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星勇斗の冒険 8

 ずっと、特別な存在になりたいって思ってた。


 でも、特別な存在ってなんなんだろう。


 わたしが求めていたものはなんだったんだろうか。


 わたしがなりたかったものは――




      *




 渋谷ダンジョン、訓練場。


 その日、勇斗と梓はいつものように訓練していた。探索をしていないわけではない。位階を上げることも間違いなく重要なことだ。しかし――特に梓にとっては――訓練することもまた必要に迫られていることだった。

 実際、梓にとって訓練場での訓練、『シブヤウォーリアーズ』主導の訓練会は非常に参考になることが多かった。魔法の制御に関しては未だに改善の兆しが見えないものの、それならそれで戦うしかない。

 自分の持つユニークスキル【無尽】については隠したままだったが――恐らくは、何か勘付いたような人も居ただろう。

 梓の戦術は【無尽】を前提にして成立しているものだ。『何らかのユニークスキルを持っている』まで気付かれたかどうかはわからないが、隠し事をしていることくらいは間違いなく気付かれている。

 ただ、それについて詮索されたことはなかった。探索者同士での詮索は厳禁――そうは言ってもなかなか守られないことのはずだが、『シブヤウォーリアーズ』の訓練会においては間違いなく徹底されていることでもあった。梓にとっては非常にありがたいことであり、感謝の念に堪えない。


 勇斗の方も充実した訓練をこなせているみたいだった。無尽蔵のスタミナと魔力があるとは言え、訓練中は勇斗の方に意識を向ける余裕こそないが――それ以外の、例えば探索のときに勇斗の方から話してくれるのだ。思えば、それは梓が話しやすくしようとしてくれた節もあったが……実際の探索中においても実感できるところは少なくなかった。

 中でも戦闘については――基本戦術に関しては勇斗の方針から大きく変わっていないものの――魔法について、魔術師から話を聞くとやはり違う。勇斗も魔法は使うが、あくまでも付属技術としての用法だ。だからと言って磨いていないわけではないだろうが、専門もする者とは根本的な考え方が異なる。


「妾の知る魔術師の中にもアズサのように魔法制御が覚束ない者は居るのじゃが――」訓練会の中で特に梓の面倒を見てくれた女性は言った。「あやつは言っておったな。『だってダンジョンよ!? 魔法を使いたいに決まってるじゃない! それに、ダンジョンは努力を裏切らない。ポイントという絶対的な見返りがある。足りないものがあるのなら――そこから持ってくればいい』とな」


 モノマネパートが思ったより長かったので梓は笑った。「お主それめちゃくちゃ失礼じゃからな!?」と怒られてしまったが、それはそれとして非常に参考になる話でもあった。


 これは魔法だけに限った話ではないが、魔術師が最も直面する問題でもあった。『足りないものがあるのならポイントで持ってくればいい』。すべて探索者に共通する事例のはずなのだが、これに気付いていない探索者は少なくない。

 

 勇斗も梓が「こんな話があって……」と話したときには驚いていた。「言われてみればそうだな。灯台下暗しってやつか。当たり前の話だが……改めて考えると、まったくもってその通りだと言わざるを得ない」


 思えば、梓も知る有名探索者――『求道者』なんて呼ばれる探索者はその筆頭のような存在だ。あらゆるセンスが不足している探索者であり、体術も魔法もすべての扱いが拙い『探索者に向いていない探索者』。だが、『それでも探索者になれることを証明する』と宣言し、ひたすらに位階を上げ、ポイントを集め――全体的に足りないセンスを『外付け』で補っている探索者でもある。

 言うまでもなく特殊な例だ。非常に効率が悪いところを異常なまでの『努力』で補っている。近しい位階の探索者には間違いなく劣る、どころか、自分よりも際立って位階の低い探索者にだって劣る可能性のある彼だが――それでもなお異常なまでの努力によって自身の言葉を『証明』し続けている探索者である。狂気的なまでのその努力に敬意と畏怖を込めて、人々は彼をこう呼ぶ。『求道者』と。


