回転寿司ってよく考えると画期的過ぎない?
そんなこんなでアオイの服(装備)を注文して、三人はアオイの要望通りキャッキャウフフのかしましショッピングへと向かった。
それはそれは楽しかった。アオイ自身の服もそうだが、サキやエアの服を見繕うのも楽しかった。自分の着せ替えが楽しいのはもちろん、他人の着せ替えも楽しいものだ。サキもエアも自分とはまた別方向の美人だったということもある。
サキはなんでも恥じらいもなく着こなしていた。意外とガーリーな服でも嫌そうな顔をすることはなく平然と着こなしており、あまりにも平然と着こなすものだから格好良さすらあった。ただ顔立ち自体は甘い系統でもあるのでガーリーな服装も非常に似合うのがサキだ。エアといっしょになってかわいいかわいいと褒めそやしたが、サキは照れることなく、かと言って偉そうに振る舞うこともなく「そうか」と淡白な反応を返していた。
余談だが、アオイとエアが褒めそやした服に関してサキはすべて購入を即決していた。
そしてエアだが……彼女はもちろんアオイに褒められた際には百面相を見せていた。まず「ウチは試着とかいいから」と断り「あ、アオイちゃんや『剣姫』と比べたらウチなんて」と謙遜し「か、か、かわいいって、そ、そんなこと言われても」と目をぐるぐると回してついには卒倒した。エアお姉さん!? アオイは【ヒール】を使った。【ヒール】万能説である。
サキの反応が悪かったわけではないものの、エアのリアクションに対してアオイはご満悦だった。これこれ。こういうのだよこういうの。恥ずかしがる女性って……良いよね。
そんなこんなでショッピングを満喫したアオイたちだが、そこで解散……とは、ならなかった。
「アオイ、エアリエル。まだ時間あるか?」
「え? ボクはあるけど……エアお姉さんは?」
「う、ウチもあるけど……ど、どうしたの?」
「腹減ってないか?」
……言われてみれば、最後に物を食べてから結構な時間が経過している。今まではすっかり忘れていたが、意識してしまうともう忘れることはできない。
「あー、確かに。空いてるかも。……あ、もしかしてごはんのお誘い?」
「え!?」
エアが大口を開けて驚く。いや、わざわざお腹空いてないかって聞いてきたんだったらそれしかないでしょ。
そんなアオイの予想通り、サキは「そうだ」とうなずいた。しかしエアはまだ驚いている。……サキさんがごはん誘うのってそんなにレアなのかな?
「何が食べたい?」
「え? うーん……ボクとしてはやっぱり女の子どうしなんだしオシャレなカフェごはんとか」
「今は腹にたまるもんが食いたい気分だ。却下」
「却下!?」
却下ってアリなの? じゃ、じゃあサキさんが自分で決めればいいじゃん……!
「ちなみにエアリエルは?」
「え。えーっと……ウチは、なんでもいいかなって……強いて言えば、アオイちゃんが好きそうなの……?」
「そうか。なら、やっぱりアオイが決めろ。腹にたまるもんでな」
「えー? サキさんは食べたいものとかないの?」
「アタシはなんでもいい」
「『なんでもいい』って言っておきながらボクの提案一回拒絶したけどね!?」
そういうのダメなんだよ? ボクも妹に怒られたことあるもん。まったくもー。
「そうだな。悪い。『腹にたまるもんならなんでもいい』に変更する」
「……じゃあ、回転寿司とか食べてみたいかも」
アオイは回転寿司を食べたことがなかった。回らない方であれば経験もあるが、アオイにとって回転寿司は憧れ……『みんなで楽しく食べるカテゴリ』の料理だったのだ。実家を出てからなら食べようと思えば食べることができたのだろうが、ひとりで食べようとは思わなかった。
だから、せっかくだからこの三人で回転寿司を食べてみたい。カフェごはんに次いでアオイが希望するものはそれだった。
「回転寿司か。悪くないな」
「アオイちゃんと回転寿司の組み合わせ……絶対良い」
