有名人になったら自由に外出しにくいらしい
DTサポートのお世話になって過去配信のサムネとタイトルを設定したり自己紹介動画を撮ったり動画の素材撮影をしたり色々とした結果、アオイはバズった。
朝日に照らされた新雪の野のようにきらきらと輝く白銀の髪、ピジョンブラッドの紅眼。
冬空に溶けて消えてしまいそうなほどに白く透き通った肌に、すらりと伸びた長い手脚。
人間が想像し得る理想の美少女を現実に引っ張り出してきたかのような非現実的な容姿。
その超越的な美は妖精や精霊に例えられ、はたまた天使や女神の化身かとさえ称される。
しかし、ひとたび口を開けば天真爛漫、喋らない状態で見た神聖かつ静謐、見る者によっては悍ましさすら覚えてもおかしくないほどの絶対的な不可侵の美を有する少女が見せる無邪気な笑顔、純真無垢で考えなしのアホっぽい面、親しみから最も遠い容姿をしているくせに人懐っこく親しみやすく距離感がおかしく、叩けば面白いくらいに音が鳴り、同じ人間とは思えないほどの美少女のくせに悪い意味であまりにも人間味が濃く、端的に言えばクズなところがありめちゃくちゃにチョロいテキトー人間。
容姿だけでも万夫不当間違いなしの魅力を持っているにも関わらず、そんなギャップさえも持っている。人気が出ないはずがない。
DTサポートのマネージャー……アオイの担当となった彼女は言った。
「アオイさんは……二次使用を許可したら……たぶん……アオイさんにとって……面倒くさいことに、なる、から……それに関しては……禁止のままで……いい、かな……」
導線となる短い動画は――私が編集すればいい。
アオイさんならそれだけで十分過ぎる『導線』になる。
そして実際、アオイは信じられないくらいにバズった。爆発的に伸びたなんて言葉では言い表せないくらいにバズった。人気の配信者とのコラボをきっかけに――面白い『切り抜き』動画をきっかけに――そういったパターンを踏襲する必要すらない。
絶世の美少女。
その言葉が真に意味するところは何か。それを証明した形になる。
たった一枚の写真で世界が変わることもある。
なら、アオイが変えられない道理はない。
「すっごぉ……人気配信者じゃん、ボク」
しかしアオイにとってはこれまた現実味のない話だ。ベッドに寝転びスマホを眺めて、どこか他人事めいた調子でそうつぶやく。
アオイは特に何もしていない。配信をしたわけでもない。それなのに登録者数は今この瞬間もぐんぐんと伸びて過去の配信の再生数も更新するたび回っている。
その間アオイがしていることと言えば『眺める』ことだけだ。以前の模擬戦コラボ配信で増えた新規視聴者に喜んでいたが――あのときとはまるで違う数字の動きに、アオイは喜ぶことすらできなかった。
数字が増えていくことを眺めているだけなのに、数字が増え続けている。その向こう側にある人の姿を想像できない。実感がない。
「いや、まあ……こんなに美少女なんだし、妥当っちゃ妥当かもだけど」
配信を始める前から思っていたことだが、配信を始めてからずっと(というほど長い間ではないが)一定数の視聴者を相手にしてきた。
サムネもタイトルも未設定というスパムアカウントとしか思えないような運用をしてきたからだが……それにしても、ここまで変わるとは。
「外で歩くと声かけられたりしちゃうかなー」
しかし、そうなると外出もしにくくなるかもしれない。有名税ってやつだね。変装とかしたほうがいいかな? でも、銀髪紅眼とかそれだけで目立つなんてもんじゃないでしょ。ホントに『別人』になるくらいの気持ちじゃなきゃ。なら無理か。仕方ない。もともとこんな美少女なんだし、有名とか有名じゃないとか関係ないでしょ。
そういうわけでアオイは普段通りに外出することを決めた。
面倒なことが起これば別だが、そうでなければどうでもいい。
なるようにしかならない。なってから考えればいい。
適当人間の面目躍如である。
*
街を歩くと視線を感じるが、それは今までも同じことだ。
ただ、視線の質は以前とは違ったもののようにも思える。浮世離れした容姿をしたアオイには近寄りがたいところがある。口を開かなければ人懐こさなんて欠片も感じない彼女だ。それだから視線にも親しみの情のようなものが含まれることは少なく、その大半は憧れや畏怖に近いものだった――が、今日はそれが少し違った。視線がやわらかくなっている。
