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面談

「悪い。遅くなった」



 ゴミの人が帰ってきた。いいっていいって。ヒカリちゃんたちとも話せたし! でも業務中のビールは正直どうかと思う。



「また飲んでるのかよ……飲酒は配信の中だけでしろや」


「ダンジョン配信者で飲酒ってヤバくない?」


「でも【酔拳】持ちも居るからなー☆ この子のはそういうのじゃないけど☆」



 そもそもここダンジョンじゃないしね……。



「ちなみにアオイのマネージャーやってもらうから」


「そうなの!?」



 えっ!? ボクのマネージャーさん、このおねーさんなの!? だ、大丈夫? ボクが心配になるってよっぽどだと思うけど……。



「ん……大丈夫……これから、よろしくお願いします……」



 ほ、ほんとかなぁ……。正直、いきなり目の前でお酒飲みだした時点で信頼関係ボロボロなんだけど……。



「それに関しては全面的にこっちの落ち度だから何も言えねぇ」


「まあまあ☆ 途中で知るよりは『こんな子だ』って最初にわかったほうがいいってことで☆」


「それは……確かにそうかも?」



 アオイが納得した。ゴミの人が「納得するのか……」と取り残されている。彼の感覚では『だとしても社会人としてありえねぇだろうが』といったところらしい。正常な感覚である。



「実際、仕事はできるからねー☆ ……アオイちゃん、試しにちょっとこの子にお仕事任せてくれる?」



 ヒカリが今思いついたとばかりに提案する。試しに……って、何を?



「仕事ってほどじゃないかもだけど……過去の配信にサムネを設定するとか☆」



 お! それやってほしいかも! 面倒だしなかなかできないんだよね〜。



「……面倒なことか?」


「ううん☆ 凝ったサムネとかはさすがに手間もかかるけど……ダンジョンの中なら脳内コンソールでパパッとできるよね☆」


「まあ、脳内コンソール使うのが変な感覚ってのはわかるが……」



 こそこそとヒカリとゴミの人が話している。ちょっとー!? そこ、陰口しなーい! めっちゃ聞こえてるからねー? 否定はできないけど!


 実際、アオイもそこまで難しいことではないとわかっている。いや、実際にやったことはないので予想でしかないものの……あ、勇斗くんのSOSのときにタイトルだけは設定したっけ。あのときのことを考えると……数秒で終わるようなことだ。やろうと思えばすぐにできることなんだろうとは思っていた。


 そのたった数秒でできるような手間を惜しむ。面倒くさがる。たったそれだけのことをするだけで利益を得られることは間違いないのに……それなのに、なかなか手を出せない。


 それが理解されにくいことだということはアオイにもわかっている。自分だってそうだ。なんでこんなことも面倒くさがってやらないんだろうと思っている。

 もっとも、これは必ずしもアオイにだけ当てはまることではなく――ほんの少しだけ時間を割けばいいだけのこと……それをするだけで間違いなく『得』をするのに、なぜか『しない』という選択を取ってしまうことはある。


 身近なことを言えば、ソシャゲやスマホアプリのログインボーナスを毎日のように受け取るのを怠るのだってそうだ。たいていの場合、たった数秒でできる『得』をすること。もっとも、大きな得というわけではない。小さなものだ。そんな些事だからこそ怠ってしまうのは決しておかしいわけではない。

 ほんの数秒。単語帳を見る。筋トレする。もう少し時間をかける例であれば……行政による何らかの支援金の申請、またその調査。自炊するかどうかだって、人によってはその一例であるとも言えるだろう。