ふたりもアオイの提案を受け入れてくれた。彼女たちと回転寿司のイメージはあまり結びつかないが……やっぱり、それくらい楽しいものなのだろうか。アオイは期待に胸を膨らませた。
ということで近場の回転寿司の店に入る。さすがに行列なんてできてはいない。特に何事もなく入ることができた。三人が三人とも見目麗しい美女と美少女であるから人目自体は惹くものの、それ以外に支障はない。
サキが慣れた手付きで受付の機械を操作して入店手続きを済ませる。……回転寿司、よく来るのだろうか? ちょっと意外だ。
「サキさん、回転寿司ってよく来るの?」
「ああ。ひとりで来ることはないが、弟子を連れてくることはある」
「……弟子!?」
エアがおおげさに反応する。『剣姫』が弟子を持っていることなんてどこにも出ていない情報だ。サキがわざわざ公表するようなタイプではないことは明白だが――あるいは、隠しているのかもしれない。彼女の性格をまだ理解できているわけではないが、少なくとも敵をつくらないタイプの人間ではない。弟子なんて弱点をわざわざ晒すことはないだろう。
そんなふうに動揺する彼女と違ってアオイは平然として、
「サキさん、ユートくんと仲良いんだねー」
「師弟だからな。悪くはない」
「でも、あそこまで徹底して受け流すのを教えてるんだし……大切に育ててるなぁ、って思うよ」
「だが、アオイに助けられたんだろ? アタシなら同じ状況でもオーガくらいなら斬れた」
「それはサキさんだからじゃん。ボクはユートくんも結構な才能あると思うけどなぁ」
勇斗のことを思い出してしみじみと語るアオイ。しかし、エアはそれどころではない様子だった。
「……け、『剣姫』に弟子が居て、それをアオイちゃんは知っていた?」
「いや、知らなかったよ。ただ、サキさんのお弟子さんとちょっと縁があって……十中八九そうだろうなって思ったから」
アオイは勇斗の剣をよく見たわけではない。しかし、それでもサキの剣を見た瞬間に思い出したのが勇斗の剣だった。だから、きっとそうだと思った。それだけのことである。
「まあ、それはそれとして……お寿司、ほんとに回ってるねぇ」
レーン上に乗せられた皿を眺めてアオイがつぶやく。実際に来店したこと自体はなかったものの、映像の中でこういった光景は見たことがある。店の外からでも見えないことはない。だが、実際に店に入って見てみるとまた違った印象を抱くものだ。
「アオイちゃん、回転寿司はお初?」
「うん。だから、来てみたかったんだー。お寿司を回す……フツ―の発想じゃないよね」
「……! アオイちゃんの初めてに、ウチ、同行してるってコト……!?」
先程までサキの弟子の存在やそのことをアオイが気付いていたということに意識が向かっていたエアだが、アオイからもたらされたその情報を耳にした瞬間にそんな瑣末事はどうでもいいと思い切り投げ捨てた。
『剣姫』に関する情報は貴重……かもしれないがそれよりもウチの推しのほうが絶対に大事。それも初めてとか。こんなの他のどんなことでもどうでもいいでしょ。そういう判断である。
そんなエアにアオイは悪戯めいた笑みを浮かべて、
「『初めて』って……えっちな言い方するなぁ」
「ぅえ!? そ、そんなつもりは……!」
動揺するエア。そんな彼女にアオイは音もなく近づく。『起こり』のない彼女の動きは予測できない。
耳元に口を寄せ、囁く。
「……えっち♡」
そんなことをされたなら、当然――
「フビュッ! ……………………」
エアは声にならない叫びを上げ、息絶えた。
R.I.P.。その顔は安らかだった。
「死んだ!?」
戸惑ったアオイは【ヒール】を使った。「ハッ……今、お兄ちゃんが『まだ早いしどんな理由だよ』って川の向こうで呆れ顔をしていたような……」エアが蘇生した。これ何回目? アオイは学習しない女である。
「じゃあ注文していくか。アオイ、エア。テメェらも好きなもん言ってけ」
