集合場所は渋谷ダンジョン訓練場
朝起きて最初にすることは? うん、スマホを探すことだね。そんで時間を見て「こんなもんかぁ」って思って二度寝。なんで二度寝ってあんなに気持ちいいんだろう。まどろみまどろみぷかぷかベッドに浮かぶの気持ち良すぎりゅ……。
まどろみを満喫したあとは……ボクの場合はコーヒーかな。淹れるのもいいんだけど、朝起きてすぐのときは淹れるのが手間だから出来合いのものを。インスタントでもお湯沸かすのが面倒過ぎて……。電気ケトルあるから楽なはずなんだけど、朝はそれすら億劫なんだよね。
もこもこパジャマを引きずりながら冷蔵庫にたどり着き、パックのめちゃ甘コーヒー牛乳を飲む。直飲みじゃないよ。えらい。一時期直飲みしてたこともあったけど『だばぁ』しちゃってからやめたんだよね。お気にの一着がアレでコーヒー牛乳染めされちゃったからなぁ……。そこからは反省するようになった。コップを用意する一手間を怠らないボク……えらすぎる……! 成長したぜ。
朝ごはんを食べるかどうかはその時々。今日は昨日買ったパンがあるから食べる。……リベイクしちゃお! 今日のボクはちょっと一味違う。だいたいのパンって温め直したほうがおいしいってわかりきってるんだけど、いつもそのまま食べちゃうんだよねー。もぐもぐ。あー……やっぱりここのパン屋さんのパン好きかも。なんか、こう、小麦の味? 甘さ? うまみ? そういうのが……感じるって言うか……うん。とにかくおいしい。それでいいじゃない。うまく説明できなかったわけじゃないですよ?
それからまたベッドに寝転んでどうしよっかなーとごろごろ。スマホを眺めながら考える。探索……探索もいいかなぁ。そういや前にSNSで流れてきたラーメン屋さん、おいしそうだったなー。なんか最近めっちゃラーメンに関するポストが流れてくるけどなんでかな。ボクがそういうのばっかり見てるから? いや、見てるのだったらファッション関係のとかも流れてきていいと思うんだけど……うーむ。まあ、おいしそうだからいいんだけどね。参考にもなるし。
ラーメン……と言うか、中華。中華食べたいかも。むしょーに中華食べたくなることってあるよね。点心とか。餃子すき。最近ラーメン屋さんで餃子ってあんまり見ないかも。チェーン店とかなら結構見るんだけどなー。個人店だとやってない店も多いよね。って、またラーメン屋さんの話になっちゃった。
ボクが好きな白銀も餃子は置いてないし……オペレーション的に厳しいのかもしれないんだけどねー。餃子に割く手間がどれだけあるかって言うと。仕込みの時間だって馬鹿にならないもんね。
んー……どうしよっかなー。昨日見たポストの中だと中華バルとか気になってるんだけど……この身体だと、ちょっとね。もともとお酒はあんまりだけど、明らか未成年のこの身体だと入りにくい。居酒屋とかもそうだけどね。エアさんといっしょならいいかもだけど。サキさんは微妙。年齢聞いてないけど、見た感じ二十越えてるか微妙なんだよなー。
うーん……うーん……あ、あそこの漫画サイトの更新時間だ。読もう。はぁ~。かわい。なんか面白いとか感情揺さぶられるとかじゃなくしみじみと『良い……』ってなる漫画あるよね。すき。
はぁ~……この子とか、めっちゃかわいいよなぁ……。この人の絵の感じ好き。ちょっとあっさり目の絵なんだけど、それがまた……こういう画風でえっちな漫画読みたくなってきたな。読もう。
読んだ。むらむらした。……!? な、なんで……? 今日は外出しようと思っていたのに……時間が、消し飛んだ……!? ベッドの上でスマホ片手にもじもじするだけで……一日が、終わろうと……?
――みたいな日が割りとマジで結構あるのでさすがに今日はやめておく。ボクえらい。自制心つよつよ。そろそろ探索しなきゃね。エドワードさんから――と言うか、エドワードさんの雇い主さんから? おちんぎんをもらえることになっているとは言え、今のお金がね。配信でちょっとバズったけど、それでお金をすぐもらえるわけでもないっぽいし。
でも……まだ数日は生きていける……ハズ。
………………エドワードさんから連絡来ないかな。と言うか、ボクからしちゃおっかな。ついでに『報酬なんだけど、一部先払いでお願いすることってできない?』って言って……。
そうやってアオイがスマホとにらめっこをしていたところ、ちょうどエドワードから連絡が入った。
その内容は。
「あ、シブヤの訓練場に来てるんだ。へぇー……ちょうどいいし、会いに行こっかな」
『じゃあ行くねー』と送って、アオイは準備を始める。
……前に、もうちょっとだけゴロゴロする。
クズ人間の特徴であった。
*
「渋谷ダンジョンの訓練場にでも行きましょうか」
カレンが言った。日本に来てスシを食べ、会うべき人々と話した後――ようやくスケジュールに空きができたカレンが最初に決めた予定は『渋谷ダンジョンの訓練場に行くこと』だった。
その目的は訓練すること――ではなく。
「青田買いができるかもしれないでしょう?」
めぼしい人材が居ないかを探すためだ。もちろん、そんな簡単に『めぼしい人材』なんてものが見つかるはずがないし――そんな存在が居るのであれば、カレンより先に現地の人間が発見していることだろう。
「甘いわね、エド。アナタはこの国のことを理解していないわ」
「それはどういう?」
「この国はあるいは我が国よりも『自由』を尊重しているということよ」