 多少の手間。その『多少』を判断する基準は人によってもちろん異なる。


 アオイの場合は、その基準が著しく低い。


 あるいは――単に、アオイにとっては『そこまで重要視するほどのことではない』という認識なだけかもしれないが。



「でも、ボクはあんまりしたくないからやってもらえると助かるなー。えっと、なんかの権限を渡せばいいんだっけ? ……この管理者権限ってやつ?」


「あ、そっちじゃなくて……編集者の……そう……それを……」


「待て待て。契約書書いてからな。【書士】のテンプレ【契約書】と、もう一枚」



 早速作業へと入ろうとした二人をゴミの人が止める。取り出したるは二枚の紙。一枚はアオイとDTサポートの間で交わす正式な契約書面。そして、もう一枚は。



「【書士】の? ちゃんとしてるなぁ……」



 探索者の存在は爆弾だ。

 いくらダンジョン外では魔法などの効力が薄まるとは言え――それでも、高位の探索者の存在が危険極まりないことは言うまでもない。

 そんな彼らを野放しにすることが許されているかと言えば、もちろんそんなことはない。


 それを拘束しているのはダンジョン管理局所属のユニークホルダー【書士】のスキル――【契約書作成】だ。

 それによって結ばれた契約を破れなくするスキル。法的拘束力よりも圧倒的に強い『物理的な拘束力』を有する契約を交わさせることを可能とするスキルだ。

 保持者は(現在確認されているのは)世界でも百人。最も保持者の多いユニークスキルと言われており――同時に最も需要に対する供給が不足しているスキルでもある。

 探索者であれば誰でも【契約】を交わしている。もっとも、それは『人を傷つけてはいけない』なんて適当なものではなく、もっと『ゆるい』ものではあるが……言うまでもなく、強い制限をかければ逆に『悪用』する者が出てくることが予想されているからだ。法というものは常に『悪用』する者の存在を想定しなければならない。権力は絶対腐敗する。

【書士】が作成した契約書はすべて公開されているが――物理的な拘束力を持つ【契約書】はすべて魔力を帯びており、探索者であれば誰でも判別することができる(それを利用して何の変哲もないただの紙に魔力を帯びさせて詐欺行為を働いた者も居たが)――それでも『抜け道』はある。間違いなく。


 物理的な拘束力を有する【契約書】を過信してはいけない。多様な解釈を許すような文面であればどうにでもなってしまう。抜け道に逃れられてしまう。逆に詐欺行為に使われる可能性もある。

 だが、非常に有用なことも間違いない。抜け道を許さないような――シンプル極まりなく、感情を排した事実のみに関するものであれば使われることも多い。


 それがいわゆるテンプレ【契約書】。【書士】が手ずから作成した書面にしか効力は発揮しないものの――手書きでなければならない、というわけでもない。

【書士】がパソコンか何かで作成した書面を印刷すればそれでも効力は発揮される。他人が印刷したものやデジタル書面までは効力を発揮しないが……手書きでなければならないということはない。

 今日も印刷所では【書士】が印刷するためのボタンを押している……。もう書士とかじゃなくてボタン押してるだけじゃん……と死んだ目をして単純作業に勤しむ【書士】の姿は哀れなものである。もっとも、実際は単純作業だけをしていればいいわけではなくそれはそれとして新たな契約書面も作成しながらだったりするのだが、ボタンを押すだけの、しかし【書士】でなければできない業務があるために集中できない印刷所内での作業を強制されてしまっている。かわいそう。


 閑話休題。



「……契約書読むのって面倒だよね」


「絶対そうだと思ったが絶対読め。……その容姿で迂闊に契約とか交わすの危険過ぎるからな?」


「いやー、最悪人間相手なら負ける気しないし」


「『負ける気しない』を理由にするのは人間がしていい発想じゃねェんだよ……」



 ゴミの人が呆れる。実際、アオイにはそれだけの力が備わっているのだからタチが悪い。【契約】で縛れるのはせいぜいが『魔力の強制剥奪』『一時的な位階リセット』『スキルの使用制限』くらいなもので、アオイのように『それら』に依存しない強さを持っている者に絶対的な効力を有しているわけではない。