ちなみにサキはアオイとエアのコントを意に介さずさっさと席に座って注文しようとしていた。お茶まで入れて準備万端である。意図せずして『剣姫』にお茶を入れさせてしまったがアオイはそんなことを気にする女ではないしエアもアオイのことで頭がいっぱいで気にしている余裕がない。通常であれば決して見られることができないであろう光景である。
「注文……? 回ってるのから取っていくんじゃないの?」
「ん? ああ……それもいいんだが、アタシは基本的には注文するな。たまに回ってるのも取るが」
「あ、ウチも。……なんか、つい?」
へぇー、とアオイは感心したように声を漏らす。回転寿司……商品をレーン上に乗せて運ぶことにより客が席に座ったまま好きな物を手に取り食べることができるシステム。注文ごとに商品を作成するトゥオーダーでは必ずしもない点がメリットなのかと思っていたが、サキやエアのような客が多いのであればそんなこともないのかもしれない。
「最近だとそもそもまったくレーンにお寿司が回ってないってところも見るなぁ」
「えっ!? そうなの!?」
じゃあ回転寿司っていったい……エアの言葉にアオイは動揺する。大袈裟なまでに愕然としているアオイにエアは笑って、
「ウチも回ってるのを見ると『回転寿司だー』って思うんだけど、そのウチが注文してるのばっか食べてるわけで……どの口がーって話だよね」
「って言っても、この店だと注文した寿司でもレーンを回ってくるのはくるからな。高速レーンをシャーッと走ってくるタイプの回転寿司チェーンもあるが……そういったタイプはそもそも『回転レーン』がないか」
「でも、アオイちゃんは初めてなんだし、注文せずに回ってくるお寿司を食べるのもいいんじゃないかな? それこそが『醍醐味』みたいなところもあるかもだし」
エアが笑顔でそう提案してくれる。優しい。そう思いながらアオイは首を振った。
「いや、注文したほうが新鮮そうだしボクも注文中心でいこっかな。せっかくだし出来立て食べたいじゃん?」
「……え?」
エアが固まる。
彼女の心遣いを完全に無視したアオイの言葉に、衝撃を隠せなかった――のだが。
「そ、それでこそ、アオイちゃんっ……!」
その振り回しっぷり、わがままっぷり、テキトーっぷり、自分の言ったことを躊躇なく投げ捨てて思うがままに行動する傍若無人な彼女の人柄をエアは配信で理解していた。
『いつもの』を直に見ることができてエアは興奮していた。生クズアオイちゃん最高! そんなテンションである。
ただ、そんなことを知らないサキはと言うと。
「……じゃあこのやり取りなんだったんだよ」
相手の迷惑を考えない非常識な戦闘狂として知られる『剣姫』がツッコミ側に回りそうになっていた。
そういうこともある。
*
「回転寿司……好きなネタを好きなだけ注文できるのはいいよね」
アオイがよく連れて行かれた鮨屋も好きなものを注文できなかったわけではないのだが、アオイにその『気軽に注文する権利』を与えられたことはなかった。
アオイが連れて行かれたような鮨屋ではコース制が基本だった。いわゆる『おまかせ』『お決まり』である。
インターネット、グルメレビューサイトの発展により現代では幅広い客層に愛される鮨屋の多くがアラカルト(お好み)中心の店からコース(お決まり)中心の店へと移行している。
一般に大衆寿司と呼ばれるような店舗に関してはやはりアラカルトが中心ではあるものの、アオイが行っていたような店はそうではなかった。
「アオイちゃんお嬢様説? それはそれで……」
「どんだけ偏った注文をしてもいいってのは楽だな」
にへぇ……とだらしない笑みを見せるエアは置いておくとして、サキの言葉にアオイは強く同意したい気持ちだった。どれだけ偏った注文をしてもいいって最高だよね。ボクもそう思う。好きなのだけいっぱい注文したいもん!