 そんな彼の証明していることが『それ』だ。しかし、彼は探索者の中でも『異常者』側の筆頭のような存在だ。彼の存在に勇気付けられている者が居ないことはないものの――その精神性が異常者扱いされている彼が証明していることだからこそ、自分にも当てはまることだとはなかなか思えないことなのかもしれない。彼にとっては皮肉極まりない話だろう。


 様々なことを教わった。勇斗から教わったことの延長線上のこともあったし、あるいは勇斗に教えてもらったことのほうが正しいと感じるようなこともあった。だが、それ以上に得られたものがあった。得られたものがあった、と感じていた。探索でも実感を得ていた。勘違いではない、と思う。思いたい。でも。



 足りなかったのかもしれない、とも思う。



(わ、綺麗な子……)



 その日、いつものように訓練していると金髪碧眼の美少女を見かけた。シブヤで異邦人を見かけることはそこまで珍しいことではないが、未成年の少女というのは初めてかもしれない。自分と同い年くらいだろうか。あそこまで若い異邦人の少女をダンジョンで見かけるのは珍しい。

 もっとも、それだけであれば以前カフェで出会ったバニーガールの銀髪美少女、アオイにも当てはまることである。彼女があまりにも人間外れした容姿をした少女だったから『金髪碧眼のお人形さんみたいな美少女』をダンジョン内で見かけてもそれほど驚くことはなく、単に『綺麗な子だなぁ』くらいの感想で終わってしまった。激しい刺激に触れてしまうと感覚が壊れる典型例である。


 だが、そんな子がこちらをじっと見て近づいてきているとなると話は違ってくる。明確な意志を持ってこちらに近づいてきている。え? なに? なんで? い、いや、自意識過剰かも。単にわたしの勘違い……だよね? 



「なんだ? あの子……俺たちに何か用か?」


「っ! そ、そうだよね! やっぱりそうですよね! わ、わたし、また自意識過剰だったかなって」


「どこに反応してんだよ」



 のんきか、と勇斗が梓の頭を手刀で叩く。「勇斗くんが叩いたぁ……」「絶対そんな反応するような威力じゃないだろ」なんてやり取りをしていたのも束の間、少女が梓たちの前で立ち止まった。


 改めて見て、やはり綺麗な少女だと思う。金髪碧眼。誰もが『金髪碧眼の美少女』と言われて想像するような美少女のイメージそのままの見た目だが、しかし実際の立ち振舞いを見るとそのイメージからは大きくかけ離れている。


 その少女の動作には迷いがなかった。躊躇がなかった。不安がなかった。その一挙手一投足からは絶対的な自信が窺えた。アオイの飄々としたそれとは異なり、地に深く根を張ったような自信。

 どことなく風格のようなものを感じさせるその振る舞いは梓にとっては少し尻込みしてしまうようなものだった。ちょっとこわい。教室の中心で騒いでいるグループに近寄りがたい感じの強いバージョンって言うか。生徒指導の先生がめちゃくちゃ怒っているときの雰囲気に近いと言うか。

 しかし同年代の探索者だ。負けていられない。梓は勇斗の背中に隠れてそう思った。もう負けてそう。



「……隣の男は、エドワード・カーター?」



 勇斗がつぶやく。エドワード? 有名人なんだろうか――って、なんとなく聞き覚えのある名前だ。と言うかなんでびしょ濡れ? ……なんか、あの男の人もちょっと見覚えあるような……どこでだっけ。


 そして思い出す。そうだ、アオイ――バニーガールの銀髪美少女。彼女の配信が『とんでもない美少女の配信だ』ということで拡散されていたのが流れてきた。それを見たときは非常に驚いたものだが、同時にあれだけの美少女なのだからと納得もした。そんな彼女の配信の一つ、最も再生数の多いものを梓は見た。他の探索者とコラボした模擬戦の配信――あれに出ていたのがこのエドワードさんだ、と。


