空いた左手が動くのが見えた。
「手癖の悪い」
押し切ることを諦め、勇斗を蹴り上げる。同時に勇斗はバックステップ。蹴りの衝撃を和らげる。
カレンの蹴りがオーガのそれのような威力を持っていれば別だが、位階差があるとは言え『入っていない』蹴りであれば有効打にはならない。
そしてカレンと勇斗の距離が開けば。
「【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】」
梓のこれだ。一度だけなら当たったとしても致命傷にはならないだろう。しかし、当たればしばらく行動不能くらいにはなる。それを勇斗が見逃すわけがない。
魔法には厳しい使用回数の制限がある。だからこその効果だ。回復魔法にしても、攻撃魔法にしても――厳しい使用回数の制限とその効力はトレードオフの関係にある。
梓はそれを否定している。
(これだけ魔法を使っても一切の衰弱が見られない。急激な魔力の減少は少なからず精神の衰弱をもたらすはずなのに。つまり、アズサはこの魔法で魔力を消費していない?)
魔力消費なしに魔法を使うことができる――そんなギフトだとしてもおかしくはない。
そうだとすれば、やはり破格のギフトだ。世界の原理原則を踏み倒す理不尽。世界を踏みにじる不条理。
やっぱり――欲しい。
強引な手段を取ることによって被る不利益よりも彼女を獲得することで得られる利益のほうが間違いなく大きい。アズサにはそれだけの価値がある。
この『手合わせ』の意図するところは『納得』だ。勇斗と梓を少しでも納得させやすくするために行っているだけのことであり、この勝敗が梓の勧誘の成否に関わることはない。
もっとも、万が一にでもカレンが敗北することでもあるならば梓を手に入れることは諦めるが、それは単純にカレンのプライドによるものだ。『証明』されたならば諦める。されなければ決行する。まったくそんなふうには思えないだろうが――ある種、これはカレンの『温情』である。
何も言わずに手を回して『そうするしかない』状況に持っていくことも可能であるにも関わらず『チャンス』を与えている。そういう考え方もできる――が、もちろん、勇斗も梓もそんなふうには見ていないだろう。
だが、何も言わずに裏で手を回すよりは印象も良いはずだ。ファーストインプレッションは間違いなく悪い。そして、それくらいのほうが――どちらにせよ手段を選ばないのであれば――好都合になることもある。『思ったよりも悪くなかった』という状況に持っていくことも容易だからだ。
(ユートと離れなければいけないわけでもないもの。主導権はこちらが握らせてもらうけれど――パーティーだって、必ずしも解散する必要もない)
『想定していたよりもマシ』なら心象は良くなってしまうものだ。アンカリングとも呼ばれる認知バイアス。カレンはそれを利用しようとしていた。
そんなことを考えている間に距離を取った勇斗がナイフを抜いて【ヒール】で傷を癒やしている。刺さったままでは動きにくいし――何より、痛みによる屈曲反射はどうしても起こってしまうものだ。畳み掛けるべき場面だったが、特に問題はない。
もう底は見えている。
「さっき【収納】したものはどこに行ったと思う?」
勇斗に笑いかける。即座に彼はカレンの言葉の意図を理解するが――間に合うわけがない。
開戦時と同じく、頭上を覆うほどの瓦礫が勇斗たちを襲う。
梓は問題ないだろう。先程と同じく【エアバースト】でも連発すればいい。
しかし、勇斗は。
「そうよね。そうするしかない」
力強く踏み込み、カレンへと向かってくる。カレンも自滅する趣味はない。カレンの傍は安全地帯だ。
ギリギリ間に合う。そう判断した勇斗は間違っていない。
何も障害物がなければ、だが。
「壁」
カレンと勇斗の間に壁が現れる。金属製の壁――と言うより、鉄板だ。『壁』と呼ばれるほどに厚く大きい鉄板。高位の探索者ならまだしも、勇斗くらいの位階であれば打ち破ることは叶わない。
だから。
「【エアウォーク】」
勇斗は、跳んだ。自ら落ちてくる瓦礫に近付く愚策――ではなく。
「【エアウォーク】【エアウォーク】」
落下エネルギーを蓄える前に、瓦礫と同じ高さまで上昇する。【アイテムボックス】と同じく、カレンのギフトでは物を取り出す際に『射出』するようなことはできない。ただその場に取り出す