「サキさんサキさん! ボク、これ操作していい?」
「しろしろ。……タッチパネルはスマホと同じようなもんだろ? そんな興奮するまでか?」
「なんか……テンション上がるじゃん!」
「子どもか?」
そんなふうに呆れられても初めてのことにテンションが上がっているのだから仕方ない。
そもそもアオイはタッチパネルでの注文方式を採用している外食店において『タッチパネルを押したがる子ども』という『あるある』ネタを経験していないのだ。それだから『子どもっぽい』と言われてもよくわからない。
単に自制心、羞恥心が薄く欲望に弱くまたその欲望が近視眼的かつ俗なものであるというだけである。
子どもっぽいより悪い。
「……! すごい! こんなお寿司もあるんだ……」
楽しそうに画面を遷移するアオイが見つけたのはいわゆる『邪道寿司』と呼ばれるものだ。肉類やマヨネーズなどを使った寿司。昔からの『鮨屋』ではあまり出されることがないだろう寿司である。
斬新なオリジナル寿司を提供する鮨屋自体はないわけではない。回転寿司の邪道寿司なんて序の口で、海外に目を向ければ『こんなものがあるなんて!?』と目を見開くようなものもしばしば見られる。
しかし、アオイはそのどれも見たことがなかった。知識はある。ネットとかで。ただ『そういうものがある』と知っていただけで、実際に見るのは初めてだ。
「おおー……なんか、食べたことないのってやっぱり気になっちゃうなぁ」
頼んじゃえー、とアオイは節操なく見たことがないネタを注文した。あ、ラーメンもある。ホントにあるんだ……。なんか、回転寿司のラーメンって結構おいしいー、みたいなことも聞いたことあるなぁ。注文しよ。……回転寿司の揚げ物もおいしいって聞いたことある気がする。でも、そこまで食べちゃうとお腹の容量的に厳しいかも……。せっかくだし、今日のところはお寿司中心にしよう! ラーメンはもう注文しちゃったけど!
「あぁ〜……アオイちゃん、かわいい……好きぃ……」
「アオイ。アタシたちのも注文してくれるか?」
「うん! サキさんとエアさんは何がいーい? あ、画面、戻さなくっちゃダメだよね! 注文したいのがあったら言ってね!」
ふんす、と張り切った調子でタブレットを操作するアオイ。若干幼児退行している感は否めない。エアも悶えている。サキは冷静に注文している。
「エアさん? おーい。……ボクのかわいさにあてられてしまったか」
【ヒール】。エアがハッと意識を取り戻す。
「あっ、注文、注文だよね。ウチは……海老アボカドと、あとサーモンと……」
「はーい。りょーかい。……サーモンは浸透したなぁ」
サーモンも『邪道寿司』と呼ばれていたようなネタだ。今でこそ回転寿司だけでなく広く受け入れられている傾向にあるが、依然として『サーモンはウチでは取り扱ってないね』なんて鮨屋も少なくない。
アオイの知る鮨屋でサーモンの取り扱いを始めたのはいつだったか。妹が好んで食べていたことを思い出す。祖父も最初は難しい顔をしていたが、一口食べて『こりゃなかなかイケるな』と言っていた。何その上から目線。失礼だなぁ。そう言うと締められそうになったので躱して投げようとしたら祖母にガチギレされた。妹は呆れていた。微妙な思い出である。
そうしているうちに注文したネタが流れてきた。通知音であからさまに驚くアオイにエアがきゅんと悶える。何しても悶えそう。そういう玩具かな? アオイは失礼なことを思った。
「海老アボカド~。海老とアボカドの組み合わせは聞くけど、お寿司でもあるものなんだねー。海老とアボカドと玉ねぎとマヨ……もりだくさんだ。実際めっちゃ盛ってるし。もりもり。玉ねぎこぼれちゃいそう」
「めちゃくちゃ喋るなコイツ」
「ぶふぉっ!」
アオイのしみじみとした言葉に容赦ないツッコミを入れるサキ。それにエアが堪えきれないとばかりに噴き出した。実際めっちゃ喋っていた。アオイは恥ずかしそうに顔を赤らめながらぷくぅと頬を膨らませる。
「べ、べつにいいじゃん。思ったんだから」
「アタシも思ったことを言っただけだが」
「……エアさん?」
「っ……う、ウチも、いいと思う。かわいいし……フフッ!」
「絶対面白がってるじゃん! と言うか、エアさんもヒトのこと言えないと思うんだけど!」
エアもアオイのことで早口オタク喋りになるのに、アオイが話すのを笑うなんておかしくはないだろうか。アオイは憤懣やるかたない気持ちになった。ご立腹である。
「そっ、それは、そうなんだけど……ふふっ、あ、アオイちゃんが、かわいくて……!」
「かわいいって言ったらなんでも許されるってんけじゃないんだからね? もー……今回は許してあげるけど」
しかしかわいいと言われたので許すことにした。まあ、エアさんはボクのファンだし? 心の広いアオイさんは許してあげるといたしましょう。
それはそうと海老アボカドだ。せっかくオーダーしたお寿司なんだから早く食べなければいけない。いや、海老アボカドに鮮度がそれほど関係あるかどうかは微妙だが……それはそれ、これはこれ。
マヨネーズがかかっているが、醤油はかけてもいいものなんだろうか。んー、と迷いながらも一つにだけ醤油をちょびっとかける。
空いている皿などがあればそれを醤油皿にしたところだが、ないということは直接かけるのが作法なのだろう。ちょびっとだけ出せるようなタイプの容器だし。……と言うか、一つだけーって思ったけど海老アボカドでそれはムチャだった。たまねぎもりもりでどっちがどっちだかわかんないもん。食べにくそう。むりやりわけるしかないか。アオイはさくりと箸を入れた。崩れた。さもありなん。
「あー……ん」
小さい口を大きく開けて、ぱくりと食べる。
「あ、おいしい」
一言漏らす。こういう感じか〜。アオイはもぐもぐと海老アボカドを味わった。マヨネーズの油分にシャキシャキした玉ねぎ、それがアボカドのねっとりとした食感に合わさって、さらにまだ海老にシャリまである。多層で構成されたお寿司だ。醤油はなくてもよかったかもしれないけれど、この醤油の味が海老とシャリに効いてる気もする。これは……アリだね!