 梓はアオイの配信をすべて見ているわけではない。とんでもない美少女であり、画面越しであっても見ているだけでうっとりとしてしまうほどではあるが――だからと言って、そればかり見ようとは思わない。信じられないほどの絶景や綺麗な画だって見ようと思えばすぐに見られるし実際感動を覚えはするが、だからと言ってそういったものを漁って見ようとはしないように、いくらアオイの容姿を堪能できるからと言って配信すべてを見ようとなるとは限らない。もっとも、目の保養になることには違いないのでまた見たいと思わないわけでもないのだが。

 閑話休題。アオイの配信をすべて見ているわけではない梓はエドワード・カーターがアオイに依頼した件について知らなかった。彼がアオイに『とある女の子の指導をしてほしい』と依頼した件を知らない。それだから彼を従えている少女のことは不思議だったし――しかし同時に、彼と少女の関係性については一目で察することができた。間違いなく、二人は主従関係にある。……そういうの、ほんとうにあるんだ。梓の胸がきゅんとときめいた。そういうお年頃である。


 そんなことを考える梓と勇斗の前に立つ少女。彼女はこちらを――と言うか、梓を見ているような気がした。わ、わたし……? 勇斗くんじゃなくて? こういうのって、だいたい勇斗くんに興味を持つパターンじゃ……。


 彼女は梓に微笑みかける。



「初めまして。私の名前はカレン・ウォーカー」



『微笑み』とは言ったものの、その表情には優しさなんて欠片もなかった。親しみやすさなんて欠片もない。自らが上位者であることを自覚している余裕の現れ。『歩み寄り』の意図は皆無と解釈して違いないだろう。


 だって彼女は『歩み寄る』必要なんてない。



「私なら、アナタをもっとうまく使ってあげられる」



 上から目線の言葉。だがそこにいやらしさは感じない。偉そうだとは感じない。あまりにも当たり前に言うものだから――ただ下にあるものを見下ろしているだけだと感じられてしまう。


 私なら、アナタをもっとうまく使ってあげられる? ……それは、いったい、どういう意味なのか。

 使う? 私を? うまく使って……って、それは、いったい。



「だから」



 少女――カレンの微笑みが、深く。


 同時に、こちらに手を差し伸べる。



「アナタが欲しいわ」



 その声音には絶対の自信があった。『自分が欲しいものは手に入れられて当然』だ、と。当たり前のようにそう考えている。



「……いきなり出てきて、何を言ってるんだ?」



 勇斗が答える。余裕が見えない。緊張がこちらにまで伝わってくる。思わず、彼の袖を握りしめる。それにさえ彼は反応せず、警戒するようにカレンを見ている。



「アナタには話しかけていないのだけれど」カレンは腕を組み、口元に指を当てる。「そうね。確かに、アナタは彼女のパーティーメンバーみたいだし……話す資格はある、か」


「アンタよりはな」挑発するように勇斗が言う。「ウチの大事なパーティーメンバーをいきなり勧誘するだなんて、不躾にもほどがある」


「ごもっとも。それで、アナタ――」


「勇斗だ」カレンの言葉を遮って名乗る。「星勇斗。せっかく名乗ってくれたんだ。こっちも名乗っておいてやる」


「あ」梓が声を上げる。「わ、わたしは、沢木梓って言って……」


「ユートにアズサ、ね。ありがとう。覚えておくわ」



 それはそうと、とカレンは続ける。「いきなり出てきて、何を言ってるんだ……ですっけ」


「ああ。意味がわからなくてな」


「アズサはギフトを持っているでしょう?」



 一言。


 勇斗は反応を見せなかった。だが、梓は――



「ほら」



 カレンは彼女に従う男性に向かって笑いかける。「言ったでしょう?」


 男性、エドワードは何も言わずに肩をすくめて微笑んだ。欧米っぽい仕草……梓は素っ頓狂な感想を抱いた。


 いや、それよりも――今のって。梓の血の気が引く。もしかしなくても……わたしを、見て? カマを、かけられた……?



