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SFO→NRT

 日本において、ダンジョンに入ることが許されるのは義務教育を終えてからだ。

 大怪我を負った場合など緊急的な状況は例外だが――探索者になることができる年齢は変わらない。


 ただ、これに関しては各国によって対応が異なる。ダンジョン管理局は国際的な組織であり、(名目上は)どの国にも所属していない。

 管理局に所属するすべての局員は【書士】による【契約書】――全世界に公開されているそれによって絶対的な強制力を有する契約に縛られている。これによって、【契約書】に記載されている範囲においては、局員による不正は実質的に不可能と言って過言ではない。


 探索者もライセンス発行時には【契約】が強制されている。これに関して一般的な犯罪などを禁止するような記述は『ない』。その理由は大きく二つ。

【契約】の仕様を最大限悪用されることを想定した場合、そういった記述をすることが逆に善良な一般市民を害することに繋がる、と考えられたことがまず一つ。

 もう一つは――これは管理局の創設理念にも関わることだが、『法』は国によって異なって当然のものであるからだ。

 横断的な『絶対の法』などというものは存在しない。

 それを管理局の恣意的な判断によって設定することはできない。


【書士】のギフトを持つものは明確に『選ばれている』。私情を排して機械的に公正な判断を下し続けるなんてことは人間には不可能だが、可能な限り『そうあろうとする』人間が選ばれている。

 ダンジョン管理局の創設者のひとりは【書士】のギフトを持つ者だ。横断的な『抑止力』として【書士】のギフトは位階を超越した力を持つ。


 だから、ダンジョン管理局は『ダンジョンに入ることが許される年齢』に制限を設けていない。

 制限を設けているのはあくまでも国だ。日本においては義務教育を終えてから。これは世界的に見ると比較的遅い……が、いわゆる先進国においてはそれほどでもない。日本よりも遅い国さえあり――この十年の内に何度もそれが変動した国だって少なくはない。

 ダンジョン探索は危険だが『実入り』もある。国によっては一切の制限なく幼い子どもであっても探索者になろうとする者も少なくない。もっとも、それを『強制』していたような者は時が経つにつれてその数を大きく減らすことになったのだが。……探索を進めると位階が上がる。『武力』を有する。そして探索者は『他人を傷つけてはいけない』なんて【契約】は結んでいない。

 もちろん、それでも巧妙に搾取構造を維持するような者もゼロではないが。


 そして――ダンジョンに入ることが許される年齢だが――アメリカにおいてはさらに事情が異なってくる。

 合衆国において、ダンジョンに入ることが許される年齢は統一されていない。連邦法の範囲ではなく、各州法の範囲と見なされている。


 サンフランシスコ――カリフォルニア州においては、十二歳。

 探索者になることは推奨されていないものの、位階を上げることのメリットは非常に大きい。幼い頃から一定以上まで位階を上げることにより純粋に『頑丈』になる。不慮の事故によって生命が脅かされることを恐れたが故の年齢設定だ。さらに下げることも考えられたことはあるが……ダンジョンで位階を上げるためにはダンジョン内のモンスター、MOBを倒さなければならない。銃火器を使用したパワーレベリングをするにしても危険がある。まだ十年、されど十年。現行のまま続くかどうかはわからない。


 もしも州を渡ったなら――そうやって探索者になった後、年齢制限に引っかかる別の州でダンジョンに潜ることができるか、と言えば……答えは『できる』だ。


 探索者のライセンスであるダンジョンカードは初心者講習を終えることによって発行される。実力は担保されている上、【契約】も交わしているということだ。その意味は大きく、入場制限を課す必要があるとは見做されていない。……当たり前だが、明らかな『抜け道』であり批判もある。が、現状は見逃されている。そのあたりをどこまで厳格に運用するかは今なお議論が続いているが……。


 とにかく、現状は国外で探索者ライセンスを取得した者が国内で探索者として活動することは認められており。



「――着いたわね、エド」



 成田空港に、少女がひとり。


 輝くようなブロンドヘアに、海を宿したかのような青い瞳。西洋美少女と言われて誰もが想像するような金髪碧眼。

 その少女には華があった。容姿もそうだ。服装も。だが、最も大きなところはその立ち振舞いにあるだろう。

 特別な動作をしているわけではない。ただ立っているだけ。歩いているだけ。それだけの動作であっても、彼女の振る舞いがまとう気品を隠せるものではなく――そもそも、当の彼女も隠す気がないのであろう。



「ここが日本……か。まあ、空港なんてそう変わりはしないわよね」



 その所作には一切の躊躇がなかった。自信がある――と言うよりは『不信がない』とでも言うべきだろうか。根本的に、自身が何者かに脅かされるということを考えていない。自身が絶対者であることを自覚している。この年頃の少女によく見られるような根拠のない全能感ではなく――文字通りの意味の『全能感』が充溢している。


 カレン・ウォーカー。十四歳。まだ幼さの残る少女だから可愛げが残っているものの、時が経てば絶対者にふさわしい美貌を誇る女性になるであろうことは間違いない。

 


