メイド服
「ん、着いたんだ」
以前の動画に出演してくれたエドワードから連絡があった。一度アメリカに戻っていたらしいが、また日本に着いたとのこと。アオイに指導してほしいという女の子もいっしょだ。
顔合わせの予定は……あ、希望とか聞いてくれるんだ。まあ無理な日だったら厳しいからね。朝はキツいから無理かなぁ。でもいつ行けるかはわからない。行ける日でいい? だめ? まあ、お高いおちんぎんもいただくわけだからできる限り頑張るけど……無理だったらそのときは仕方ないよね。
かと言ってすぐに顔合わせをするってわけでもないらしい。こっちの予定に合わせてくれるそうだ。予定とか特にないけどね。あっても守れる気しないし。アオイには計画性がなかった。計画しても守れないのだから計画する意味なくない? という発想だ。紛れもなくクズの発想である。
「一応ゴミの人――じゃなくて、マネージャーさんに連絡しとこ」
DTサポート。ダンジョン配信者の活動をサポートしてくれる事務所だ。以前の動画に社長さんが出演してくれて勧誘してくれたので乗った。やらなければいけないことなどがあったら難しかっただろうが、アオイがしなければいけないことはなく、完全にサポートを受けられるだけとのことだったので乗った形だ。面倒なことはだいたい任せてしまっているが、だからこそ、ほうれんそうは大事にしなければいけない。面倒ごとが起こったりしたらイヤだし……ゴミの人(社長さん)からも『エドワード・カーターの件に何か進展があったら連絡してくれ』って言われてたしね。
まあ、たぶんこれからそこそこの間はその子との配信が中心になってくるだろうからね。どんな子だろうなー。その子の護衛にって雇われた愛梨ちゃんと久しぶりに会うのも楽しみだ。あっちはボクのことわからないだろうけど。美少女になったし。
「んー……」
しかし、指導。指導か。どんなことを教えたらいいんだろうね。フィジカルは位階でどうにかなるから、やっぱりそれ以外か。なら最初は『型』の練習からかな? 『型』の優秀なところはやっぱり『型』があることそれ自体なんだよね。どういったときにどういう動きをするのか。その時々で思考していられる時間なんてない。迷いなく動くことができるというのはやっぱり強みだ。
エドワードさんがやっていたっぽいブラジリアン柔術――ボクが考えるに、その最大の強みは『言語化』にある。柔術の技術、その言語化という観点に関してブラジリアン柔術は非常に優れたものを持っている。
ガードポジションからの三角(絞め)狙いからのオモプラッタとか、言うだけなら簡単だけどひとつひとつの動きについて説明するとかなり面倒くさいんだよね。マウントポジションとガードポジションの違いだってひとつひとつ言葉にすると面倒くさいのに、オモプラッタとか……。でも『オモプラッタ』という言葉でパッケージされて、それを理解していれば『オモプラッタ』イコールどういう動きをすることかっていうのが理解できる。
言語化の重要性については誰だって実感していることだろう。日常的に使っている言葉だって同じだ。動作なら――例えば『撫でる』なんて動詞だって、それが意味するところは『手のひらで軽く触れて、さすること』なわけだけど……それが『撫でる』という一言でパッケージ化されている。
あとは熟語とかかな。『四面楚歌』って言われてどういう状況のことか一瞬でわかるみたいな感じ。他には……ネットスラングだってそうだ。
言語化とは思考の簡略化であり共通化だ。武術で言う『型』。『技に名前をつけること』の意味は大きい。それを出発点にして思考を進めることさえできる。
そういう意味で非常に優れているのがブラジリアン柔術ってイメージがある。とにかく言語化、理論化、体系化することに優れているし、徹底的に『わかりやすく、理解できるように伝える』ことに重きを置いているイメージだ。
ただ、エドワードさん繋がりって考えると――ブラジリアン柔術とか、そのあたりの技術に関しては既に修めていると考えてもいいのかな。実際に見てみなくちゃわからないところはあるけれど……『型』を教える必要も、実はなかったりするかもしれない。
ウチのは……開祖が修めていたのは北辰一刀流だから割りともとから合理化の理念があったわけだけど、そこから天神真楊流やら大東流やらの技術を取り入れたり、その時々で流行った武術をパクリにパクってキメラみたいになってる武術だからなー。祖父もめちゃくちゃパクったって言ってたし。
まあ、頭と身体で覚えてもらうしかないかな。アオイはそう結論づけた。何はともあれ、実際に見てみないことには始まらない。今考えても仕方ない。
つまり、今は他のことを考えるべきだ。
「やはりコスプレか……」
アオイは考える。自分が次に着たい服――は、いっぱいあるのだが。