「いや」勇斗がつぶやく。「たぶん、何らかの確証があったはずだ。梓のせいじゃない」



 彼はかばってくれる。しかし、勇斗はカレンの言葉にも反応しないでいてくれた。それが表すところを理解できないほど梓もバカではない。



「それに」と勇斗がカレンに向き直る。「ギフトを持っているとして――それがどうしたって話だ」


「どうした、って?」


「探索者の強制的な引き抜きが問題にならないとでも? ……ウチの国とアンタの国の関係はそれほど悪いものじゃあないと思っていたんだが」


「無理な引き抜きをしたいわけじゃないわよ? 交渉をしたいの。それなら、ただのパーティーメンバーでしかないアナタの出る幕ではないでしょう? それとも、アナタはアズサがパーティーを辞めたいって言ってもそれを許さないつもりかしら。それこそ問題だとは思わない?」


「……そうだな。それは、梓の権利だ」



 苦々しい顔で、勇斗が答える。彼は優しい。梓のことをしっかりと考えてくれている。もちろん、カレンが強引な手段を取る気であれば口出しもするだろうが――そうでないならば、梓の意向を優先しようと思ってくれているのだろう。……梓としては、少し複雑に思うことでもあるが。



「それで、アズサ」



 カレンが梓に水を向ける。梓はびくっとわかりやすいまでに肩を跳ねさせる。カレンの眉が下がる。「何もしていないのにそこまで怯えられると複雑なのだけれど……」


「あっ、え、ご、ごめんなさい」


「いえ、いいのよ。私も自分に威圧感があることは承知しているわ。同年代の子と仲良くなれたことはないわね」


「えっ……あ、その、カレンちゃん? は、お人形さんみたいでかわいいって」


「気遣ってる? アナタが、私を?」


「あ、いや、あぅ……ご、ごめんなさい」


「謝ることじゃないわよ」くす、とカレンが初めて柔らかい笑みを見せた。「ありがとう。嬉しいわ」


「……ど、どういたしまして」



 ……あれ? と梓は思う。カレンちゃん、実は不器用なだけで、そんなに悪い人じゃなかったりするんじゃ――



「それじゃ、話を戻すけれど……アズサ。私のものになってくれない? 望むものはなんだってあげる。その代わり、アナタのすべてを捧げてほしいの」



 無邪気に。


 そう、無邪気に、一片の悪意すらなく、カレンは言った。


 あまりにも自然な物言いだから、一瞬聞き間違えたかと思ってしまうほどであり……しかし、それは冗談でもなんでもなく、本心からの言葉だということもすぐさま理解できてしまう。



「決してアナタにとって悪い話にはさせないわ。好待遇を約束する。探索者としても、それ以外でも。サポート体制だって万全よ? アナタのためになんだって用意してあげる。ウチには優秀な人材が揃ってるの。ユートが悪いとは言わないけれど――彼にも決して劣らないメンバーを揃えてみせるわ。約束する」



 梓が不安げに勇斗を見たことを見逃さない。梓にとって、何が懸念材料か。どうすれば自分の要求を呑ませることができるのか。メリットを提示し、デメリットを消す。カレンの目が梓を見ている。



「日本を離れるのが不安かしら。なら、必ずしも離れる必要はないわ。こっちにチームを持ってくるから。もちろん、私としては可能であればあちらで活動してほしいとは思うけれど……無理は言わないわ。友人と離れる必要はない。安心して」