そうやってもう一つに箸を伸ばそうとしたが、同じく海老アボカドを注文したエアの手元が視界の端に映った。……甘だれ? それって何――海老アボカドに!?
「え、エアさん。それ、醤油じゃないみたいだけど……」
「え? ああ……えっと、その、食べ方としては邪道かもしれないんだけど」
エアが照れ隠しをするようにえへへと笑う。
「マヨネーズ系のお寿司に甘だれって、なんか、合うの。……そもそも、ウチが子どもの頃はなんにでも甘だれかけちゃったりしてたんだけど」
さすがに今はマヨ系のだけだけどね? とエア。甘だれ……何に使うのかわからなかったけど、そういう使い方かぁ。固定観念を崩してくるね。でも、穴子のツメみたいな感じって考えるとアリなのかな?
とりあえず、エアさんがやってるなら真似してみよう! アオイは躊躇なくエアを真似た。とろりとした甘だれをまとう海老アボカド。最早ビジュアルが寿司ではない。しかしそんなことは関係ない。アオイはあーんと口を開けて海老アボカドを頬張る。その結果は。
「ん! これイケる!」
甘だれの甘じょっぱさがいい具合にマッチしている。マヨのこってり感にアボカドのねっとりもったり感に甘だれの甘じょっぱさにと盛りだくさんの味だが、それがいい。インパクトの強いそれらを追いかけるように海老の旨味が滲み出し、最後に酢飯がすべてを包む。
甘いものは旨いなんて言葉を見たことがある。もちろん個人差はあるだろうが……アオイはそちら側の人間だった。甘いものは旨い。すき焼きとか好きだし。
子どもの頃はなんにでも甘だれをかけていた、なんてエアほどではないが――そういう食べ方をしてもいいんだ! とは思ったし魅力的だし試してみたいとは思うけれど――アオイも彼女と同類だったらしい。
そうしてアオイは食べたことのないお寿司に舌鼓を打ち、エアはそれをだらしない笑みで眺め、サキは黙々と自分の好きなように好きなものを食べ進める。
ただ、会話が途切れるということもない。オーダーした商品がすべて流れてきて、一度空白の時間ができる。そのタイミングでサキが口を開いた。
「アオイ。そう言えば、あのアメリカ人の話ってのはなんだったんだ?」
「アメリカ人? ……ああ、エドワードさん?」
エドワード・カーター。『雇い主からの命令』とのことでアオイの配信に出演してくれた男だ。元々サンフランシスコをホームにしていた探索者だったらしい。
彼は撮影が終わった後、(撮影が終わったと言うよりはエアの【テンペスト】によって強制中断されたと言うべきだろうが)、アオイにとある話を持ちかけてきた。
もちろん、それは周囲の人間には見られている。話の内容までは聞こえていないだろうが、完全に隠せていたわけでもない。少なくともアオイなら唇の動きさえ読めればわかる。そもそも隠す気もなかったのかもしれない。
ただ、だからと言って話すかと言えば。
「うーん……これは、配信で話そうかな。ボクも配信者だからね。視聴者にいちばんに届けたい情報っていうのもあるわけですよ」
「あ、アオイちゃん……!」
じーん、と感動してみせるエア。もちろんアオイの言葉にそれほどの重みはなくただの思いつきの気まぐれである。であるが、それはそれとして感動されるのは気持ちいい。アオイの自尊心が満たされた。にょきにょきと鼻が伸びていく。
だが、サキはそんなこと知ったこっちゃないとばかりに。
「アタシはたぶんアオイの配信を見ない。だから教えろ」
傲慢極まりない言葉を放った。自分勝手過ぎる……! ボクにこう思われるってよっぽどだよ?