だけだ。自然と重力に引かれて落ちてはいくが、取り出した瞬間の速度はゼロだ。
落下を始めたばかりの瓦礫に傷つけられることはない。勇斗は落ちる瓦礫を足場にしてカレンの攻撃を凌いだ。
自ら取り出した鉄の壁に阻まれて、カレンにはそれが見えていない。
「【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】」
梓からの魔法。皮肉にもそれによってカレンは勇斗を仕留めていないことを確信した。もしも勇斗が重傷を負っていたとしても冷静に攻撃するべき場面ではあるが、カレンの見立てでは梓はそんなことができるような少女ではない。間違いなく動揺する。それがない時点で――勇斗は無事だ。
どうやって? 未知の手札か。勇斗が取得している可能性の高い魔法は――
「【エアウォーク】かしら」
「見抜いてんじゃねぇよ!」
鉄の壁を【エアウォーク】を使って乗り越えてきた。不意打ちにはならず、カレンは冷静に対処する。勇斗との間にガラスの破片を展開。だがナイフが刺さっても構わず動いた勇斗だ。大して妨害できないだろう。
だが少しでも妨害できれば十分。剣術で劣っていることは間違いない。勇斗にとっても最も自信があるものは剣術だろう。
なら、それをこそ『折る』にはふさわしい。
「アナタの土俵で戦ってあげるわ」
「感謝の言葉でも欲しいのか!」
「いいわよ? くれても。感謝されるのは気持ちいいもの」
剣を取り出し、投擲。空中に居る勇斗だが【エアウォーク】がある。避けられることは想定内だ。いくつも武器を取り出して投擲し続ける。それでも【エアウォーク】を使いながら迫ってくる勇斗を迎え撃つ。
間合いを考えまずは槍。振るえば勇斗に防がれる。切っ先に刃を置かれて、そのまま滑らせてこちらに――【収納】、剣を取り出して振るう。
突然抵抗がなくなったことにより勇斗の身体がガクンと揺れる、が、それだけで崩れるような鍛え方はしていないらしい。すぐに姿勢を整え――カレンは足元に短剣を取り出し、それを蹴り上げる。勇斗は身体を横に大きく倒すことによってそれを回避し、同時に振るわれたカレンの剣の軌道の上に自らの剣を置くことで攻撃を防ごうとする。
それを見たカレンは剣を【収納】し異なる武器に取り替える。フレイル型のモーニングスター。鎖で繋がれた鉄球を振り回す武器だ。勇斗は目を見張りながらも冷静に対処しようと【エアウォーク】を使って強引にバックステップ――しようとするが。
「壁か」
勇斗が舌打ちする。勇斗の背後にいつの間にか壁ができていた。後退することができない。ならば、と無理やり剣を振り回し、モーニングスターの鎖を絡め取ろうとする。対処としてはそれが最も適当かもしれないが、問題もある。
「それで剣を使える?」
鎖が絡んだ時点で、剣を使うことが難しくなるということだ。
カレンが勇斗の懐に飛び込み、腹に掌底。背後には壁がある。衝撃を逸らすことができない。
位階の差だ。身体能力では勇斗はカレンに劣っている。体術は――カレンのそれも決して低くないレベルにある。フィジカルが同じであれば勇斗が勝るかもしれないが、そうでない以上そんな仮定には意味がない。
「少、し……甘いんじゃ、ないか」
この絶好の機会だ。ナイフで刺すでもしていれば勝負は決していた――そう言いたいのだろう。
だが、カレンの目的は勇斗を倒すことではない。その心を『折る』ことだ。
「降参するまでいたぶってあげる」
勇斗は剣を離さない。鎖が絡みついた剣なんて邪魔なだけだ。体術ではカレンに勝てないとしても、片手が不自由ならばその差は開くだけだろう。判断力が低下しているのか。往生際が悪いのか。それとも――
「梓ぁ! もろともやれ!」
打開策を考えているのか。
「っ――【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】【ファイアーボール】!」
逡巡は一瞬。梓は勇斗の指示通り彼もろともカレンに攻撃。壁を出現させれば――いや、あれほどの数の【ファイアーボール】だ。防ぎきれない可能性もある。融解することがなくとも『押される』可能性は高い。
カレンは勇斗から離れることを決めた。距離を取って【ファイアーボール】から退避――しかし、【ファイアーボール】は一発も勇斗に当たることなく終わった。
(ブラフ――!?)