 金銭では釣れないだろう。この年頃の少女の価値観。何を求めているのか。大切なものは? 物欲ではない。最も大きいものはいつだって『人』だ。

 絆とはしがらみも意味している。


 日本で活動しても良いのであれば、カレンの勧誘に乗ることで梓にとって失われる可能性のある最も大きな関係性は。



「ユートのことが、気になる?」



 ドクッ、と梓の心臓が大きく弾み、大量の血液を押し出した。

 カレンの目が微かに細められる。



「確かに、ユートとのパーティーは解消してもらうことになるわ。だからと言って、アズサには不満なんて感じさせないつもりだけれど――アズサは優しいものね。ユートのことを裏切るようで……それが気がかりになってしまうのかしら」


 なら、とカレンは微笑む。「なら、安心して? ユートへのアフターケアも怠らないわ。代わりのパーティーメンバーだって探してあげる。アズサほどに価値のある代わりを探すことは難しいけれど――『ユートにとって』であればそこまで難しい話でもないわ」



 だって。カレンは梓に微笑みかける。


 その瞬間だけ、梓にとってカレンは――死神のように見えた。



「今のアズサじゃ、ユートの邪魔にしかならないでしょう?」



 ドクン、とまた心臓が大きく跳ねた。今度は一度だけじゃない。ドクン、ドクン、と心臓の鐘が鳴り止まない。血が流れるのが止まらない。


 ――ずっと、特別な存在になりたいって思ってた。

 探索者になって【無尽】なんてユニークスキルを得た。

 それは特別なことでしょう? でも、それで満たされたわけじゃない。


 特別な力は持っている。でも、わたしはちっとも特別じゃない。


 ……今、梓が勇斗の役に立っているかと言えば、もちろん役には立っていない。立つとしても戦闘でだけ。それだって、ろくに魔法の制御もできない自分だ、足を引っ張っていることは否めない。


 勇斗のことを考えるなら。

 カレンは言った。勇斗のパーティーメンバーを探してくれる、と。梓よりも勇斗に適したパーティーメンバーが居る。それは――そうだろう、と梓も思う。


 梓自身も、メリットがないわけではないのだろう。カレンの言葉に嘘があるようには思えない。と言うより『嘘』を必要としているとは思えない。外国にまで行くとなると安易に首を縦に振ることはできないが――そうでないならば、と思ってしまう自分も居る。


 カレンの言う通り、懸念材料は勇斗のことだけ。


 でも、その勇斗とのパーティーも――カレンの言う通り、自分は足手まといにしかなっていない。


 カレンに付いていけば、たぶん、特別な存在になれるのだろう。

 カレンちゃんはわたしを評価してくれている。わたしの【無尽】を評価してくれている。

 探索者になる前に憧れていたことそのものだ――自分に何か特別な力が備わっていて、それが評価されて、立身出世が叶う、なんて――そのはずなのに、いま、わたしは。


 どうして、嬉しくないんだろう。


 どうして、こんなにも辛いんだろう。


 どくん、どくん、と心音が響く。


 どうして、こんなにも嫌なんだろう。


 勇斗くんにとっても、わたしにとっても、カレンちゃんの誘いに乗ることが、きっといちばんいいはずで――


 それなのに、わたしは。



「……ごめん、梓」



 黙り込んだ梓に向かって、勇斗が言った。


 こぼすような言葉。それをどういう表情で言ったのか、どういう感情で言ったのか、梓は考えを巡らすことができない。

 ただ反射的に、謝られてしまったことに――これで、終わり、なんだ、って。そう、思ってしまって……目の奥から、熱いものが、出てきそうになって。

 でも、それだけは……勇斗くんに、心配なんてかけたくないから。懸命に、懸命に、抑えようとして。


 そして。



「カレン・ウォーカー」



 勇斗はカレンに向き直り。



「確かに、アンタの言うことに従ったほうがいいのかもしれない。梓にとっては、そうしたほうがいいんだろう。俺なんかに付き合うよりも、アンタのところのほうが間違いなく待遇も良い。ああ、そうだ、どう考えても俺に勝てるところなんてない」