「お疲れ様です、お嬢さん。ラウンジで一休みでもしますか?」


「エド。それ、アナタが何か食べたいだけでしょう。フライト中にこのラウンジで何が食べられるかを調べていたのに私が気付いていないとでも?」



 そんな少女に侍るは筋骨隆々とした男性、エドワード・カーター。彼はスマホを片手に弁明する。



「いや、お嬢さん。ここのラウンジでは職人が握るスシが食べられるみたいで……」


「どうせ食べるなら店で食べるわ。予約しときなさい」



 その言葉にエドワードは恭しく頭を下げる。「そう仰ると思い、実は……」



 どうやら言われる前に予約していたらしい。じゃあこのやり取りなんだったのよ。カレンは苛立たしげに眉を上げ、思い切りエドワードの脛を蹴った。『魔封』のバリアが自動的に展開される。イラッ。カレンが地面を指差す。



「椅子」


「はいはい」



 エドワードがその場で四つん這いになり、カレンが躊躇なくその背中に腰を下ろす。彫りの深い筋骨隆々とした男性が金髪碧眼の美少女の椅子になっている光景はアブノーマルなものだったが、その動作には淀みがなかった。武術の『型』を思わせるような淀みのない動き――それはその動作が身体に染み付くまで繰り返された動作であることを意味している。



「アオイ嬢も呼びますか?」


「顔合わせでもしろって? 確かに華にはなるでしょうけど」カレンは腕組みして自らの手で頬杖をつく。「怪物と食事をともにするような趣味は私にはないわね」


「怪物とはまた」エドワードがくつくつと笑う。「手厳しいお言葉で」


「アレを見て同じ人間だと思えるほうがおかしいでしょう。私もアニメは好きだけれど――この国の国民はアニメの見過ぎでリアルとフィクションの見分けがつかなくなったのかしら。あんなの、明らかに『敵キャラ』じゃない」


「その反応が誰よりもゲーム脳では?」


「減らず口」



 確かに、アオイの『美しすぎる』ほどの美貌は非人間的なものであり、それはアニメや漫画、ゲームなどでは『異物感』を表現するための手法として扱われることがある。それと同じで、アオイの美貌を『敵キャラ』と表現するのは適当であるとさえ言えるだろう。



「実際に会ってみるともっとびっくりしますよ。あの美貌であんなにも人懐っこいんですから。【魅了】されなかった自分を褒めてやりたいくらいです」


「……例の動画の出演者はそういう意味ではおかしいわね。アレと話して正気を保てるなんて――いや、ひとり明らかに様子がおかしい女性も居たけれど」



 でも、アレはもとからおかしかったような……とカレン。たぶんその推測は間違っていない。

 


「とにかく」とカレンは立ち上がる。「お父様からの指示だもの。アレに指導されることに否はないわ。スキルを使わなかったとは言え、私よりも低いんじゃないかってくらいの位階でエドに勝てるような技術を持っていることも間違いないし……合気道もロマンだから、使えるものなら使ってみたいし」



 日本のアニメに出てくる『達人』が使う合気道に対して憧れの気持ちがなかったわけではない。フェイクだと思っていたが、エドワードや『剣姫』がそれに付き合うとは思えない。『本物』の技術を修めることができたならば、それは間違いなく役に立つ。



「行くわよ、エド。いつまでも這いつくばってないで立ちなさい。犬じゃないんだから」


「ええ。ですが、忘れてますよ」



 エドワードが立ち上がり、くいくいと自分たちが乗ってきた飛行機を指し示す。


 対するカレンはこともなげに「ああ」とつぶやき、飛行機に向かって手を伸ばす。


 カレンの視界の上で、ふたつが重なる。



「【収納】」



 そして、カレンが手を閉じた次の瞬間――飛行機は跡形もなく消えていた。


 ダンジョン探索において『荷物』の問題は決して避けられないものだ。水や食料などの物資だけでなく、探索に必要なものは枚挙に暇がない。ダンジョン探索は戦闘だけをこなしていればいいわけではない。あくまでも本領は『探索』である。戦闘をしていない時間のほうが圧倒的に長いのだ。持っていくものだけではなく、持ち帰る荷物もある。『荷物持ち』は決して欠かせない役割であり――物理的に持てない荷物を持ち得る最もポピュラーな手段こそ【アイテムボックス】のスキルだ。

 空間魔法系統のツリーに存在するスキルであり、取得に必要なポイントも少なくない。容量を大きくしようとすればこれまたポイントを必要とするスキルであるが――その利便性は言うまでもなく、一定以上の深さまで潜るのであればパーティーにひとり『必須』とさえ言われているスキルである。


 カレン・ウォーカーは十四歳だ。言うまでもなくパワーレベリングを行っており、その年齢には似つかわしくない位階を誇る。


 だが、だとしても――本格的に『探索』をしてもいない少女が飛行機を収納できるほどの『容量』を持ち得るだろうか。【アイテムボックス】の容量とはそんなにも『ゆるい』設定のスキルなのだろうか。