「服」
サキのつぶやきにアオイの耳がぴくりと跳ねる。
「情報料には足りなかったか?」
「……そ、それはちょっと卑怯じゃない?」
そう言われるとさすがに弱い。アオイは金欠である。今日サキには色々とお世話になってしまっている。実際はエアと折半ではあるが(曰く、「年下に払わせるわけには……!」)それにしたってお世話になっていることには違いない。
そもそもサキに奢ってもらっている時点で罪悪感がないわけではないのだ。アオイから見てサキは年下の女の子である。なんならエアだってそうだ。そう離れているわけではないだろうが、見た感じ……たぶん、年下。そんな女性ふたりに奢ってもらっているという『引け目』がある。
アオイの面の皮は厚い。厚いが、無恥というわけではない。無恥無知ではないのである。
信じられないかもしれないがアオイにも恥の概念は存在している。今は美少女だしーなんて言い訳をいくらしようとも年下の女の子に奢ってもらっているという事実は変わらない。
そこのところを引き合いに出されると……当たり前ながら、アオイは弱い。
もう男じゃないけど、男とか関係なくオトナとして。
「う、ウチは気にしてないからね~」
「くっ! そういうのがいちばん効く!」
「なんでぇ!?」
エアが気遣ってくれたがそういうのがいちばん効く。間違いない。交渉として引き合いに出されるよりも罪悪感を刺激される。いっそのことあくどい感じで居てほしい。げっへっへって。ほら、ボクのファンなんだし……えげつないこと要求したりしてもいいんじゃない?
「え、えげつないことって……う、ウチはこうやってアオイちゃんと直接話せてるだけで感無量って言うか贅沢過ぎるって思うし正直今でも夢なんじゃないかって思ってるし推しといっしょにショッピングしてごはんまで食べてるとかもう天国としか思えないしたまたま配信に出させてもらっただけなのにここまで推しと深く繋がるとか正直ファンとしてどうなんだって思うしでもアオイちゃんが言ってくれた通りこの経験ができなかったって思うとゾッとするって言うか絶対後悔したと思うんだけど悪いと思いながらも幸せって思っちゃってるウチってやっぱり良いファンじゃないなって思うしあと」
「それで、アオイ。どうなんだ?」
エアを無視してサキが尋ねる。え? ……エアさんは? なんかずっと話してるけど……あ、待ってたら日が暮れる? あー……うん。否定できない。
それで、エドワードさんとの話をサキさんに話してもいいか、だけど……うーん。正直配信で話してもいい時点でべつに話しちゃダメな理由ないんだよな。ボクが個人的に『最初は配信で! 視聴者優先! ファン優先!』みたいにしたほうがいいかなーって思ってるだけだし。要は自己満足のカッコつけだね。
そう考えると……べつにいっか!
アオイには矜持なんてものはなかった。配信で話そうというのもただの思いつきの気まぐれでしかないのだ。守る必要なんてない。
むしろ奢ってもらったのを『情報料』として交渉できるだけ得かもしれない。アオイは最悪なことを思った。これで……負い目や引け目も小さくなる! だって情報との取引だし! ボクは服を買ってもらってお寿司を奢ってもらって、サキさんは(配信で話すからすぐに誰でも知ることになる)情報を得られる! これは……Win-Win!
そういうわけでアオイはあっさりと口を開いた。
「エドワードさんとの話の内容だけど、端的に言えば――」
――ボクにとある女の子を鍛えてほしい、って話だったよ!
「……ほう」
「……え!?」
サキが面白そうに口角を上げ、エアは唖然として口を開いた。
アオイはひと仕事終えた感を出して最後に頼むデザートを探してタッチパネルを操作し始める。
自分勝手な女であった。