(……でも、それにしてはあんまり声をかけられないんだよなー)
印象が変わったなら声をかけられてもおかしくはない。そう思うのだが、今のところ声をかけられたりはしていない。
これには簡単な一つの答えがある。アオイに親しみを覚えている者はアオイの配信を見た者だろうが――『アオイの配信を見た』ということはアオイの親しみやすさだけではなく、彼女の『探索』を見たということも示している。
いともたやすくえげつない行為に手を染めることができる彼女の姿を知っている。
要するにちょっとこわかった。
「うーん……さすがボクのファン。エアさんみたいな人が多いのかも」
そんなことは露知らず、アオイは自分のファンの民度が良いのだろうと考えた。推しには触れず見守るだけ……。実際、以前の模擬戦コラボに出演してくれたアオイのファンである女性、エアリエルのような人がいっぱい居たならばそれはそれでちょっとコワいが、べつに悪い人ってわけじゃない。気にすることはないだろう。
というわけで、アオイが現在居るのはパティスリーラパン。バニーガールになっていた。
「こちらとしては願ってもない話だが……アオイくん、今のキミが私の店で働くのはどうなんだろうな。DTサポートに話を通しておいたほうがいいものか……」
店主の女性が何か心配していたが、アオイとしてはべつにどっちでもいいというくらいの考えだった。配信者として名を上げてきているアオイであれば以前と同じ契約を続けるのはどうなのかと考えている様子だが、アオイの思考がそんなところまで及ぶはずはない。単においしいケーキを食べたかっただけである。
もっとも、迷惑になるのであれば来ないようにするが……。そう提案したところ、「迷惑なんて!」と首を振られた。じゃあいっか。アオイは納得した。何に納得したのかはわからないが納得したので良しとする。
余談だが、後日店主の女性は個人的にDTサポートに連絡はしていたらしい。いきなりバニーガール衣装を着せるような人物であるにも関わらず、意外とまともな人だった。アオイはそんな感想を持ったが、非常識な人間であっても通さなければならない道理というものはある。人を雇う立場なのだから外してはいけないものはあるのだ。アオイのように責任を放棄した人間とは違う。そう考えるとちょっと自分が情けなくなってくる。かなしい。
バニーガールコスとおいしいケーキを満喫した後はぶらぶらショッピングを行う。バズったんだしお金の入る当てができた。今度は嘘じゃない。皮算用でもないはずだ。それだからいっぱい買える――かと言えば、まだお金が入っていないのだからそんな余裕もない。今日のところは下見だ。お金が入り次第買う服を見るための時間とする。
そして家に帰る前にごはんを食べる。ケーキを食べた後だからそんなにお腹が空いていない。失敗した。白銀(以前行った醤油ラーメンの店)に寄ろうかと思ったのだが……もうちょっと軽いものないかな。えーっと、ここらへんにある店は……。でぃぐでぃぐとスマホで調べる。が、ラーメンよりも軽いものとなると難しい。白銀のはシンプルな醤油ラーメンだし、そこまで重いってわけじゃない、んだけど……それでも今のボクには重いんだよねー。省燃費過ぎるな、女の子。
まあダンジョン潜った日とかはさすがにお腹空くけどね。魔力は精神の力だけど、無から湧いて出てくるわけじゃないし。カロリーを使うわけですよ。それにしたって明らかエネルギー保存則に反してるけどね。等価交換どこ行った。
そんなこんなでアオイはパン屋さんでパンを買って帰ることにした。カスクート、なんか好き。パン屋さんのバゲットってミョーにおいしいよね。旨味が強いって言うか。家で焼くのとかメンドいけど。いや、焼くだけならオーブントースター使うんだけど、切るのがね……。包丁とかほとんど使ってない。パン屋さんだったらお願いしたら切ってくれるのかな? くれるかも。すみませーん! 店員さん、このバゲット、ちょっと切ってほしいんですけど……あ、いいんですか? やったー! ありがとうございます! ……ぇへ、ボクかわいい? サービスしてくれてもいいんですよー? なんちゃって! ……あっ冗談ですごめんなさい嬉しいけどそこまでされるとさすがに困る!