 もちろん、そんなわけがない。


 で、あれば――どうしてカレンは飛行機を難なく『収納』することができたのか。


 その答えは一つ。



「お嬢さんのギフトはやっぱり便利ですねぇ」


「護衛対象を荷物持ちにしてんじゃないわよ、まったく」



 カレン・ウォーカー。


 彼女がそういうユニークスキルを――『ギフト』を持っているからだ。


 飛行機なんて馬鹿げた大きさのものを収納する。そんな『容量の無駄遣い』を躊躇なく行えるということは、それだけの容量を有しているということだ。


 ダンジョン探索において荷物の問題は避けられない問題だ。物理的に持てる量には限界があり、それを越えるためには魔法的手段を用いる他ない。


 探索者にとってポイントは非常に重要なものだ。『振り直し』こそできないことはないが、どのように振り分けるかによって能力が大きく異なってくる。

 そんな大事なものを『荷物』のために振り分けなければならない。どれだけシビアに突き詰めたとしても不足する。

 ほとんどの探索者が共通して持つ悩みの種――それを、カレンは。

『ギフト』として、既に解決しているということになる。


 それが何を意味するか――その計り知れない容量そのもの、ではなく。

『他にポイントを振ることができる』ことこそが最も大きい意味を持つ。


 故に、カレン・ウォーカーに期待されている役割とは。



「……強くなるために、わざわざ日本まで来る必要があるとは思わないんだけれど」



 位階を上げる。それだけであればパワーレベリングによってある程度までは不可能ではない。

 それだけではなく――『強く』なるために、カレンは日本まで来てアオイの指導を受けようとしている。


 しかし、そのためだけにわざわざ日本まで来る必要があるだろうか。アオイじゃなければいけない理由なんてあるだろうか。

 アオイの技術はなるほど確かに興味深いものではある。しかし、アレは本当に人に教えられる技術なのか、という疑問がある。そもそも本国においても戦闘技術に秀でた人間くらいいくらでも居る。アオイのようにスキル外の実力を持っている者は確かに稀だが――そういった人物もゼロではない。


 なぜこの国なのか。なぜアオイなのか。


 その理由を端的に述べるのであれば。



「アオイ嬢の位階が明らかに『低い』からですよ」



 あれだけの実力をもってして、位階があそこまで低いという人物はほとんど居ない。そういった人物はたいていの場合、低階層での探索を一足飛びに終えて位階も尋常ではない速度で上がっていくからだ。

 ダンジョンが発生して十年。未だに足踏みをする『達人』は少ない。


 高位の探索者との探索でもパワーレベリングはできるが限界がある。位階の話だけで考えても、近い位階の探索者とパーティーを組むほうが効率的に位階を上げることができる。


 アオイの位階は低い。ともすればカレンよりも低いのだ。彼女との探索であればカレンの位階を上げることにそれほど大きな支障を来たすことはないだろう。



「それはわかるけど……それだけ?」


「そうですね、あとは――アオイ嬢が相手であれば、お嬢さんも頑張ってくれるかな、という期待も込めて、でしょうね」


「なにそれ」



 カレンはげんなりとした顔を浮かべる。しかしエドワードはにやりと口角を上げて、



「だってお嬢さん。同年代の女子に負けていたままでなんていられますか?」



 カレンは苛烈な少女だ。自分が上位者であることを当たり前だと思っている。横暴な振る舞いを見せることもある少女だが、その裏にあるものは絶対的な自信。

 自分が『上』でなければ我慢できない。単なる『負けず嫌い』と称するにはあまりにも傲慢なそれを押し通してきた少女こそカレン・ウォーカーという少女である。


 そんな彼女がアオイに負けたままでいられるか、と言うと。



「……いや、でも、あんなバケモノに負けるのは仕方ないんじゃないかしら」



 割りといられた。



「はっはっは。同感です」



 エドワードも同意した。


 じゃあ今のやり取りなんだったのよ。

 カレンはエドワードの脛を蹴った。

『魔封』のバリアに防がれる。



「……エド」


「なんでしょう」


「跪いて口を開けなさい」



 エドワードがその通りにした。カレンはなにもない空間からチューブ状の調味料を取り出した。それを見たエドワードは「なんでそんなものを持っているんですか」と苦笑する。



「こういうときのために、よ。まさか日本で使うことになるとは思わなかったけれど……スシを食べる前にこれでも食べておきなさい」



 わさびである。


『魔封』のバリアでできない鬱憤晴らしを食べ物で行う――確かに『魔封』のバリアで守られている者に何か痛い思いをさせたいのであればそれは正解ではあるのだが。


 絵面が『罰ゲーム』過ぎる。


 ここに空港のファーストクラスラウンジで美少女の前に跪きチューブのわさびを食べさせられる筋骨隆々の成人男性の図が生まれた。


 そんな光景を見せられて普通に対応しなくてはいけない空港のスタッフのことも考えてほしい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 某エクソシストみたいな名前だな笑
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