 強者であるからこその無警戒である、というのは普段のアオイ(の配信)を見ても明らかなことではあるが……それにしても迂闊過ぎる。


 面倒くさいことは面倒くさいが、読まないと話が進まないと察したアオイはおとなしく契約書を読んだ。ふんふむ……ほ〜ん……よくわかんない! 読みはしたが、自分を騙すような意図がないことはわかっている。書面からもそういったものは感じ取れない。ただ一つ気がかりなことがあるとすれば。



「これ、ゴミ――DTサポート側のメリット小さくない?」


「ゴミ? いや、そうでもない。アオイほどの美少女を世の中が放っておくはずはないからな。まあ、配信内容が万人受けするタイプではないことも事実だが……」


「え!? ボク、こんなに美少女なのに!?」



 老若男女に愛される容姿をしていると思うんだけど!? 意外な言葉にアオイは驚く。しかしゴミの人は呆れた調子で、



「護身術講座だぞ? 当たり前だろ……。あと、アオイの戦法は『ガチ』過ぎる。端的に言えばグロい。視聴する側でグロ規制かければ傷とかは修正されるし、ダンジョン配信なんてどうしても『グロテスクな表現』からは逃れられないもんではあるが――アオイのは、こう、見てて『痛い』のが多いからな……えげつない戦法ばっかの配信が万人受けするわけねェだろ」


「あっ……」



 正論である。いくら外見がこの世のものだとは思えないくらいの美人だとは言え――躊躇なく睾丸を潰そうとしたり目潰しをしたりするような配信を好んで見る者は少ない。そもそも、ダンジョン配信というものからしてR15/R18指定のゲーム配信のようなものではあるが……アオイの配信は、その中でもあからさまに『生々しい』ものになってしまっている。



「あー☆ 私も正直アオイちゃんの痛いところを見るのはこわいかも☆」


「ん……探索者なら普通だけど……非探索者がダンジョン探索を挫折する理由として、少なくないくらいだから……ダンジョン発生前よりは、たぶん、拒否反応も小さくなってはいると思うけど……」



 それでも、依然として『痛そうで見れない』と思う者は少なくないだろう。正直雑談だけでいいし、探索するにしたってMOB相手に戦ってほしい。もっと言うと人型のMOB相手にエグい戦法使う以外でお願いしたい。アオイの配信全否定である。



「うーん……そっちの方向性もアリかなぁ……」


「だが、今はこれまでにないくらい『武』に対する関心が高まっている時代でもある。アオイの護身術配信も需要はある。探索者志望者向けに武術に関する配信をして生徒を集めてるような道場も少なくないからな」



 だよねぇ。悩ましいところだ。まあ、需要あるならこのままでいいかな〜。今の方向性でよろこんでくれてる人たちを裏切りたくないし、メンドいし。でもたまにはそういうの抜きの配信もいいかも? くらいで!



「それはそれとして、だ。……契約もしたところだし、とりあえず、さっきの続きだな」


「さっき? ……なんだっけ」



 脇道に逸れまくって何の話をしていたのか忘れていた。ポニテ眼鏡の女性が「……私」と手を上げる。あー、そうだった。試しに過去の配信にサムネとかを付けてくれるって話だったね。



「じゃ、お願いしよっかな」


「ん……終わった」


「終わった!?」



 そ、それはさすがにおかしくない? ……うわ! ホントに終わってる! しかもなんか……『っぽい』! 凝ってるし! 何かのスキル使った?



「社長と、アオイさんが……話してる間に……やっただけ……」


「あー、まあ、それなら……いや、それでも早くない?」



 そんなに簡単にできるものなの? とヒカリちゃんを見るが彼女はふりふりと首を振った。「まあ、できる人は居ると思うけど――それでも、早いことには違いないんじゃないかな☆」



 おおー、とポニテ眼鏡の女性に尊敬の眼差しを向けるアオイ。ポニテ眼鏡の女性は髪先をくりくりと手でつまみ、



「……これくらいなら、誰でもできるよ。サムネ用に……写真とか、撮ったら……もっと、良くなる……」


「へー……今のでも十分良さそうだけどなぁ」



 めちゃくちゃ良い。素材が抜群ってことを差し引きしても――『プロ』のだもんね。こういうサムネ見るもん。そう言えばヒカリちゃんのもこんな感じだったような……?