 だが、と。


 勇斗は――力なく、恥ずかしそうに笑ってみせて。



「俺は、梓と探索がしたいんだよ」



 探索者になりたかった。そのためにずっと努力してきた。

 勇斗はそう言っていた。剣術を学び、ダンジョンについて学び、探索にずっと備えてきた、と。


 彼の夢を叶える上で、自分の存在は足手まといだ。カレンの言う通り、新しいパーティーメンバーを探したほうが――でも、勇斗は。



「梓はもう、俺の夢の一部なんだ。……だから、悪いな」



 俺にとっても、梓にとっても……きっと、これ以上ないくらい良い提案なんだろう。


 でも、俺の中で――梓の存在は、もう『前提』になっている。



「梓じゃなきゃダメなんだ。俺は、梓と探索がしたい。梓が嫌って言っても引き止める。みっともなくダダをこねてやる。俺がそう決めた。だから、カレン・ウォーカー。アンタの提案に乗ることはできない」



 ……ずっと、特別な存在になりたいって思ってた。

 それは、特別な力を持つ存在という意味では、きっと、なくて。


 誰かの特別になりたかった。

 誰かにとって『特別な存在』になりたかった。


 そう、だから――わたしの、夢は。


 カレン・ウォーカーに付いて行って、特別な存在になることじゃなくて。


 星勇斗と――彼にとって特別な存在として、これからも、彼といっしょに探索すること。



「……そう」



 目の奥で懸命に抑えていた熱が溢れそうになって、ごしごしと目元を拭っていたところにカレンの声がぽつりと落ちた。



「ユートなら――剣姫のもとで剣術を学んで、探索者になるためにずっと努力してきたアナタなら私の提案に乗ってくれるものだとばかり思っていたけれど……思ったよりも、情が深い男だったみたいね」


 あるいは、欲が深いのかしら。こともなげに、カレンはそう言ってみせた。勇斗が小声で「……俺のことまで調べていたのか」と苦々しい表情を浮かべる。


「剣姫の弟子でしょう? 日本の探索者の中でめぼしい存在と、その周辺についてはある程度、ね。アナタの場合は、オーガの件もあるけれど……正直、そこまで魅力を感じなかった」



 でも、とカレンは微笑む。「嫌いじゃないわ。上がってきた情報で見たよりも好感が持てる。アズサの意見も聞かずにわがままなことを言って……なんて、そんなことはいくらでも言えるけれど、アズサの表情を見ていれば嫌でもわかるわね」



 そんなカレンの言葉に勇斗が梓に目を向ける。あ、いや……そ、そんなに見ないで。今、勇斗くんに見つめられたら……たぶん、やばい。



「とは言え」



 そんな勇斗と梓に対して、カレンは。



「だからと言って、簡単に諦めてあげるつもりもないけれど」



 いつの間にか、彼女の手には槍が握られている。



「私はアズサが欲しい。私がそう決めた。アナタに――アナタたちに、アズサの能力が管理できるとは思えない。私のほうが間違いなくうまく使ってあげられる」



 だから。



「証明して」



 アナタの力を。アナタたちの力を。


 私を満足させることができないのなら、強引にでも連れて行く。


 私の持てるすべてを使って、どうやっても『断れない』状況に持っていく。



 それが嫌なら。



「さあ――クエストよ。今ここで、私を打ち破ってみせなさい」

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[良い点] こんばんは。 ん~…これは判断が難しい!? 現状だと『自分を中心に世界は回っている。欲しい物は力でゲット、従わない奴等も力で捩じ伏せるぜ~!』な、北斗な世紀末のモヒカンと同レベルの思考に…
[一言] うーんクソ女? 青臭いとかのまえに不審者として通報しないのかな
[一言] いや普通に通報すればいいだけでは? どう取り繕っても現状断られたのに力で人拐いしようとしてるだけのクズですし
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