そろそろコスプレに手を出してもいいんじゃないか、と思ったわけだ。バニースーツはなんやかんや着ることができたが、アレは仕事なのでちょっと違う。
あと、コスプレってわかりやすいし。ファッションは(そこが楽しいんだけど)難しいからね。コーデを考えるのにはどうしても時間がかかってしまう。
その点コスプレは『何を着ればいいのか』が明確だから。いや、コスプレでも何と何を合わせるかとかあるのかもしれないけど……ボクはその域まで達していない。パッケージ化されたものを着るだけだ。
「何にしようか……正直、外で着る必要はないんだけど」
自分で見たいだけだからね。いわゆる宅コスだ。でもそれはそれとしてあわよくばチヤホヤされたいという気持ちもある。自撮りしてSNSとかにアップする? でもSNSの運用とかメンドいからなぁ……。ほぼほぼ見る専になってるからね。
「……でも、うん。やっぱり外にも着ていけるようなののほうがいいかな。露出度高いのはそれはそれで良いんだけど、今回はお預けだね」
水着とか、それくらい露出度高いのでも良かったんだけどね。今回はお預け。
じゃあどんな服を着るか……なんだけど、それが難しい。
制服とかも良いんだろうけどなー。今のボク、外見年齢的にはそれくらいだろうし。
和装……は、着付けがね。似合うだろうけど手こずりそう。銀髪美少女の和服姿とか絶対良いもんね。まず銀髪美少女って時点で良いんだけど。
悩んだ末に選ばれたのはメイド服でした。今回は実際に足を運んで買ったわけなんだけど、まあ、目移りしまくっちゃいましたよね。他にも色々買っちゃった。早速着てみる。かわいすぎる。……こんなにかわいいんだし、共有したいな。SNSは面倒だから連絡先知ってる人たちに送ってみよ。
というわけでサキさんやエアさん、マネージャーさんなんかに送ってみる。以前の動画に出演してくれた『剣姫』ことサキさんの反応は淡白なもので『いいな 似合ってる』というもの。まあサキさんはこんな感じだよね。『アオイ 今度袴でも着ないか? アタシが昔着ていたヤツならサイズも合うだろ』……反応自体は淡白なものだったけど、結構刺さっていたのかもしれない。もちろんと返すと『じゃあ今度な うるさそうだからエアリエルも呼ぶか』なんて返信。まあ、エアさんはうるさそうだよね。
実際うるさかった。以前の動画にも出演してくれて会うなりリアルスパチャということで現金を手渡ししようとしてきたお姉さん、エアさんは文字だけでも目が滑りそうになるくらいの長文を送ってきてくれた。いやホントに長い。読んでるだけで日が暮れそうになるレベル。サキさんより返信遅いの意外だったけどそりゃ遅くなるよ。むしろ早いくらいだった。でもこれくらい反応が良いと嬉しくなる。ぇへへ、そうだよね。ボク、めっちゃかわいいよね~。メイド服もめちゃくちゃ似合うし……エアさんにもご奉仕しちゃおっかなー? そう言ったら既読だけ付いて待てど暮らせど返信がなくなった。あっ……。アオイは察した。また……やってしまった……。ボクのかわいさは、罪深い……っ! ちなみに今度サキさんのお古の袴を着ることになったんだけど、サキさんがエアさんも呼ぼうかって言ってて……来る? なんて送ると『ありがとうございます行かせて下さい』との返信があった。なんだ生きてるんじゃーん。さっきまでのは既読無視? エアさんひどーい。そんなことを送るとめちゃくちゃ本格的な反省文が送られてきた。いや重っ……! そ、そこまで反省してほしいわけじゃなかったんだけど……。
最後にマネージャーさんからはめちゃくちゃに褒めてくれる言葉とともにSNSにアップロードするかどうかの質問。メンドイからいっかなーと答えると『それがいいと思います。ダンジョン配信とは違って拡散も転載も完全に封じる方法はないですから』との返信。ダンジョン配信は無断転載が『不可能』だけど、それ以外の場所だとそうでもないもんね。マネージャーさんはダンジョン配信以外でのボクの露出には否定的だ。『二次使用』が起これば面倒なことが起こるから、と。ボクとしてもそれは望むところじゃない。マネージャーさんには大人しく従っておくとしよう。
ただ、ボクの配信を見てくれる人たちに見せないのは本意じゃない。レインさん(エアさんに紹介してくれたテーラーの人。ダンジョン探索向けの装備をつくってくれた)謹製の装備が優秀過ぎてダンジョン探索ではなるべくあっちを着たい気持ちはあるんだけど……移動があんまりにも快適過ぎてね。探索ゲーで移動速度が上がる手段はマジで大事。
でも、見せられる機会があれば見せてあげよう。ボク優しい。アオイは自画自賛した。
「……そう言えば、エドワードさんが連れてくる女の子って偉いっぽいんだよね」
ということは、実はメイドさん衣装で迎えるのが合ってたり?
お嬢様と言えばメイドさんだし。
それは……アリかも!
アオイは思った。
もちろん、ナシである。