アオイは自分のかわいさを舐めていたことを恥じた。ちょこっとサービスしてくれるなら嬉しく受け取ることもできるが、度を越して『不公平な』ほどになると……ちょっと、違うじゃん? いや、気持ちは嬉しいんだけどさぁ……物質的には『得』をするかもしれないけど、精神的には必ずしも『得』をしたとは言えない結果になる。居心地悪い気持ちはしたくない。ちょうどいい感じが……いい! アオイは都合のいいことを思った。
そしてアオイは袋いっぱいに詰め込んだパンを抱えて帰宅した。お腹空いてないんじゃなかったの? その疑問について答えると長くなるが……端的に言えば『アオイがパン屋の魅力に勝てるような精神をしているか?』という話になる。パン屋さんってめっちゃ目移りしちゃうよね。おいしそうなパンいっぱいあって。惣菜系のもソフト系のもハード系のも層系のも。あんこ系のパン好き。くるみあんぱんみたいなのとか。チョコ系のも好きだし。パン屋さんのパンっておいしいよね。困っちゃう。ぜんぶ食べられるかな……。まあ、今日ぜんぶ食べなきゃいけないってわけじゃないんだし、いけるかな。本来は今日中に食べるべきなのかもだけど、翌日……翌々日くらいならヨユーだよね。パンの種類にもよるけど。うん。いけるいける。万が一お腹壊す結果になったら完全に自業自得だけど。
砂糖じゃりじゃりカフェオレをつくってパンのおともにしながらスマホを触ったり動画を見たりする。さっき甘いもの食べたから今食べてるのは惣菜パン。甘めに味付けされた焼きそばパンだ。ソース味じゃない。スパイシーかも。こういうのも良いなぁ。アジアン風味? でも癖はない。おいし……。
それから……うーん、食感的にちょっとお肉感あるのを食べたい気持ち……だけど、胃の容量が厳しそうだ。無理かな。無理かも。でも……食べちゃうっ! もぐもぐ。アオイは次のパンに口をつけた。限界が訪れた。残ったぶんは後で食べよ……。自制心がなさすぎる。
「……お」
結果的にいつもとそう変わりない一日を過ごしたアオイだったが、今日は珍しくそれで終わらなかったらしい。メールが来ていた。
DTサポートからのメールか――そう思って確認したところ、サンフランシスコの元探索者、エドワード・カーターからのものだった。
その内容は。
「……日程、決まったかー」
いつ来るかが決まったらしい。都合のいい日――は、申し訳ないけれど割といつも都合いいし、割といつでも都合悪いよって感じだ。気が向くかどうかだからね。そこんところはなぜか了承してもらってるけど……まあ、ボクに『指導してほしい』っていうのは口実の一つだろうし、そんなに気にしなくてもいっか。
それよりも気になるのは。
「協力者のお願い、ねぇ」
アオイが指導することになる女の子――彼女の護衛のため、他の探索者の同行を許してほしいとのことだった。
その探索者が所属するクランの名前は『ヴァナへイム』。
女性探索者のみが所属するクランであり、実力も日本トップクラス。
何より――『公認魔術師』美神愛梨がリーダーを務めるクランだ。
「まあ、同性の護衛も居たほうがいいんだろうけど……ボクが教える子、もしかして結構お偉いさん?」
うーん……それだと、優しく教えなきゃマズかったりする?
いや、まあ、望まれないなら嫌なことはしないけど……ボクが知ってる教え方に『優しく教える』なんてないんだよなぁ。
妹ならできるんだろうけど、ボクは無理。
それでもし怒られたりなんなりしたら――そのときはそのときかな。
しかし……『ヴァナヘイム』かぁ。奇妙な偶然があるものだね。
前に見たブランドでモデルもやっていた探索者が所属するクラン。他でも見覚えがあるような探索者が居るクラン。
ファッションのためにと色々と見た動画のひとつで見た子とか――他にも、見覚えがある子が居た。
実際に会ったことのある子が居た。
「愛梨ちゃん、元気してるかなー」
もとから美少女だったけど、めちゃくちゃ美人さんになっちゃって。
今のボクじゃ、会ってもわからないだろうけど……久しぶりに会うのは楽しみかも。
――って、そのために仕事するわけじゃないけどね?
さすがのボクでもそこんところは弁えてますとも。
まったく、ボクのことをどう思ってるんだか。
……うん。
我が身を振り返ってみたところ、どう思われても仕方ない気がしてきた。
自業自得である。
お読みいただきありがとうございます~!
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感想やらやら、めっちゃ助かってます。精神的に。モチベーションアップ! もちもち。
ストック切れたので毎日投稿は今日で終わり! です!
間に合ったら明日にも投稿したいんですが……無理そう。
週一か週二で投稿したいなー。できたらいいなー。って感じです。願望。
ご意見やらあったらよろしくです~!
アオイのこんなところが見てみたい、とか?
もうちょっと規模デカいバトルとかもやりたいですよねー。
色んなコスプレ試したりもしてほしい。
欲望。
長文失礼しました!
お読みいただきありがとうございます~!
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