「私も任せてるからね☆ 自分でやるより絶対うまくできるもん☆」


「ん……アオイさんの容姿なら……これだけでも伸びそうだけど……本格的に『伸ばす』なら、短くまとめた動画とかも……用意するといいかも……」



 興味の『フック』になるものはあるに越したことはないのだ。あればあるほど良い。

 アオイの場合はその容姿が何よりの『フック』にはなるが、それでも長時間の配信がずらりと並ぶよりも短時間でサクッと見れるような動画があればそれだけでグッと新規の流入は増加する。

 一般の配信サイトであれば、視聴者によっていわゆる『切り抜き』(長尺の配信動画などにおいて『見所』を切り抜き、見やすく編集した動画)が作成されることもあるが、ダンジョン配信は『切り抜き』ができない仕様になっている。厳密にはそれをアップロードすることが禁止されている。

 この『禁止』とは文章上の規約ではなく、単純に『できない仕様になっている』という意味だ。どうしてそうなっているのかはわからないが、ダンジョン配信なんてものが存在しているのと同じく『そうなっている』と言う他ない。様々な検証は行われているものの、現段階では『仕様』である以上のことは判明していない。

 ちなみに配信者が許可を出せば『できる』ようにもなる。もちろんアオイはそんなことを調べようともしていなかったので知らなかった。



「あー……確かにボクもいきなり長時間の配信を見ようーとかはならないかも。よっぽど興味のあることだったら別だけど……」



 アオイは納得した。なんでも納得するチョロい女だが、単に考えなしとも言える。より悪い。



「それで、どうだ?」



 ゴミの人が尋ねる。どうって? なんてとぼけようとは思わない。さすがに意味はわかっている。



「もちろん」とアオイはうなずき、ポニテ眼鏡の女性に手を差し出す。



「これから、よろしくお願いします!」


「ん……よろしく、お願いします」



 そんなこんなで、アオイのDTサポートへの所属は成ったのだった……。




      ※




「……アオイさん、ちょっと、今のうちにお願いしたいことがあって」



 ん? なにかな?



「ん……アオイさんは、面倒くさがりで、気分屋で、出不精なところもあるかもしれないけど……外に出たら、やることはやるタイプだと思って……苦手なことは……特に、予定を決めたり、その通りに動くこと……現在のことではなく、未来のこと……そのときに『気分じゃない』ならできないから、安易に請け負わないようにしている感じ……かな、って……」



 お、おおー……ぶ、分析されてるなぁ。ちょっとハズい。でも、そこまでわかってくれてるのはマネージャーとして安心――



「だから、逆を言えば……今なら、好き放題頼みごとができる……って」



 ……ん?



「むしろ……今じゃないと……そう思ったので……今日はこんなものを用意しました」



 ……うん? あ、あのー、おねーさん? な、なんか、どこからともなく引っ張り出してきたホワイトボードが真っ黒に染まる勢いで書き込まれてるんだけど……。



「ん……今日アオイさんにやってもらいたいこと……」



 多くない!? 



 ……え? あれ? なんで表情変わらないの? ね、ねぇ? ねーぇ? じょ、冗談だよね? ね?


 いや、まあ……ボクも何度も行ったり来たりするのメンドいし……やるけどさぁー。




(やるんだ……☆)


(チョッロ……)


(このやり取りだけでも正直撮れ高あるよね☆)


(心配するな。撮っている)


(盗撮だぞ☆)


(止めるか?)


(GO☆)


(だよな)




 ちょっとぉ!? こそこそ話してるけど聞こえてるからね!? 



「ん……じゃあ、まずは素材の撮影から……」



 おねーさんマイペース過ぎない? 



 ……あっ……はい……。


 頑張ります…………。


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