完全に騙された。勇斗は既に鎖から剣を抜いている。彼は鋭く息を吐き、強制的に深く息を吸い込んだ。
そして、剣を両手で持ち――上段に構える。
(ジゲン流……?)
ジゲン流――薩摩示現流、野太刀自顕流。そのどちらをも指す言葉だ。
かの流派を表す象徴的な言葉は『二の太刀要らず』。初太刀にすべてを懸けるそれを連想したのは、今の勇斗がまさしく『それ』に似た覚悟を持っているように感じたからだろう。
星勇斗は『剣姫』和泉サキの弟子だ。
剣姫の斬撃は万物両断と称される。光以外の何物も捉えることができない神速の一太刀。
それを勇斗が自由に使いこなすことができるかと言えば、もちろんできない。そんなことができるならばカレンは既に負けている。
だが――特定の条件下であれば。
上段構え。他の構えとは異なり、ただ『剣を振り下ろす』ことに重きを置いたその構えは言うまでもなく圧倒的に攻撃的な構えだ。『振りかぶる』という予備動作を省略することで『一手』速く行動することができる型。
ジゲン流のそれは『蜻蛉の構え』とも呼ばれ、他の流派の上段構えよりさらに速く、さらに強力な一太刀が放たれると言われている。
ジゲン流からして『防御した者を刀ごと両断した』などという逸話が残されているほどの超攻撃的な流派だ。
その『初太刀』を――剣姫の弟子が、磨き上げているならば。
剣姫の一振りに近いものが、限定的な条件下であれど可能ならば。
(さすがに真正面から受けるのは無理ね――危険過ぎる)
最大限の警戒が必要だ。剣姫の一振りを受けるなんて高位の探索者であっても困難極まる。カレンにはできない。
超攻撃的な型であることから今の勇斗は無防備だ。近づけば斬られるだろうが、ならば近づかなければいい。投擲を繰り返せば――
カレンが行動に移ろうとするまでの時間は決して長いものではなかった。判断が遅いと言うには短い時間だったが、それでも結果的には『遅かった』と言わざるを得ないだろう。
勇斗の覚悟、『切り札』を認識した瞬間に動かなかった時点で遅すぎる。
勇斗は剣姫の弟子だ。戦闘狂とも呼ばれる剣姫の弟子。
『切り札』とはどういうものかを知っている。
『二の太刀要らず』――ならば、その一太刀は『確実に当てなければいけない』。
そのための手段を、考えていないわけがない。
「【ヒール】」
勇斗が言った。この状況で? カレンは意図がわからず、しかしその意図を汲む時間はないと判断し――【ヒール】の光が、見えた。
それが凄まじい速度でカレンへと向かってくるのが見えた。
光が視界を埋め尽くし――反射的に、カレンは目を閉じてしまう。
一瞬。しかし、その一瞬は。
――模倣・劣化剣閃。
神速の一太刀に対処するには、あまりにも命取りだ。
閃光が瞬き、鮮血が舞う。
(――見事)
しかし、カレンは。
「【オーバーヒール】――【開帳】」
満足気に笑みを浮かべて、そうつぶやく。
【オーバーヒール】――回復魔法の中でも最上級の魔法であり、対象のダメージを『全快』させる魔法。
そして、【開帳】は――
「いやいや」
カレンと勇斗、二人の間に、いつの間にか一つの影が混ざっていた。
「それは往生際が悪すぎるでしょ」
ぽーん、と。
いっそのこと、間抜けなほどあっさりと――カレンが、宙へと投げられていた。
動揺しながらも、カレンはそれを成した者の正体を探る。
そこに居たのは。
「ボクの弟子――弟子候補が失礼したね、ユートくん。アズサちゃん。どうやら、この子にはまず教育が必要みたいだ」
輝くは白銀。
宿るは紅玉。
神聖にして静謐。
隔絶した絶対美。
今、自分をいともたやすく放り投げた彼女の名は。
「――アオイ!」
「礼を失しているね。師匠と呼びなさい」
アオイ。
メイド服に身を包んだ彼女が、そこに立っていた。
……なんで?
カレンは思った。
たぶん、この場に居た誰もが同じことを考えていた。