『ことなかれ主義』とも言うかもしれないけれど――とカレンは微笑む。「国益のために個人の自由を制限することに強い忌避感を抱いている。先の大戦の影響かしらね。ダンジョン発生以後でさえ自衛隊によるダンジョン侵攻に関しては野党による激しい追及があるように――『ギフト』を持っている者を自衛隊に勧誘することさえ実質的に禁止されている。我が国であればオワリ――【不死鳥の卵】なんて、どんな手段を使っても国家に紐付けようとするでしょう?」
もっとも、一概にそれが悪いことだとも言えないけれど。そんなことを言いながら、カレンは市販品のチョコレートを口に含む。日本で買ったものだ。母国のそれとは方向性の違う味わいだが、これはこれでおいしい。日本の食文化をカレンは好んだ。スシも最初は味わい方がわからなかったが――母国のそれが肉食文化であることから『咀嚼』の仕方が大きく異なる――今では好物として数えられる。(アメリカナイズされたスシも依然として嫌いではないが)。
昔、サンフランシスコで料理人兼探索者として雇用した男性から楽しみ方を学んだのだ。シャーロット……彼は今シブヤの安全街で店を開いていると聞いた。また会いに行ってもいいかもしれない。
「確かに、我が国ではそうするでしょうね。お嬢さんも――」
「私は自分の意志よ。……だからこそ、どうしてわざわざ日本になんて滞在させるのかしら。お父様の考えがわからないわ。ニューオーリンズの件だって落ち着いていないのに」
「それに関しては『だからこそ』かもしれませんがね」
「きな臭いから娘の私を少しでも安全圏に? お父様がそんなことを考えるかしら。娘ながら愛されているとは思うけれど――その上で国益を最優先にできるのがお父様でしょう」
「ボスが聞けば苦笑しそうなお言葉ですね」
「あら。お父様なら娘が自分を理解してくれていることに喜んでくれそうだけれど?」
カレンの言葉にエドワードは鷹揚に肩をすくめる。「ボスも人の親だと思いますが」
「……まあ、我が国においては家族愛を重視する傾向があるけれど」
釈然としないカレンの態度にエドワードは苦笑する。聡いお嬢さんだが、あまりにも聡すぎるというのも周囲は困ってしまうものかもしれない。
「とにかく、この国であれば貴重なギフトを持っている者であっても国家に紐付けされていない可能性は十分に高いということよ。クランによる無理な勧誘も推奨されていないみたいだし……有望株が手つかずになっているということも、ありえないことではないと思わない?」
「そう言われると否定できませんね。もっとも、自分は最初からお嬢さんのご意向に反する権利なんて持ち合わせてはいませんが」
「そう言うならもっと素直に私に従いなさいよ」
「こんなに忠実な僕を捕まえてなんてことを!」
「そういうとこよ、そういうとこ」
プレッツェルにチョコレートをコーティングさせたようなお菓子の先端をエドワードに向け、ぐりぐりと頬に押し付ける。頬がチョコレートでべったべたになっている。どうやらこれは『魔封』のバリアでは防ぐ認定になっていないらしい。
「とにかく、行くわよ。青い果実を獲られる前に、ね」
*
渋谷ダンジョン、訓練場。
「ほうら」
一組の少年少女を見て、カレンは言った。
「居たわよ、エド。私の言った通りでしょう?」
傍に控えるエドワードは首を傾げる。「彼らが? 自分にはどうにもわかりませんが……」
「わからない?」カレンが手を口元に当ててくすりと笑う。「そう。重畳ね。エドにわからないなら大抵の凡愚にはわからないでしょう。つまり、まだ手つかずと見て間違いない」
「ギフトですか。そう簡単に判ずることのできるものじゃあないでしょうが」
「私だもの」
「That makes sense.」
カレンが横目にエドワードを見る。蹴る。バリアはないがびくともしない。「手」エドワードがカレンに手を差し出す。カレンがエドワードの手の甲に五指の先を添え、羽で触れるようにくすぐった。エドワードがぞわぞわと身体を震わせる。
「予想外の攻撃ですね」
「でしょう?」
「ちょっとえっちでした」
「は?」カレンがエドワードから距離を取る。「……アナタね」
「安心して下さい」エドワードが鷹揚に笑って腕を広げた。「お嬢さんのような子どもをそういう対象で見るわけが――」
エドワードの頭上から大量の水が降り注ぐ。「【収納】」カレンがつぶやく。水は周囲に飛び散る前に消え去った。エドワードだけが濡れている。
「お嬢さん」
「何よ」
「この身体に付着した水も収納することはできませんかね?」
「それは私のギフトの対象外ね」
「なるほど」エドワードが袖口を絞る。「乾燥のために魔法を使う許可をいただいても?」
「すると思う?」
「もちろん。心優しい御方ですから」
「ばーか」
言い捨てて、カレンが一組の少年少女に向かって歩き始める。「いつまでもくっちゃべってないで、さっさと粉をかけに行くわよ」
「ちなみに」エドワードが濡れた髪をかき上げながらカレンに続く。「どっちがホルダーなんです?」
「魔術師の少女よ」
「どこで気付いたか、ヒントなんてもらえたりは」
「注目していればおかしいことくらいはすぐにわかるわ。詳しいことは――今から試す」
そして、カレンは。
「初めまして。私の名前はカレン・ウォーカー」
一組の少年少女に――その内の少女に向かって、声をかける。
「私なら、アナタをもっとうまく使ってあげられる。だから――アナタが欲しいわ」
さあ、何が出てくるか。
極上の宝石を見るような目でカレンは微笑む。
そんな彼女に侍るエドワードは『お嬢さん、今すごく悪い顔してますよ』と耳打ちしたい気持ちを抑えるのに大変な努力を要した。




